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対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士   作者: Moonshine
第1章:死なない騎士団

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2/8

年に1度の全辺境慰霊祭は、しめやかに第一要塞の大広間でおこなわれた。


広大な要塞をとりまとめるこの辺境伯家において、慰霊祭は年間を通じての最大の典礼となる。

第一要塞に屋敷を構える辺境伯家の屋敷に、国の重鎮という重鎮がずらりと集まり、王家からも王族が参列する。


この要塞なくしては、アストリア王国の安寧は成り立たない。

この要塞の守護を司る辺境伯家は、大変な重責を担っているのだ。


広大な断崖の要塞の、辺境伯自らが防衛する第1要塞に、各領地より代表者が送られ、式典に参加する。

各要塞からも、全部で20ある要塞の責任者が全てそれぞれ式典に招待されて、要塞での戦いの尊い犠牲者の名前が読み上げられる。一人一人の名が、高く青い空に吸い込まれていく。


緊張の連続であるこの大典礼を終えると、国家の重鎮もみな、この厳しい気候と要塞があるだけの地から、あっさりとすぐに去っていく。

要塞以外に娯楽も観光地もなにもないこの地に留まる理由がないからだ。

次に彼らがこの地に訪れるのは、1年後。

国防の尊い犠牲者を敬うためにのみ、渡鳥の訪れのごとくこの地にやってくる。


「マティアス様。第6要塞、ダンダップ隊長がおこしです」

「ああ、入ってもらってくれ」


王都からの客人が去り、ようやく静けさを取り戻したマティアスの執務室には、一人の男が呼ばれていた。

居心地の悪そうに、窮屈そうに新品の礼服に身を包んだこの男の名はダンダップ。

第6要塞の責任者だ。


「ああ、ダンダップ隊長。よくきてくれた」

一要塞の隊長が、この辺境を束ねる辺境伯の嫡子の執務室によばれるなど、通常はありえない。


「マッ!ママママティアス様、わ、私を直々にお呼びだと伺いました」


何か粗相があったのかと、キョロキョロ、おどおどとして、マティアスの前で落ち着きなく汗を拭っている太った男が、ダンダップだ。 第6要塞を治める責任者になってから、もう15年は経つという。


マティアスの目にはなにも変わった所のない、気のよさそうな中年の小太りな騎士にしか見えない。

かわいそうなほど怯えているこの隊長に、マティアスはゆっくりと声をかけた。


「ああ、驚かせて悪かった。そう固くなるな。この1年間、1人の死傷者がでなかった要塞の騎士団は、第6だけだと知って、興味が湧いたんだ。まずは礼を言おう。この1年よく兵士達を守ってくれた。感謝する」


 なにかの叱責でもうけるのだろうかと、顔面蒼白でこの貴人の呼び出しに応じていたダンダップは、泣きそうにほっとしたらしい、ヘナヘナと後ろで音がきこえそうなほど脱力している。


「あ、ありがたいお言葉に感謝します」


マティアスは微笑んで、第6要塞の報告書を指差して続けた。


「これを読ませて貰ったが、報告書には何も第6要塞で変わった事はなかった。魔獣の襲来数も襲来した魔獣の種類もほぼ去年と同じ、装備も同じ、一見すると何も変わらないいつも通り。だが、1年の間、誰も死傷者がなかった要塞は、この30年、今年のお前の要塞だけなんだ。隊長、一体この1年の間に何かがあったのか、どうか私に教えてくれないか」


大切な仲間が、一人でも助かるのなら。

マティアスは深く、この人のよさそうな男に頭をさげた。


ダンダップはこの貴人が自分に頭をさげて教えを乞うている事に、ほとんど顔を真っ白にしながら叫んだ。


「まままままマティアスさま! どうかお顔を上げてください、本当に、何もなかったんです! 多分、ただ少しみんな運がよかっただけです!」


ダンダップは、本当に何もなかった、と繰り返す。


「運が良い、とは?」


マティアスの後ろで、じっとダンダップを観察していたカイルが言葉を発した。

ダンダップは己に向かって近づいてくる、カイルの巨体に圧倒されながら、汗をかきながら続けた。


「え、ええ、みんな本当に、ちょっとだけ運がよかったんです」


「どういう事だ?」


「た、たとえば、落馬して頭から落ちた騎士がいたんですけど、運がちょっと良かったのか、落ちた先に馬のふんが大量にあって、ふんを頭からかぶって後が大変だったんですが怪我はしなかったりですとか、魔獣に攻撃をうけた兵隊が、危うく首を切られる所だったのに、その日に限って寝違えていて首にギブスをあてていたので間一髪斬られなかった、とかです。特に訓練もいつも通り、食事もいつも通りです」


「・・なるほど。ちょっと運がよかっただけ、か」


男達は考え込む。


ふんの山に頭から落ちて、落馬から命が助かったり、たまたま寝違えていたり。

この隊長の言う通り、ちょっと運がよかっただけ、たまたまの偶然に聞こえる。

だが、偶然にせよこの第六要塞の騎士団は、30年どの要塞でも成し遂げられなかった、死傷者ゼロを成し遂げている。


偶然ではない。何かが、作用しているはずだ。


そこで、カイルはとても小さな違和感に、気がついた。


「ダンダップ隊長、随分使いこまれた手袋をつけていますね」


式典用の制服には、新品に近い窮屈そうなものをこの隊長は纏っているというのに、手袋だけは、しっくりと、まるで肌に吸い付いているような使い込まれた物だった。言い方を変えると、式典にふさわしくないと言って良いほど、ボロいものをこの隊長は身につけていたのだ。


よく見ると、手袋にはあちこちに実に丁寧な継ぎが当たっている。


手袋などの制服や小物は軍の支給品だ。望めば大体いくらでも新しいものが支給されるし、ダンダップは、要塞の隊長だ。手袋など、いくらでも新品が与えられるはず。


ダンダップはニコニコと人の良さそうな笑顔で、大切そうに手袋を撫でながら言った。


「ええ、お恥ずかしいのですが、この手袋がいいんですよ。第6には繕いものが上手い娘がいましてね。一年前から麓の孤児院からの職業斡旋で、この娘が制服管理室に入ったのですが、この娘に繕ってもらった制服をきていると、ちょっと運がよくなるというジンクスで、ああ、変わったことといえばそのくらいですね。私も大事な式典に参加するので、あの娘に繕ってもらった手袋を付けて参加したのです」


「・・ほう。それは興味深い。是非私もその娘に会って繕いものをしてもらいたいものだ」


マティアスがそう言うと、ダンダップはブンブンと首を振って答えた。


「マティアス様、いえ、言ってみれば騎士の大好きなゲン担ぎのようなものですよ。ただの第6の騎士達で流行っているゲン担ぎの一つです。どうかお気にされないでください。それにあの娘に直接お会いになるのは難しいかと」


「どういう事だ?」


ダンダップは汗をかきかき、説明した。


「いえね、この繕いをしている娘は、ひどい対人恐怖なんですよ。手紙でやりとりはしてくれるので仕事に支障はないのですが、人と会って話すなど、とてもとても! 我々騎士達とも直接会って話しなどはできないので、基本制服管理室の外に繕いものを置いて、手紙やメモを渡して仕事の連絡をとりあっているのです。腕は確かなので、ハイ」


マティアスは少し考えた。


ダンダップは、一年前にこの娘が第6要塞の騎士の制服管理室に入った、そう言った。


 そして、偶然のたまものにせよ、この娘が入った第6要塞では、この30年で全要塞でなしとげられなかった、一年間の死傷者ゼロという快挙がなしとげられている。

 

魔獣たちとの熾烈な戦い野中、数々の命の修羅場を経験してきたからこそ、マティアスは知っている。

この世に偶然などという事はありえない。偶然とは、必然が解明されていない時の仮初の名前だ。


マティアスは、王都の歌姫だったという美貌の祖母にそっくりな美しい微笑みを浮かべて、やさしくダンダップに語りかけた。


「・・そうか。ありがとうダンダップ隊長。 では、その娘に手紙を書いて見るとするよ。その娘の名前を教えてくれないか」


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