プロローグ
物心ついたときには、【みえていた】。
それが命の流れだと気づくのは、もう少しあとの話であるが。
生から見放されたものが集まる、路地裏で俺は育ってきた。なぜにここいるのかは、記憶にない。記憶を紐解く糸口は皆無であった。
同じくらいの歳のやつらもいたが、結末はみんな生から見放されいった。
俺だけが生き残れた。
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夜風が、肌寒い時期
膨大な敷地の中に、佇む豪邸の家。いわゆる貴族という者たちが、暮らしている。
その豪邸の中に、ひときわ煌びやかでありながらも、高慢さはうかがえない、安らぎを与えてくれるような神聖な場所にも思える一室がある。
一室の主である、少女はベッドの上で、開けた窓から流れてくる夜風があたり、一切のもころびもない黄金の髪がおしとやかに靡いている。
「今日はとても大きなお客様が来られのですね」
少女は小動物にでも話しかけるように顔は向けず、一室の扉に向けて言葉を発した。
「貴様を殺しにきたものだ」
人の鼓動を一切に出さず、男は一室の中にいた。漆黒の長髪を闇になびかせながら、佇む男の姿は、死神のようであるが、持っているものは、鎌ではなく、身の丈ほどの剪定鋏である。
「そうなのですか?私はもう先が長くありませんので、かまいませんが」
少女の瞼は固く閉じられている。彼女は目が見えないのである。
「それは、視れば分かる。かなり複雑な呪いをかけらているようだが、なぜ、そんな平然としていられる」
男は数多の死を見てきた。死の鎌を喉仏につけつけられた人間というのは、聖人でもない限り、様々な感情の色に塗りたくられ、いずれ色を失い、闇に飲み込まれていくものであった。ましてや、他者からの悪意によるものであれば尚更である。
しかし、彼女の心は僅かな輝きではあるが、髪色と同じような黄金の輝きを失っていないことが、男は視ることで分かるのであった。
そのため、男は平然している少女が不思議でならなかった。
「私は、ただの女の子ですよ。甘いお菓子で喜び、悲しいことがあれば泣きもします。死というものは誰にも訪れるものです。それが、誰かの手によって起こることであってもです」
少女はそっと扉の方に振り向き、語りかけるようにそして諭すように男に向かって話した。
少女の顔色は元々の白さと、衰弱もあってか蒼白さが目立ち、固く閉じられた瞼で瞳を見ることは叶わないが、それでもとても精巧な顔立ちをしているのが分かる。
「生きたいとは思わないのか?」
男は無表情の中にわずかな狼狽を隠しつつも言葉を繋ぐ。男自身なぜ、殺す相手とこのような話をしているのか分からなかった。いつものとおり、音もなく忍び寄り、命を刈り取るだけの仕事であったはずなのに。
男は、後に知ることになる。初めて視たときから彼女の黄金の輝き彼が惹かれたということに。
「そうですね。生きたくないわけではないので、生きれるなら生きて、あなたとお茶会をしてみたいですね。あなたはお優しい人ですから」
「俺が優しい・・・。意味が分からん」
今度は一切の驚きを隠さず言葉を発した。
「わたくしも、今まで色々な方をみてきましたから。たとてこの瞳が閉じていようとも、なんとなく相手のことは分かります。人の心というのは、中々隠せるものではないですからね」
男は無言で剪定鋏を構え、少女に向け、話しかける。
「そこを動くな、話の続きをしたいから、お前を助ける。ただ、あくまでこれは俺の気まぐれによるものだ。今からお前の命を繋ぎとめる。ただ、魔力を解放するので、お前の優秀な警備兵たちは一目散にここに集まってくるだろう。俺はたぶん、力を使い倒れるだろう。そのあとは、煮るなり焼くなり好きにしろ。今更、この命が惜しいとは思わない」
そう言うと、男は少女の返事を待たず。夥しい魔力を解放し、剪定鋏に篭める。屋敷全体に警告音のように魔力が溢れていく。
そして、男は視る。
少女の命の流れにまとわりつく呪いを。命の流れには決して、傷付かないようにやさしく、そして呪いは荒々しく、剪定挟で断ち切る。
一瞬の出来事であった。
「相当な呪いだ・・・、完全に断ち切るには時間がかかるが、命にはもう関わらないだろう。力を使いすぎた俺は・・・もう寝・・・。」
最後まで言葉が出ないまま、男は倒れかける。それを少女そっと抱き止め、ベッドに迎えいれた。
男はすやすやと少女の腕の中で寝息をたて始めた。
「優しい暗殺者さん、ありがとう。しっかり休んでね」
少女は微笑みなながら、腕の中で眠る彼の髪の毛を優しく撫でるのであった。
二人の静寂な時間も束の間、けたたましい足音を響かせながら、男たちの声が聞こえてきたと思うと、一室の扉が勢いよく開く。
「愛娘よ!リーナちゃん!無事か!?」
恰幅はいいが、少しやつれた中年の栗色の髪をした男が勢いよく、室内に警備兵と共に駆け込んでくる。
「お父様。騒がしいですよ。迷い込んだこの子が起きてしいますわ」
少女は驚くことなく、まるで迷い猫でも保護しかのように言い、口元に手を当て、シーッと音を出すのであった。
中年の男はなんともいえない表情で、時が止まってしまった。




