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対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士   作者: Moonshine
第4章:遠雷

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12/14


(あー、ドルマ、ドルマなんて可愛い・・)


ドルマとマティアスの、扉越しの邂逅からしばらく立った。

あの日からも、忙しい毎日の合間に二人の小さな手紙と繕い物のやりとりは続いていた。


第六に設置された執務室で書類と向き合うマティアスはもう、気がつけば一日中呆けたようにドルマの事しか考えていなかった。

ドルマを思うと心が弾むし、ドルマからの手紙を読むと、天にも登った気持ちになる。 ドルマが繕ってくれたシャツを着ると、なんとも面はゆいような、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。

こんな気持ちにとらわれたのは人生で初めてだ。


ぼうっと執務室の部屋の窓の外を眺めて、一人でニヤニヤとしているマティアスの後ろで、あきれたカイルは言った。


「なあ、お前のそれ、恋じゃないのか? それにしても、ドルマちゃんっていつも扉の後ろに隠れているから、顔も、髪の色も、何も知らない相手だろう? そんな相手に恋するなんて、どうなってるんだ?」


マティアスはやっと同じ部屋にいるカイルの存在に気がついたらしい。

少しきまずそうに咳払いをすると、言った。


「いや、カイル、ドルマちゃんとは断じてそんな関係ではない、彼女はただの調査対象で、第六の新しい友人だよ。だがドルマの事を思うと胸が一杯になって幸せな気持ちになるんだ。・・本当に臆病で、可愛らしくて、まるで怖がりの子兎のようなんだ」


でへへへ、とだらしない顔をしたマティアスに、カイルはため息をついて思う。


(それを世間的には普通恋っていうんだけどな・・)


とりあえずまだウズウズと続きの話しがしたそうなマティアスを邪魔する事なく、カイルは黙って続きを聞いた。


「確かにカイル、お前のいう通り、ドルマちゃんの顔は知らない、だが彼女の事を何も知らない訳ではない。最近はほんの一言、二言の小さい声だが、声をきかせてくれるようにまでなったんだ」


大威張りでカイルに堂々とそう告げるマティアスに、カイルは促した。


「へえ! それは・・えっと、・・大した進歩だな、二人でどんな話しをするんだ? 」


マティアスは鼻高々、と言わんばかりに言った。


「いいか、驚くなよ。俺が訪ねていって、こんばんわ、と言ったら、こんばんわ、と返してくれるようになったんだ!! そして俺が帰るというと、おやすみなさいと小さい声で言ってくれるんだ!!」


カイルは呆れて明後日の方向を見ながら思った。

(おいおい、なんじゃそりゃ・・まだ学舎に通ってるうちの8歳の甥っ子の方が、もうちょっと進んでる・・)


「そ、そうか。よかったな」

「ああ、そうなんだ!!」


ご機嫌で鼻歌でも歌い出しそうなマティアスに、カイルは思った。


(・・たったそれだけで、いい大人の男があれだけ緩い顔になって、こうも盛り上がれるんだ、ちょっと俺からしたらうらやましいよ。あいつの二つ名は確か、辺境のユキヒョウとかいう物騒なやつだったはずだが・・)


しらっとしたカイルの目など、もうマティアスはどうでもいいらしい。言いたいことを吐き出すと、もうマティアスの頭の中にはドルマのことしかない。


(ドルマ・・可愛い・・すごく・・冷たい指先をしていた・・あの小さな手を握りしめて、温めてあげたいよ・・)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第6騎士団の控室にて。


「おい、最近なんかおかしくないか」

「ああ、気味がわりぃほど運がいい。何かが・・ちょっとおかしい」


 運がいい事は喜ぶべき事だ。

特に、戦闘中の幸運は、勝負の行方を支配するものだし命に関わる。騎士たちがジンクスをやたらと尊ぶのも、それが理由だ。


 だが、ここの所、それが異常なのだ。

ある騎士は、魔獣との戦闘の際に、ポッキリと折れてしまった剣が偶然にも突進してきた魔獣の首に刺さった事があった。魔獣の群れの突進から逃げ遅れていた騎士は、急に、足元の岩場が崩れて逃げおおせた事があった。羽虫型魔獣の襲来に備えていた時など、急にどこからか突風が吹いて、軽い羽虫型の魔獣は空の高みに吹飛ばされた事もある。


「カイル様、こんなことが続くっておかしくないですか、怪我がなかったのは本当にありがたいのですがね、まるで運命が歪まされているような、そんな気がして気味が悪くてしょうがないんです」


すっかりと第6の騎士に馴染んで、今や騎士たちの中心人物となっていたカイルも、それは薄々と感じていた事だ。

カイル自身も最近同じような経験をした。

魔獣と戦っている際に、首めがけて魔獣の爪が襲いかかってきたと言うのに、爪がまるで見えない力に阻まれるようにカイルの目の前でそれて、近くの木に刺さったのだ。

王国最強とよばれる辺境騎士団の団長の息子として、数々の激しい魔獣との戦いに身を投じてきたカイルですら、こんな事は初めての経験なのだ。


(・・気味が悪いほどの不自然な幸運だ)


何かが、おかしい。

ゾッとうすら寒くなる背中をグッと堪えて、明るい笑顔でカイルは皆に応えた。


「ははは、歪んでいようが何だろうが、怪我がなければそれでいいだろう。気のせいだ。所で運が良いといえば、今日はダンダップ隊長の誕生日だろう、マティアス様の奢りでみんな飲みに連れて行ってくれるそうだぜ!」

「うおー!! ただ酒だ! やった!! 馬番の連中にもみんな知らせてやろうぜ!!」

「ひょおお!! 俺達運が良いなあ!」

「ははは、現金だな。運がよすぎて気味が悪いのじゃなかったか?」

「それとこれとは別ですよカイル様、酒だ!酒だ!」


 妙な空気になりかけていた騎士団は、一気に今日のマティアスが奢ってくれるという酒の話でワッと大変な大盛り上がりだ。


 だが、第6騎士団で生まれた小さな疑念の目は、消える事はなかった。


それは「ドルマの繕いは、幸運を呼ぶ」と言う騎士たちの間の噂が、「ドルマの繕いは幸運を呼ぶが、運命の理を歪めてしまうものでもある」と言うまことしやかな噂と変化を遂げて、そして少しずつ、少しずつ騎士団の外へ広がっていったのだ。



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