■ 第三十九話 「夜に紛れる影」
夕方。
街の空気はどこか落ち着かなかった。
帝国軍が動いた。
その噂は、あっという間に街中へ広がったらしい。
酒場。
武器屋。
宿。
どこに行っても同じ話だ。
「戦争になるのか?」
「まだ分からねえ」
「でも斥候が出てるって話だ」
不安と興奮が混ざった声。
俺たちは宿の部屋に戻っていた。
竜星がベッドに寝転がる。
「戦争かー」
「面倒だな」
青森が椅子に座ったまま言う。
「避けられるなら避けたい」
朱は窓の外を見ている。
静かだ。
だが。
街の空気はどこか張り詰めていた。
俺は籠手を外す。
チェーン。
短剣。
軽く魔力を流す。
短剣がわずかに浮いた。
まだ慣れていない。
だが。
確実に扱えるようになってきている。
「三刀流、慣れてきたか?」
竜星が聞く。
「まだだ」
「戦闘で使いこなすには時間がいる」
青森が言う。
「それでも十分異常だけどな」
竜星が笑う。
「まあな」
その時だった。
――ドン!
外から鈍い音が聞こえた。
俺たちは顔を上げる。
「……何だ?」
竜星が起き上がる。
続いて。
遠くから声が聞こえた。
「捕まえろ!」
「逃がすな!」
冒険者の声だ。
青森が立ち上がる。
「外が騒がしいな」
朱が窓を開ける。
下を見る。
「……追跡」
「数人」
竜星が窓から顔を出す。
「お、マジだ」
通りを何人もの冒険者が走っていた。
その先。
黒い影が一つ。
屋根を飛び越えていく。
速い。
明らかに普通じゃない。
青森が言う。
「盗賊か?」
朱が首を振る。
「違う」
短く言う。
「軍人」
俺もそれを感じていた。
動き。
気配。
無駄がない。
竜星が笑う。
「なるほど」
「帝国の斥候か」
その時。
影がこちらの建物の屋根に飛び乗った。
足音。
軽い着地。
黒いローブ。
フードで顔は見えない。
だが。
確実に。
こちらを見た。
次の瞬間。
影が動いた。
逃げる。
屋根から屋根へ。
竜星が笑う。
「おいおい」
「完全にスパイじゃねえか」
青森が言う。
「追うか?」
朱がすでに窓枠に足をかけている。
俺は籠手をはめた。
チェーン。
短剣。
魔力を流す。
短剣が浮く。
俺は言った。
「行くぞ」
そして。
俺たちは窓から飛び出した。
屋根へ。
夜の街。
冷たい風。
遠くを走る黒い影。
帝国の斥候。
戦争の影は。
もうこの街まで来ていた。




