1-5 街のなかで
(乙女ゲームが始まるまで、あと3年……私は1年遅れて登場するからあと4年ね)
すっかり体調が戻ったベルローズは街のカフェで考え込んでいた。
うっかりルシウスに見つかってしまったあの日からもう1週間以上経ってしまっている。そろそろルシウスの家に突撃しなければ疑われる頃合いなのだが、どうにも気が乗らないベルローズは「今日は買い物に行ってくる」と家族に話して街に繰り出していた。
しかし街に繰り出したはいいものの、前世を思い出した影響で節約精神も受け継いでしまったベルローズはなかなか買いたいものが見つからず、かれこれ1時間ほどこのカフェで時間を潰している。
この世界が乙女ゲーム通りに進むのならルシウスはあと2年で貴族学園に入学し、ヒロインがその1年後に入学することで乙女ゲームがスタートする。
実はヒロインが入学して1年目はヒロインと攻略対象の恋路を邪魔する存在は少なく、トントン拍子に話が進む。そしてあと少しで両思いになれるかと思われた2年目で、最大の障害であるベルローズが入学してくるのだ。
(貴族学園に入学しないのが一番手っ取り早いのだけど……それは無理そうね)
紅茶を飲みながらベルローズはうんざりとする。
貴族学園に通わなければヒロインと接することもなくなり、ルシウスに利用できる駒だと思われないので一石二鳥なのだが、フェルメナース家はそこまで爵位の高い家じゃないが建国当時から残る名門だ。
そんな家の長女として生まれた以上、ベルローズは貴族学園に通わなければならない。
(やっぱり一番現実的なのは、ルシウスから離れることね)
いろいろと方法を考えてみたものの、やはり一番最初に浮かんだ方法が一番であることを思い知らされただけで、ズーンと落ち込んだベルローズは紅茶を飲みきった。
先ほどまであまり人がいなかったカフェだが、少しずつ人が増えてきたのでベルローズは席を立ちカフェを後にする。
(もうすることもないし……帰ろう)
なんだかんだお昼前から街にいるベルローズだが、結局買えたのは小ぶりのアクセサリーだけ。節約癖とはなかなか抜けないものらしい。
「帰るわ」
「わかりました。馬車を広場に回すよう伝えてきますね」
ベルローズから少し離れたところに立っていた護衛にそう告げると、彼は恭しく礼をして立ち去った。
残った護衛とともにベルローズは広場に向かう。
街の中心に位置する広場を目指して歩き出すと、コツコツと石畳にヒールの音が響いた。
角を曲がると見えてきた広場にはすでにフェルメナース家の馬車が停まっている。馬車の前で姿勢を正して待つ護衛が差し伸べてくれた手を取ってベルローズは馬車のステップを上がろうとした。
するとその時__
「おいこのクソガキ! 俺の服になにつけてくれてるんだ、一張羅なんだぞ!!」
「ご……ごめん、なさ__」
「謝って済むもんか! いくらしたと思ってやがる!」
男の怒号と少年の泣きそうな声が広場に響き、周りを見渡すと綺麗なスーツにアイスをべっとりとつけた大柄な男が肩を震わせた小さな少年を睨みつけていた。
少年は目を涙で潤ませずっと謝り続けているが、男は気が済まないようで赤い顔で怒鳴り続けている。
「……」
「お嬢様?」
護衛の男性が訝しげにベルローズを見る。
確かにこんな状況であっても前世を思い出す前のベルローズは気にもとめず帰宅していただろう。
(けど……流石に見過ごせないわ)
お人好し、というわけではない。
もしベルローズがあの少年と経済的地位が同じだったら、ベルローズは見て見ぬふりをした。しかし今のベルローズはあの状況を解決することが可能な経済力を__正確には家の経済力だが__持っている。
ベルローズはコツコツとヒールの音を鳴らしながら、二人の元まで歩く。
フェルメナース家の護衛は優秀なもので、一体何をする気なのだろうと訝しみながらもベルローズの側を一緒に歩いていた。
「ちょっとそこの貴方__」
「やめてください!」
ベルローズが大柄な男にかけた言葉は、透き通るような少女の声に遮られた。
大柄な男から少年をかばうようにザッと現れたその少女はたっぷりとしたピンクブロンドの髪を二つ結びにしていた。
まだ幼いというのに、ハッキリとした顔立ちのその少女の瞳は真っ青で光り輝いている。
(なんでこんなところに……ヒロインがいるの……)
その少女はまさしくこの世界のヒロインだった。
お読みいただき、ありがとうございました。