2-12 いつもと違うパートナー
「ベルローズ嬢? 大丈夫か?」
王宮へ向かう馬車のなか。
ずっとぼんやりとしているベルローズを心配したリュシールが向かい合って座っているベルローズに尋ねた。
「え……あぁ、大丈夫です。少し疲れてしまっただけですから」
「毎年のことだが式典が長いからな」
「ほんとうに長かったですよね、今年も」
夕方前まで出席していた式典のことを思い出したベルローズとリュシールは、来年も出席しなければならないのか……と揃って落ち込む。
「でもあとは夜会だけですから。もう一踏ん張りです」
どよーんとした馬車の空気を霧散させるためにベルローズは声音を無理やり明るくして言う。
リュシールはそんなベルローズの様子を見て、「王宮に着くまでは休んでいるといい」と勧め、自身も窓の外を眺めだした。
実のところ、ベルローズが疲れているのは長い式典のせいでもあるが、一番は先ほどのルシウスとの会話が理由である。
精神的に疲れたのもあるし、口紅がルシウスの唇に移ってしまったことでメイク担当の使用人に激怒されながら爆速でお直しをされたことも疲労の要因だ。
どちらにしてもルシウスが原因だ。
(会場で会いたくないわ……)
目の前に座るリュシールに気づかれないようにベルローズはため息をつく。
会いたくないとは思うものの、ルシウスとフェルメナース伯爵家の関係性を考えると挨拶をしないという選択肢はほとんど存在しない。
ベルローズは憂鬱な気持ちのまま馬車に揺られるのだった。
***
「今年はいつにもまして豪華だな」
「えぇ、そうですね。来賓の国のなかに貿易額で争っている国がいるから、こちらの余裕を示したいのでしょう」
ベルローズの言葉にリュシールは頷く。
二人は豪華な装飾があちこちに施された大広間の隅でジュースを飲んでいた。
「こんなところにいたのか」
「レイン、さっきぶりだな」
不意に隣から声が響いて、ベルローズとリュシールがそちらを見るとレインがリオネと共に佇んでいた。
リオネはふわっとしたAラインのドレスに身を包んでいて、いつもは下ろしている髪を結っている。
「お義姉様、ほんとうに綺麗です。とても似合ってます!」
「ありがとう、ベルローズ」
ベルローズの言葉にリオネは嬉しそうに頬を緩ませて言った。
そしてベルローズの着ているドレスに視線を移して、複雑そうな顔をする。
「ベルローズのドレスもとても似合っているけれど……相変わらずその色なのね……でもとびっきり綺麗よ」
「ありがとうございます、お義姉様」
ベルローズはリオネの言葉に苦笑しながら言う。
ベルローズが着ているドレスは薄い水色の布で仕立てられていて、その色味はルシウスの瞳を彷彿とさせる。
リュシールから夜会用のドレスを貰う予定はなく、フェルメナース家で用意するつもりだ、とルシウスにレインが話してしまったことで彼から贈られてきたドレスである。
流石に断ろうと思ったベルローズだが、「パートナーとして参加できないから、せめてドレスだけでも」とルシウスが寂しそうな表情で__しかもレインの前で__言うものだから断れなかったのだ。
これまでベルローズが参加してきた夜会はほとんどルシウスがパートナーだったこともあり、ベルローズが水色のドレスを着る機会は多かったことに加えて、彼がパートナーじゃない夜会でも水色のドレスを着ていたら、リオネが呆れるのも仕方がない。
「ベルローズ、レイン」
「お父様、お母様も」
人混みをかき分けてベルローズたちのほうにやって来たのはフェルメナース伯爵夫妻だった。伯爵はすぐにリオネとリュシールの存在に気づき、挨拶をする。
「そういえばつい先ほどワステリア公爵に挨拶をしたよ、夫人はいらっしゃらなかったが」
「母上は風邪を引いてしまったので今日は欠席なんです」
「あぁ、そうなのか。早く良くなると良いね」
伯爵の言葉にリュシールは少し嬉しそうに頷いた。
その後もしばらく伯爵夫妻と、レインとリオネ、リュシールとベルローズは皆で談笑をしていたが、伯爵夫妻に他の貴族が挨拶をしてきたことで伯爵夫妻は挨拶まわりに戻っていった。
レインとリオネもリオネのほうの親戚に挨拶をしてくると言って再び人混みのなかに入っていく。
残されたベルローズはリュシールのほうを窺いながら口を開いた。
「リュシール様は挨拶は大丈夫なんですか?」
「あぁ、式典の前に挨拶が必要な人にはもう済ませてある。ベルローズ嬢は?」
「大丈夫です。あまり交友関係が広くないので」
「そうか」
ベルローズの言葉にリュシールが頷き、会話が終わってしまったことで二人の間に沈黙が広がる。
ベルローズは何度か口を開いては閉じ、少しためらうような表情をしたあとに口を開いた。
「聞いてもいいですか?」
「何をだ?」
「なんでリアのことが好きなんですか?」
ベルローズの突然の質問にリュシールは驚いたように目を見開いた。
そして少し俯いて考え込んでから彼はベルローズのほうへ視線を戻す。
「初めてリアに会ったとき、生徒会の仕事は非効率的でものすごく大変だったんだ。会長と副会長に負担が大きい仕組みになっていて、でもみんなそれが当たり前だと思っていたから変えようと思う人間なんていなかった」
「……」
ベルローズから視線を外し、どこか遠くを眺めるようにリュシールは続ける。
「だからリアの言葉にほんとうに驚いたんだ」
「リアの言葉、ですか?」
「あぁ……『効率的に生徒会全員で仕事を割り振りましょうよ。非効率的で誰かが
ずっと疲れているような仕組みを続ける必要ないじゃないですか』ってね。多分みんな目から鱗が落ちたんじゃないかな」
「ふふっ、リアらしい言葉ですね」
リュシールの低い声からでもリアが言っている場面が思い浮かんだベルローズは小さく笑いを漏らす。
「アレクシスが王太子として国王になるための教育を受けていることを知っていた俺は彼の仕事のいくつかを請け負っていたから、特に精神的疲労が顔に出ていたんだろうな。当初はリアに随分心配された」
「王太子殿下の仕事も請け負っていたんですね」
「そうでもしないとアレクシスは休む時間がなかったからな。あいつも俺に仕事を任せるのはかなり渋っていたが、俺は体力があるから大丈夫だって言って頼み込んだんだ」
ベルローズの言葉に対してリュシールは苦笑しながら言う。
「……幼馴染であるアレクシスや家族以外に心配されたのは初めてだったよ。周りはみんな俺が次期騎士団長であることを知っているから、丈夫だと思ってる。多分自分でも無意識で自分は大丈夫だと思っていたんだろうけど……リアに言われたんだ『どれだけ身体が丈夫でも精神が比例して丈夫とは限らないんですからね? 休んでください!』と。自分でも可笑しなことだが、その一言であっさり恋に落ちてしまった」
「リアの魅力の一つですね。かなりズバズバ言うけれど、それが結果として誰かを救っているときがあります」
「そうだな……」
リュシールはリアに心配されたときのことを思い出したのか、目元を少し赤らめながらベルローズの言葉に頷いた。
その様子を見ながら、リアとリュシールであればきっとお似合いだろうなぁ……とベルローズは思う。
リアにその気があるのかはわからないし、身分の差というものも悔しいことだが存在する。手放しにリュシールを応援することはできないが、もしもリアが彼と一緒になりたいと言うのなら数少ない友人のために尽力しようとベルローズは心に決める。
恋愛と友愛で少し異なるものの、リアが好きという共通の感情を持っている二人は、その後もリアの話を続けるのだった。
リアが知れば真っ赤になって「なに話してんの!?」と恥ずかしがりそうなことである。
お読みいただき、ありがとうございました。




