1-8 夜会へ
(あぁ......憂鬱)
いっそ次の日が訪れなければいいのに、だなんて無謀な夢を抱いたベルローズだったが、当然翌日は訪れ、彼女は侍女によって磨かれている最中だった。
心のなかでどれだけ嫌がったところで侍女の手は止まるわけがなく着実に夜会への支度は終わりつつある。
「髪型はどのようにしますか?」
「......このドレスに似合いそうなものにして」
「かしこまりました」
侍女の指が自身の白い髪に通るのを感じながら、ベルローズは正面にある鏡に映った自分に意識を向けた。
(ベルローズってほんとうに美少女よね......)
そんなことを思いながらベルローズがじっと見つめる鏡の中には、陶器のような肌のうえに少しだけ猫目がちで化粧を施されてキラキラと輝く大きな目や、艶々とした口紅がのる小さな唇など一つ一つのパーツが綺麗に揃って並んでいる美少女が映っていた。
さすがは悪役令嬢といったところである。
ベルローズがそんなことを考えている間にも侍女はせっせと手を動かしていて、しばらく経つと髪は綺麗に結い上げられていた。
髪型が完成したのか、侍女は一度ベルローズから離れて彼女の数多いアクセサリーからドレスの雰囲気に合いそうなものをいくつか取ってくる。
侍女は取ってきたアクセサリーを丁寧にベルローズの前に置いて、ひとつずつ彼女につけていった。
髪飾りも、ネックレスも、ブレスレットも、ピアスもつけられたベルローズは侍女の終了の合図を受けてスクッと立ち上がる。
部屋に置かれた全身鏡に映るベルローズは薄い水色のドレスを身にまとっている。
(とても可愛いドレスだけれど......がっつりルシウスの瞳の色だわ......)
ベルローズの動作にしたがってユラユラと揺れるドレスのスカートには小さな宝石が縫いつけられていて、上品ながらも豪華さを演出している。
前世ではドレスなんて縁遠い一般家庭で育ったベルローズにしてみれば、着ているだけで浮き足立ってしまうようなドレスなわけだが、ベルローズが心の中で呟いたとおりルシウスの瞳の色を反映させたドレスである。
強引にルシウスから夜会の同伴を勝ち取ったベルローズがデザイナーや仕立て屋にわがままにわがままを重ねて仕立てさせた1品であり、どれほど迷惑をかけたか考えるとこれを着ないという選択肢はなかった。
「ヴェリアンデ侯爵令息がご到着なさいました」
「そう......今行くわ」
控えめにベルローズの自室をノックした執事の言葉にベルローズは小さく頷く。執事が部屋を退出したあと、くるりと鏡を振り返ったベルローズはキュッと口角をあげてみせた。
(大丈夫よ。前世を思い出したとはいえ私はベルローズなんだから、一か月前の自分を再現するなんてわけないわ。恋に愚かな少女になればいいの)
そんなふうに心のなかで自分に言い聞かせたベルローズは「大丈夫よ……」と小さく呟いて踵を返し、部屋をあとにした。
屋敷の廊下を悠々と歩くベルローズはしばらくすると正面玄関へと辿り着く。
そこにはルシウスがレインと談笑していた。ベルローズがいる方に背を向けているルシウスはもとより、レインも彼女に気づいていないようだ。
優雅な仕草を意識しながらベルローズは彼らに近づく。
ベルローズの存在に気づいたレインに「あ、来たぞ」と言われたルシウスがゆっくりと振り返る。
サラリとしたミルクティー色が揺れてベルローズの方へ向けられた瞳は、彼女が着ているドレスにそっくりの薄い水色で、少し目尻が垂れていることで13歳にして既に完成している端正な顔立ちに幼さを残している。右目の下には泣きぼくろがあり、それが数年後に妖艶さを醸し出す要素の一つとなることをベルローズは知っていた。
息を呑むほど美しい容貌を前にして、ベルローズはにこっと微笑んで甘い声で言葉を紡ぐ。
「ごきげんよう、ルシウス様」
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