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鉄壁の歌仙結界! 言の葉の庭に仕掛けられた罠!(結の句・前編)

「これは――何が起きている?」


旧校舎に侵入したウルカの執事――メルクリエは、罠や野生スピリットを踏破して地下階層へと到達した。そこで待ち受けていたのは、予想外の光景だった。


「闇」の決闘デュエルはすでに始まっている。


多層世界拡張魔術ワールド・エキスパンション――

フィールドスペル《アルケミー・スター》による仮想領域が展開したことで、地下階層には超科学の研究施設、機械で構成されたフィールドが広がっていた。


対峙する二人の決闘者デュエリスト


トライ・スピリットに乗っ取られたウルカ。

それに立ち向かうイサマル・キザン――


二人の横にある()()()()


機械柱の陰に潜んだメルクリエは、言葉に出さず呟いた。


「《箱中の失楽(パンドラ・ボックス)》だと……!?」


「へぇ。玉緒しのぶも考えたものね」


メルクリエにしか聞こえない声が響く。

甘くとろけるような少女のささやき声――


メルクリエのトレードマークである片眼鏡モノクルのガラス面に、黒ずくめのドレスを着た少女の姿が浮かび上がる。

鏡の中の少女――ハートは、片眼鏡モノクルから抜け出した。


ふわふわと空中に浮かびながら、ハートは語りかける。


「今のウルカ・メサイアの肉体には二つの魂がある。転生前の記憶――新川真由としての自覚を持つウルカ・メサイアと、魂魄超凡入聖法による「魂の憑依」で精神寄生したシァン・クーファン。一つの肉体に二つの魂。故に――《箱中の失楽(パンドラ・ボックス)》を用いて魂を二つに分ければ、ちょうどウルカ・メサイアとシァン・クーファンとで魂を分離することができる……きひひ!やっぱり、あの女は侮れないねぇぇぇ」


「シァン・クーファン……奴は何者だ?」


メルクリエの問いに、ハートは「んー」と思案した。


「設定考証――あるいは監修、かな」


「なんだと?」


「この世界は私が書いたゲーム、っていうのは前にも話したよね?新川真由の望んだ世界――カードゲームに真摯に向き合った者が報われる世界、洗練された高次の流儀スタイル――より高潔な美徳に対して勝利という報酬が与えられる世界。そのためには既知の物理法則とは異なる、人間の意志を現実の力に変える「第五の法則」が必要だった。つまりは「魔法」――問題はねぇ、私の時代ではすでに魔法は失われていたんだよ」


「貴様やお嬢様、イサマル・キザンの前世では……魔法は存在しなかったのか」


「大昔にはあったらしいよぉぉぉ?大気から魔力に相当する成分が失われたとか、共同幻想盤グランド・マギアを成立させ得るだけの信仰が維持できなくなったとか……まぁ、色々あったみたい。で、魔法が存在する世界なんて物語をどうやって成立させるか……と考えていたところでアイツの存在を知った」


箱の中――

ザイオンXと同じ顔をした魔女を指した。


シァン・クーファン、

現代最後の神秘と呼ばれた女。


最初に歴史書に存在が確認されたのは、古代中国の殷王朝において――殷王朝における最後の王である覇者・紂王の妃の身分をもって、王を唆し暴君へと変え、国を混乱の渦に落とし込んだ傾国の美女として記録されている。


血と暴虐を愛しながら民草を食む蟲毒の主人。

三国伝来の銀毛九尾。


その正体は殷を滅ぼすために遣わされし使徒である。

妖怪仙人――別名を「千年狐狸精」と云う。


「千年狐狸精――千年を生きた動物は、それ自体が魔力の源である神秘となるんだってさ。信仰も幻想も基盤も必要とせずに魔法を行使できる特級存在――『デュエル・マニアクス』世界の魔法は、その全てがシァン・クーファン独自の魔術体系を祖としている。専門家に言わせれば……私がいた世界でかつて存在していた魔法とも、厳密とは仕組みが違うらしいよ」


「始原魔術、イスカの「六門魔導」か……!」


「ただし――妖怪仙人ならぬ人の身で魔法を行使させるためには、大気に充分以上の魔力が存在する必要があった。あの()()()に私が頼んだ設定考証ってのはそのあたりでね……「惑星エリクシル」の環境をどうするかについては、シァン・クーファンにプランを考えてもらうことになったわけ」


惑星エリクシル――

メルクリエが「地球」と呼ぶ大地をハートはそう呼んだ。



シァン・クーファンが考案した惑星地球化計画「アルス・マグナ」は全部で三段階に分けられている。


第一段階は「種の保存(ニグレド)

遠近未来予測演算機構「ゼノン」のマクシウム演算が計算予測した未来において――植民可能である惑星エリクシルに適応した抗体を持ち、かつ、魔法を行使できるだけの才能を持つ遺伝子ゲノムを選別して保存する――その他、繁殖用の動植物の遺伝子ゲノムも「方舟」には保存されていた。


第二段階は「反射能制御アルベド

軌道上に設置した反射ミラーによって恒星の反射率アルベドを操作し、惑星エリクシルの気温を上昇させる――氷を溶かして海を作り、ドライアイスを溶かすことで大気圧を上昇させて、地球人種が生息可能な環境に整えた。


第三段階は「奉仕種族の設計(ルベド)

地球上の動植物や人間種の遺伝子ゲノムを素材にして合成することで、知能を持たない代わりに生まれながらにして魔力を有する奉仕種族――スピリットを錬成して地上に放った。最初期のスピリットは地球上の神話や伝説に記される魔物や怪物を象って設計されている――これは人間からの畏怖や信仰を集めることで、生まれ持った魔力を高めるのに適した姿をしているためだ。


スピリットが地に溢れて大気は魔力で満たされる。

神話時代の地球を再現した空間とも言えるだろう。


これら三つの段階を「閉鎖系・時間加速(キトリニクス)」で加速することによって、惑星エリクシルは急速に地球環境と酷似した――かつ、人類による魔法の行使が可能となる――魔法文明が興盛する環境へと整備されていったのだ。



神なき大地の創世神話――

惑星エリクシルの開闢かいびゃくの使者。


聞き終えると、メルクリエには疑問が生じた。


「それだけの大事業――ならば、シァン・クーファンの見返りはなんだ?この世界の創世神クリエイターでありながら……《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》としてカードに封印されたのは、私めが知るかぎりでは三千年以上前の話のはず。それ以来、ずっと決闘者デュエリストの道具として甘んじてきた――おそらく、目的は権力ではない」


「権力だってェ?おいおい、ずいぶんと俗なことを考えるもんだよなァ、メルクリエェェェ?」


舌を巻くような耳障りな発音で、ハートは笑った。


「あの婆さんがこの世界を作ることに協力した理由?

 そいつはねぇ、玉緒しのぶの魂を乗っ取って、イサマル・キザンの肉体を手に入れるため……四千年の歴史を誇る魔法文明の世界の中で生まれた最高峰の天才、人界の麒麟児、生まれながらにして「仙人骨」を有する男に自分自身が成るためだよ」


「なっ……馬鹿な!?」


ハートの言葉が真実なら――

シァン・クーファンは、イサマル・キザンという器を作るために――ただそれだけの目的のために、一つの世界を丸ごと作り上げた上で、何千年ものあいだカードとして眠り続けていたということになる……!


狼狽するメルクリエに、ハートは肩をすくめる。


「そんなに不思議なものかねぇぇぇ?きひひひひ。私だって、新川真由のためだけに『デュエル・マニアクス』を書いたんだぜぇぇぇ?同じように「一人の人間のためだけに世界を作ってしまう魔法使いがいた」――それだけのことだろ?さぁて……」


箱の中で始まる新たな決闘デュエルに目を向ける。


「予言の時は来たれり。悲願成就はまさに目の前だ。未発表DLC『進撃のトライ・スピリット』編もいよいよ佳境……勝つのはシァン・クーファンか?それともイサマル・キザンかなぁぁぁ?」


「そんなもの……目に見えているだろうが」


盤面を俯瞰したメルクリエは、苦々しく言う。


「勝敗は動かない。

 ……この決闘デュエルは、イサマルの敗北で終わる」



☆☆☆



「真由ちゃん……っ!

 真由ちゃん、しっかりして!」


箱の外――

ウチは倒れたウルカ・メサイア――真由ちゃんの身体を必死で揺さぶった。死んだように眠るその姿は、シァン・クーファンの魔術が解けたことで元の学生服姿へと戻り、髪も見慣れた青紫色に染まっていた。


「真由ちゃん!」


「んっ……」


よかった、真由ちゃん――!


目を覚ました真由ちゃんは、まだとろりとした目つきで意識がはっきりとしていないらしい。でも、ひとまずは解放できた……!その喜びで、目から涙があふれた。


「ぐすっ。真由ちゃん!ウチだよ、わかる?」


「…………しのぶ……ちゃん?」


――ッ!



「……そう、だよ」



もう隠していることはできない。

ウチの正体は、真由ちゃんの知る玉緒しのぶ。


そのことをどう話そうか――

思案していると、おでこに「とん」と感触があった。


真由ちゃんは人差し指でウチのおでこをつつく。

指で押す力は、あまりにも弱弱しい。


シァン・クーファンの憑依による衰弱だ。

それでも真由ちゃんは――気丈に笑った。


「まったく、もう。

 本当にイタズラして……ばかりなんだから。

 すっかり騙されちゃった。

 しのぶちゃん、なのね?イサマルくんは……」


「うん。ごめんね。ごめん。ずっと、黙ってた」


「どうして……?」


「その話は後。

 それよりも、今は真由ちゃんに協力してほしい」


まだ決闘デュエルは継続している。

シァン・クーファンの魂が分離して「壺中天」の箱の中に閉じ込められたことで、自動的に箱の外での決闘デュエルはウルカの肉体のもう一人の持ち主である真由ちゃんに引き継がれた。



先攻:ウルカ・メサイア

【表徴:『金丹《Tao》』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

なし

サイドサークル・デクシア:

《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》

BP4000

サイドサークル・アリステロス:

《「錬金闘虫ゲノムセクト仮相アーマー」ブラッドマサクゥル・ビートルX》with《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》and《巫蟲の呪術師》

BP2900(+500UP!)=3400


領域効果:

[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]


後攻:イサマル・キザン

【シールド破壊状態】

メインサークル:

なし



決闘礼装の盤面を確認する。

アンティ条件は継続、

《黄金錬成》による表徴もそのまま。


すなわち――ウチはこの決闘デュエルに勝たなければ、カードにされたエルちゃんとドネイトくんを救うことはできないし……決闘デュエルの敗者は《黄金錬成》の代償として魂と肉体をカードに封印されてしまうという、これまでの状況は変わらない。


「真由ちゃん、今の状況はわかる?」


「なんとなく――旧校舎に入ったあたりから意識が遠くなって、夢うつつになっていたけれど――ずっと見てたわ。私が、自分の手で……エルちゃんやドネイト先輩を襲ったのも。イサマルくんが……しのぶちゃんが、私と戦っているところも。あれは、夢じゃなかったのね……」


ウチが頷くと、真由ちゃんはウチを抱きしめた。

イサマルくんの身体――ウチの小柄な身体を、ウルカの暖かな体温が包み込む。感じる柔らかな感触を通して、真由ちゃんの鼓動と、ウチの早まる鼓動が一つのリズムに合わさっていく。


「真由ちゃんっ――!?」


「うっ……うっ……ごめんなさい、しのぶちゃん」


「……真由ちゃんのせいじゃないよ」


顔は見えないけれども――鼻の音からすすり泣いているのを感じる。

ウチは真由ちゃんを包むように背中に手を回した。


「(そうだ、真由ちゃんのせいじゃない……!)」


――ウチの知っている真由ちゃんは、芯の強い子だ。

泣き虫のウチと違って……いつだって冷静に周囲を観察して、苦難は根性で乗り切って、ちっとやそっとじゃへこたれない、強い女の子だった。


そんな、真由ちゃんを。

あの女は傷つけた……ッ!


ぎゅっ、と力をこめて真由ちゃんを支える。


「真由ちゃんのせいじゃない。悪いのは銀毛九尾だ――あいつが、みんなを苦しめたんだよ。エルちゃんも、ドネイトくんも、真由ちゃんも……」


「しのぶちゃんだって!何度も、何度も、苦しんでたッ!

 私がっ、軽率なことなんてしなければ……!」


「ウチは大丈夫」


これくらい、なんてことない。

真由ちゃんのためなら――傷つくことは怖くない。


ウチはもう、真由ちゃんにいっぱいもらってるから。

悲しいときも……つらいときも……寂しいときも。


真由ちゃんがいてくれた。

それで充分なんだ。あとは、返すだけ。


心中で式子内親王の恋歌を呟く――



玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば

忍ぶることの 弱りもぞする



「……真由ちゃん。お願いがあるんだけど、いい?」


こくり、と真由ちゃんが頷いた。


――ウチが考えられる手は、これしかない。


上手くいく保証はない、けれども。

この状況の一手としては勝ちの目があるだけ上々だ。


降伏サレンダー


「えっ……!?」


「お願い、ウチを信じて。

 次のターンが始まったら――」



決闘礼装を操作して――降伏サレンダーしてほしい。



★★★



「……デッキの準備ができたで」


「壺中天」の中で、ウチは新たにデッキをセットする。

箱中の失楽(パンドラ・ボックス)》のカードをデッキに刺した時点で、サブゲーム用にもう一つのデッキが必要になる可能性は見込んでいた。


そのためにウチはもう一つ同じデッキを用意しているが――今回は「秘策」のために、予備のカードを補充してデッキ構成を大幅に変更している。


対する銀毛九尾――シァン・クーファンは。

同じく、懐から「もう一つのデッキ」を取り出す。


「やはり、用意しとったか……」


「くふふ。《黄金錬成》があるかぎり、わらわのリソースは無限大じゃ。忘れたわけではなかろうて。生成とは異なり、ゲーム中に創造されたカードは決闘デュエルが終わっても複製されたまま――」


「《黄金錬成》で手札に加わるカードは、すべてが創造されたカード。少なくとも、お前はエルちゃんとドネイトくんを相手に計二回の決闘デュエルをして、そこで《黄金錬成》を使用しているわけやね――」


決着手は無限ドローコンボを絡めたワンターンキル。

そのたびにデッキ一個分のカードが生まれるわけだ。


――ウチが受けた苦痛を、あの二人にも。


歯がきしむほどの怒りが湧いてきた……!

しかし、冷静を保たなければならない。


「(ようく、思い出せ――奴がこれまでに言った言葉を)」


条件は全て整っているはずだ。

ウチにとっての「勝利」への道は示されている。



「記憶の部屋」の扉を開けた。



ペグ・メソッド――と呼ばれる術が存在する。

これはこの世界でイサマルくんとして学んだ魔法ではなく、前の世界で玉緒しのぶだった頃のうちが学んだ術。


「記憶術」と呼ばれる思考法の一つだ。


ペグとは掛け釘のことを云う。

自分の中の慣れ親しんだ「記憶の部屋」を思い浮かべる。そこにあるものに、一つ、一つ掛け釘を打っていく。


掛け釘に結び付けるものは「記憶」だ。

「記憶の部屋」――夕焼けの児童館の畳に敷かれた五十枚のカード、百人一首の取り札を思い浮かべる。


その一つ一つに、記憶が結びつけられている。

目を閉じるだけで、呼吸するように呼び出せる記憶の札。


この五十枚は、ゲームのたびに入れ替わる。

ウチはこれらの中から、あらゆる並びを瞬時に呼び出せるのだ。


気づくと、畳の上には無数の「五十枚の取り札」があった。


()()()()()()()()()()()()


それぞれの取り札に記憶の釘が打たれた。

この釘を引き抜くたびに、パソコンのzipファイルを解凍するようにウチは記憶を引き出すことができる。


ウチにはなにかしらの特別な才能があるわけじゃない。

頭の回転が早いわけでもないし、テンパりやすいし、よく言い間違いだってする――だけど、ひとたび覚えると決めたことならば――容量が許すかぎりは、いつでも、いくらでも記憶を引き出せる。


それがウチの能力。

訓練によって習得した疑似的な完全記憶能力だ。


ウチは必要な釘を一本、一本と引き抜いていった。

指に釘を挟むたび、取り札からは記憶が呼び出されていく。



わらわには二つの魂がある――イサマルなら大丈夫だよ――この札遊びではのう――イサマルの精霊縛術は一級品だし――わらわのフィールドのスピリットは「闇」のエレメントを付与されておる――魂へのダメージが発生するたびにダメージだけをもう片方に肩代わりさせているだけのことよ――「闇」のスピリットは相手のカード効果では破壊されない――スピリットが受けたダメージはスピリットを通じてプレイヤーの魂をも蝕んでいく――互いの魂を賭けたこのフィールドでは――降伏サレンダーには互いのプレイヤーの合意が必要なのじゃ――魂が耐えられなくなれば終いには消滅する――



――しのぶ嬢。


「ドネイトくん……!?」


推理の本質とは、すなわち発想の飛躍にある――


「(見えた……ッ!)」


――推理が完成し、デッキの調整が完了した。



ウチは決闘礼装にデッキをセットする。

気づくと夕焼けの光景は消え去り、白い部屋となっていた。


「いくで――決闘デュエルやっ!」


互いにファースト・スピリットを呼び出した。


「《上尸虫「彭倨ほうきょ」》を召喚じゃ!」

「《決闘六歌仙シケイダ・マール》ッ!」


シァン・クーファンの手は変わらず――

ウチは初手から半中半人の歌人を呼び出した!



先攻:シァン・クーファン

【表徴:『金丹《Tao》』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

《上尸虫「彭倨ほうきょ」》

BP300


後攻:「壺中天」のイサマル

メインサークル:

《決闘六歌仙シケイダ・マール》

BP1455



本来の先攻はシァン・クーファン――

だが「壺中天」の決闘デュエルでは、元のメインゲームで《箱中の失楽(パンドラ・ボックス)》が発動したターンを起点としてサブゲームを開始する。


つまり、先にターンを開始できるのはウチや。

加えて厄介なことに――


「(やはり《黄金錬成》の表徴である『金丹《Tao》』は、同じ肉体の持ち主であるシァン・クーファンにも引き継がれとる!)」


エルちゃんが《箱中の失楽(パンドラ・ボックス)》を発動したときには、プレイヤーが『彼方《Gate》』の表徴を得たのは「壺中天」の決闘デュエルが開始して以降のことだった。

故に、表徴は「壺中天」の内側でしか機能していなかった。


だが、今回は状況が違う。

すでにウルカ・メサイアの丹田に『金丹《Tao》』が刻まれている以上、魂を分離しても同じ肉体の持ち主には表徴が継承されることになる――!


「問題あらへん。そのくらいは想定内や」


ウチは決闘礼装が装着された片足を持ち上げると、膝にマウントされたデッキに手をかけた――輝くのは黄金の光。


「こちらの盤面では、まだウチはアレを使おうてない。

 いけるはずや――カードを、信じろっ!」



フォーチュン――

「ドロォーーーー!!!!」



壺中の天地にて、ウチは己の運命力を燃やす。

薪となれ、燃えがらとなれ。


魂よ――燃え尽きろ!


黄金の軌跡が描くアークと共に、ウチの生得属性が生み出した魂のカードが――玉緒しのぶとして生き、イサマル・キザンとして生きた生涯の象徴が手中に収まる。


「フィールドスペル――」


ここがウチの花舞台。


近くば寄って目にも見よ、

遠からん者は音にも聞け。


四季折々の草花が萌える、

山紫水明の桃源郷。


藤原定家が編んだ珠玉の暗号迷宮マスターピース


《ファブリック・ポエトリー》――またの名を。


鉄壁の歌仙結界。



「展――。


[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]っ――!」



続けて、ウチは手札からコンストラクトを唱える。


ファースト・スピリットにカードを装備して――

そのまま、ターンを終了した。



先攻:シァン・クーファン

【表徴:『金丹《Tao》』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

《上尸虫「彭倨ほうきょ」》

BP300


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:「壺中天」のイサマル

メインサークル:

《決闘六歌仙シケイダ・マール》with《沓冠くつかぶり

BP1455



☆☆☆



「《沓冠くつかぶり》は決闘六歌仙専用のコンストラクトカード。装備したスピリットをカード効果の破壊から守る――これで、次のターンにナインテイルズを出されても魔風列破で破壊されることはないはず」


「壺中天」の中で、蝉頭の異形の歌人の頭部には平安歌人のような帽子が装着されていた。《沓冠くつかぶり》――ただし、その力はスピリットの攻撃には及ばない。


真由ちゃんは不安そうに戦況を見守っていた。


「《ファブリック・ポエトリー》の領域効果なら、最大で三枚の《歌仙結界》を手に入れられるわ。銀毛九尾がこれまでのように『歌仙争奪』を拒否すれば、三回まで

スピリットによる攻撃を無効にできる……でも」


親指を噛む真由ちゃん。

その唇に、そっと指を当てた。


「心配しないで」


「でも、銀毛九尾には無限攻撃コンボが……!」


「それがウチの狙いだから」


鉄壁を誇る歌仙結界――

奴の性格からして、正面から突破したくなるはず。


それこそが言の葉の庭に仕掛けられた「罠」。

ウチが込めた呪詛。


銀毛九尾があのカードを使えば、ゲームは終わる。


箱の外にいるウチも、ターンを終了し――

真由ちゃんにターンを渡した。


「さぁ、真由ちゃんのターンだよ」


「……ええ、ドローするわ」


この決闘デュエルの敗者はカードに封印される。

その上で、ウチは真由ちゃんに降伏サレンダーを要求した。


決闘礼装のモニターにウィンドウがポップする。



[対戦相手の降伏サレンダーを了承しますか?]

 OK / NG



「…………」


ウチは無言で画面をタッチする。

――真由ちゃんは驚きの声をあげた。


「これは、どういうこと?」


真由ちゃんの決闘礼装にもウィンドウがポップする。



[対戦相手の降伏サレンダーを了承しますか?]

 OK / NG



「真由ちゃんも了承して。《箱中の失楽(パンドラ・ボックス)》における決闘デュエルは、箱の外と内の両方で同時に決着が着かないと終わることがない。だから、まずはこちらの世界で決着を着ける――ウチと真由ちゃんの両者敗北で」


「両者敗北……!?」


「お互いの降伏サレンダーによる両者敗北により、勝敗は「壺中天」の中の決闘デュエルに委ねられる。タイミングはウチが指示するから、そのときになったら同時に了承を宣言してほしい」


「……わかったわ」


ウチの胸にチクリ、と痛みが走った。


「いいの?……ウチ、何も作戦を説明してないのに」


「この決闘デュエルの責任は、誰がなんと言おうと私にあるもの。裏技を発見したことで舞い上がって、銀毛九尾の封印を解いてしまった。やっぱり、この世界をどこかでゲームだと思ってたのよ……ユーアちゃんやアスマとの決闘デュエルで学んだはずなのにね。エルちゃんやドネイト先輩にはどんなに謝っても謝りきれないわ。もちろん、しのぶちゃんにも。だから……」



「しのぶちゃんに従うわ。ううん、協力する。

 たとえ、どんなことでも」



「……ありがとう。

 ウチの作戦通りにいけば、みんなを救えるはず」


「みんなを……全員を助けられるの?」


胸元に添えられた真由ちゃんの手を取り、ウチは握った。

真由ちゃんも、それに応えて、互いに指を絡める。


「しのぶちゃん……」


「全員、ウチが助ける……!」


エルちゃんも、ドネイトくんも、真由ちゃんも。


「――もちろん、ウチも。銀毛九尾が仕掛けたふざけたゲームを……誰かの命が失われるようなアンフェアな決闘デュエルをぶっ壊す。信じて、真由ちゃん。この決闘デュエルが終われば、きっとまた皆で笑い合えるから」



そのときは――もう一回、肝試しをしよう。

陰謀も策略も関係ない……

ただ皆で騒ぎ合う、他愛もない日常に帰ろう。



真由ちゃんと見つめ合い、頷き合う。

――ウチの良心らしきものが、きしきしと音を立てる。


「(……嘘だ。ウチは大嘘吐きだ)」


()()()()()()()()()()()()

この決闘デュエルでは誰もが助かる道などないのだ。


ウチが選んだ選択肢は――

もしも玉緒しのぶのままだったら選ばない選択肢だっただろう。


自分と真由ちゃん、二人だけがいればいい。

他の人間なんて関係ない。


「(そう、考えてたかもしれない……けど)」


この世界で生きたイサマル・キザンとしての人生が影を落としている。

冷酷で残忍な選択を取らせようとしているのだ。



----------------------------------

「ボクの苦しみは、かいちょーのせいなんかじゃないよ」


少女はあどけない顔で笑う。


「にひひ。かいちょー、ボクのこと大好きじゃん♪」

----------------------------------


――エルちゃん。


----------------------------------

「しのぶ嬢は――

 無理にイサマル氏の真似などしなくていいのでは?」


青年はあたたかな声で語りかける。


「会長にわからないことがあるのでしたら。

 どうか、小生を頼ってください」

----------------------------------


――ドネイトくん。


そうだ、心はすでに決まっている。

指先に真由ちゃんの体温を感じながら――




ウチは()()()()()()()()()()を決めた。

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