2-1 学園入学
2章開始です。
ベルローズ(11→12)・ルシウス(14)→ ベルローズ(15)・ルシウス(17)
よろしくお願いします!
*本文と前書きの年齢が一致していませんでした。前書きに書かれているほうが正しいので、そちらに合わせました。申し訳ありません。
リンゴーンと鐘がなると大講堂内に流れていた厳かな音楽が止まってしーんと沈黙が流れ込む。
生まれたときからの予定通り、15歳になったベルローズは貴族学園の入学式に新入生として参加している。
男性教員が入学式の開始を宣言し、粛々と入学式は進んでいった。
「生徒会長による言葉」
式の司会を担当している女性教員がそう告げ、在校生のなかから金髪の青年が出てくる。彼は白いブレザーと紺色のズボンの豪華でありながら洗練された制服を規定通りに着用しつつも、その美貌ゆえに在校生、新入生、関係者にわたって女性たちの視線を集めていた。
彼のことはこの国の国民であれば一度は見たことがあるはずだ。なぜなら彼はこの国の王太子である。
多くの女性が彼に熱が籠もった視線を向けるなか、ベルローズは彼を観察するような視線を向けていた。
(攻略対象の王太子……)
容姿端麗な王太子兼生徒会長。当然乙女ゲームの攻略対象である。
王家主催の夜会で何度か遠目に見たことがあるベルローズだが、乙女ゲームの舞台となる貴族学園で、そこの制服を着ているとなると実感が異なる。
(制服を着ていると、まさしくゲームの彼ね……)
壇上に上がり、力強く祝辞を述べる王太子を眺めるベルローズ。
かくいう彼女も乙女ゲームに登場するベルローズそっくりに育っていた。
もともと大人びていた顔立ちはより一層大人らしくなり、鏡の前で(とてもじゃないが14歳には見えない……)と自身で思ったほどである。唯一ゲーム内の彼女と違うところといえば、化粧の薄さだろうか。
ゲーム内ではすべての化粧の工程を毎朝行っていたベルローズだが、現在は必要最低限の化粧にとどめている。
それでいても人目を惹くのだから、あそこまで化粧をする必要はなかったのに……ベルローズは思う。
ちらりとベルローズが生徒会のメンバーが座っているほうを窺うと、そこには何人かの攻略対象とともにヒロインであるリアがちょこんと座っている。
ちなみに兄のレインも生徒会の一人ではあるが、彼は攻略対象ではない。容姿端麗で悪役令嬢の兄ともなれば攻略対象になりそうなものだが、彼にはすでに想いが通じる婚約者がいるのだから当たり前といえば当たり前だ。
リアは生徒会役員らしい真面目な表情で王太子を見据えていて、ベルローズの視線に気づくことはなかった。しかし、レインのほうはベルローズが王太子を見ていないことに気づいて諌めるような表情をした。
レインからの『前を見ろ』といった視線を受けてベルローズは王太子に視線を戻した。
***
「ベルローズ。待たせたな」
「お兄様」
入学式が終了後。
ベルローズが学園の庭園のベンチに座っていると、レインが現れた。今日は彼と一緒に帰宅する約束をしており、生徒会の仕事をレインが終えるまでベルローズは待ち合わせ場所で待っていたわけだ。
「入学おめでとう、ベルローズ」
「えぇ、ありがとう」
そう言って笑いあった二人は馬車の待つ正門へ向かう。
春に日差しが暖かく差し込む学園の廊下を歩いていると、レインがなにかを思い出したかのように声を出した。
「そういえばベルローズ。今日はルシウスも一緒に帰ることになった」
「……もう少し早く教えてほしいわ」
「すまない」
兄の謝罪にベルローズは大きくため息をつく。
12歳の誕生日を迎える少し前に、ルシウスから離れると決めていたベルローズだが3年の月日が経っても成し遂げることができずにいた。
12歳の誕生日を祝う夜会で突如ベルローズへの執着をあらわにしたルシウスは、ベルローズより2年先に学園に入学し、学園についている寮に入ることを選択したというのに休日のたびベルローズに会いに来る。
普段は穏やかにベルローズと接する彼だが、ベルローズが彼から離れようとすると振り切れたように昏く変貌するのでなかなか縁を絶てないでいるベルローズだった。
ベルローズからしてみれば、彼の執着は前世を思い出す前のベルローズのルシウスへの執着と互角、あるいはそれ以上なのだが、ルシウスはレインを含める第三者の前では昏く変貌した姿を見せないので、みんな以前のベルローズほどにルシウスを警戒していない。
途中から諦めが混じってきたベルローズは、ヒロインでもないベルローズへの執着なんて少し経てば収まるだろうと考えていたが、一向に収まらず学園入学を果たしてしまった。
レインとベルローズがしばらく無言で歩いていると、学園の正門が見えてきた。正門の前にはフェルメナース家の家紋が施された馬車が1台停まっている。
そしてその馬車のすぐそばにミルクティー色の髪を風になびかせるスラリと背の高い青年が立っていた。
「やぁ、ベル。入学おめでとう」
「……ルシウス様、ありがとうございます」
ベルローズに向かって朗らかにお祝いを述べたルシウスはにこりと微笑む。
彼に『ベル』と呼ばれるのも随分慣れてしまったベルローズである。
3年前から美貌が際立っていたルシウスだが、成長期を終えて身長は190cmほどになり、スラリとした細身から中性さも残しつつ男らしい精悍さもあるという絶世の美青年に成長を遂げた。
王太子を含めた攻略対象、レインなど容姿の整った令息は多いがルシウスはそのなかでも令嬢からの人気が高い。
ぶっきらぼうですでに婚約者がいるレインやクセが強い攻略対象と違い、穏やかな性格で婚約者もいないからだろう。
昨今の社交界ではルシウスの心地良いテノールの声に令嬢たちはうっとりし、彼の一挙手一投足に令嬢たちは頬を染めるのだとか。
ベルローズからしてみればありえないことだが、今なお社交界に友人がほぼ皆無なベルローズが声を上げても一笑に付されるのがオチだ。逆に最近になってようやく回復してきたベルローズの評判を再び地に落とすことになりかねない。
「明日から授業なのに、寮を出て我が家に来ていいんですか?」
「あぁ、それなら問題ない。お父様が今日はフェルメナース邸に泊まるよう言っていたからな」
嫌味たっぷりで吐き出したベルローズの質問は、ルシウスではなくレインがこたえた。
どういうわけかフェルメナース伯爵夫婦はルシウスにかなり好待遇で接している。ぶっきらぼうすぎて幼い頃はあまり友人のいなかったレインの親友だからだろうか。
「そういうことなんだ。ほんとうに伯爵には感謝しかないよ」
機嫌良さげに笑ったルシウスと、親友が自宅に一泊することが嬉しそうなレインの前でベルローズはため息をついたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。