1.Luminous Moon
目が覚めるとそこは暗闇だった。
こう表現すると川端康成の雪国のようだが、そんなに美しい場所ではない。
明かりも、それに伴う影も存在しない。
暖かくも寒くもなく、音も聞こえない。
勿論美しい景色なんて存在せず、何もないことが一種の拷問として精神を蝕んでいく。
『貴方はどう生きたい?否、貴方はどう生まれたい?』
幼い声が静寂を破った。
「———は?」
『これからの貴方は自由。鳥籠の中で心の儘に生きる自由をあげる。それでいい?』
鳥籠の中の自由というと本質的に不自由なのではないか、と思うのは現代人の感覚なのだろう。
鳥籠の中は安全なのだろうし、そうも言ってられない世界で暮らした者ならばそのありがたみが理解できる。
———だから、答えは決まっていた。
『それが貴方の答え?』
「あぁ」
こうして、人が人ならざるものに変わった。
————◈————
目が覚めると、そこは星が瞬く夜空の下だった。
こういうと———なんだっただろうか、何らかの物語の表現のようだが———兎も角、目の前には星で満たされた空が広がっていた。
立ち上がろうと身を起こすと、冷たい空気が顔を掠めた。
「少年、どうしてここに座っているんだ?」
背後から女性の声が聞こえた。
年は声からして10代前半だったが、言葉の端々から老獪さがしみだしていた。
「どうしてでしょうね、、、俺にもわからないです」
「ふむ、、、まぁ何でもいいが———ここは戦場だ。悪いが民間人であろうと前線に出てもらう」
そう言いながら銃を手渡される。
銃の持ち手部分はゴムグリップなのに、其れが持つ以上の冷たさを手に伝えてきた。
「使い方はわかるか?少年」
「えぇ、、、何となく」
セーフティを外し、スコープを覗き見る。
洗浄という割に地上には敵影一つなく、星がそれの影に掻き消されるところを見るまでは敵の正体に気付けなかった。
「上か!」
スコープを暗視に切り替えて、敵の姿を確認する。
そこに居たのは、白色の翼が生えた人間―――形容するなら天使というのが最も近い生き物だった。
槍をこちらに向けるそれは、殺意と敵意に満ちた獣だった。
「どうした少年!撃たなければ同胞が死ぬぞ!!」
息を吐き出し、もう20m程の位置まで来た敵に照準を合わせ―――頭を狙い、引き金を引く。
打ち出された弾丸は、目に見えぬ速度で空気を焼き―――敵の頭を捉え、消し飛ばす。
「―――なんだ今のは、、、」
「次が来ますよ、、、驚いている暇があったら敵を殺して下さい。死にますよ?」
横で驚いている少女を置いて戦場をかける。
自分が何者であるか、どう生きてきたかの記憶が無いことに気づいたが、其れが逆に心地よい。
頭が冴え、そこにいる敵を殺す事、否、殺そうとしている事実に、敵が自分によって殺される事に、悦びを覚える。
その悦びにそれ以外の何も無いことが、心の底から嬉しかった。
何も持っていない自分が、使命も、護るものも何もなくこの戦場を駆け回れる事実が―――嗚呼、嬉しい―――
「止まれ少年ッ!そこまでで充分だ!!」
「、、、え?」
気付けば戦場は天使の死体で埋まっていた。
血の海が靴を満たし、鉄の香りが漂い―――濃厚な死の空気が、仄かに残る死体の体温が靴の中に入った血から感じられた。
「よくやった少年、、、だがこれ以上は君が保たない」
「何を言って―――」
突然、視界が歪んだ。
そのまま声も出せず、倒れ込む。
頬に伝わる血の温度を感じながら、俺は気を失った。
――――✧――――
「―――ここは、、、」
「起きたか少年。気分はどうだ?」
目を覚ますと、視界が真っ白な天井と戦場で出会った女性で埋まっていた。
暫く目を覚ました時特有のぼんやりとした感覚に身を任せ、それから質問に答える。
「若干怠いです。それ以外は特に何も有りません」
「そうか、、、因みにここは国軍医療室の最高位治療室―――【アスクレーピオスの癒杖】だ」
「そんな大層な場所にどうして俺が?」
「君は今回の戦争を集結させた重要人物―――簡単に言えば君が今回の戦争の英雄だからだ」
その言葉で、殺した天使たちの事を思い出し、、、震える。
あの状況に悦びを感じていた自分が悍ましく思えたからだ。
「、、、少年。こんな言葉がある」
「なんでしょうか」
「普段人を一人殺した者は殺人鬼に過ぎないが、戦場で百人殺せばその者は英雄である―――という言葉だ。だからその―――」
その言葉の後が続かない。
口籠りながらこちらに優しい視線を向けてくる。
「有難う御座います。言いたいことは伝わりました」
「、、、そうか。ならいいんだ」
「ところでその―――お名前は?」
その質問をした瞬間、彼女の表情が固まった。
「―――私は自己紹介もせずに君に武器を渡したのか、、、申し訳ない」
「いえ、、、お気になさらず」
「わたしの名前はルミナス。ルミナス・ムーンだ。一応第八小隊の長をしている。君の名前は?」
「俺は―――」
自己紹介をしようとしたところで、自分の記憶が無いことを思い出す。
「すみません、自分の名前、、、というか記憶がありません」
「記憶喪失というやつか?」
「恐らくは―――」
会話を続けようとしたところで、医務室の扉がノックされる。
「失礼します」
「入れ」
「王女殿下がお呼びです。支給そちらの少年を連れてお越し下さい」
「了解した、、、少年、悪いが私と一緒に来てもらっても良いだろうか」
「了解しました」
病人服の儘謁見しても良いものかと心配になったが、彼女に連れられる儘王女の下へ向かった。