2.Queen's Pride
「殿下、少年をお連れしました」
「うにゅ?ん〜〜っ!!」
「殿下、、、また昼寝ですか?」
「悪いかい?、、、まぁ悪いかぁ」
欠伸しながら起きたそれは、人ほどの大きさの毛玉に見えたそれは、人であった。
「やぁ少年、、、私がこの国の女王、、、なまぇはラミア・ラスティアル・ケテル=リディアル四世、、、このリディアル王国の現国王」
「、、、」
何も言えなかった。
一国の王ともあろう人がこんな威厳もない姿を謁見で晒すことが信じられなかった。
「まずは君の名前を聞いてもいいかな?」
「、、、女王様、この少年は記憶喪失で、、、自分の名前も覚えていないのです」
「ふぅん、、、?なら、、、そうだなぁ、、、一先ずルミナス―――君は席を外してくれ」
「、、、了解しました」
眼の前の毛玉―――否、女王から、威厳が放たれ始めた。
先程までとは比べ物にならないほどの威圧感と荘厳な雰囲気に、身体が震えた。
「さて少年―――君には私がどう見える?」
ルミナスが謁見室から出ると、眼の前の女王―――ラミアは話し始める。
「今は、女王に見えます」
「そりゃあそうだよねぇ、、、ここで寝ているだけのやつが女王に見えたわけがない」
「―――」
憂いを帯びた表情、というやつだろうか。
それを浮かべながら―――問う。
「君、何者?」
「―――っ」
息を呑んだ。
余りにも美しく、鋭い威圧が、体を震わせる。
「私からすれば君は諸刃の剣なのさ、、、私の言いたいことがわかるね?」
「勿論解ります―――その上で」
先程の威圧で震えたままの体をため息一つでもとに戻す。
体の芯はまだ震えているが、それを表面に出さないように取り繕う。
「俺は剣なのでしょう?なら諸刃であろうと、それを使うものが優れていれば問題なんて無いでしょう」
「―――面白い少年だね。良いだろう―――君にはアスト・ケテルの名をあげよう。今後そう名乗ると良い―――」
――――✧――――
「少年、、、どうだった?」
部屋から出ると、ルミナスさんは謁見室の扉の壁に背を預けながら、そう聞いてきた。
「掴みどころのない方ですね、、、表現しづらいです」
「それから先程全軍に通達があったが―――君はアスト・ケテルという名を授かったそうだな」
俺が名前をもらってからまだ数分しか経っていないのにどうやって伝達したのかと聞こうとしたが、彼女の右腕についている通信機を見て即座に納得する。
「改めておめでとう、アスト―――君は今日から我が小隊のエースだ!!」
「―――え?」
「ん?女王様から聞かされていないか?君は今回の功績を元に、我が小隊に入隊できると―――」
随分と雑な女王だ。
――――✧――――
「ここがうちの小隊室だ―――3LDKメイドつき、、、まぁ、四人で生活するには随分と手狭と言えるが、、、そこは我慢してくれ」
「、、、なるほど」
コンビニで買ったパスタを片手に、第一小隊室と書かれた部屋に入る。
小隊室、と言うには随分と手狭―――というかただのアパートの一室のような部屋に、十三小隊の隊員は住んでいた。
「それじゃ、、、一先ずリビングで自己紹介をしてもらうから―――合図をしたら入ってくれ」
「そんな転校してきたばっかの転校生みたいな―――」
俺の言葉は全く届かなかったようで、彼女はリビングのドアを開けて―――
開けて。
「「「あ」」」
狭い部屋の、狭い廊下の、ドアが開くと―――ドアの向こうの人と目が合うのは当たり前の話で、そうなると合図もクソもなく―――小さな小隊室は気まずい雰囲気で包まれた。
「、、、彼がアスト・ケテルだ」
「隊長、、、ごまかさないで下さい」
「アロイス、、、世の中には突っ込んで良い事と突っ込んじゃ駄目な事があってだな―――今のは突っ込んじゃ駄目な方だ」
アロイスと呼ばれた少女は、眠たげな目をこすりながらフードをかぶる。
そして心底機嫌悪そうに、隊長に言った。
「その言い回しうざいです、、、それより今日の晩ご飯は?」
「うちでコンビニのパスタ以外が出たことが一度でもあったか?」
「、、、」
最初とは別ベクトルの気まずさが部屋を包む。
この部屋に居るメイドは一体何をしているのだろうか。
「あー、、、君がアスト?」
「、、、はい」
気まずい空気を変えようと、こちらに質問してきた。
「私はアロイス・アルトハイム。この部屋のメイド代理兼十三小隊の情報司令官、、、アロイスって呼んで」
「わかりました、、、もう一人は?」
「―――行方不明。その娘がメイドだったんだけど、、、今は私がメイド代理だから、、、その、、、私も隊長も料理ができなくて、、、なんなら隊長は洗濯と掃除も出来ないから、、、しかたなく、、、ね?」
察して欲しい、と言わんばかりの目でこちらを見てくる。
「わかりました、、、それじゃあ今後飯は俺が作るので、、、調理器具を下さい」
「明日までには用意しておく」
「料理できるの?」
「多分できると思います」
料理を作っていた記憶はないが、調理の方法は覚えている。
記憶を無くす前の自分は料理好きだったんだろう、と思うくらいにはレシピを憶えている。
「まぁいいや、、、これでコンビニ飯とはおさらばだね、隊長」
「そうだな、、、そう云えば今日は―――」
「15日だよ。つまりは満月。手紙は遺した?」
「勿論。今日の内容もしっかり書いておくさ」
「何を―――」
「なんでも無いさ。早く飯を食べて、、、寝よう」
半ば強引に話を変え、溜息をつきながらパスタを啜る。
パスタを箸で、ラーメンのように食べるその風景は、行儀の悪さとともに極度の安心を感じさせた。
俺はレジ袋の中に入っている箸を手に取り、隊長と同じように啜った。
ペペロンチーノと呼ばれるそれは、パッケージに書かれた通り大容量で―――逆に大容量以上の取り柄はなかった。
「美味かったです、、、ご馳走さまでした」
「お粗末様でした、、、と言っても私が作ったわけではないのだが」
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「それじゃぁお休み、少年」
「、、、ひとつ、よろしいですか?」
「なんだ?」
ベッドのコイルスプリングに身を委ね、こちらを向いて横になった———確認するまでもなく添い寝と呼ばれる構図である。
「何故同じベッドで―――」
「仕方ないだろう?会ったばかりのアロイスと寝させるのは君にもアロイスにも酷だし―――これが一番丸く収まる形なんだ。解ったらとっとと寝なさい」
「、、、わかりました」
勿論、寝付けるはずもなく―――俺の夜はゆったりと明けていった。