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「ぐあああ!!! 痛い!!! 指が、ゆびがああああああ!!!」
ガシャン、という大きな鈍い金属音と共に、鍛冶屋から、谷中に響くような悲鳴があがった。悲鳴の主は、鍛冶屋の若い見習いのブルーノからだ。
「くそ、なんてことだ! 指を飛ばしたのかブルーノ!!! 馬鹿野郎、気をつけろと言っただろう!!」
ドクドクとブルーノの指先から滝のように赤い血が流れる。
ブルーノは、鋳造したばかりの斧を試していて、誤って己の指を落としてしまったのだ。
あれはおそらく、ドルマが4歳くらいの時の出来事だった。
「ぐあああああ!!痛いよ、痛いよお!!親方!俺の指が!!」
指から容赦なく流れる赤い血は、石の床にボタボタと赤い血溜まりをつくり、ブルーノは床に転げ落ちる。
「くそう、あれほど気をつけろといったのに・・医者なんかここから3日かかるぞ、指は間に合わん、指を握りしめろ!止血に専念しろ! おい、お前酒をもってこい、傷を洗う!! ブルーノしっかりしろ、このままでは血が無くなって死ぬぞ!!」
「ああ、あんた、ブルーノ! ブルーノ! なんて可哀想なの。あんな何本も指を失ったら、鍛冶屋としてはもう無理だよ、まだこんなに若いのに・・なんて事、ああ神様・・」
「泣くな! それよりぐずぐずするな、早く血を止めないと、見ろブルーノの顔から血の気が!」
ブルーノの指に、鍛冶屋の親方夫婦になすすべは、何もない。
運がよく血が止まっても、ブルーノは指を3本失い鍛冶屋としての未来は絶望的だ。
それどころか運が悪ければ、このまま傷口から悪いものが入るか、血を失いすぎて、ブルーノはこのまま女神の元に召されてしまう。
床に転がって痛みで悶絶するブルーノを前に、悔しそうな親方、そして泣きながらおろおろと空をあおぐ女将さん。
いつものように鍛冶屋の隅で炭で絵をかいていたドルマは、その出来事の一部始終をずっと心配そうに見ていた。
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ドルマの育った孤児院は、第6要塞の端の、峠の麓にある。
孤児院の隣には鍛冶屋があって、そこに勤めるまだ若い見習いのブルーノも、子のいない鍛冶屋の親方夫婦も、よく孤児院の子どもたちをよく可愛がってくれてた。
子どもたちが作業場の隅で、石炭の切れ端や、こわれたふいごで遊ぶ事も許してくれていた。
ドルマも可愛がってもらっていた孤児院の子供の一人だ。
その頃から、ドルマは少し変わった子だと、そう大人達に言われていた。
あの子には、人に見えない何かが見えている。そうドルマをよく知る大人たちには、まことしやかにささやいていた。
大人達は正しかった。
ドルマには、記憶があるそのずっと前から、ありとあらゆる物が、ゆるやかな光でつながっている光の糸が見えていたのだ。
その光の糸は、例えば花と茎の間に存在しているようにドルマには見える。
花をむしると、しばらくは薄い光の糸が茎と花の間につながり、そして薄くなってやがて消える。
ドルマの目には、光の糸は他にも恋人同士の間に存在したり、怪我をした体の部分と部分の間に存在するようにも見える。
人と家の間にも光の糸はつながっている事がある。
引っ越しすると、人と家の間につながれていた糸がゆるやかに光が薄くなり、やがて消えてゆくのだ。
いつの日だっただろうか。
ドルマがまだ言葉も話せないような、小さな頃の出来事だ。孤児院の庭の花壇で、もうすぐ開花を待つばかりだったつぼみだった花が、花の根本からぽっきりと折れてしまった事がある。
(みんな楽しみにしていたのに)
みんなと一緒に残念がっていたドルマだったが、ドルマの目に、折れたつぼみの端からは、光の糸がでているのが見えた。そして折れた茎の先の方からも強い光の糸が出ていたように見えた。。
ドルマはふと思い立って、また強い光の糸を放っていたつぼみをひろって、光の糸を放っていた茎の光と、つぼみから出ていた光の糸をつないだのだ。
すると折れて地面に落ちていたはずのつぼみは、茎につながって、やがて大きな花を咲かせた。
「ドルマはすごいね!」
大人たちは誰も見ていなかった時の出来事だ。
ドルマが光をつなぐ様子を見ていた子どもたちはそう言ったきり、誰もドルマのした事を気にも止める事はなかった。幼すぎて、それがいかに異様な事なのか、理解できなかったのだ。
ただ、
「なんだかドルマの周りは気味が悪い事が多い」
孤児院の大人達がそう言うようになりはじめた事は、ドルマもなんとなく覚えている。
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ーただ、助けになりたかっただけだったのに。
痛みに悶絶して苦しんでいる大好きなブルーノと、嘆き悲しむ大好きな親方夫妻を前に、幼いドルマはただただ純粋に助けになりたい。そう思ったのだ。
ドルマが見ると、ブルーノの切れ落ちた指からは、強い光の糸が出ている。
ブルーノの体からも、まるで離れてしまった子供を探すかのように、強い光をおびた光の糸を空に伸ばしていた。だが光はどんどん弱くなってくる。急がなくては、光は失われてしまう。
(私、つなげられるわ)
ドルマは失われれそうになる光を前に、何も考えずに床からすくっと立ち上がると、痛みに苦悶するブルーノの元に全速力で走った。
そしてブルーノの切れ落ちた指をブルーノのもう一つの手から奪い取ると、指と体から伸びている、強い光の糸を固く結んだのだ。
「ドルマちゃん!! 何を一体!! やめなさい、離れなさい!! 」
「気でもおかしくなったのか!!」
一瞬の出来事で、ドルマを止める事ができずに、慌てる女将さんと親方が悲鳴声を上げる。
ブルーノの指から流れる血を浴びて、頭から赤くそまったドルマを、やっとの思いでブルーノから引き離した女将さんは、目の前に信じられないものを見たのだ。
「ド・・ドルマちゃん、あんた・・・一体何を・・」
床で痛みに悶絶していたはずのブルーノが、静かになった。
そしてブルーノの体から切り離されたはずの3本の指が、何ごともなかったかのように繋がっていたのだ。夢ではない。床に広がるおびただしい血の池と、ドルマの体にこびりついた赤い血が、先程の事故が夢でなかった事を示している。
明らかにこの世の理に抗っている事が、おきた。
繋がった己の指を見て、ブルーノは、喜ぶよりも、恐怖で戦慄して、呆然としていた。
(喜んでもらえると思ったのに)
女将さんは無言でドルマにこびりついた血を拭き清めると、なにもいわずにドルマをそのまま孤児院に送り届けた。
その後、ドルマは、原因不明の高熱に襲われた。
三日三晩苦しんで、ようやく起き上がれるようになったドルマは、起き上がれるようになってまず一番に、鍛冶屋のブルーノを訪れてみた。指がちゃんとつながったか、心配だったのだ。
だが、ドルマの大好きな鍛冶屋の見習いブルーノは、訪れたドルマの姿を見ると、一目散にこそこそとどこかに逃げていってしまった。
そしてブルーノが指を飛ばした大怪我を負った事件は、いつの間にかなかった事になっていた。
一部始終を目撃していたはずの鍛冶屋の女将さんと親方は、一切の事に口をつぐんだ。
いつも孤児院の子供を温かく迎えてくれた親方夫妻は、鍛冶屋の扉を閉めるようになった。
鍛冶屋が突然子供を受け入れなくなった事に、子どもたちは何も理解ができなかった。
ただ、大人たちは皆うっすらと、ドルマがなにかしらの原因である事は感じて、不穏な視線をドルマに送るようになっていた。
それ以来だ。
ドルマが少しずつ、少しずつ人々の目が恐ろしくなってきたのは。




