1-3 兄のレイン
1話先の話を間違えて先に投稿してしまったので、そちらを削除して投稿し直しました。申し訳ありません。
ベルローズが3つの誓いを立てた次の日のお昼前。
コンコンッとベルローズの部屋の扉をノックする音が響いた直後、ガチャリという音とともにベルローズの兄であるレインが部屋に入ってくる。
3つほど年が離れているレインの容姿は、色味こそベルローズとそっくりなものの顔立ちはあまりベルローズと似ていない。男性らしい精悍な顔立ちをしている。
ベッドの側まで寄ったレインは、横になっているベルローズのおでこに手をあてながら口を開く。
「体調はどうだ? 熱はないようだが……」
ぶっきらぼうな物言いで尋ねるレインだが、言葉の端々から妹を心配していることがわかる。
「もう大丈夫。お医者様に大事を取って今日も休んだほうが良いと言われたから、寝ているだけよ」
「そうか」
ベルローズがそうこたえると、レインはほっとしたような表情になった。そんなレインの反応をベルローズは少し意外に感じる。
なぜなら最近のレインとベルローズの兄妹仲はあまりよくないからだ。
理由は単純。ベルローズがルシウスに執着しまくっているからである。
もともとルシウスはレインの友人なのだ。年が近く、家同士の付き合いもある二人はベルローズが生まれる前からの仲で、ルシウスもレインには心を開いているのであろうことがうかがえるほど仲が良い。
そして、ベルローズは生まれたときからよく屋敷に遊びに来る__レインと遊ぶために__中性的で見目麗しい2つ上のルシウスに物心がつく頃には恋心を抱いていた。
最初のうちは兄とルシウスのあとに続いて一緒に遊んでもらっていたベルローズだが、年を経て恋心が苛烈になっていくうちにそれでは満足しないようになった。
この前だってレインとルシウスが二人で話していてもお構い無しに割り込み、婚約者でもないくせにルシウスにベタベタと触れる妹をレインが諌めるとベルローズは手が付けられないほど怒り狂った。
ルシウスがいないときですらルシウスと仲が良いレインに嫉妬して八つ当たりする妹に優しい兄も段々とうんざりしてきて、ここ1年ほどレインはベルローズに笑顔を見せていないほどだった。
それなのに熱病にうなされていた妹を心配して部屋を訪れるあたり、レインは善人なのだろう。
そんな優しい兄に見当違いな嫉妬をしていただなんて前世を思い出したベルローズは穴があったら入りたい気持ちになった。
「今日この後ルシウスが屋敷に来る」
「え……?」
レインの言葉にベルローズの心臓がゴトリと嫌な音を立てる。
しかし彼は妹のそんな様子に気づいていないのか言葉を続けた。
「お前に秘密でルシウスが屋敷に来たときも、お前はどこからか情報を仕入れて会いに来るからな……もうこの際先に言っておいたほうが良いと思って」
「……」
バクバクとベルローズの心臓は嫌な音を立て続けている。
ベルローズは先週までルシウスに執着していたのだから、いつかはルシウスと会わなくてはならないかもしれないが今日というのは覚悟が決まっていなさすぎた。
「お医者様から安静にするよう言われたのなら今日は自分の部屋から出るな」
レインの言葉はつまりルシウスに会うなということだろうか。それだったらベルローズからすると好都合極まりない。
ルシウスに会えなくても仕方がない口実ができるのではないかとベルローズは目を輝かせるが、その後のレインの言葉でそんな希望も潰えた。
「ルシウスと少しだけこの部屋に顔を見せるから。今日のところはそれで我慢してくれ」
レインの言葉は彼なりに病にかかった妹を思いやったものなのだろうが、ベルローズからしたらたまったものではない。
「嫌よ」
ベルローズの震える唇からこぼれ出た言葉にレインはハァーっと大きくため息をついた。
「いい加減にしろ、ベルローズ。病み上がりなんだからじっとしていろと言われたんだろう? ルシウスにはまた今度でも会えるんだし__」
「私今日はルシウス様には会わないわ」
「は?」
こめかみを抑えながらベルローズを諌めようとしたレインはベルローズの言葉にぽかんと口を開ける。
ベルローズはムクリと上半身だけ起こしてベッドの頭の部分にもたれた。
「ベルローズ……今なんて?」
「今日は私ルシウス様と会わない」
「…………頭でも打ったのか?」
ベルローズが再度同じことを言うも、信じられないといった表情のレインはおそるおそる尋ねてくる。
どう考えても大変怪しまれているこの状況を、ベルローズは頭をフル回転してどうにか切り抜けようとする。
先週までのベルローズならルシウスが屋敷にいると知れば、なにがなんでも夜会に出席するのかと思うほど綺麗に着飾ってレインの部屋に突撃していただろう。そんなベルローズがルシウスと会わないと言ってもあまり違和感の残らない言い訳はなにか。
ようやく思いついた言い訳を、ベルローズは先週までの自分の話し方を真似て慎重に話す。
「頭なんか打ってないわ。病気だったせいでまだ全快じゃないの。お化粧だってしたくないし、コルセットなんてもってのほか……ルシウス様には会いたいけど、きちんとした身支度もしないでルシウス様に会うなんて耐えきれないわ」
ベルローズが「ルシウス様には__」からの部分をできる限り甘ったるい口調で話せば、レインはその言い訳に少しは納得したらしく「そうか」とだけ言って頷いた。
「それじゃぁ大人しくしてろよ。早く治せ」
「えぇ、ありがとう。お兄様」
「……」
部屋の扉まで歩きドアノブに手をかけたレインがくるりと振り返ってそう言ったので反射的に感謝を返すと、彼は目を見開いて固まる。
「お兄様、どうしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
急に固まったレインにベルローズが疑問に思ってそう尋ねると、彼はふいっと目を逸らしそれだけ言って部屋を出ていった。
ルシウスとの接触をどうにか回避できたベルローズは、一人になった部屋の中でほっと息をついて再びベッドで横になりまぶたを閉じる。
言い訳としてまだ全快じゃないと言ったが実際本当に全快じゃなかったらしく、レインとの会話で少しだけ疲れてしまったベルローズはすぐに眠りについたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。