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2-13 ベルローズの涙

「ワステリア公爵令息。ベルを少しお借りしてもいいですか?」



 談笑していたリュシールとベルローズの背後からテノールの甘い声が響き、ベルローズは(きたか……)という諦めにも似た気持ちでリュシールと共にそちらへ振り返った。


 案の定そこにはルシウスが穏やかに微笑みながら佇んでいる。



「こんばんは、ヴェリアンデ侯爵令息」

「えぇ、こんばんは」



 ルシウスの執着なんて知る由もないリュシールはレインの親友でもあるルシウスに好意的なようで、朗らかに挨拶をしている。

 しかしそれに返すルシウスは声音こそ穏やかなものの、目が一切笑っていない。



「ベルをお借りしても?」

「……今夜の夜会では俺はベルローズ嬢のパートナーなので、あまり離れることは好ましくないのですが」



 挨拶を早々に切り上げて要件だけを繰り返すルシウスの態度に、彼が自分に好意的ではないことに気づいたのか、はたまたルシウスの瞳に映るベルローズへの執着を嗅ぎ取ったのか、リュシールは警戒するように返した。

 ルシウスは彼の言葉を受けて、ピクッと眉を動かす。



「少ししか話しませんよ」

「……」



 ははっと笑いながら言うルシウスにリュシールは沈黙を返す。

 そんなリュシールの警戒するような態度が気に入らないのか、ルシウスは微笑みを消し去ってリュシールを睨んだ。


 リュシールは自身を睨みつけるルシウスからベルローズを隠すようにベルローズの前に立ち、その様子を見て更に強くリュシールを睨みつけながらルシウスは口を開こうとする。



「お前__」

「リュシール様! すみません、少しルシウス様と話してきますわ」



 低く唸るような声をルシウスが出した瞬間、ベルローズはそれを遮るように大きな声で言いながらリュシールの前へ飛び出した。



「ベルローズ嬢……」

「大丈夫です、話が終わったらすぐに戻ります」



 心配そうにベルローズを見るリュシールに、ベルローズは笑いながらそう言ってルシウスのほうへ向かう。



「ルシウス様、行きましょう。お話があるのでしょう?」

「…………そうだね、ベル」



 ルシウスの顔を見ないままベルローズが発した固い言葉に、しばらく沈黙したあとに頷いたルシウスは踵を返して、先に休憩室へと歩いているベルローズの後を追ったのだった。

 二人の後ろ姿をリュシールは呆然と見ている。



(……なんであんなに俺は睨まれていたんだ? 何度か学園で会ったことはあるが、その時はなんともなかった……だとすると原因はベルローズ嬢か? ……でもそうだとすると)



 リュシールは先ほどまでルシウスに向けられていた憎悪の眼差しを思い出し、ゴクッと唾を飲み込む。



(ベルローズ嬢は大丈夫なのか……?)



 根拠のない不安がリュシールのなかで渦巻くのだった。


***


 バタンッと音がして休憩室の扉が閉まる。

 その音に小さく肩を揺らしたベルローズはくるっと振り返り、ようやくルシウスを真正面から見つめた。



「ルシウス様。話ってなんですか?」

「……」



 ルシウスはベルローズの質問に答えず、黙り込んでいる。

 部屋に広がる沈黙にベルローズはギュッと眉根を寄せた。



「あいつのことが好きなの?」

「……え?」



 ようやくルシウスが発した言葉はベルローズにとって想定外にもほどがある質問だった。

 ぽかんとしてしまったベルローズを嘲笑うような表情を浮かべたルシウスは言葉を続ける。



「わからないと思った? あいつとあいつだけだ。ベルが向ける視線があいつらだけ違った」

「あいつって__」

「ベルっていつも一線引いて人のことを見てるんだよ。身内にはそんなことはないが、学園の生徒なんて特にそうだ。同世代で同じ身分の人間なはずなのに、ベルは自分とは違う存在を見るような目でいつも見ている」



 ルシウスの言葉にベルローズは言葉を失う。

 ベルローズにそんな自覚はなかったが、ルシウスに言われてどこか納得してしまう自分がいたからだ。



「それなのに、リアだけは違った」

「……ッ!」

「だからあいつのことが最初っから気に食わなかった……でもまあ、あいつは平民だし、なによりあいつの恋愛対象は男なようだから、ベルと一生を共にすることはできない」



 ベルローズは無意識のうちに自分と深い関わりがない人々を乙女ゲームの人間と捉えてしまっていたのだろう。けれどリアは同じ転生した人間だったから最初から接し方が異なっていた。そしてリュシールに対しての態度はおそらく前世の推しだったことが原因だろう。

 そんなベルローズすら気づけなかった態度の差異にルシウスは気づいていた。



「だけどワステリア公爵の息子はダメだ、ベルローズ」



 ふらふらとした足取りでベルローズに近づいたルシウスがガシッとベルローズの両肩を強く掴んだ。



「ダメだ、あいつは……あいつだけは…………」

「っ痛いです! 離してください、ルシウス様!」



 ベルローズは痛みを必死に訴えるが、ルシウスはベルローズの叫びなど聞こえていないようでブツブツと言葉を吐き続けている。



「言ったよね、ベル。君はいつも一線引いて人を見るって……僕に対してだってそうだ。いつも怯えながらどこか引いて見ている……」



 ルシウスの言葉にベルローズは動きを止めた。

 ルシウスは今までずっと昏く変貌したときですら真顔になることがあっても、顔を歪めることはなかった。その彼が今、泣き出す前のようにくしゃりと顔を歪めていた。



「いい加減、僕をちゃんと見てよ!!」



 彼が吐き出した悲痛な叫びにベルローズは自分の過ちを自覚する。



(私が頑なに彼をゲームのルシウスと重ねていたから……それがきっと彼を追い詰めた)



 ベルローズはずっと自分がルシウスの執着に振り回されていると思っていた。だが実際のところ、彼の執着を苛烈にしてしまったのは彼をちゃんと見ようとしなかったベルローズのせいなのだ。

 ベルローズは殺害エンドから逃れるために必死で、ルシウスをちゃんと見ようとしなかった。



(全部私のせい。でも、だったら……私はどうすればよかったの……?)



 頭の中がグチャグチャにこんがらがり、ベルローズは転生したと気づいたときからの行動がすべて間違っていたのではないかという思いに駆られた。


 ツーっとベルローズの頬に涙が静かに伝う。

 今まで涙を見せることなどなかったベルローズの涙に大きく目を見開いたルシウスは、なにか言いたげに口を開いたが、結局なにも発することなく口を閉じて踵を返した。


 バタンと扉が閉じる音がして、休憩室にベルローズだけが取り残される。

 呆然としていたベルローズはようやく自分が泣いていることにに気づいて、ゆっくりと涙を拭った。


 膝の力が抜けたベルローズは休憩室のなかで静かにへたり込むのだった。


お読みいただき、ありがとうございました。


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