■ 第二十八話 「殺心受容」
街に着いた頃には、もう夜だった。
隊商はそのまま宿を取った。
大きな宿ではない。
だが隊商が泊まるには十分な広さだった。
酒場では、もう宴が始まっている。
「乾杯だ!」
「盗賊を倒したぞ!」
笑い声。
酒の匂い。
肉の焼ける音。
竜星はすでに輪の中心にいた。
「おい龍凱!飲め飲め!」
青森も笑っている。
「今日は祝う日だろ!」
朱は壁際で静かに座っていた。
いつもの光景。
いつもの空気。
だけど。
俺はその中に入れなかった。
「……少し外に出る」
誰にも聞かせるつもりはなかったが、青森が気づいた。
「ん?もう寝るのか?」
「……ああ」
「今日は休め」
軽い調子だった。
俺は宿の階段を上がる。
部屋。
扉を閉める。
静かになった。
椅子に座る。
剣を机に置く。
そして。
刃を見る。
まだ、血が残っている気がした。
洗ったはずなのに。
目を閉じる。
思い出す。
斬った瞬間。
肉の感触。
骨に当たる手応え。
男の目。
倒れる音。
胸が重い。
これが。
人を殺すということ。
日本にいた頃。
こんなことは考えもしなかった。
だが。
この世界では違う。
今日の戦い。
もし俺たちが躊躇していたら。
死んでいたのは。
商人たちだ。
仲間だ。
朱かもしれない。
竜星かもしれない。
青森かもしれない。
拳を握る。
「……人を殺すのは悪いことだ」
それは間違いない。
だけど。
「殺さなければ守れない」
それも事実だった。
この世界で生きるなら。
この世界で守るなら。
必要になる。
今日だけじゃない。
これからも。
何度も。
何度も。
人を殺すことになる。
目を開く。
天井を見る。
「……なら」
心が壊れる前に。
考える。
もし。
心が耐えられなくなったら。
剣を振れなくなる。
その時。
守れなくなる。
朱も。
竜星も。
青森も。
だから。
必要だ。
壊れないための方法。
ゆっくりと呟く。
「仮面を被ろう」
冷たい仮面。
残酷な仮面。
人を殺しても。
何も感じない仮面。
その仮面があれば。
守れる。
守るために殺せる。
そして。
仮面を外した時だけ。
本当の自分に戻ればいい。
胸の奥で。
魔力が揺れる。
創造魔法。
思考が形になる魔法。
なら。
作れるはずだ。
概念。
精神。
人格。
全部。
創れる。
静かに目を閉じる。
「創造魔法」
――とぷん
「⋯⋯汝、どのような能力を望む?」
魔力を集める。
頭の中で形を作る。
感情。
罪悪感。
恐怖。
全部。
仮面の向こうに押し込める。
戦う時だけ。
別の心になる。
殺す覚悟を受け入れる心。
魔力が震える。
空気が重くなる。
頭の中で。
言葉が浮かんだ。
――成立。
静かな声。
魔法の完成を告げる感覚。
次の瞬間。
頭の奥に何かが刻まれる。
スキル。
名前が浮かぶ。
<殺心受容>
殺す覚悟を受け入れる心。
ゆっくりと息を吐く。
胸の重さが。
少しだけ軽くなっていた。
完全に消えたわけじゃない。
だが。
確かに違う。
剣を見る。
もう。
手は震えていない。
「……これでいい」
守るために。
殺す。
この世界で生きるなら。
それが現実だ。
窓の外では。
まだ宴の声が聞こえている。
笑い声。
酒の音。
その音を聞きながら。
俺は静かに目を閉じた。
この夜。
心の奥に。
一つの仮面が生まれた。
まだ誰も知らない。
この仮面が。
いつか。
大きな運命を呼ぶことになることを。




