2-14 変わった彼女(ルシウス視点)
かつてベルローズ・フェルメナースはルシウスにとって、面倒な存在でしかなかった。
親友の妹だからと思い、ちょっと微笑みながら接しただけで自分がルシウスの特別な存在なのだと疑わなくなり、ルシウスに執着するようになった幼いながらに苛烈な少女。
レインも少しずつ鬱陶しく感じていたようだが彼の妹である以上、邪険に扱うこともできず、ルシウスは彼女に関わるときはいつも面倒だと感じながら微笑んでいた。
ベルローズがルシウスへ向ける視線はルシウスの実母が実父に向けるものと酷似していて、レインに気づかれないように隠していたもののルシウスはその視線がぞっとするほど嫌いだった。
年々その執着は悪化し、ベルローズはレインとルシウスが話している最中でも間に入ってくるようになった。
ルシウスの中でベルローズが少しずつ面倒な存在から邪魔な存在に変わりつつあったある時。
突如としてベルローズは変化した。
彼女が熱病にかかってからしばらくしてフェルメナース邸を訪れたルシウスはベルローズが自身に会いたがらないことに驚いた。
驕りでも慢心でもなく、ベルローズがルシウスがフェルメナース邸にいるのにその機会を逃すことは今まで一度もなかったからだ。
どうせどこかのタイミングで現れるだろうと思っていたベルローズは、とうとう最後まで現れず帰宅する時間になった。
現れなかったのなら現れなかったので好都合だ、と思いながらレインと共に馬車へ向かっていたルシウスは自分の背中に注がれる視線に気づいた。
(ほらやっぱり)
そう思いながら振り返ったルシウスの目に映ったのは、窓の近くに立つ別人のような評定をしたベルローズの姿だった。
ルシウスがベルローズに気づいたことに気づいたベルローズはひらひらと手を振るが、そんなことはお構いなしにルシウスはベルローズを見つめる。
(あれはほんとうにベルローズか……?)
今まで彼女はにこにこと淑女的に笑っているときでさえ、ルシウスへの執着を全身から醸し出していた。そんなベルローズの雰囲気に気圧される令嬢令息が多いから、彼女は未だに友人がいないのだ。
しかし、今ルシウスに手を振るベルローズは彼への執着など一切見受けられず、ただ顔見知りが帰宅するから手を振っているだけに見える。
その猛烈な違和感を探るようにベルローズをじーっと見つめるルシウスだったが結局答えは出ず、レインに「どうかしたか?」と話しかけられたことでやっとベルローズに背を向けたのだった。
***
突然様子が変わったベルローズ。どうしてそんなにも急に態度が変わったのか。
ルシウスの疑問が解消したのは、ベルローズと参加した夜会のときだった。
化粧室から戻る際、男に絡まれたという話をレインから聞いて駆けつけた休憩室でベルローズは疲れた表情をしていた。
彼女の髪飾りがかなり斜めっていたのでルシウスが髪飾りを一旦取ろうとベルローズに手を伸ばしたその瞬間。
パシッと乾いた音が休憩室に響き渡り、レインが発した訝しむような声にベルローズは真っ青になった。
(弾かれた……ついさっき男に絡まれたとはいえ、あのベルローズが?)
おろおろと動揺しながらも「俺と一緒に帰ろう」というレインの言葉に大きな声で反論したベルローズは、なにかを必死で隠そうとしているようにルシウスには思えた。
(隠す……? なにを? 僕への執着をか? それにしては夜会が始まったときはくっついてきていたよな……)
結局ベルローズをフェルメナース邸まで送り届けることになったルシウスは、目の前で俯きながら馬車の座席に座るベルローズをちらりと窺う。
(隠す……僕への執着を隠すのではなく、僕への執着がなくなったことを隠しているのだとしたら……?)
不意に湧いたこれまでとはまったく異なる仮定にルシウスは目を見開いた。
(だとすれば全て筋が通る!)
十分に身支度ができないからと言ってルシウスに会いたがらなかったことも、いつもはルシウスから絶対離れない夜会の最中に化粧室へ行ったことも、先ほどルシウスの手を弾いたことも。
ベルローズにもうルシウスへの過激な恋心がないのだとしたら筋が通るのだ。
ようやく見つけた答えにルシウスは自身の右手で覆い隠された口角を上げる。
「ねぇ、ベルローズ。君はもう僕のことを好きじゃないんだろう?」
最後に確信を得たかったルシウスが発した質問に、ベルローズはわかりやすく表情を変えて動揺した。
フェルメナース邸の玄関の前で狼狽え続けるベルローズを置いて馬車を発車させたルシウスは、馬車に揺られながらほくそ笑む。
(ベルローズは変わった……”異常”なほどの執着がなくなって__)
「『普通』になった……」
ヴェリアンデ邸に向かう馬車のなか、ルシウスの声がぼそっと漏れ出る。
しかし馬車のなかにいるのは彼一人なので、その呟きは誰にも届くこともなく、消えていった。
そうしてベルローズ・フェルメナースはルシウスにとって興味深い存在になった。
お読みいただき、ありがとうございました。




