銀河帝国皇帝視点 壊れそうな貨物船が現れました
「ワープアウト完了しました」
「第25恒星ヤムサ外縁部です。誤差ゼロ」
「全艦無事ワープアウト完了」
「暗黒竜の流れ、少し活発になっておりますが、まだ通行に支障はありません」
オヘレーターが次々に報告してくれる。
「陛下いかがいたしますか?」
恭しくアンドレイが尋ねてくれた。
珍しいこともあるものだ。もっとも久しぶりの外征だったのでアンドレイも慣れていないのかもしれない。
イグナートと思わず今は亡き元伴侶を呼びそうになって私は口を閉じた。
奴は勇者だったし、艦隊の指揮も出来た。こういう時は次々に指示を飛ばしてくれたのに。
死んでしまったのが悔やまれる。
「ドワルスキーを……飛び出さすなよ。今回奴は補給部隊の護衛だからな。補給部隊はこの位置で待機だ」
危うくドワルスキーを先鋒にしてと言いかけて慌てて修正した。
今日は本当にどうかしている。
これも久しぶりだからだろうか?
「伝言しておきます」
「うん。予定通り、第25戦隊を先頭に惑星ユバス目指して進路を取れ」
「了解しました。第25戦隊、先鋒で前に」
「はっ、陛下。機動歩兵10機をして索敵させながら前進します」
ゆっくりと第25戦隊が前に出た。
ドワルスキーに比べるとやけにゆっくりだと感じるのは気のせいか?
私は思わず眉をしかめた。
「いつもドワルスキーになれておりますと、セリューニナは教本通りと申しますか、ゆっくりですな」
そんな私を見てグレゴリーが言いだした。
「ドワルスキーなら言われる前に飛び出しておりますからな」
「奴に慣れている身には少し辛いかもしれませんが、これが普通でございます」
私はグレゴリーにやんわりと注意されたのが判った。こんなことで怒るなと言うことらしい。
しかし、ドワルスキーに慣れた身には、このスピードはゆっくり過ぎるのだが……
仕方がない。
「アンドレイ、ユバス王国に通信を。一応宣戦布告はせねばなるまい」
私は他に目を向けることにした。
「了解しました」
アンドレイが通信士に指示を飛ばす。
この艦橋には通信士や護衛含めて100人以上が詰めていた。
二重三重の円形状の席にオペレーターが座る巨大な指揮所だった。
「ユバス国王陛下が出られます」
オペレーターの言葉に私は頷いた。
「これはこれは皇帝陛下、お久しぶりですな。このような辺境の地までいらっしゃるとはどういう風の吹き回しで?」
気の小さそうな男が出てきた。どこかの会議であったことはあるが印象は薄かった。
「ふんっ、よく言う。その方の娘に呼ばれたのだ」
「エレオノーラにございますか?」
いぶかしそうな表情で国王が聞いてきた。
「エレオノーラ? そんな名前だったか?」
「違います。エレオノーラは二番目の王女です」
私にアンドレイが教えてくれた。
「ふざけるな! 貴様の所の跳ねっ返り娘にだ。名は厄災姫で本名は……」
「セラフィーナだ! 婆皇帝! 厄災姫って言うな」
思い出そうとしたら、いきなり画面が切り替わって、小娘の映像になった。
「誰が婆だ!」
切れた私は画面の厄災姫と睨合った。
「婆! 陛下にそのようなことを言うとは」
「ほんに命知らずな」
横でアンドレイとグリゴリーが目を丸くしていた。
「その方良くも借金を踏み倒して逃げ出してくれたな」
「ふんっ、借金はフッセン男爵がしていたことだ」
「その金を横領していただろうが」
「証拠はないはずじゃ」
「データを改ざんしたら良いというものでは無いぞ」
「文句は銀行の能なし共に言え」
「ふん、まあ良い。それよりもさっさと降伏しろ。降伏したら私の先駆けとして一生涯雑用にこき使ってやるわ」
「あっはっはっはっは。面白い。負けるためにわざわざこんな地まで来てくれた皇帝がふざけたことを言う」
小娘がいきなり大きなくちを開けて笑ってくれた。この泣く子も黙る皇帝の前で良くも大口を叩いてくれた者だ。そんな者はとうの昔に皆宇宙の藻屑にしてやったが……
「何だと、小娘!」
「まあよい。私はユバスの衛星軌道上で陛下のお相手させてもらいますぞ。逃げるのなら今のうちじゃ」
「よく言った。私は今まで1度として負けたことがない。貴様のその生意気な首を取って今回も勝たせてもらうわ」
「初陣以来25年、負けなしか。最初の一敗をこのセラフィーナがつけてやるわ」
「ふんっ、その威勢がいつまで続くかじっくりと見せてもらうぞ」
私は合図をして映像を切らせた。
「あの小娘、許さん!」
私の怒声に思わず近くのオペレーターがぴくり肩を震わせた。
何という生意気な小娘だ。私に婆と言うなど絶対に許せん。目にもの見せてやるわ。
キリキリと歯を噛みしめていると、
「しかし、彼の小娘、少し変でしたな」
アンドレイが言い出した。
「何が変なのだ。相も変わらず生意気だったではないか」
私がむっとして聞き返すと、
「いや、あの小娘と一緒に少し過ごしましたが、もう少し礼儀作法がきちんとしていたように思ったのですが」
「どこが礼儀作法がなっているのだ? 全然ではないか」
未だに小娘に怒りを覚えて私は憤りを感じていた。
「そうなのですが、何か語尾も少しおかしかったような気がしましたが」
「陛下、第25戦隊長から通信です。不審な船がこちらに通行して来るそうです」
「何だと」
私は呟いているアンドレイを無視してセリューニナの映像を見た。
「不審な船とはなんだ?」
「はっ、このボロボロの貨物船です」
「用途を確認したのか?」
「何でも戦争を回避するために避難民を乗せて逃げだそうとしている船だそうで」
「何故その船が艦隊に向かって来るのだ。普通は避けるだろうが」
「それが故障しているようで。姿勢制御のバーニアが壊れているようです」
貨物船のアップになった。姿勢制御のバーニアが点滅しているが、ほとんど火は噴いていない。
「申し訳ございません。動かそうとしているのですが、上手くいかないのです」
「メインエンジンまた、止まりました」
「な、何をしているのだ。すぐに治すのじゃ」
画面の下の方にその船の艦橋らしき所が映し出されて白髪の老婆達が謝りながら必死に操作しているのが判った。
「ええい、こやつ等は宇宙に出るのにろくに整備もしておらんのか」
私は眉を上げた。
「いかがいたしますか? 戦に先駆けて宇宙の藻屑に変えてしまいましょうか」
物騒なことをセリョーニナは言いだした。
「セリューニナ、相手は民間船なのだろう? 船の制御が出来ないのなら機動歩兵2機を着けて艦隊の圏外まで誘導しろ」
「しかし、このままでは艦隊の真ん中を突っ切ることになりますが」
「やむを得まい。こちらが右に迂回しろ」
「陛下が船の進路を変えられるのですか?」
セリューニナが驚愕してくれた。
「やむを得まい。戦の前に無闇な殺生はせん」
「了解しました」
私は仕方なしにそのおんぼろ船を迂回させたのだ。
「全艦右旋回させよ」
オペレーターの声とともに戦隊ごとに並んだ艦隊の縦列が迂回する様は壮大な眺めだった。
そして、我が艦隊が空けたスペースを前後に一機ずつついた機動歩兵がその壊れかけの貨物船を誘導していくのが見えた。
もっともその貨物船は相も変わらず操縦が上手くいっていないみたいであちらに行ったと思ったら今度はこちらに向かうという具合で上手く進んでいなかったが……これで果たしてこの宙域を出られるのかさえ不安に見えた。
まあ、仕方があるまい。これが平時なら修理させて送り出すのだが、今は戦時だ。後はその船の乗組員に任すしかないだろう。私はその船のことは忘れることにした。
まさかその船がユバスの秘密兵器で老婆が厄災姫だとは私は想像だにしていなかった。
ここまで読んで頂いて有り難うございます。
次回、ついに決戦の火蓋が切られます。
お楽しみに!








