作業完了
器の中を覗き込む我が主の傍に寄り、部屋の入口で受け取った文を渡す。
ふわりと浮いた文が主の前で広げられ、内容の確認を終えたらしい主が再び文を丸めて差し出したので、受け取って棚に納めに行った。
「対応してくれたようだから、そこに時間を合わせようか」
「かしこまりました」
視点をある一点に定めてから、主は時間を巻き戻していく。
しばらく時間を戻すと、荒れ地となっているその場所が徐々に草花に覆われて行き、主が時間の巻き戻しを止める頃には見事な花畑へと変化していた。
「うん、頼んだ通りの出来だ」
「これは……加護の宿った花でございますか?」
「そう。私のものではない加護が宿っている。上手く育て続ければ、その加護が国に移るだろう」
「なるほど」
主の加護だけでは今回の滅亡の流れは変えにくいということなのか、別の神の加護を宿して流れの変化を起こすことにしたらしい。
先ほど遡ってきた流れを見るに、このまま放置してはせっかくの花は枯れてしまうようだ。
放置していれば絶滅する、という作りになっているのだろうか。
これを作った神の事を考えると、そう作ってあると考える方が納得できる。
「まずは、この花の存在を教えなければね」
「かしこまりました」
主の言葉は、強い信仰心を持つ人間に聞かせることが出来る。
この場所の近くには主への信仰が厚い国があり、その中でも特に信仰心の強い者ならば、問題なく主の言葉を聞くことが出来るだろう。
視点を国に移してお告げの対象を選んでいる主の邪魔をしないようにしながら、こちらでも良さそうな人間を探す。
主の言葉を聞いたとして、それをどう解釈するかが少し問題になる。
主の力は強大で、それ故にあまり多くの言葉を聞かせることは出来ない。
恐らく花を探し守るように、と伝えるのが上限で、それ以上になるとその声を聞く人間への影響が大きくなってしまう。
花を守る、と言っても国を挙げて行うのか、個人が行うのかでは随分と流れが違う。
何百年も後の人間の滅亡を防ぐとなるとどちらがいいのかは分からないが、試せる選択肢は多い方がいいだろう。
「ひとまず、この子にしようか。他の候補は見つかったかな?」
「あの者などいかがでしょう」
「うん、聞こえるだろうね。駄目なようなら、そちらに聞かせよう」
「かしこまりました」
主の言葉が人に伝わった後、時間を進め、その後の流れを観察する。
結果だけ言えば、今回も人は緩やかに滅んでいった。
何度か別の人間に言葉を伝えて流れを観察したが、花が滅び、人もまた滅んでしまう。
今回もまた時間を戻さなければいけないだろうか、と主を見上げると、それに気付いた主が器の中を示した。
「この子に与えてみようか」
「……この赤子でございますか?」
「うん。この歳であれば、理解は出来ずとも聞けるだろう」
「それは……そう、でございますね」
主が次に示したのは、母親の腕に抱かれて眠る赤子だった。
赤子に信仰心はないが、どこまでも無垢だ。
主の声を聞くことは出来るだろうが、赤子に言葉を伝えるなど初めて見ることなので、どうなるのかが分からない。
主の言葉を聞いたであろう赤子の様子を、時間を進めて観察する。
赤子はすくすく育って子供になり、少女と形容するのが正しいだろう年になった頃に、周りの様子が随分と変わった。
共に暮らしていた親と離れて神殿で暮らすようになり、周りには世話をする人間が付き従っている。
主の言葉を聞くということは、主の加護を得るという事でもある。
この少女に与えられた加護が人に知られ、聖女と呼ばれ神殿で世話をされ生活する立場になったようだった。
「おや、今回は随分と大掛かりだ」
「さようでございますね」
そんな聖女の言葉だからか、今回は国を挙げて花畑を保護し、花を育てることにしたらしい。
あの花には神の加護が宿っているが、それを保たせることは容易ではない。
そのまま置いておけば滅ぶように作られているし、育てることに何か邪心を持てばそれでもすぐに枯れてしまう。
けれど、今回は今までとは様子が違った。
聖女と呼ばれるようになったあの赤子は、その花の事も正しく理解したようだった。
花が徐々に数を増やし、国のあちこちで見られるようになっていき、土地そのものに加護が移っていく。
「……これは……」
「成功したかな?時間を進めてみようか」
「かしこまりました」
時間を進め、徐々にその速度を加速させていく。
今まで人が数を減らした箇所でその流れは小さく収まり、初めに人が滅んだ時点を越え、その後も数千年ほどは安定するだろう流れがそこに生まれる。
「成功だ。変えたところまで戻して、その後は流れに任せよう」
「かしこまりました」
器の前を離れた主の言葉に従って、先ほどの聖女の所へ時間を戻す。
そこからは手を入れずに自然な流れに世界を戻して、おかしなところが無い事を確認した。
あの聖女は、最後まで主への信仰心はさほど持っていなかった。
自らの一生が主の手によって歪んだことを理解していたのか、理解はせずとも何か察していたのか。
それでも主はそれを一切気にはしていないし、自分としても人ひとりを歪めることで人の滅びが回避されるのなら、それが良いだろうと思う。
流れていく時間の中、老女となってその命を終えた聖女の一生を見終えて、既に趣味の世界へ戻っている主の傍へと歩み寄った。