1-7 レインの疑い
屋敷に帰ったベルローズは先ほど遭遇したヒロインのことを考えながら自室へ向かう。
(やっぱりヒロインも転生している……という可能性が一番しっくりくるわ)
馬車の中でも考えた可能性をグルグルと考え続けながら、ベルローズが廊下の角を曲がると、その先に人がいたようでぶつかってしまった。
「うわっ!」
「あ、おい! 大丈夫か?」
深く思考していたことが災いしてしっかり尻もちをついてしまったベルローズに、慌てたようにレインが声を掛ける。
ベルローズがぶつかったのはどうやらレインらしい。
「お兄様……」
「悪い。立てるか?」
無愛想な表情を少しだけ申し訳なさそうに歪めたレインは、床に座り込んだベルローズに手を差し伸べる。
「ありがとうお兄様。ごめんなさい、考え事をしていてお兄様が歩いてくるのに気づかなかったわ」
差し伸べられた手を取りながら立ち上がったベルローズは、着ているドレスが汚れていないか確認をしながらレインに謝罪をする。
レインは相変わらず無愛想な表情と声音で「そうか」とだけ言った。
(ものすごく……気まずいわ)
ベルローズは心のなかでうなだれる。
立ち上がった後すぐにレインと別れればよかったものを、理由は知らないが彼がじーっとベルローズの方を見つめているものだから「それじゃぁ」と言うことも出来ず、ベルローズは沈黙のなか足を動かすことができなくなってしまった。
「……お兄様? 私に何か用でも?」
「お前に限って忘れていることはないと思うが……」
沈黙に耐えきれなくなったベルローズが首を傾げながらレインに問うと、レインはそんな前置きを言葉にした。
「忘れているって……なんのこと?」
「明日の夜会のことだ。ルシウスと一緒に行く予定だろう?」
「!?!?」
ベルローズは口を半開きにしたまま、サッと青ざめる。
そんな妹の様子にレインは「まさか……忘れてたのか?」と言葉を続けるが、その言葉はベルローズの耳に全く入っていなかった。
(そうだった! 二ヶ月前に私がわがままを突き通して、ルシウスに夜会のパートナーを頼んだったわ!)
熱病にかかってからというもの、どうしたら乙女ゲームの終了後も生きられるのかという問題のことばかり考えていたベルローズは、前世を思い出す前に自身が言い出したわがままをすっかり忘れていた。
「ベルローズ。最近お前おかしくないか?」
「え?」
頭の中で大パニックを起こしていたベルローズだが、不審げなレインの言葉で我に返ることになる。
ベルローズがレインの方へ意識を戻すと、レインは疑わしげな表情で彼女の方を見ていた。
「おかしいって……お兄様、私のどこがおかしいって言うの?」
「前まで二日に一度はルシウスに会えないと生きていけないとか叫んでいたのに、もう3週間ぐらい会っていないだろ?」
「いや、それは……万全な姿を見せたいからで」
「まぁその理屈はわからなくもないが、それにしても会わなさすぎだろう」
ベルローズは背中にたらりと冷や汗が伝うのを感じた。
今までベルローズのルシウスへの恋情によって多大なる迷惑を被ってきた人間の一人であるレインは想像以上に鋭かったようだ。
「……わざと引いてるのよ。押してだめなら引いてみろって言うでしょ?」
「いや、そんな言葉聞いたことないが」
「それはお兄様が恋愛小説を全く読まないからよ。これは恋愛の鉄則なの」
「……そうか。まぁ人がそんな急に変わることはないよな」
苦し紛れに出た言い訳だったが、恋愛に疎いレインは運よく丸め込めたようでベルローズはほっと胸を撫で下ろす。
「それじゃ、俺は父上に呼ばれているから。引き止めて悪かったな。明日の夜会の支度はちゃんとしておけよ」
レインはそれだけ言ってベルローズの隣を通り過ぎていく。
レインの足音が遠ざかったのを感じたベルローズはカチコチに固まっていた身体からふっと力を抜いた。
(明日……夜会でルシウスと会わなくちゃいけないのね。それもパートナーなんだから夜会の間ずっと一緒にいなきゃじゃない……)
突然降って湧いた__正確には二ヶ月前から決まっていたことだが__ハプニングに加えて、レインに怪しまれている今、ルシウスをこれ以上避けることは出来ないと察したベルローズははぁーっと盛大なため息をこぼしたのだった。
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