「覇竜公」の本性!
「……決闘中の、反則行為ですって!?」
私は耳を疑った。
ユーアちゃんとの決闘で反則なんてしてない!
いや――。
強いて言えば、だが。
ここに来る前の「わたし」は『デュエル・マニアクス』のチュートリアルをユーアちゃん側でプレイしていたので――彼女の手札が全て透けていたのは確かだ。
その情報がなければ、勝てなかったのはそうだけど……。
それをアスマが反則として指摘する――というのには、どうにも違和感がある。
何か、他に私が見落としていることがあるのか?
困惑する私の様子を楽しむように、アスマは酷薄な笑みを浮かべた。
「君も往生際が悪いね。本当に身に覚えがないというのかい?」
「身に覚えなんて……何もないわよ!いったい、どんな反則をしたっていうの」
「では、ユーアさんのデッキをあらためさせてもらってもいいかな?」
ユーアちゃんのデッキを? 私は思わずユーアちゃんと目を見合わせる。
彼女も半信半疑でデッキを取り外すと、アスマに渡した。
アスマは「失礼、少し借りるよ」と言って受け取り、手で拡げてカードをあらためていく。すると――デッキの一番底に、そのカードが現れた。
《魔素吸着白金・パラサイト》
「嘘でしょ……!?そのカードって……!」
「懲りないねぇ、ウルカ。聞くところによると、以前にもこのカードを仕込んで、ユーアさんに嫌がらせをしていたそうじゃないか」
違う。そんなはずは無い!
ウルカとしての記憶を探ったが、今回のアンティ決闘の直前にウルカがユーアちゃんのデッキを弄った記憶は無い。
もちろん、取り巻きの人たちに指示をしたりもしていない。
彼女のデッキにカードを仕込んだイタズラをしたのは、入学当初の話だったはずだ。
「私は知らないわ!今回はユーアちゃんのデッキにカードを仕込んだりしてない!」
「ふうん?じゃあ、どうして彼女のデッキに、気色の悪いインセクト・カードが入っているのかな。これは君の趣味なのかい、ユーアさん?」
アスマに問われたユーアちゃんは、口を真一文字に閉じて、無言で首を横に振る。
胸板を抑えるように当てられた手のひらは、ぎゅっと握りしめられていた。
「ユーアちゃん……!」
「どうやら、ユーアさんの意思ではないようだね。じゃあ、誰が、何の意図を持ってこんなカードを彼女のデッキに入れたのか。ほら、効果をよく見てごらん」
そう言って、アスマは周囲で見守る観衆に向けて寄生虫カードを掲げた。
《魔素吸着白金・パラサイト》
種別:レッサー・スピリット
エレメント:地
タイプ:インセクト
BP500
効果:
手札にこのカードが加わったとき、自分フィールドに配置しなくてはならない。
フィールドに存在するかぎり、自分はスピリットを召喚できない。
このスピリットが破壊されたとき、対戦相手はカードを1枚ドローする。
「手札に加わった時点で使用者の意思にかかわらずフィールドに出て、さらにフィールドに居座るかぎり新たなスピリットは召喚できなくなる。つまり、このカードをコストにしてグレーター・スピリットを召喚することもできないわけだ。おまけに、相手にドローさせる効果まで付いている。こんなデメリットしかないカードを仕込んで、得をする人物はたった一人しかいない」
「違うわ……!」
「それは君だ、ウルカ・メサイア!君はユーア・ランドスターに退学を賭けたアンティ決闘を挑んだうえで、卑劣にも寄生虫カードを彼女のデッキに仕込んで、決闘を有利に運ぼうとした。そうやって陥れようとしたんだ。これは重大な反則行為だ!決闘者としてのプライドを捨てて、「学園」の名誉を地に落とすおこないだ!」
アスマがそう宣言すると、観衆の激情に火がつき、大広間に怒号が響いた。
「侯爵令嬢ウルカ・メサイアは――『光の巫女』を陥れようとしたんだああああっっっ!!!」
「自分からアンティ決闘を挑んでおいて……最低よ!」
「へっ、前から気味の悪いデッキを使うと思ってたんだ!」
「さっきの決闘はちょっと良いかもって思ったのに!」
「退学しろー!」「退学!」「退学っ!」「退学……!」「退学しなさい!」
一同の怒号は、次第に私に「退学」を要求するシュプレヒコールとなっていく。
そんな。
これは、何かの間違いだ。
「……お願い。信じて、ユーアちゃん」
少なくとも今回の決闘においては、ウルカは不正なんてしていなかった。
でも、じゃあ……どうして《魔素吸着白金・パラサイト》のカードがユーアちゃんのデッキに?
思考が鈍化する。
一定のリズムを刻んで唱えられる「退学」のコールを聞いていくうちに、精神が摩耗していくのを感じる。
やっぱり、ダメなんだ。
悪役令嬢ウルカ・メサイアに待っている運命は、破滅。
たとえ決闘に勝っても、その運命は、変わらない。
「待ってください」
その時。
大広間に、凛とした声が通った。
声は水に投げられた石のように、波紋を周囲へと広げていく。
先ほどまで熱狂に当てられていた群衆さえも、その声を無視することはできなかった。
ユーアちゃんは続ける。
「ウルカ様が、私のデッキに寄生虫カードを仕込んだ……そんなはずは、ありません」
決して大きくはない声で、それでも確信に満ちた声で彼女は断言した。
アスマは「へぇ」と口元を歪ませる。
「君がどうしてウルカの肩を持つのかはわからないけど、さ。実際にカードはこうして見つかっているんだ。動かぬ証拠があるんだよ」
「私のデッキからカードが見つかったとしても、それはウルカ様がやったという証拠にはなりません。それに――ウルカ様には不可能なんです」
「不可能だって?」と、アスマは眉を寄せる。
ユーアちゃんは大広間に集まった観客たちに向けて、こう呼びかけた。
「この決闘を観戦していた皆さんにお聞きします。アンティ決闘が開始されてから、一度でもウルカ様が私のデッキに触れたのを見た方はいますか?」
観衆たちはざわめく。「誰か見たか?」「私は見てないわ」……と。
一同の答えは、どうやらNOのようだった。
アスマは舌打ちをした。
「いいかい、ユーアさん。ウルカは決闘が始まる前のどこかで、すでに君のデッキにカードを仕込んでいたんだ。気づかないのも無理はない、この女は狡猾だからね。だから決闘が開始されてからの行動を見ても仕方ないのさ」
「それはありえません。なぜなら、私は決闘中に自分のデッキを確認して、デッキの中に私の見知らぬカードが入っていないことを確認しています」
「……何だって?」
記憶を思い返す。――そうだ。
たしかに決闘中に、ユーアちゃんがデッキを確認するタイミングが一回だけあった!
「《極光の巨人兵士》の召喚時発動効果ね!」
ユーアちゃんは頷いて、こちらにウィンクした。
「巨人兵士を召喚したタイミングで、私は自身がコストにしたスピリットと同名のスピリットをデッキから選択して、サイドサークルに配置する効果を発動しました。あの時――残りのデッキに入っているカードを、全て確認しておいたんです。その後の戦術に関わることなので、間違いがないように……念のため」
ユーアちゃんは、アスマに《極光の巨人兵士》のカードを見せた。
「間違いなく、私の第1ターンの時点でデッキに寄生虫カードは入っていませんでした。つまり、カードが仕込まれたのはそれ以降となります。それからカードが見つかるまでのあいだに、デッキに触れた人物は一人しかいません!」
「ユーアちゃん……あなたが言っている人物って、もしかして」
ユーアちゃんの発言は筋が通っている。
たしかに容疑者は一人しかいない。
でも、どうして?
どうして彼が、そこまでして私を陥れるような真似を?
「くっくっく……いやぁ。面白い女だとは思っていたけど、思った以上にふざけた女だったとはね。ユーアさん、本当にわかっているのかい?君が告発しようとしている人物が誰なのかを、さ」
「このアンティ決闘の立会人にして、アルトハイネス王国・第二王子――アスマ・ディ・レオンヒート。アスマ王子、あなたこそ私のデッキに寄生虫カードを仕込んだ張本人です!」
ユーアちゃんは、犯人の名を指摘した。
今度は騒ぐ者は誰もいなかった。
あからさまな不正に対しても、怒号の声が上がることはない。
元から嫌われ者だったウルカのときとはわけが違う。
相手はこの国の第二王子――王位継承権第二位の絶対者なのだから。
決して逆らってはいけない相手だということを、誰もが骨身に染みている存在。
「いいね、いいね……さすがは『光の巫女』か。怖いもの知らずだ。面白いよ。それなら無鉄砲で世間知らずな君の『怖いもの知らず』を治すために、誰かが怖いものを教えてあげないといけないのか、なぁ!?」
ユーアちゃんは目を逸らさずにまっすぐとアスマを見据えている。
……それでも、その脚がわずかに震えているのを、見た瞬間。
思わず、身体が動いていた。
私は彼女の前に出ると、アスマと対峙する……!
「ウルカ様……!」
「やめなさい、アスマ!あんたがどういうつもりか知らないけど、ユーアちゃんは間違ったことは言っていないわ。さんざん言ってた決闘者のプライドってやつをあんたがまだ持ってるなら、ここは引きなさい!」
「なんだよウルカ……力もねぇ虫けら女如きが、『光の巫女』様にまぐれで勝ったぐらいでヒーロー気取りかよ。てめぇみたいな雑魚に決闘者のプライドを語られる筋合いはねーんだよ!」
アスマは金縁で彩られた白い肩掛けマントを翻すと、小型の円盤を取り出した。
円盤に魔力を込めると、それはアスマの右腕に吸い付くように変形して一体化し、赤色に発光する魔力が長剣を象った刀身部へと整形されていく。
これは、アスマの専用決闘礼装――『ドラコニア』!
『ドラコニア』の刀身を彼が振るうと、その剣先は私の喉元で静止した。
「決闘といこうじゃないか、ウルカ。こんなちゃちな非公式のアンティ決闘じゃない。「学園」公認の公式戦札・決闘の場で――君に引導を渡してあげるよ」
「公式戦札・決闘……!」
「学園」の生徒評価に直結する、公認の私闘。
いくらアスマがこの国の第二王子という権力を有していても、その場での勝敗を反故にすることはできない。
「当然ながらアンティも賭けてもらう。もし、君が僕に勝ったのなら、この件は手打ちにしてやってもいい。この僕に向かって『不正』だなんて言いがかりを付けたユーアさんは、本来は許される立場じゃないんだけどね――情けみたいなものさ」
ユーアちゃんが反論しそうになったので、慌てて彼女の口を抑える。
気持ちはわかるけど、ここは逆らわない方がいい……!
「……わかったわ。じゃあ、もし私が負けたなら」
「決まってるだろう?君は退学を賭けた決闘で反則行為をしたんだ。その報いは受けてもらうよ」
アルトハイネス王国・第二王子にして――
『学園最強』の決闘者。
「覇竜公」アスマ・ディ・レオンヒートは、破滅へと続くアンティを宣告した。
「退学だ。今度こそ身の程ってやつを教えてやるよ、虫けら女」
「私が勝てばいいだけでしょう?覚悟しなさい。
虫に刺されたあんたの泣き面、きっと過去最大級に笑える顔になるわ」
そして――時間は再び、現在へ。