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対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士   作者: Moonshine
第2章:対人恐怖症のドルマ

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6/8


荒い呼吸が収まってくると、ようやく過去の記憶はすこしずつ薄れてゆく。

記憶から解放されて、気がつけばいつもの制服管理室のみなれた部屋の景色が目に入ってくる。

ぷっくりと自分の指に浮かび上がった血が目に写った。


(・・いけない)


ドルマはあわてて、繕い物を血で汚さないようにエプロンで血の指を拭った。

そして深く息を吸い込みたくなって、椅子から立ち上がると、ギギギ、と大きな音を立てて窓を開けた。


外はいつの間にか真っ暗になっていて、窓の外の空には青く輝く月が出ていた。

ドルマは月をみつめて、ほう、とひとつため息をついた。


(・・・やっぱり、人は恐ろしいわ)


固い窓を閉め直し、作業用の机に戻ったドルマの目の前に、今朝からずっと擦り切れるほど読み込んでいる、マティからの青い便箋の手紙がそこにはある。


マティ会ってみたい。でも、会うのは怖い。会いたい。でも会いたくない。


(どうやってお返事をかけばいいのかしら・・)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おいなんだよ、またニヤニヤしやがって」


重い石造りの執務室での執務中、いつもであれば氷のように決して形を変えることのないマティアスの冷たい美貌には、今、カイルが見たことのないようなニヤニヤとした、だらしない顔が乗っかっている。


最近、マティアスがこういう顔をする時は決まって理由は一つだ。

カイルはあきれてツカツカとマティアスの重いマホガニーの飴色の机に近づいて、その机の上に乗っている何の変哲もない白い封筒をひょい、ととりあげた。


【マティさん 繕いを喜んでもらえて本当に嬉しいです。私、マティさんに喜んでもらえるように次も頑張るので、早く綻びのある制服を送ってくださいね。第1ではもうミモザが咲いているのですね。第6はミモザはまだですが、春を呼ぶ緑の小鳥がやってきました。マティさんが来るのを楽しみに待っています】


白い便箋の、短く誠実な手紙に認められていた素朴な文字は、短い言葉ながら、綴られた文字から伝わるほどに、喜びが溢れ跳ねていた。


「いい子だな、このドルマちゃんという子は」


ニヤニヤしているマティアスは自慢気に、次の手紙を手渡してきた。


「カイル、なあそうだろう? こっちも見てくれ」


【マティさん、ポケットのはずれそうになったベスト、受け取りました。直しておきます。この間のシャツの襟、補強に二重に縫い取りを入れておいたのを気がついてくれて、うれしかったです。 

 マティさんがこの間、深い青色が好きだと教えてくれたので、黒い糸ではなくて深い青色で繕ったのにも、気がついてくれてびっくりしました。絶対気が付かないと思っていたので本当に嬉しい。

 マティさんはほんの小さな事でも気がついてくれるので、嬉しくなってもっと頑張りたくなります。 

 私の好きな食べ物ですか? 

 私は何でも大好きですが、チョコレートが一番好きです。チョコレートは満月の日に、月に一度だけ、お月様と一緒に食べるんです。よけいに美味しくなる気がして。 ドルマ】


「はー、本当に可愛いね、この子」


カイルは便箋を置くと、心から感心してそういった。


「今までもう3度ほど繕い物をお願いしたんだが、どれも本当に素晴らしい出来栄えだった。それに、素晴らしく繕われた制服と一緒に、こんな素直で可愛い手紙が一緒に送られてくるんだ。もう本当に楽しくなってしまって、なにか繕ってもらえそうな服はないかと、今ではクロゼットをひっくり返して本末転倒だよ」


マティアスは照れくさそうに笑った。


「へえ、それで、その子の繕った服をきると、運がよくなるという肝心の話しはどうんだ?」


ニヤニヤとだらしない顔をしていたマティアスは、その言葉にすっと真剣な顔に戻って、顔の前で手を組んで、少し考えながら言った。


「・・ああ、戦闘中に虫魔獣の体液が飛んできたのに丁度いい場所に立って居たために、被らなかったとか、そういう小さな幸運な出来事が二、三あったように思う。それから・・・」


「それから?」


「この前イノシシ型の魔獣と対峙した時、手こずって、イノシシの牙が俺の袖をかすめたんだ。運よく少し角度がはずれたが、もしも食らっていたら、動脈を掻っ切られて大怪我になっていただろう。俺はその日、丁度ドルマの繕ってくれた手袋をつけていたんだ。ドルマの繕った手袋を着けていた日の戦闘で、イノシシ魔獣の牙は、ほんの少しだけ、たまたま少し俺の動脈からそれた・・」


そして静かに続けた。


「カイル。これは偶然の産物では片付けられない。たまたまドルマの直した手袋を着けている日にたまたま運よく怪我を免れただけなど、もうそんな言い訳はできない。お前も知っているように、戦場での小さな幸運は生死を分ける重要な事項だ。そして俺は、間違いなく小さな幸運によって、イノシシ魔獣との戦闘から無傷で帰ってきた」


「それで、わざわざ第6に直接調査に行くことにしたのか? 」


カイルはマホガニーの机の上に「承認」の印の押された書類をひらひらとさせた。

マティアスの潜伏調査の為に整えられた異動書類だ。


第1の調査団から丁度都合のよい報告書が上がってきた所だ。

報告によると、第6の近くにある、魔の森の奥の沼からの瘴気の数値がこの数年著しい。

大スタンピートの発生の可能性がある為、第1からの騎士の応援を派遣、観測の強化を推奨する。

この報告を利用しない手はない。


「ああ。この辺境の地で、一年死傷者ゼロというのは、偶然にしてもあまりにも不自然だ。何かの隠蔽があるのか、報告に漏れがあるのかと考えられるのが自然だが、 実際の所一体何が起こっているのかをこの目で直接確かめにゆくのが一番手っ取り早い」


「・・なるほど。それで、その噂の真偽とやらを確かめに、直接この可愛い手紙の主に会いに行くのか? この娘対人恐怖症なんだろう? お前が第6要塞に訪ねた所で、会えやしないないだろう」


少し呆れたようにカイルは言った。


マティアスはその深い青い色をした目を書類に落とした。


書類には、「第6要塞騎士制服管理室ドルマに関する報告書」と題字が記されていた。


「ああ。昨日、本人に会って直接お礼を言いたいと手紙を送ってみたよ。なんとか色よい返事をもらえたらいいのだが期待はしていない。 ともかく第6に直接行ってみない事にはいろいろ埒があかない気がしてね」


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