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その日もドルマはいつものように、制服管理室で一人で繕いものをしていた。
だが、繕いものをしていたというのにしばらくすると針を置いて、忙しく手紙を開けたり閉まったりして、また繕いものにもどったりと、行ったり来たり、ちっとも落ち着かないでいる。
原因は、つい先程受け取ったばかりの第1からの手紙。
繕い物の手を止めて読んでいる手紙は、何度も何度もドルマが擦り切れるほど、繰り返し読んだ、大げさなマティからの繕いものへのお礼の手紙だ。第6の連中からも時々お礼の手紙を受け取る事はあるが、こんなに丁寧でな手紙を受け取った事は一度もない。
他にも、マティアスとは今までいくつもの手紙を交わしている。
最初は繕い物へのお礼と、次の繕い物への依頼。そのどれもがドルマの仕事に対する深い感謝だったのだが、次第に小さな小さな個人の話しが増えて来て、今では繕い物が届く前に、私信が届くようになってきたほどだ。
ドルマはそれがとても嬉しくて、もう青い便箋に書かれた全ての言葉を諳んじるほど、ドルマは読み込んでいたのだ。
【ドルマへ。君の繕ってくれた手袋は、本当に素晴らしくて、手に吸い付くようにぴったりになっていた。君は本当にすごい。魔獣にやられて穴になっていた所に君が施してくれた丁寧な繕いは、とても気に入ってしまって、もう新しい手袋など全く欲しくないほど素晴らしいものだったよ、君は本当にすごい。
先週第1で魔獣との戦闘があったんだ。イノシシ型の魔獣で、相当手こずった。戦闘中イノシシの牙が私の手首をかすったけれど、君の手袋を着けていたおかげで、偶然牙の向きが少しそれて、かすり傷ですんだんだ。君のおかげだと信じている。心から感謝するよ。 やれやれ、今からまた訓練だ。私は高い所が苦手だから、物見の塔の訓練は本当に気が重い。君に繕ってもらったシャツを着て、なんとか乗り切るよ】
【ドルマへ。君は鳥が好きなんだね、私は鳥もすきだけれど、ウサギの方が可愛らしくて好きなのだけれども、騎士がウサギを可愛がっているなんて格好がつかないから飼ったことはない。私も君と同じくチョコレートが大好きだ。だがこれも騎士としてあまり格好がつかないから、母上以外には秘密にして、皆の前ではチョコレートが出ていても、ぐっと我慢してコーヒーばかり飲んでいる。
所でベストを繕ってくれて本当にありがとう。ポケットの底が少し危なっかしかったんだ。君はいつも丁寧に繕ってくれるから、戦闘に赴く時も君が繕った服を着ていると安心できる。次はどれを繕ってもらおうか、今から楽しみだ】
(本当に嬉しい。私、マティ様のお役に立てているのね・・・本当に、本当に嬉しい・・でも・・)
部屋の片隅で、一人で喜びと不安で顔を赤くしたり青くしたりするドルマには、理由があった。
マティアスから先程届いた手紙には、いつもの通りの小さな日々の出来事と、ドルマの繕い物のお礼、そして最後にこうあったのだ。
【ドルマ、本当にありがとう。是非君に直接会って、直接お礼を言いたいと思っていた。
そうしたら願いがかなったのか、私は来週第6に出張になったんだ。君に是非直接会ってお礼を言いたいんだ。ほころんだシャツと一緒に来週君の制服管理室を訪ねてもいいかな?】
(どうしよう)
騎士の持ち物にしては随分と上品で繊細な青い便箋を胸に抱いて、ドルマはため息をついた。
ドルマは人が恐ろしい。酷い対人恐怖症なのだ。
ドルマの日常は、毎日同じ。
人に会わない事が人生において一番大切な事項であるドルマは、朝は日が登る前から誰にも合わないように分厚いローブを被って寮を出て、食堂に職員であればだれでも食べて良い、並べて置いている朝ごはんを盗賊のごとく勢いで取って、誰もいない要塞の制服管理室に閉じこもる。
食事が終わると、制服管理室に閉じこもったまま、昼食が部屋の前に配達されるまで、ひたすら繕いものだ。
そして部屋の前まで配達される昼食を終えると、夜までまた繕い物。
外がとっぷり日がくれる頃に、誰にも会わないように細心の注意を払って、来た時と同じ用に分厚いローブを被って逃げるように寮の部屋に帰る。
寮の部屋の前には、夕食が配達されている。配達された夕食をこれまた盗人のごとく急ぎ部屋の中に持ち込んで夕食を済ませると、眠りにつくまでの時間で、出身の孤児院から預かってきた繕いものをして、部屋に備わっているシャワーを浴びて一日が終わる。
制服管理室と寮の部屋、なんとか食堂に行く以外は本当にどこにも行かないし、決して誰にも合わない。誰と言葉を交わすことはない。ドルマはそれを何よりも徹底しており、第6でもドルマの姿を知る人はもちろん、声を聞いた事のある人間ですら、ほとんどいないほどだ。
(・・私も優しいマティさんにお会いしてみたい。できればどんな方か、お話もしてみたい。でも・・)
ぼうっと考えごとして繕い物をしていたドルマの指先にちくり、と鋭痛が走った。
「痛い!!」
気がつくと、ドルマの指から赤いふっくらとした血が滲んでいた。
どうやら指を針で突き刺したらしい。
(繕い物の仕事をはじめてから、針で指を怪我するだなんて何年ぶりかしら)
ぼんやりと赤い血を眺めていたドルマの心に、記憶の奥から遠い思い出が蘇ってくる。
ー確か、あの日も、あの指からも、こんな色の血が流れていたわ。
ドルマの呼吸が浅くなり、頭がズキズキと重くなる。
(いやだ、思い出したくない)




