決戦前夜
そんなわけで、回想も終わり。
場所は再び、女子寮の庭園。
アスマとのアンティ決闘は明日に迫っていた。
私は夏休み最後の日にぎりぎりまで宿題を解く小学生みたいな必死こいた思いで、ユーアちゃんとデッキ調整に励んでいたのだった。
「……あらためて、とんでもないことになったわね」
「ごめんなさい、ウルカ様。こうやって回想を見返してみると、私がアスマ王子に歯向かったばかりに事態が大きくなってしまったみたいで」
「とんでもない!ユーアちゃんには助けられたわ。あのまま反則行為の濡れ衣を着せられたままだったら、問答無用で退学だったんだもの」
あとは決闘に勝てばいいだけの話。
「デュエリストしかいない乙女ゲーム」らしい、実にシンプルな理屈だ。
そういえば――。
この世界、『デュエル・マニアクス』は乙女ゲームであるからして、主人公であるユーアちゃんが恋を育む攻略対象となるキャラクターが存在する。
アスマ・ディ・レオンヒートは、その攻略対象の一人だった。
とはいえ、私は『デュエル・マニアクス』については1話のチュートリアル決闘までしか遊んでいない。
決闘が終わったとたん、悪役だった侯爵令嬢(つまり、今の私だ)が退学!勘当!行方不明!のスリーコンボを食らった――という怒涛のナレーションが流れたので「そ、そこまでされることある!?せっかく可愛いインセクト・スピリットを使ってたのに、再登場しないのかな!?」とプレイ済みの友達にLINEしたあたりで意識が遠くなったのだった。
たしか、プレイする前に友達からは「アスマはあまり好きなキャラではない」と聞いていた。曰く、パッと見は紳士的だけど裏表が激しいとか……昔の女を引きずっててたびたび話題に出すのがウザいとか……そんなことを言っていた気がしていたような。
ウルカにとって、アスマとはどういう人物だったのだろうか。
いつものように彼女の記憶を引き出そうとしてみるが――彼に関しては、あまり多くの情報は出てこない。出てくるのは決闘とカードにまつわる記憶ばかりだ。いつもコテンパンに負け、そのたびに悔しい思いをして、いつしか会話もなくなっていった……この、記憶に蓋がかかるような感覚は理解できる。
おそらくだけど、ウルカはアスマを苦手にしていたのだろう。
――そんなことを考えていると、近くの白い屋根をした東屋に一人の人物が現れた。
「そろそろお疲れではないですかな、お嬢様。スコーンと紅茶を用意いたしました。少し、休憩にしてはいかがでしょう?」と、いかにも好々爺じみた口調でこちらに声をかけてきたのは、その口調とは裏腹に、まだ二十代半ばを過ぎたばかりの青年だった。
「……メルクリエ。ありがとう。ユーアちゃん、休みましょ」
「はい」
片眼鏡をかけた執事服の青年――メルクリエは、私とユーアちゃんを東屋に案内すると、手慣れた仕草でお茶の仕度をしていく。
見慣れない人物の登場に面食らったらしいユーアちゃんは、気まずそうに私に目配せをした。
「ええと、この方は……?」
「この人はメルクリエ。メサイア家から出向してる使用人で、私の身の回りの世話をしてくれているの。普段は男子寮で住み込みをしているわ」
「そうなんですね!初めまして、ユーア・ランドスターです」
「メルクリエでございます。ユーア様、ご噂はかねがね」
「噂、ですか……?」
「そりゃあ当然でしょ、ユーアちゃんはあの『光の巫女』だもの。有名人よ」
メルクリエはたっぷりのクリームと果実のジャムを皿に盛りつけてスコーンを配膳すると、少し弾んだ声で言った。
「いいえ、そうではありません。あのお嬢様が、初めて同性のご友人を作られたとのことで。これは私めがメサイア家に仕えて以来の最大となる珍事、否、吉事ということで――こうして存分に腕を振るわせていただきました。茶は本家から持ち出した選りすぐりの銘柄を、スコーンは焼き立てでございます」
私はお茶を吹き出した。
「な、何言ってるのよ!これまでも友達はいたでしょ!あの取り巻きの人たちとか!」
「あの方たちは、所詮はお嬢様の家柄に対して尻尾を振っているだけでございます。その証拠に、ご覧なさい。お嬢様がアスマ王子に濡れ衣を着せられたときに、一人だって、あの方たちの中でお嬢様のために立ち上がった者はいましたか?」
「それは……」
メルクリエはユーアちゃんに深く一礼した。
「お嬢様を助けていただき、ありがとうございました」
「そんな、お礼を言われるようなことじゃないです。私はただ、許せなかっただけですし」
「許せなかったって?」
一瞬、ユーアちゃんの顔が鬼に変じる。
「決まってます。私のデッキに、寄生虫カードを仕込んだことがっ……!」
「あぁ……(そういえば、この子の地雷だったんだった!)」
普段は怒らない子が、地雷を踏んで怒ったときって本当に怖いのよね……。
メルクリエは、口に手を添えて笑いをこらえているようだった。
「そうだ。せっかく友達になれたんだし、ユーアちゃんに言っておきたいことがあったんだった」
「なんですか、ウルカ様?」
「そう、それ!その『ウルカ様』っていうの、もういいわよ!」
たしかにウルカ・メサイアの出身であるメサイア家は、かつてはアルトハイネス王国でも十本の指に入る名家だった。
だが、実際のところ「ちょっとした事情」もあって、今のメサイア家の地位は貴族の中ではそれほど高いものではない。
何より、この世界に来る前の私は、ただのカードゲームアニメが大好きなだけの平凡な会社員だった。
こんな若くて可愛い女の子に「様」付けで自分を呼ばせていると、なんかこう、よくないことをしている気がして……小市民根性……!
「呼び捨てでいいし、敬語も要らないわ。私たち、同学年の同い年なのだし」
「わ、わかりま……わかったよ……ウ、ウ、ウル……ウル……ウルウルウル」
「そんなに言いづらいの!?なんか泣いてるみたいになってるわよ!」
「うー、やっぱり無理です!ウルカ様はウルカ様で!」
「まぁ、ユーアちゃんがそうしたいならいいけど……」
メルクリエが薦めるので、私とユーアちゃんはカロリーを気にしないくらいにたっぷりとクリームを塗ってスコーンを頂く。
口の中でさくさくほろりと溶けるスコーンの舌に優しい甘みと、乾いた喉を香り高い紅茶で癒す午後の時間は格別だった。
……このカロリーは、ひたすら決闘をすることで燃焼するとしよう。
飲み終わった茶器を横にどけて、テーブルにカードを拡げて構築を思案していると――ユーアちゃんは、ぽつりとこぼした。
「アスマ王子は、どうしてあそこまでしてウルカ様の退学にこだわるのでしょうか?」
「……わからないわ。なにかを企んでるとは思うんだけど」
元の『デュエル・マニアクス』ではウルカ自らが仕掛けたアンティ決闘に敗北したことで「学園」を退学することになった。
しかし、その運命を覆してウルカが勝利しても、アスマは汚い真似をしてまで陥れようとし、さらには公式戦札・決闘の場に引っ張り出すことで退学を賭けたアンティ決闘を仕掛けてきた。
このことから考えるに、最初からアスマの目的はウルカ・メサイアを「学園」から退学させることにあった――と、考えていいだろう。
ユーアちゃんとのアンティ決闘の立会人を引き受けたときから、すでにそこに通じる未来回路が彼の頭の中にあった。
すると、それまで黙々と給仕をしていたメルクリエが片眼鏡を光らせた。
「これは私めの推測に過ぎませんが。アスマ王子の目的は、お嬢様との婚約を解消することにあったのではないでしょうか?」
婚約?
「あー、そっか。そういえば私って、アスマの婚約者なんだった」
「わたし」としての意識からすると、つい先日、ウルカになったばかりだから実感は薄いのだけど。
たしかにアスマと私は婚約関係にあった。
そして、アスマが婚約を解消したい理由については、ウルカの記憶から推測はつく。
「メルクリエが言いたいことは、つまりこうよね?アルトハイネスの貴族にとっては「学園」を優秀な成績で卒業するのは当たり前。それが退学なんてことになったら、家の名誉に傷をつけたことで勘当され、そこから自動的に婚約も自然解消になる、という……」
「左様でございます。そしてお嬢様とアスマ王子との婚約は、元々は王家からの申し出で結ばれたもの。それを王家の都合で解消したということになれば、体面が悪くなる――」
「……もしもの話だけれど。仮にアスマの狙いが私との婚約解消なら、アンティ決闘なんて受けずにこっちから婚約を解消すればいいんじゃないかしら?」
「それも同じことでございます。メサイア家から婚約を解消したということになれば、今度は侯爵家が王家に対して不義理をしたことになりますからな」
「王家もメサイア家も悪くないという形で、私一人の非をもって婚約を解消させる――それがアスマの計画?」
「ちょっと待ってください!」と、ユーアちゃんがたまりかねたように言った。
「さっきからメルクリエさんもウルカ様も、何の話をしているんですか?アスマ王子が、王家の方からウルカ様に婚約を結んだというのなら、なんでアスマ王子がそれを解消しようとしてるんですか!」
「それは……」
私はメルクリエの方をちらりと見た。
彼は目と口を閉じることで意思を示している。
……やめておこう。
メサイア家と王家との事情。
これはユーアちゃんには非が無いことだけど、彼女が聞いて愉快な話とは思えない。
バッと立ち上がり、私は腕をグルグルと回した。
「さぁーて!休憩もしたし、ばっちり運動するわよ!ユーアちゃん、決闘、決闘!」と言って、私は庭園に駆けだした。
「待ってください、ウルカ様!まだ話は終わってませんよ!」
そう言ってユーアちゃんも駆けだす。
ちょっと強引だっただろうか。
仕方ない、私は口先で人を誤魔化したりするのは上手くないのだから。
いつか、ユーアちゃんにも包み隠さず話せるときが来るだろう――そう思いつつ。
その後も彼女とデッキの調整を重ねて、ついに翌日が訪れた。
公式戦札・決闘――当日。
☆☆☆
王立決闘術学院の誇る円形闘技場。
ここは校内における公式戦札・決闘と、他国の決闘学校との交流戦以外では使用されない特別な会場である。
大理石のような材質で建造された宮殿じみた荘厳な場内は、その半円状に広がった観客席を「学園」の生徒たちで満杯にして、試合が始まる前から爆発寸前の熱狂となっている。
生徒たちの目当ては当然ながら、本日おこなわれる公式戦札・決闘だ。
『学園最強』アスマ・ディ・レオンヒート VS 『寄生虫女』ウルカ・メサイア
会場の声に耳を立てると、どうやらこの試合は「噂の『光の巫女』を卑劣な手段で破った侯爵令嬢に、第二王子が決闘という形で誅伐する」という筋書きで宣伝されているらしい。
とんでもない話だ。
卑劣な手を使ったのは、アスマ王子の方なのに。
ユーア・ランドスターは、ウルカにとっては敵勢一色となっている会場の中で、せめて精一杯に応援をしようと最前の観客席に陣取っていた。
「……ユーア。ここにいたか」
「お兄様!」
そこにジェラルド・ランドスター、人呼んでユーアの兄貴――が立っていた。
只者ではない威容を感じて、ユーアの隣席に座っていた観客が自然と腰を浮かせる。
黒衣の青年は無言で頭を下げると、遠慮なくそこに座った。
「お兄様も、ウルカ様の試合を観に来たのですね」
「それは違う。俺はアスマに頼まれた……この試合の立会人をな。そうでなければ、あれだけお前に嫌がらせをしていた女の顔など見たくもない」
「今のウルカ様は私の……お友達です。いくらお兄様でも、ウルカ様を悪く言うのはやめてください」
「話には聞いている。あの女は、決闘の最中に心を入れ替えたと言っていたらしいな。たしか……『相変異』だと」
ジェラルドは懐から分厚い本を取り出した。
「それは?」
「昆虫図鑑だ。「学園」の図書館に行って、何冊か読んでみた。昆虫という生き物は、たしかに良く出来た生物だと言える。あの女が言っていた『相変異』を引き起こすバッタだが……変身する前と後のバッタは、その生態があまりに異なるために長いあいだ別の種だと考えられていたそうだ。翅の長さだけではなく、脚までも伸び縮みするらしい。そんな生き物が本当にいるとはな」
「お兄様、わざわざ調べたんですか?」
「調べるに決まっている。お前に関わることならな」
ジェラルドは昆虫図鑑を閉じる。
「だが、ユーア。人は昆虫じゃない。人間はそう簡単に変わる生き物じゃないんだ。あの女は、外面はお前に優しくしていても、中身は以前の性悪のまま。そうやって人を簡単に信じていると、裏切られたときに深く傷つくことになるぞ」
「……私は、ウルカ様と決闘をしました。そこで本当のウルカ様と、心が通じ合えた――そう、思っています」
「そうか。なら、あの女はお前に何か隠し事をしていないか?」
隠し事。
そう聞いてユーアの脳裏に浮かんだのは、先日の庭園での出来事だった。
ユーアがアスマ王子が婚約解消を狙う理由について尋ねたとき、ウルカは不自然に話を打ち切っていた……。
「誰にだって、言いたくないことぐらいあります」
「そうか。それでもお前はあの女を信じると」
ユーアはジェラルドと目を合わせて――「はい」と、頷く。
ジェラルドは、ため息とも感心ともつかない気を吐いた。
「……俺があの女を信用することはない。俺は言葉ではなく、人の行動だけを見る。……だが、ユーアがあの女を信じるというのなら、それを信じるお前の心については、俺が尊重しよう。そのことだけは誰にも文句は言わせはしない」
「お兄様……!」
「どのみち、すぐに答えは出る。どんな嘘吐きであろうと、決闘はその正体を冷酷に暴くものだ」
そして、ジェラルドは試合場へと降りて行った。
立会人として、この決闘に裁定を下すために――。
「あ、お兄様!その図鑑、邪魔になりそうでしたら預かりますよ!」
「……そうだな。助かる、ユーア」
☆☆☆
上品に整えられた金髪のマッシュヘアー。真紅に燃える瞳。
決闘術学院制服の肩には、公式戦札・決闘ランキング上位ランカーの証である、金に縁どられたマントがかかっている。
マントの色は、白。
それはアルトハイネス王国の国章と「学園」の紋章とも重なる、最上の色。
すなわち――『学園最強』の証。
アスマ・ディ・レオンヒート。
私の元に訪れた、二度目の破滅の未来の使者――!
長剣型専用決闘礼装『ドラコニア』を右腕にセットすると、アスマはカードをシャッフルしながら話しかけてくる。
「この日が来るのを夢にまで見たよ、ウルカ。僕の手で、君のつまらない命運に引導を渡すことができる、記念すべきこの日をね」
「なら、存分に祝うといいわ。『私にズタボロに負けた』から、今日はウルカ記念日、ってね」
軽口を叩くものの、勝算は正直なところ紙のように薄い。
ゼロではない。だが、あくまで勝てる可能性がある――というだけだ。
ユーアちゃんとの決闘では――私の武器は、チュートリアル決闘の未来を知っていた、という情報アドバンテージだった。
対して、今回の決闘で私の勝機と言えるものは、二つ。
一つは、アスマの幼馴染としてのウルカの記憶。この男の戦術を知る者としては、おそらくウルカはこの世界でも指折りの人物のはずだ。負けた記憶しかないけど……!
もう一つは、圧倒的な実力差。『学園最強』であるアスマは、万に一つもウルカに負けるとは考えてはいない。故に、そこに驕りと慢心が生まれるはず。その油断を叩くしかない。
狙いは――究極の「初見殺し」だ。
シャッフルを終えた私たちは、互いの決闘礼装にデッキをセットする。
対峙する、私とアスマ。そこに――見慣れない男が現れた。
壁のように威圧感のある男だった。
身長180cmはあるアスマが、小さく見えるほどの2m近い長身。
黒髪黒眼に浅黒い肌をした、影一色の巨人――その肩に羽織られたのも金縁の黒マント。ウルカの記憶にはないが、この男もアスマ同様のランキング上位ランカーなのだろう。
「遅かったじゃないか、ジェラルド。遅刻癖は治した方がいいよ、女性に嫌われる」
「……そうだな。女性に嫌われるのは、困る。善処するとしよう」と言って、男はこちらに向き直った。
「ジェラルド・ランドスターだ。今回のアンティ決闘の立会人を務めることになった」
あれ?ランドスターって……。
「もしかして、ユーアちゃんのお兄さん?」
「そうだ。俺が立会人を務める以上、この決闘で不正は出来ないものと思うんだな……ウルカ・メサイア」
「……っ!だから、不正をしたのは私じゃなくてアスマなのよ!」
アスマはやれやれ、といった様子で肩をすくめる。
くぅー、その洋画の俳優みたいな仕草がサマになってるのがむかつく!
ジェラルドは天上の神の柱が如くに右手を上げると、魔力を喉に巡らせ、会場全体に響き渡るような声で拡声した。
「……ジェラルド・ランドスターが立会人を務める。互いの決闘者は、決闘に賭けるアンティを宣誓せよ!」
私は応じた。
「ウルカ・メサイアが宣誓するわ!
決闘の勝者となった暁には、先日のアンティ決闘における不正の告発を取り消してもらう!」
……我ながら情けない宣誓!
これじゃ、悪事を無理やり揉み消そうとしてるみたいじゃない!
くっくっ、とアスマは笑い、宣誓に応じる。
「アルトハイネス王国・第二王子、アスマ・ディ・レオンヒートが宣誓する!
決闘の勝者となった暁には、ウルカ・メサイアは不正の告発を認め、この「学園」から即刻――退学してもらう!」
互いに賭けられたアンティ。
いよいよ決闘が始まる――はずだった。
ところがアスマの宣誓を聞き届けたジェラルドは、そのまま沈黙している。
おかしい。
本来ならば、ここで立会人はアンティを確認し、決闘開始の宣言をするはずだ。
異常事態の発生に、会場からもどよめきが発せられる。
アスマが「おい」と声をかけると、ようやくジェラルドは口を開いた。
「……足りない」
ジェラルドの不穏な空気を感じ取って、アスマに緊張が走るのが感じられた。
「どういう意味だよ……ジェラルド」
「この決闘のアンティは吊り合っていない。ウルカ・メサイアは己の破滅を賭けてこの場に立っている。だが、アスマ。お前はこの決闘で負けても失うものがない――それでは、公正な戦いとは呼べない」
「ジェラルド、君には事情を話したはずだよなぁ?この女は他人のデッキに勝手にカードを仕込むという反則をしたんだ。本来なら、そこで問答無用で退学なんだ。この決闘の場を用意してやったのは――せめて決闘者ならカードで死ねという、僕が与えてあげた情けなんだよ!」
ジェラルドが押し黙ってていると、アスマは「あー、そういうことか?」と呟いて、せせら笑った。
「ひょっとして、妹さんに泣きつかれたのかな?ウルカに便宜を図ってやってくれ、と。その判断は間違っているよ。あの子は純粋だからね……この女にころりと騙されている」
「ユーアは関係ない。どのみち、俺はこの女に便宜を図るつもりもなければ、お前が狙っていたように過度な罰を与えるつもりもない」
私は合点がいった。
「アスマ……!ユーアちゃんのお兄さんをわざわざ立会人にしたのは、私が嫌がらせをしたユーアちゃんのお兄さんなら、あんたに贔屓判定をしてくれるかも、って思ってたってこと!?」
「ちっ、うるせーんだよ。てめぇは口を挟むな!」
アスマは『ドラコニア』の刀身を振るうと、ジェラルドに向けて剣先を向けた。
「アンティが吊り合ってないだって?じゃあ、僕はあと何を賭ければいい?」
「……アンティ決闘の起源は、互いに決闘をするプレイヤーが、自身のデッキの中で最強のカードを賭けたことに由来する。勝者はカードを獲得し、敗者はカードを失う……クラシカル・スタイル」
「古風に行きたいわけか。君らしいよ、ジェラルド。なら……追加するアンティはこいつでいいよなぁ!」
そう言ってアスマは一枚のカードをデッキから取り出した。
「そのカードは――スペルカード《バーニング・ヴォルケーノ》!」
アスマがアンティに追加したカードは、ウルカが知る中でも最強のカードだった。
決闘の根幹を塗り替えてしまう、『スピリット・キャスターズ』における戦術の頂点に位置するカードの一つ!
「……ウルカ・メサイア。追加のアンティは、これで不足はないか?」
「え、ええ。かまわないけど。っていうか別に追加のアンティなんて要らないんだけど……」
「ユーアはお前を信じていた」
「ユーアちゃん?え、何の話?」
「俺も見極めさせてもらう。お前が、人間なのか……それとも昆虫なのかをな」
……は?
「では」と、ジェラルドは他人の話も聞かずに決闘の開始を宣言した。
「立会人は両者のアンティを確認した。これよりアンティ決闘を開幕する。……精霊は汝の元に、牙なき身の爪牙となり、いざ我らの前へ。決闘者は、互いのプライドをカードに宿せ……!」
えっ、何、何!?
急に始めないでよ!
――アスマは余裕たっぷりに。
――私は、慌ててカードに手を伸ばし。
それでも、その声は一つとなりて響いた。
「「決闘!!」」
こうして開幕する。
――『学園最強』との、破滅を賭けたアンティ決闘が!