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1-11 ベルローズの評判


(はぁ……逃げてきてしまったわ……)



 会場の喧騒が遠くに聞こえる化粧室のなかでベルローズはガックリと肩を落とす。


 ベルローズはルシウスやレインに怪しまれないためにも、夜会中はずっとルシウスから離れないようにしようと決めていたのに、彼の視線がどこかベルローズを探っているような気がして思わず「化粧を直してきます」と言って逃げ出してしまったのだ。



「……そろそろ戻らないと」



 かれこれ10分ほど化粧室に篭っていたベルローズはようやく重い足を扉の方へ向けた。 化粧室の外に出たベルローズは静かな足取りで会場へ向かう。会場へと続く廊下は静まり返っていて、ベルローズの足音も足元の絨毯に吸収されて響かない。


 そんな静かな廊下を歩き続けたベルローズが廊下の角を曲がろうとすると、曲がった先でなにやら複数の令嬢が立ち話をしている。

 廊下が静かすぎるせいで彼女たちの会話はベルローズにもよく聞こえてしまった。



「今日もフェルメナース伯爵令嬢がルシウス様を独占していらしたわね」

「えぇ。伯爵令嬢がデビュタントを終えてからいつもそんな感じだわ」

「図々しいと思いませんこと? たかが伯爵令嬢が侯爵令息であるルシウス様を引き止めるなんて」

「お兄様であるレイン様とルシウス様がご友人だからって……ねぇ?」

「それも年だって離れているでしょう? 大人になれば2歳差なんてそれほど関係ないですけれど、子どもだとかなり……」

「11歳の少女につきまとわれるルシウス様が気の毒でならないわ」



 廊下の曲がり角の先でベルローズを悪く言う彼女たちは確かベルローズより3つほど年上の令嬢たちだ。


 ルシウスは美貌と穏やかな性格を持ち合わせていることから年頃の貴族令嬢に大人気で、そんな彼に幼馴染であることを振りかざしてベッタリなベルローズはデビュタント以来こういった陰口を叩かれることが多々あった。

 そうはいっても以前のベルローズが陰口ごときでルシウスへの思いを諦めるわけはなく、むしろ陰口を叩く彼女たちに「ルシウス様にパートナーになってさえもらえないなんて可哀想ね」なんて言ってたりもした。


 そのせいで今なおベルローズには友だちと呼べる令嬢が一人もいないのである。



(違う道で戻ろう……)



 今ここで曲がり角を曲がれば絶対に彼女たちに引き止められ、グチグチと遠回しの嫌味を言われ続けるであろうからベルローズは来た道を引き返した。

 今のベルローズには彼女たちを煽る勇気も気力もないのだ。


 そうして会場の喧騒を頼りに違うルートで会場へ戻ろうとしたベルローズだったが、あと少しで会場に着きそうだというところで、立入禁止の札が下げられている廊下に突き当たってしまった。


 夜会会場として大広間を提供しているとはいえ、ここは一貴族の屋敷なのでプライバシーを守るためにも立入禁止の区画を設けるのは仕方のないことではある。

 もうすぐそこが会場だが立入禁止と書かれている以上、引き返さなければならない。無断でそういった区画に立ち入れば家同士のトラブルに発展する可能性も否めないからだ。


 ベルローズは小さくため息をついて来た道を戻った。

 もう先ほどの曲がり角に令嬢たちはいないかもしれないと思ったが、ああいった類の話は長引く可能性が高いのでベルローズはそちらには戻らないことにした。



(どうしよう……会場がどんどん遠ざかってるわ)



 その後も歩き続けていたベルローズは会場の喧騒が遠ざかっていくのを感じる。

 道に迷わないよう気をつけていたつもりだが、似たような廊下が延々と続いているのでいつの間にか迷ってしまったようだった。

 もう最初から令嬢たちの横を通っていけばよかった、と後悔しながらベルローズは一度その場で立ち止まった。


 廊下は先ほどよりも薄暗くなっており、できれば早く離れたいベルローズだったがどちらに行けば会場にたどり着くことができるのかわからない。



「こんばんはぁ、小さなレディ」

「……っ! こんばんは……」



 廊下に立ち止まって途方に暮れていたベルローズの背後から間延びした男の声が聞こえて、 彼女はバッと振り返る。

 そこには赤い顔をして身体をグネグネと動かす笑みを浮かべた男性が立っていた。年は三十代に差し掛かるあたりだろうか。



「君はなんでこんなところいるのぉ?」

「迷ってしま__」

「僕はねぇ、婚約者に浮気されたんだよぉ」



 男の質問に答えようとしたベルローズの言葉を遮って男はガクッとうなだれる。



(この人……酔ってるわ)



 不意にグラッと大きく動いた男からワインの香りが漂ってきて、ベルローズはやっとその事実に気づく。

 男はベルローズから視線を外してどこか遠くを見ながらブツブツと言葉を続けていた。



「あいつ……5つも年下の男と浮気しやがって……僕がどれだけ金を使ってやったと思ってやがる……」



 なんだか嫌な予感がしたベルローズはジリジリと男から距離を取るが、ドレス姿ではなかなかうまく動けない。



「くそっ! そのうえ『あなたも浮気していいのよ。まぁ金しかない貴方の浮気相手になってくれる人なんていないだろうけど』なんて言いやがった、あいつ!」



 先ほどまで笑っていた男は怒りをむき出しにしていて、ベルローズは思わずギュッと拳を握りしめた。

 どこか遠くを見ていた男はグリンとベルローズのほうへ視線を戻してニタァと笑う。



「だからぁ、君には僕の浮気相手になってもらおうと思って……」

(なんでそうなるのよ……!)


 絡みつくような声でそんな宣言をした男からすぐさま距離を取ろうとしたベルローズだったが、その前にガシッと腕を掴まれて阻まれた。

 酒に酔っているとはいえ、成人した男性の力を小さなベルローズが振りほどけるわけもなく、ニタニタと笑う男はどうにか手を振り払おうとするベルローズとの距離を詰めてくる。



「嫌がらないでよ。僕、お金は持ってるよぉ」

(そういうことじゃないわ!)



 ほどけない男の手と、距離を詰めてくる男にベルローズは大きく息をはいたあとにそのまま空気を吸い込んで大声をあげようとした。

 しかしベルローズが声をあげようとしたその瞬間。


 ガシッと男の腕を掴んで、ベルローズと男の間に誰かが入り込んだ。



「手を離してください。俺の妹に何してるんですか?」



 ベルローズを庇うように現れたのはレインだった。

 男は突然現れた少年に大慌てで逃げていく。力はレインよりも男のほうが強いだろうに、予想していなかった人間が現れただけで逃亡するさまはなかなか格好悪い。



(助かった……)

「ベルローズ。大丈夫か?」

「大丈夫よお兄様。ありがとう」


 ベルローズがレインにそう返すと、彼はギュッと眉を寄せて口を開く。

 


「なんでこんなところにいるんだ? 化粧室からなかなか帰ってこないってルシウスが言うからわざわざ探しにきてなければどうなっていたか__」

「道に迷ってしまって……ごめんなさい」

「……まぁ、いい。自由に使っていい休憩室があるからそこで少し休もう」



 レインの言葉に頷いたベルローズはレインに連れられて休憩室へ向かうのだった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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