1-23 彼はルシウス
少し短めです。
(ヒロインであるリアとルシウス様が出会ってしまったのなら、もうこれ以上ルシウス様と接するのは……)
ルシウスと街へ出かけた日の夜。
真っ暗な部屋の中央にある天蓋付きのベッドの上で丸くなりながらベルローズは考える。
乙女ゲーム終了後も生き延びること、それがベルローズが前世を思い出してからずっと目標にしてきた願いだ。そしてそれは今も変わらない。
けれど……
(でも、ルシウス様はほんとうにゲーム内のルシウスなの……?)
ベルローズの心の内ではそんな疑問が芽生えてしまっている。彼のお見舞いに行った日から__いや、もしかすると彼がベルローズに興味を抱くようになってからずっとベルローズの心の奥底で彼はゲーム内のルシウスとはどこか違うのではないか、という思いが拭いきれない。
(もしも、ベルローズの執着がゲーム内の彼をああいう風にしてしまったのだとしたら……?)
ベルローズはそんな仮定を思いつく一方で、その仮定が間違っていたら将来自分が殺されてしまう確率が高いこともわかっていた。
(……どうしたらいいの?)
考えても、考えても答えは見つからず、ベルローズは眠れない夜を過ごすのだった。
***
「顔色が悪いね、大丈夫かい?」
翌日のお昼過ぎ。
今日も今日とて当たり前のようにフェルメナース邸を訪れたルシウスが、フェルメナース邸の玄関を通りかかったベルローズの顔を覗き込みながら尋ねた。
朝起きたときもレインや両親に『顔色が悪い』と言われたベルローズだが、まさかルシウスに心配をされるとは思っていなかったので一瞬言葉に詰まってしまう。
「……大丈夫ですわ、昨夜は少し眠れなかっただけですので」
少し、どころか一睡もできていないベルローズはぎこちない微笑みとともに返した。
「なにか悩み事でも?」
「いえ__」
ルシウスの質問に否定を返そうとしたベルローズだが、彼女の言葉はにっこりと笑ったルシウスの言葉に遮られた。
「昨日のリアと呼ばれていた平民の女の子かな?」
「え……」
にっこりと目を細めたルシウスの質問にベルローズは小さく言葉を漏らす。ベルローズの混乱を承知の上でルシウスは彼女に近づいた。ベルローズは震えそうになる唇をどうにか開いて、声を絞り出した。
「……覚えて、いらっしゃったんですね……?」
「あぁ、人の顔と名前を覚えるのは得意だよ。それに……」
至近距離で顔を見合わせながら言うルシウスにベルローズは視線をずらしたくともずらせなくなり、そんなベルローズの頬にルシウスは右手を添えた。
信じられない、という目でルシウスを見るベルローズだが、彼はそんな視線を意に介さず年にそぐわない妖艶な笑いを浮かべて言葉を続けた。
「なかなか記憶に残る子だったからね」
これはダメだ、とベルローズは思った。
ルシウスはベルローズがどんな存在になったとしてもルシウスなのだ。彼のヒロインに対する激しい執着にベルローズの存在は少したりとも関係がない。彼の瞳は暗く、その笑い方は乙女ゲームでの彼を彷彿させた。
(やっぱり、離れなきゃならないわ)
ベルローズから身体を離し、レインの部屋へ向かうルシウスの後ろ姿を見つめながらベルローズは心のなかで呟く。
ルシウスと離れる、そう決心したベルローズは先ほどまで感じていた左頬に添えられた彼の手のひらの温度の感触と、少しだけの違和感に気づかないふりをしたのだった。
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