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対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士   作者: Moonshine
第4章:遠雷

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コンコン


昼の太陽が落ちる頃から、ソワソワとドルマはもう落ち着かず、当たりが夕焼け色に染まる頃には、ドルマは髪を触ったり、気を紛らわそうと隅々まで掃除をしたりともう仕事が手につかない。


ようやく待ちわびた軽快なノックの音がする。この部屋の扉をこうも軽快なノックする人間など、この要塞でたった一人。

マティアスの訪問だ。


(今日もマティ様が訪ねてきてくれた)


ドルマは踊る胸を押さえて、いそいそと扉の前にゆき、そっと扉の隙間から、銀髪の訪問者の美しい顔を見つめる。


(本当になんて、綺麗なお方なのかしら。ちっとも目が慣れないわ)


ドルマはおもわず見とれてため息をついた。


マティアスはいつも、人の気配が恐ろしいドルマに気を使って、夕方おそく、要塞に人気がなくなってから、ドルマを訪ねてくれる。

マティアスの纏う高位貴族らしい冷たい氷のような美貌と、そしてその冷たい美貌に反してその薄い唇から紡がれるのは、いつもドルマを気遣う優しい優しい言葉。

マティアスの到来は、孤独なドルマの毎日の中の一番の楽しみだ。


(どうせマティ様に私の姿をお見せするわけでもないのに、私ったらどうしてしまったのかしら)


 厚い扉の向こうでの、髪をとかしたりウロウロと鏡を何度も確認したり、乙女心の大騒ぎなど知る由もないマティアスはいつものように、厚い扉越しに、ドルマに優しい優しい声をかけた。


「やあドルマちゃん。こんばんわ」

「・・・・こんばんわ」


ドルマはそっと扉に触れながら、蚊の鳴くような、たったそれだけの声を発した。

たったそれだけだけれど、それはドルマの持っているありったけの勇気を振り絞ったものだ。


扉の向こうで、優しい声の持ち主が微笑んだ気がする。

小さなスズランの花が扉の下の隙間からやってきた。今日行ってきたという、遠征のお土産なのだろう。

優しい声は続けた。


「・・ドルマちゃん、今日あった事を聞いてくれるか? 今日遠征で湖にいくといっただろう? 湖の方で、魔獣との小競り合いがあったんだ。だがドルマちゃんの繕いのおかげで、今回も魔獣との戦闘でも、死傷者はだれもでなかったよ。それどころか何と、今日は、怪我人一人でなかったんだ。本当に奇跡だ。

 君が繕ってくれているから、この第6騎士団はずっと安全だ。いつもありがとうドルマちゃん。この辺境を治めるものとして、是非礼を言わせてくれ」


 扉の向こうで微笑みながら、深々と頭を下げるマティアスに、ドルマは動揺して乱れた文字で書かれた紙を大急ぎで滑らせる。


「あの! スズランありがとうございます。はじめて本物をみました。とても嬉しいです。

 それから、本当に恐れ多いのでどうかマティ様は私などに頭を下げないでください、私は私ができる繕い物をしているだけです。私の繕いのおかげでみんな運が良くなって怪我しなかったなんて、本当によかったですが、優しい第6のみんながそう言ってくれているだけです、本当に」


アタフタとした慌てた文字列を見て、マティアスは笑って言った。


「それでも、連中は君の繕いは幸運を呼ぶとそう信じている。それに、君に繕いをお願いしたら、繕いの合間にこんな可愛らしい悪戯をしてくれるんだ。他の連中もそうだが、私は君の繕ったシャツ以外はもう着たくないよ。このシャツを着るたびに君の事が心に浮かんで、温かい気持ちになる」


そっとマティアスは、シャツの胸ポケットを大切そうに触った。


(あ、気がついてくれたんだ)


ドルマの顔に、自然と笑顔がうかんでくる。いそいそと扉の向こうに白い紙を滑らせた。


「まあ嬉しい、もう気がついてくれましたか。何時気がついてくれるか、前にシャツをお返しした時からずっと楽しみにしていました。マティ様はウサギが可愛いからお好きだと、そう言っておられたので」


ドルマはマティアスから預かった繕いもののシャツのポケットの中に、小さな小さなウサギの刺繍をして忍ばせておいたのだ。


「こんなにすぐ気がついて下さるなんて、やっぱり私、マティ様のこと、大好きです」


気がついてもらってとても嬉しかったのだろう。饒舌に、続け様に紙が扉の隙間から、踊るように滑り出してきた。


ーーー大好きです


おそらくはその言葉には、なんの他意もないのだろう。

繕いの間の手慰みに、謎掛けのようにほどこした刺繍を見つけてもらった事が嬉しくなって、純粋にそう言っているのだ。

だが興奮気味に元気よく滑り出してきた白い紙に綴られた言葉に、マティアスの心臓は一瞬、撃ち抜かれたように止まってしまった。


胸をおさえて、よろり、とマティアスは分厚い扉によりかかった。


「・・ねえドルマ。君は一体どんな顔をしているのだろう。髪はどんな色なんだろう。瞳はどう輝いているのだろう。笑顔はどんな笑顔なんだろう。・・・いつの日か君に会ってみたいな」


 先程うっかりと、マティアスの心に大きな爆弾を落としたことなどすっかり気がつかないでいる扉の向こうのウサギは、ひらりとまた白い紙を送った。


「私の顔なんて、地味でつまらないものですよ。マティ様のような美しい銀髪などではなく、どこにでもある茶色いおさげの髪で、茶色の瞳です。あ、でも、私には笑うとエクボがあるそうです」


「・・そうか。君の笑顔には、エクボがあるのか、・・可愛いだろうな」


マティアスはそう呟くと、愛おしそうに分厚い扉に触れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(ああ、行ってしまわれたわ)


今日はこれからダンダップ隊長の誕生日のパーティーだと言っていた。

騎士団の皆を連れて、これから酒場に行くのだという。

きっと明日は誰も起きてこれないから、ドルマも明日の朝はゆっくりと過ごすと良いよ。そう言ってマティアスは去っていった。


 ドルマはマティアスの銀色の背中が見えなくなるまで見送ると、残していったスズランの小さな花を抱きしめた。スズランの花は、要塞では滅多にみつけられない。

 湖のほとりで群生しているらしいのだが、湖まで行く用事がある時でないと、スズランの花など見ることはない。マティアスは遠征に行った時にわざわざドルマの事を思い出してくれて、こうして持ち帰ってくれたのだ。


 あんな高貴なお人が。あんな美しいお人が、この扉の向こうでただ繕いをしているだけの娘に、こんなにも優しく接してくれる。


(君の繕いしてくれた服を着ると、少しだけ幸運になる)

(君のおかげで、第6騎士団は安全だ)


そっと、マティアスの掛けてくれた魔法のような優しい言葉を心の中で反芻した。


(私、もっともっとマティ様のお役に立ちたい)


作業机に戻ると、ドルマは目の前に積まれた繕いのいる制服と向き合った。

どの穴のどの破れにも、薄い光の糸がぼんやりとでているのが見える。


ドルマはパン、と両手で頬を叩くと、気をとりなおして、針と糸を持った。

そして薄く光る糸を手にとると、今日の仕事の続きにとりかかった。




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