番外編 建国祭の約束
「あら、レイン」
生徒会での仕事が終わり、生徒会室から出たリオネは生徒会室へと向かって歩いてくるレインとその他二人に気づいて声を漏らす。
「おつかれ、リオネ。ベルローズとリアはまだか?」
「えぇ。まだ少しだけ仕事が残っているらしくって、それが終わってから帰ると言っていたわ」
レインはリオネの言葉に静かに頷く。
それからくるりと後ろに立つ二人に振り返り、口を開いた。
「俺はリオネと一緒にもう帰るが、二人はどうする? ルシウスは今日フェルメナース邸」に来るんだろう?」
レインの質問に二人は間髪入れず同時に答えた。
「ベルを待ってるよ」
「リアを待つ」
レインの後ろから二人を覗き込んでいたリオネとレインは揃って目を丸くした後、顔を見合わせて笑う。
そんな二人の様子にリュシールはきょとんと首を傾げて口を開いた。
「なぜ笑う?」
「いえ、なんでもないです。それではごきげんよう」
リュシールの質問をひらりと躱したリオネは優雅にルシウスとリュシールにそう言って、学園の玄関へと向かっていく。
レインもそれに続いて二人にひらひらと手を振った後、リオネと共に歩いていった。
廊下にポツンと残されたルシウスとリュシールは、なにか会話をするわけでもなくただ静かに佇んでいる。
実はこの二人、間に共通の知り合いが入ると普通に会話をするが、二人でわざわざ話すことなんてない。
リュシールは沈黙が続いて少し気まずそうにソワソワとしているが、ルシウスはそれすらも無視してぼーっとしている。
しばらくの間、リュシールはルシウスのほうをちらちらと見ては、なにか言いたげに口を開いては閉じるを繰り返していたが、最終的には意を決したように隣に立つルシウスに向き合った。
「リアを建国祭のパートナーに誘ってみようかと思うんだが……どう思う?」
頬を薄っすらと赤く染めて問いかけてくるリュシールに、ヴィニアスはうんざりとした表情を露骨に浮かべる。
恋愛において、リュシールはあまりにも奥手過ぎる。ベルローズから気持ちを向けられていないと気づいていてなお距離を詰めていたルシウスからすると、かなりじれったい。
「……はぁ、いいんじゃないですか?」
「そうか、わかった。誘ってみるよ」
ため息とともに発された言葉に素直に頷いたリュシールは、生徒会室の扉へと視線を向ける。
約10分後にリアとベルローズが生徒会室から出てくるまで、ルシウスとリュシールは沈黙し続けるのだった。
***
「お待たせしました、ルシ様」
「あれ? リュシール先輩も待っていてくださったんですね」
ベルローズとともに生徒会室から出てきたリアは、ルシウスの隣に立つリュシールを見て目を丸くする。ちなみに言わずもがな、リアはルシウスの存在をことごとく無視している。
ルシウスもそんなリアの態度を気に留めることなく、ベルローズを労っていた。
少しだけ会話を交わした四人はおもむろに学園の玄関へと向かっていく。
ベルローズとリアが真ん中に並び、ベルローズの隣にルシウス、リアの隣にリュシールが並んだ。
ちらりと廊下の窓の外を見たベルローズは、思い出したかのように口を開いた。
「そろそろ建国祭ですね……」
「あぁー、確かにそろそろだね」
『建国祭』という言葉にピクリと反応したリュシールに気がつくことなく、リアは頷く。
「リアは今年は夜会の方に来るの? 沢山の方に誘われているって聞いてるわ」
またしてもベルローズの言葉に先程よりも大きくピクリと肩を揺らしたリュシールは、リアの回答に耳を澄ませた。
「全部断っているわ。あまり面識のない人に誘われたからってのもあるけど、今年お店の手伝いを頼まれちゃったから」
「あら、そうなのね」
四人並んだ真ん中で和気あいあいと話すベルローズとリアと対照的に、リュシールはどこか複雑そうな表情でうなだれている。おそらくリアが自身を誘ってきた令息たちに全く興味がないことにほっとしつつも、誘う前に一刀両断されたようなものなので両手を上げて喜ぶことは出来ないのだろう。
ルシウスはそんなリュシールを残念なものを見るような目で見つめていた。
「今年は建国350周年でキリが良いこともあって、街の祭りも大掛かりなのよ。だから人手が必要らしくって……」
「大変そうね……」
「ベルローズたちほどじゃないよ。こんなことしか言えないけど、頑張ってね」
「えぇ……」
リアの励ましに、ベルローズは遠い目をしながら頷く。
二人の会話で、今年の式典は例年よりも長いのだと思い出したルシウスとリュシールも揃って遠い目をする。
「……その、街の祭りのほうはどんなことをしているんだ?」
「え? リュシール先輩ご覧になったことないんですか?」
「あぁ……幼い頃から夜会に出席しているからな。ベルローズ嬢やルシウスもそうじゃないのか?」
落ち込んだ空気を振り払うように質問したリュシールは、リアの返答に目を丸くしながらルシウスとベルローズのほうを見た。
リュシールの視線を受けた二人は顔を見合わせて、ベルローズが先に口を開く。
「私とルシ様は幼い頃にお兄様と一緒に行ったことがあります。お義姉様も兄弟の方と行ったことがあると言ってましたし……夜会を抜け出して行ってる令嬢や令息は割といますよ」
「そう……なのか?」
真面目であるが故、夜会を抜け出して祭りに参加するなど思い至ったことがないらしいリュシールは愕然とした。
「結構貴族のお忍びは見ますね。準備は大変ですけど、今年は特に楽しいと思いますよー。あ、私と一緒に周ります?」
「え?」
リアの軽い一言にリュシールがピシッと動きを止め、それにつられてリアとベルローズ、そしてルシウスも足を止める。
リュシールのリアへの好意を知っているベルローズは、食い入るように二人を見つめているが、ルシウスはそんなベルローズの髪をくるくると指に巻きつけていた。
リアの真っ青な瞳に光がきらきらと反射し、リュシールは自身を見上げるその輝きにうろたえる。
「あ、でもリュシール先輩は夜会を抜け出すなんて出来ませんよね……人気者だからこっそり抜け出すなんて出来そうにありませんし__」
苦笑いしながらそう言ったリアに、リュシールが口を開こうとしたその時。
ルシウスの心地の良いテノールの声が響いた。
「出来ますよね?」
「え……」
「夜会のときに時間、作れますよね? 挨拶まわりさえすれば良いんですから」
ずいっとルシウスはリュシールに迫り、少々迫力のある声音で言葉を重ねる。
「あ、あぁ。出来る……少しなら」
「え、本当ですか? じゃぁ一緒に周りましょう! 私が絶対に楽しいコースを考えておくので!」
呟くようなリュシールの言葉に、リアが弾んだ声で返す。
満足気に笑ったルシウスはリュシールから離れてベルローズの隣に並んだ。
突然の展開についていけてないリュシールと、ベルローズは目を白黒させながら学園の玄関へと再び歩いていくのだった。
***
「ルシウス、少しいいか?」
「……なんですか?」
学園の玄関に停まっているフェルメナース伯爵家の馬車に乗り込もうとしたルシウスをリュシールが引き止める。リアは既に実家の馬車に乗って帰宅した。
先に馬車に乗り込んだベルローズのほうをちらりと見てから、少しだけ嫌そうな顔をしたルシウスは小さく息をつきながらリュシールに向き合う。
「先程のことなんだが……なぜ、俺を後押しするようなことを言ってくれたんだ?」
リュシールの言葉ににっこりと微笑んだルシウスは、微笑みを深くしながら口を開いた。
「リアに恋人でもできれば、少しはベルローズに引っ付く割合も減るんじゃないかと思いまして」
ルシウスの言葉に混乱するリュシールを意に介さず、ルシウスはハハッと軽快に笑う。
「だから、リュシール先輩。頑張ってあいつと恋人になってくださいね?」
朗らかにそう言ったルシウスは軽く会釈して、馬車へと乗り込んでいった。
未だに頭に疑問符を浮かべるリュシールを残して、フェルメナース伯爵家の馬車は動き出したのだった。
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