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■ 第十七話 「欠けた月と再会の夜」

 森の奥。


 崩れかけた石の砦を前に、朱は立ち止まった。


 石壁はところどころ崩れているが、人が使うには十分な拠点らしい。松明の火が揺れ、男たちの笑い声が夜の森に漏れていた。


「……いるな」


 朱は静かに拳甲を握り直す。


 さっき助けた男の言葉が頭に残っていた。


『娘は、まだ十歳なんだ』


 胸の奥がじわりと熱くなる。


「……なら」


 朱は壁の崩れた場所を見つけ、音を立てないように砦の中へ入り込んだ。


 中には焚き火。


 その周りに盗賊が三人、酒を飲みながら笑っている。


「ガキは奥の部屋だ」


「泣きすぎて声枯れてたぞ」


「ははは! そりゃそうだろ」


 その瞬間だった。


 朱の中で、何かが完全に切れた。


 気づいた時には動いていた。


 背後から近づき――


 拳。


 鈍い音。


「ごっ――」


 一人目が声も出せず崩れ落ちる。


 もう一人が振り向く。


「な、誰――」


 言い終わる前に、拳が顔面に叩き込まれた。


 骨が嫌な音を立てる。


 男はそのまま地面に倒れた。


 最後の一人が慌てて剣を掴む。


「敵だ!!」


 叫び声。


 砦の奥から足音が増える。


 朱はゆっくり拳を握り直した。


「……ちょうどいい」


 目が完全に戦いの色になっていた。


 盗賊が四人、五人と集まってくる。


「ガキ一人だぞ!」


「囲め!」


 剣が振り下ろされる。


 朱は体を捻って避ける。


 腹に拳。


 空気が抜ける音。


 膝蹴り。


 顎が跳ね上がる。


 さらに拳。


 倒れる。


 だが人数が多い。


 背後から斬撃。


 肩に浅く刃が走る。


「……ちっ」


 血が流れる。


 それでも止まらない。


 拳を振るう。


 一人倒す。


 二人倒す。


 三人倒す。


 だが。


「はぁ……はぁ……」


 息が荒い。


 腕が重い。


 拳に残る感触。


 倒れている男たち。


 そして。


 ふと、頭の片隅に浮かぶ。


(……なんか)


(強くなってる?)


 気のせいかもしれない。


 でも確かに体が少し軽い。


 さっきまでより動きやすい。


 その感覚に一瞬戸惑う。


 だが。


「……」


 すぐに思考を止めた。


 考えたくなかった。


 盗賊の一人が笑う。


「へへ……疲れてきたか?」


 剣を構える。


「もう終わりだな」


 朱は拳を握る。


 腕が重い。


 呼吸が苦しい。


 血の匂い。


 倒れた男たち。


 その光景が胸に重くのしかかる。


「……」


 頭の奥で声がする。


 ――やめろ。


 ――戻れ。


 でも。


「……今さらだろ」


 朱は小さく呟く。


「ここまでやっといて」


 少し笑う。


「止まれるかよ」


 盗賊たちが一斉に来る。


 剣。


 ナイフ。


 怒号。


 朱は拳を構えた。


 だが――


「おーおー」


 場違いなほど軽い声が響いた。


「なんかすごいことになってんじゃん」


 盗賊たちが振り向く。


 砦の入口。


 そこに一人の男が立っていた。


 青いコート。


 肩には刀。


 どこか気の抜けた表情。


「……誰だてめえ」


 盗賊が睨む。


 男は頭をかきながら言った。


「いやー通りすがり」


 そして朱を見て、目を丸くする。


「……って、お前」


「朱じゃん」


 朱も目を見開いた。


「……青森?」


 男――青森大生は笑った。


「おー久しぶり!」


「ってかお前何してんの!?」


 周りを見渡す。


 倒れている盗賊。


 血。


 戦闘の跡。


「……いや待って」


 指を折りながら数え始める。


「一人、二人、三人……」


「ちょっと待て多くない!?」


 盗賊が怒鳴る。


「おい無視すんな!!」


 青森は「あ、ごめん」と軽く謝った。


 そして朱の肩を見る。


「怪我してんじゃん」


「……まあ」


 青森は少しだけ真面目な顔になった。


「なるほどね」


 刀をゆっくり抜く。


「事情は大体分かった」


 軽く笑う。


「あと数学的に言うとさ」


「この人数差はさすがに分が悪い」


 盗賊が叫ぶ。


「殺せ!!」


 その瞬間。


 青い閃きが走った。


 盗賊の一人が崩れる。


 誰も反応できない速度。


 青森は刀を軽く振った。


「まあでも」


 にっと笑う。


「途中式くらいは手伝ってやるよ」


 朱はその背中を見た。


 助かった。


 そう思う。


 同時に。


 胸の奥で何かが沈んだ。


 自分は今。


 何人殺した?


 数えようとして。


 やめた。


 数えたくなかった。


 その夜。


 朱の心には、静かな傷が残った。

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青森大生?聞き覚えというか身に覚えが……まぁ、気のせいということにしておこう。
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