2-29 虚しい関係
ベルローズとの婚約が正式に成立したルシウスは自室のベッドの上で寝転んでいた。
ベルローズの突然の婚約宣言から2週間。
あらゆる手続きに奔走し続け、ベルローズとルシウスが改めて話す時間など少したりともなかった。
2週間という異例なスピードで婚約が成立したのは、愛娘であるベルローズが婚約するとなってフェルメナース伯爵夫妻が上機嫌で推し進めたからだろう。
そんなフェルメナース伯爵夫妻の勢いに侯爵が押されているところはなかなか面白いものであったが、ルシウスの気持ちが晴れることはなく、今もこうして沈んだ気持ちで過ごしている。
「婚約……か」
ルシウスがぼそっとこぼした言葉がどんよりとした空気が立ち込める部屋のなかに溶けていった。
ベルローズとの婚約。
それはルシウスにとって切実な願いではあったものの、嬉しいという気持ちに振り切れるほどルシウスは状況を楽観視できない。
(嫌われてはいないと思うが……好かれている気はしないしな)
ベルローズは優しい。
建国祭前まで暴走しがちだったルシウスに同情して離れることができなかったのが良い証拠だろう。
そんなベルローズの前でルシウスはリアランテ子爵令嬢と婚約したくないと縋り付いた。自分はベルローズがいいのだ、と。
『優しいベルローズがまたしてもルシウスに同情して婚約を結んだ』という想像もしたくない予想がルシウスのなかで消えなかった。
(まぁ、いいさ。自分で飛び込んできたんだ。手放してやるものか)
「ずっと一緒だ、ベル」
誰もいない部屋のなか、ルシウスの甘く昏い言葉が溶けていくのだった。
***
「ルシウス様? 顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、大丈夫だよ、ベル。昨夜少し寝付けなかっただけだから」
「そうですか……」
正式に婚約したことを社交界に発表する婚約式の打ち合わせとしてフェルメナース邸に呼ばれたルシウスは侯爵が伯爵夫妻と話しているのを眺めながらベルローズに返事をする。
ベルローズはなおも心配そうにルシウスを見ていた。
「すみません、我が家が婚約を強引に推し進めたから、スケジュールが大変ですよね……」
「いや、いいんだよ。大丈夫」
申し訳なさそうに眉尻を下げるベルローズに笑いかけながらルシウスは言う。
「それよりもベルは大丈夫? スケジュールが忙しくなったのはベルも一緒だ」
「大丈夫です、婚約を決めたのは私ですし」
ルシウスの質問に嬉しそうにふわりと笑いながら答えるベルローズからルシウスは視線を逸らす。
この頃ずっとそうだ。
ルシウスと言葉を交わすたび、ベルローズは嬉しそうに口元をほころばせた。
時折、距離が近づくと顔を赤くしているときもある。
なによりルシウスを気にかけることが増えた。先ほどのようにルシウスの顔色の変化にいち早く気づき、声をかけてくることが多くなったのだ。
(こんな表情されたら……都合のいい勘違いをしそうになる)
ルシウスは心のなかで自嘲するように笑った。
ベルローズの表情、仕草、行動の全てがルシウスの心を踊らせてはどん底に突き落とす。
ベルローズにとってルシウスは同情しているだけの存在で、良く言っても友人が限度だろう。
しかしそうであってもベルローズが婚約を決めて正式に成立した以上、ベルローズが嫌がろうとルシウスの同意無しに婚約を撤回することはできない。
どんな関係性だとしても婚約が成立したのだから、ルシウスがなにか問題を起こさない限り結婚まで辿り着く。
ベルローズが嫌がろうがなんだろうがその結果だけを望んでいたはずなのに、ルシウスはモヤモヤとした気持ちを抱え続けている。
「はぁ……」
ルシウスが小さくこぼしたため息に隣に座っているベルローズだけが聞き取っていたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




