黒竜の命名、そして人化の魔法
「まず、黒竜に名前をつけないとね。黒竜よ、お前の名前は?」
王都を震撼させた厄災を前にして、エリはまるで野良猫に声をかけるような気軽さで問いかけた。 すると、巨竜は誇らしげにその長い首を震わせ、朗々とその「真名」を響かせた。
「我が名はグラウ=ズァル・ノクス・ヴァル=エレボス・アルカ=カタストロフ・ディアボロス・アポカリュプシオン・Ω(オメガ)だ。どうだ、威厳に満ちて神話性もあり、どこの儀式でも格調があると尊敬されるいい名前だ」
あまりにも長すぎるその名に、エリは一秒の迷いもなく言い放った。
「却下。そんなの戦場じゃ長すぎ。お前の名前は今日から『ナイトホーク』で決まり」
(ナイトホーク……騎士と鷹か。意外といい名前じゃないか) 傍らで聞いていたオーエンは、その響きに勝手な高潔さを感じて深く頷いた。 黒竜もまた、主となる少女が決めた名に満足げな鼻息を漏らす。
「エリ殿が『ナイトホーク』が良いというのであれば、我が名は今よりナイトホークだ」
「ナイトホークはね、ステルス戦闘機F-117の愛称なの。地対空ミサイルを躱すあんたには、まさにふさわしい名前だわ」
エリの解説は相変わらずオーエンには呪文のようだったが、彼女が満足そうなのであえて追求はしなかった。 むしろ、オーエンには別の懸念があった。
「エリ、このバカでかい図体では神殿に連れて帰れません。……山岳地帯の哨戒任務にあたってもらいましょうか」
(そうすれば、エリの隣(側近)は俺のままだ……!) そんな邪な独占欲を込めた提案だったが、ナイトホークはニヤリと黄金の瞳を細めた。
「いや、人に変身することもできるぞ。高尚な竜族が矮小な人族に変身するのはちと傷つくが、エリ殿のそばに仕えるためなら問題ない」
「へー、便利ね。じゃあ変身してみて」
エリが軽い気持ちで促した、その刹那だった。 黒い魔力の霧が晴れたあとに立っていたのは――身長2メートルを優に超える、彫刻のような筋肉を誇る屈強な黒人の巨漢だった。
そして、一糸纏わぬ全裸であった。
「……ちょっと、なんで全裸なの!?」 エリが悲鳴を上げながら真っ赤な顔を背ける。 男は不思議そうに己の鋼のような肉体を見下ろした。
「竜の姿の時にも服は着ていなかったぞ?」
「それはそうだけど! 理屈はわかるけど! ……オーエン、服を用意するまでこいつ竜の姿に戻しておいて!」
「わ、わかった! エリはあっちを向いていろ!」
主君の命を受け、賢者オーエンはプライドをかなぐり捨てて走り出した。 王都守備隊のキャンプや近隣の村を回り、この規格外の巨漢が着られるだけの「一番デカい服」を、必死の形相でかき集めてくる羽目になったのである。




