試行三回目
主が空中に文を書き、それを丸めて自分に手渡す。
これを持って向かう先は、主と同格ほどに強い別の神の元だ。
今回は中々流れが変わりにくいので、他の神の力を少し借りる、と主は言った。
預かった文を抱えて、急ぎ足で他神の元へ向かう。
こうして文を届けるのは今回が初めてではないので、向かう先も知っているしその神の事も知っている。
主とは、時折長く話し込んでいる事があるほどに仲の良いお方だ。
急ぎ運んできた文を届けると、その方はすぐに内容を確認して返事を書いてくれた。
調べるのに少し時間が掛かるだろう、という内容の返事を貰い、渡された文を抱えて主の元へと急ぐ。
急ぎ移動している最中、誰かに呼び止められて足を止める。
「人類の滅亡はまだ変わらぬのか、後どの程度かかるのだ」
「もう末端がかすれて来ておる、早くしてもらわねば困る」
「上神様は人の滅びを回避する気になってくれたのか」
足を止めた途端に囲まれて、しまった、と小さく息を零す。
人が居なければ存在出来ない弱い神たちだが、それでも神だ。無下に扱うことは出来ず、出来る限り穏便にこの場を去らなければならない。
「我が主は今まさに、人類が生き残る道を探しておられます」
「それは本当なのか」
「嘘ではあるまいな」
「いつ終わる、あとどのくらいで流れは確定するのだ」
聞いておきながら信じてもいないらしい神々は、徐々に距離を詰めてくる。
一歩下がろうとしたところで腕を掴まれ、身体が傾く。
どうにか踏み留まりながら、抱えた文を落とさないように抱えなおそうとして、腕に一層力を込められて力が抜けていく。
自分は、人の主神である主によって作られた。
その形は人に酷似しており、人の信仰によって成る神々にとっては今この時、唯一自らを成せるものに見えるのだろう。
強く掴まれた腕から力を吸われて、いよいよ身体が支えられない。
預かった文を落としてはいけない、とどうにか抱えようとしたとき、腕を掴む力が消えた。
代わりに傾いた視界に映り込んだのは、しゃらしゃらと鳴る、主の衣。
身体が浮いて、上を向く。
見上げた先には、先ほどまで自分を取り囲んでいた神々に冷ややかな目を向ける我が主が居た。
「焦る気持ちは、分からなくもない。……が、我が傍仕えに、何をしようとした?」
主に睨まれて、聞かれたことに答えもせずに逃げ出した神々を一層冷ややかな目で見て、主は自分を抱えたまま移動を始めた。
「わがあるじ」
「休んでいなさい、随分力を奪われただろう」
「もうしわけございません」
「お前に怒ってはいないよ。あれでも神だ、振り払えなかったのだろう」
自分は主に作られた傍仕えなので、人の信仰などは必要ない。
代わりに主から力を分け与えられて存在しているので、主の傍に居れば人が滅ぼうと存在出来る。
けれど、主の傍を長く離れれば力を失って消えるような存在だ。
今回は、さほど離れていたわけではないけれど、あの神々に力を奪われて消えていく感覚があった。
何かを察したのか、主にわざわざ移動させてしまった。
もっと上手く躱せるようにならないと、と考えている間に主の部屋に戻って来たのか、見慣れた気配に囲まれる。
「あるじ、ふみをおあずかりしてきました」
「うん、確かに受け取った。少し掛かるのだろう?」
「はい、そのようにうかがっております」
どうにか抱えていた文を主に渡して、自分を抱えたまま文を読んでいる主をぼんやりと眺める。
自分が力を奪われたからか、主はこのまま作業をすることにしたらしい。
邪魔になっていないだろうか、と心配になるが、主は自分を抱えている程度で不自由にはならないだろう。
であれば、主のすることを止めるものでもないので、そのまま主の美しい衣に身を任せた。
主の衣に包まれて、宙に浮くような、けれど何かに支えられているような少し不思議な感覚のまま器の中を見る。
自分が部屋を出るまで見ていた世界より、さらに時間は遡っているようだ。
いくつかの国が生まれる前、その大元となる国が分裂する前まで遡った時間の中で、主は何かを探すように人の暮らしの間近まで寄せた視点を動かしている。
しばらくそうしていた後、一人の人間へと加護を落として、視点を持ち上げて時間を進める。
ここまで遡る流れを見ていなかったから、流れが変わったのかどうかも分からないが、主が何か考えるように黙ってしまっているから、良い方向へは行っていないのだろう。
「……少し休憩にしようか。そのうち知らせも届くだろう」
「かしこまりました」
主が器の前を離れ、部屋の奥へと進んで行く。
その姿を見上げていたら目元を衣で覆われたので、そのまま静かに目を閉じた。