5 庭園会
朝の幻想庭園は、柔らかな陽光に包まれ、噴水の水音が優しく響いていた。黒い荊棘が消えてから数日。
花々は一斉に息を吹き返し、庭全体が新しい命を得たように輝き始めていた。
テラスでは、リーナ、クロウ、そしてガーデニア・カーネ当主の三人が朝食を取っていた。 その傍らに、二人の少女が控えていた。
桜色の髪をツインテールにし、灰色の猫目で快活な笑みを絶やさない少女・スイと、白い髪をポニーテールにまとめ、淡い桜色の眠たげな目で物静かな少女・レン。性格が対照的な少女二人は、双子の専属メイドで、元は孤児だった。ガーデニア家に拾われて以来、リーナの専属メイドとして、働いている。
カーネがフォークを勢いよく置くと、目を輝かせて宣言した。
「よし! 決めたぞ!この幻想庭園を、3年ぶりに本格復活させる!年4回の四季に合わせた『幻想庭園会』を、再開するんだ!春の花宴から始めて、近隣諸国どころか王都の貴族たちも呼んで、盛大にやるぞ!」
リーナは紅茶のカップをそっと置き、くすくすと笑った。
「お父様、急にどうなさったんですの?」
スイが横から手を挙げ、元気よく割り込んだ。
「わーい!庭園会復活! リーナ様の輝きをみんなに見せつけちゃいましょー!ねえ、レン!」
レンは無表情で小さく頷き、一言だけ。
「……賛成」
カーネは少し声を潜め、クロウをチラリと見た。
「それに……この庭師のおかげで、ここまで回復したんだ。感謝の意を込めて、最高の会にしなければならん! 招待客に自慢できるだろ? 『うちの庭師が一瞬で呪いを剪定した』ってな!」
クロウは無表情でパンをかじりながら、静かに言う。
「庭師の仕事が増えるだけだ。好きにしろ」
リーナの表情がぱっと明るくなった。
「素敵ですわ! それなら、クロウさんをたくさんの方にご紹介できますね。ガーデニア家の新しい庭師として……いえ、私の大切な…」
最後の言葉を濁しながら、彼女はクロウの方へ体を少し寄せ、頬をほんのりと赤く染めながら嬉しそうに言う。
カーネの顔が一瞬で固まった。
「な、何!? クロウを……紹介!? 待て待て待て!元暗殺者だぞ!? 『ソウルプルーナー』なんて恐ろしい通り名持ちの男を、貴婦人たちの前に出すなんて……! 万一、誰かが過去を嗅ぎつけたら、ガーデニア家の評判が落ちてしまうではないか!」
スイが目を丸くして、カーネに近づいた。
「えー、当主様! そんなこと言わないでくださいよー! クロウ様はカッコいいし、リーナ様を助けてくれた恩人ですよ!」
レンは静かに、しかし鋭くカーネを見据えた。
「……反対は、許しません」
二人の少女の性格は対照的ではあるが、彼女らのリーナへの忠誠心は揺るぎないものであることが窺える。
カーネは二人のメイドに挟まれ、慌てふためいた。
リーナはゆっくりとカップを置き、閉じた瞼の下から静かな微笑みを浮かべた。
「お父様。私が今まで人を見てきて、失敗したことがありますか?」
カーネの肩がびくりと震えた。
「な……ない、ないよ……」
「でしたら、信じてくださいませ。クロウさんは、私の命を救ってくださった方です。そんな方を、隠すなんて……私、許しませんわ」
リーナの声が、少しだけ低くなった。
彼女は指を一本ずつ折りながら、ゆっくりと言った。
「それに……もしお父様が反対なさるなら、私が『お父様のために色々としてあげたこと』を、庭園会の席で、皆さんの前で、ぽろっとお話ししちゃうも……? 例の、あの時の……『お父様が夜中にこっそりお菓子を隠し持ってたこと』とか、『お風呂で歌ってるのを聞いたこと』とか…… そして、『私の曇りなき黄金の眼がガーデニア家の発展にしてきたこと』とか……」
カーネの顔が真っ赤から真っ青に変わり、額に大粒の汗が浮かんだ。
「わ、わかった!わかったから! もういい!クロウをエスコート役にしろ! いや、紹介しようねリーナちゃん!パパは反対なんてしてないよ!」
スイが手を叩いて喜び。
「やったー! リーナ様の勝ちー! クロウ様、エスコートよろしくです!」
レンは小さく頷き、クロウに視線を向けた。
「……お任せします」
クロウは深いため息をつきながら、肩をすくめた。
「……仕事が増えたな」
──そして、幻想庭園会当日。
王都近郊の貴族たちが、華やかな馬車で次々と到着した。3年ぶりの復活に、招待客たちは興奮を隠せなかった。
庭園の入り口で出迎えるのは、純白のドレスに身を包んだリーナ。 その腕にそっと手を添える、漆黒のタキシード姿のクロウ。
さらに後ろには、スイとレンが控えていた。
スイは桜色のメイド服にエプロン姿で元気に挨拶をし、レンは白いメイド服で無表情ながらも完璧な所作で客を迎えていた。
クロウの黒髪は丁寧に束ねられ、端正な顔立ちと冷たい瞳が、暗殺者時代の鋭さを残しつつ優雅な気品を纏っていた。
貴婦人たちが一斉に息を呑んだ。
「あら……あの方は……?」
「なんて美しい方……まるで闇の王子様のよう」
「リーナ様のエスコート……?
それに、あの可愛らしい双子のメイドさんたち……」
スイが客に気づかれ、ぴょんと飛び跳ねた。
「わーい! 私たち、リーナ様の専属メイドのスイとレンですー!
今日はよろしくお願いしまーす!」
レンは一礼だけ。
「……よろしくお願いします」
視線が集中する中、リーナは穏やかに微笑んだ。
「皆さま、お久しぶりですわ。
今日は、私の大切な庭師……クロウさんをご紹介いたします。
彼のおかげで、この幻想庭園が蘇ったのです。
そして、私の支えでもある、スイとレンも一緒に」
クロウは無言で一礼。
スイは元気に手を振り、レンは静かに頭を下げた。
「庭師……ですって? あんなお方なのに……?」
「でも、幻想庭園を蘇らせたのは、あの方なんでしょう? なんてロマンチック……」
「双子のメイドさんたちも、愛らしいわ……」
カーネは遠くから見て、額に汗を浮かべながら呟いた。
「……本当に大丈夫か、これ……私の娘が、こんな男に……しかも、あのメイドどもまで完全に味方してる……」
ベリア執事が静かに囁いた。
「当主様。リーナ様の選んだ方です……あの方の視線は、ただ一人だけを見ていますよ」
庭園会の前半は、弦楽四重奏の調べと花々の香りに包まれながら進んだ。クロウはリーナの腕をエスコートし、ゆっくりと庭を歩く。スイとレンは少し後ろを付き従い、客の世話をしながらも、常にリーナとクロウの様子を気にしていた。
噴水の前で立ち止まったリーナが、そっとクロウに囁いた。
「クロウさん……今日は、ありがとうございます。
皆さんに、私の大切な人を紹介できて……とても嬉しいですわ」
スイが横から小声で。
「リーナ様、頰赤いですー! かわいいー!」
レンがスイの袖を軽く引っ張り、制した。
「……静かに」
クロウは小さく息を吐き、耳元で答えた。
「庭師の仕事だ……お前が笑っていられるなら、それでいい」
リーナの頰が染まり、彼女はクロウの腕にそっと頭を寄せた。
「これからも……ずっと、この庭で一緒にいてくださいね」
クロウは無言で頷き、彼女の手を優しく握り返した。
スイが目を輝かせ、レンがわずかに口元を緩めた。
庭園会の夜は、まだ始まったばかり。
幻想の花々が月明かりの下で輝き、四人の影を優しく包み込んでいた。
遠くでカーネが「娘が……俺の娘が……」と呟きながら涙を拭う姿が、ベリアに見守られていた。
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