2-16 ベルローズのネックレス
「ベルローズ? 大丈夫?」
建国祭から1週間が経った休日。
リオネと共に街で買い物をしているベルローズはリオネの心配そうな呼びかけにハッとする。
「お義姉様……大丈夫です。それより、次は宝石商ですか?」
「えぇ。でも体調が悪いのであれば__」
「いえ、ほんとうになんともありません。行きましょうか」
「……そうね」
せっかくリオネが建国祭の日からずっとぼんやりとしているベルローズを心配して気分転換に街へ出掛けることを提案してくれたのだ。
その思いを無下にすることはしたくないベルローズは、にこっと微笑んで未だに心配そうな表情をしているリオネと共に宝石商へ向かう。
宝石商でリオネが個室で購入するものを選んでいる間、特に欲しいものがないベルローズは店内に並ぶショーケースを眺める。
今回訪れた宝石商は以前ルシウスと共に訪れた宝石商とは違う宝石商だ。
予約制の店だからか店内にベルローズ以外の客はほとんどいない。おそらく他の客はみんな個室で商品を見ているのだろう。
「お嬢様、なにかお探しのものでも?」
ショーケースをぼんやりと眺めていたベルローズは突然後ろから声をかけられ、振り返ってみるとそこには紳士的に笑う宝石商の店員が立っていた。
「あ……いえ。今日は付き添いなので」
「そうなんですね。確かにお嬢様は日頃からあまり豪華なアクセサリーを身につけなさそうだ」
「えぇ、まあ……あたりです」
店員の言葉にベルローズは苦笑する。商売人とは観察眼に優れているというが、これほどまで優れているものなのか、とベルローズは感心した。
「日常的に身につけられるシンプルなデザインのものもありますが、ご覧になりますか?」
「いえ、日常的につけられるものは一つ持っていますので」
「それは今つけていらっしゃるもののことですか?」
「えぇ」
店員がちらりとベルローズの首元に視線を落とし、ベルローズもそれに続くように視線を自身の首元に落とした。
そこには3年前にルシウスからもらったネックレスが輝いている。
「その宝石は……珍しいですね」
「そうなんですか?」
「おっと、贈り物でしたか」
「はい」
店員の言葉に頷きながらベルローズは言葉を続けた。
「珍しいって言うとどれぐらい珍しいんですか?」
「ほんとうに希少なものですよ。その分とても高価です……ですから贈り物にその宝石を選ぶとはとても情熱的ですね」
「……」
店員の言葉を聞いて、ベルローズは光の加減でピンク色と水色に姿を変える宝石をじっと見つめる。
「ベルローズ! お待たせしたわ!」
「お義姉様」
「お連れ様のお買い物が終わったようですね、それでは私はこれで」
にこりと微笑んだ店員は静かに立ち去り、ベルローズはリオネと共に宝石商の外へ出る。
「何を買ったんですか?」
「ネクタイピンをね」
「ネクタイピンですか?」
「えぇ、今度レインにあげようと思って」
少し頬を染めて言うリオネは大変可愛らしく、リオネのほうが年上ながらもベルローズはその様子を微笑ましく見つめる。
「お兄様、絶対喜びますよ」
「そうだと嬉しいわ」
リオネはベルローズの言葉に照れくさそうに笑うが、少しだけ表情を曇らせて言葉を続ける。
「でも、私ばかり買い物してるわ。ベルローズの気分転換のために来たのに……ベルローズは買いたいものとか、したいことはないの?」
「あまり今は欲しいものがなくって……それに、お義姉様と出掛けるだけで十分気分転換になります」
「そう……?」
ベルローズの言葉に嬉しそうな表情をするものの、まだ納得しきれないのかリオネの表情は晴れない。
「そういえば、さっきは宝石商の方となにを話していたの?」
「このネックレスのことです」
「あ、そのネックレス時々してるわよね。今日みたいなシンプルな装いのときにとても似合うわ」
リオネはベルローズの首元を見て、にこにこと笑う。
「結構前にルシウス様にいただいたんです。今日みたいな装いな日は使用人がこのネックレスが一番似合うと勧めるのでつけています」
「あぁ……そう、彼が」
ルシウスの名が出た瞬間、瞬く間に真顔になったリオネを見て(彼、相当嫌われているわね……)とベルローズは思う。
「そういえば彼、建国祭のあとから昼食を一緒に食べないようになったわね。なにかあったの?」
「え、あ……まあ少し」
言葉を濁したベルローズにこれ以上追求しないほうがいいと思ったのかリオネは「そうなのね」とだけ返した。
(あれからルシウス様は私を避けている感じだわ……今日もお兄様だけヴェリアンデ邸に呼んでいる……)
ベルローズは建国祭の日にルシウスがこぼした叫びを思い出す。
(ちゃんと、僕を見て……私が彼をゲーム内のルシウスに重ねてしまったからよね。ちゃんと彼を見ないといけない……でも)
ベルローズは坂が多い街ゆえに街の至る所にある階段のひとつを下りていく。狭い階段なので一列になるしかなく、ベルローズはリオネの前に立ち、先に進む。
(どうすればいいのか、わからないわ。ずっと考えているけれど…………あっ)
「ベルローズ!!」
ベルローズが心のなかで『しまった』と思ったのと、リオネが大きな声でベルローズの名前を叫んだのは同じタイミングだった。
ぼーっと考え事をしていたベルローズは階段を踏み外し、大きく身体のバランスを崩していた。リオネがグッと手を伸ばすがベルローズに届くことはなく、ベルローズの身体は至る所を階段にぶつけながら、途中で階段が途切れる所まで転がった。
(いた……い…………)
衝撃でベルローズの意識が遠ざかるなか、焦った表情でリオネが少し離れた場所に控えていた使用人に指示を出している。
「すぐにフェルメナース邸へ運んで! お医者様を呼ぶように先に誰か伝えに言って!」
「お嬢様、この街からだとユリアデナ邸のほうが近いです!」
「それだったらユリアデナ邸に運ぶわ! 誰かお母様とお父様に連絡を!」
「かしこまりました!」
慌てながらも冷静に動くリオネや使用人の声を聞きながら、じわじわと意識が遠ざかっていたベルローズは完全に気を失うのだった。
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