マントを忘れただけなのに ファイナル シンキング ゲーム(出題編)
「こ、これガ……旧校舎の幽霊騒動の正体でスか!?」
「ふっ。つまらんものを斬ってしまったものだ」
一閃――。
ジェラルドが「錬鉄の秘宝具」の聖剣を振るうと、血まみれの亡霊兵士は霧のように消え失せる。
学園序列第二位、幽霊騒動を華麗に解決!
ペアパートナーであるジョセフィーヌが「学園」の生徒向けに繋いでいる配信でも、コメント欄は大盛り上がりとなっていた。
「これってあれだよね、ウワサのやつ!」「正体はスピリットだったってことかよ!」「…幽霊の 正体見たり枯れ尾花」「コメント屋…!!今何と……‼」「物理攻撃、効くよ」「かっちょいい。本機もやってみたい、ゴーストバスターを」「ダンジョン配信って楽しいね」「ひょっとしたら流行るんじゃないかな?ダンジョン配信」
亡霊兵士が消失して、残されたのは精霊核だけ。
スピリットを扱えないジェラルドの代わりにジョセフィーヌが空白カードで精霊核を回収する。
「スピリット、GETでース!」
一方、ジェラルドは決闘礼装を操作していた。
先ほど交戦したスピリットのデータを呼び出すためだ。
「……《鮮血英魂レッドプロフェシー》だと?」
「どうしましタか、お義兄さン?」
「いや……なんでもない。それよりも……。
どうやら、目的地のようだな」
ジェラルドが黒剣型の決闘礼装で廊下の先を示す。
そこには事前の地図でも明かされていた「扉」があった。
見るからに頑丈な作りの「扉」には、取っ手はおろか鍵穴も無い。
ならば、どうやって開けるのか――?
思案するジェラルドは、ふと己の肩に魔力の気配を感じた。
「マントが反応しているのか?」
肩にかかっている黒染めのマント。
「学園」の頂点に立つ十人の決闘者――『ラウンズ』の一員である証として支給されたマントが、目の前の「扉」に呼応するかのように魔力を放っている。
このマントはただの飾りではない。
精霊魔法によって実体化したコンストラクトカードであり、他者からの攻撃から自動的に身を守る魔術がかけられている。
まだ決闘礼装の波動障壁が無い時代に考案され、各時代の優秀な精霊魔法の使い手たちを保護するために用意された「学園」の伝統的な礼装なのだ。
「まさか……この「扉」の鍵は、俺のマントだとでも」
「わわっ!なんか、カバンの中があっちぃでス!」
ジョセフィーヌが取材カバンの中から小さな箱を取り出した。
木製の木彫り細工のような箱――その中からは、ジェラルドのマントと同じ魔力の気配がしている。
「なんだ、それは?」
「肝試しの前に、ウィンドっちに貰った「魔除けの箱」でス。参加者が危険な目に遭わないように配られてるという話でしたガ……お義兄さンは貰ってないのデ?」
「……貸してみろ」
複雑な細工がされた箱を、ジェラルドは力づくでこじ開けた。
中には折り畳まれたマントが入っている――。
白と黒の二色で色分けされた立体図形模様のマント。
それは二人にとって見覚えのあるものだった。
「これハ……!?」
「ウィンドのマント、だな。そういうことか」
ジェラルドにも合点がいった。
決勝戦に進出したペア4組をみて感じた違和感……!
「決勝進出者はジョセフィーヌ以外は全員が『ラウンズ』だった。加えて、マントを必ず着用して参加するようにという奇妙なルール……。この肝試し大会で聖決闘会の連中が企んでいたことがようやく見えてきた。
ジョセフィーヌ、教えてやる。奴らの狙いは……」
ジョセフィーヌは配信機材をいじりながら、首をひねっていた。
「うーン、うーン。……あ、すみませン!
お義兄さン、なにか言ってましたカ!?」
「……聞いていなかったのか。まぁいい。
もう一度説明するぞ。どこから聞いてなかった?」
「はーイ、最初からでス!
どうも、配信の具合が不調みたいデ……」
「この「扉」がまとう魔力の影響だな」
ジェラルドのマントと、ウィンドのマント。
二種のマントの魔力に反応して「扉」が励起する。
どこからともなくカードが出現し――。
空中にゲームの「盤面」が組み立てられた。
「……面白い。詰め決闘ということか!」
☆☆☆
「詰め決闘――。
詰め将棋のカードゲーム版ね」
「知っとるで。あらかじめ決められた手札と盤面から勝利条件を満たす、っちゅうゲームなんやろ?」
【勝利条件:このターン中に対戦相手に勝利せよ!】
先攻:Enemy
メインサークル:
《不落英魂モータルゴッズ》
BP1500
後攻:You
メインサークル:
《背水英魂トリーズンスター》
BP1000
手札:
《背水英魂トリーズンスター》
《磁気の火蜥蜴》
《蒼ノ遺伝子》
《アンナチュラル・コンプレックス》
備考:
Enemyのデッキの残りカード枚数は10枚。
なるほどね。
私は元の世界でよく見ていたカードゲームアニメを思い出しながら言った。
「つまり、この詰め決闘を解けば……「扉」が開くってことよ!」
「って、おかしいやろーっ!
なんや、そのセキュリティは!?」
イサマルくんがビシィ!と扇子で突っ込んだ。
「これ作ったヤツ、セキュリティって言葉の意味を知っとるんか?パズルやゲームを鍵にしたら、誰でも開けられてまうやろ!それ、鍵になっとる?なってない!普通に鍵をかけろやーっ!」
「とはいっても、ねぇ。この手のセキュリティって、カードゲームではよくあること、だし……」
「そ、そうなの?」
――それにしても。
「この詰め決闘のカード、見たことあるやつばかりね」
☆☆☆
「この仕掛けを作ったのはミルストン先輩のようだね。
《背水英魂トリーズンスター》は僕も初見だが」
アスマは決闘礼装でカード情報を呼び出した。
《背水英魂トリーズンスター》
種別:レッサー・スピリット
エレメント:水
タイプ:ソルジャー
BP0
効果:
フィールドのスピリット1体につき、BPを500アップする。
「これもミルストン先輩の「英魂」スピリット。他も全て先輩のカード……いや。《アンナチュラル・コンプレックス》は僕のカードだな」
おそらく、この「扉」の仕掛けを作ったのは――。
ミルストン先輩が失踪する前のことのはず。
「(《アンナチュラル・コンプレックス》を詰め決闘に組み込むほどにまで、僕の戦術を研究していたわけか。……先輩)」
「つ、詰め決闘……私、苦手です」とユーアは弱音を漏らした。
「お兄様はこういうの得意なんですが。決闘なのに、なんだかお勉強みたいで……頭が痛くなってきます!」
「自分が使い慣れていないカード――生得属性が異なるカードの動きをシミュレーションするのは脳に負担がかかる。仕掛けた本人は別としてね……これはこれで理に適ったセキュリティだと思うよ」
無論、一定以上の実力を備えた決闘者には苦にもならないのだが。
【勝利条件:このターン中に対戦相手に勝利せよ!】
勝利条件の項を示して、アスマは問いかけた。
「ユーアさん、まずは初歩のおさらいから。『スピリット・キャスターズ』において、対戦相手に勝利する条件は全部で五つある。全てを挙げられるかな?」
「えっと……それは、わかります!」
ユーアは指を折りながら、一つずつ挙げていった。
・スピリットの攻撃で対戦相手のライフコアを砕く
・対戦相手のデッキを0枚にしてカードを引けなくする
・対戦相手が降伏する
・自身が特殊勝利条件を満たす
・対戦相手が特殊敗北条件を満たす
「……以上のはずです!」
「正解。
まぁ、細かいことを言うと降伏の項目は表現が少し違うか」
「そうなんです?」
「正確には「対戦相手の降伏を自身が承諾する」――互いのプレイヤーの合意がなければ降伏は成立しない。もっとも、実戦においては相手が降伏を申し出ているのに承諾しない理由は無いだろうから、重箱の隅をつつくような話だけどね」
「わかりました。小姑の小言ということですねっ!」
「……さて。そう考えると、この詰め決闘の罠は明白だね」
水属性専用錬成スペル「《蒼ノ遺伝子》」――ミルストンの切り札を使えば、彼のエース・スピリットを呼び出すことができる。
《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》
種別:ユニゾン・スピリット
エレメント:水
タイプ:エレメンタル
BP4500
共鳴条件:
《磁気の火蜥蜴》と水のエレメントを持つ「英魂」スピリット1体以上
効果:
このカードは効果の対象にはならない。
素材となった水のエレメントを持つスピリットの数だけ攻撃できる。
このスピリットが攻撃するとき、攻撃対象が相手のメインサークルである場合、戦闘ダメージを与える代わりに相手のデッキのカードを上から5枚ゲームから取り除く。(5枚未満の場合は全て取り除く)
「「《蒼ノ遺伝子》」で手札とフィールドの3体のスピリットを素材に錬成すれば、デッキ破壊が可能なエース・スピリット――ゼノサイド・デストロイヤーを生成し、攻撃して勝利できる――」
先攻:Enemy
メインサークル:
《不落英魂モータルゴッズ》
BP1500
後攻:You
メインサークル:
《爆水潜艦ゼノサイド・デストロイヤー》
BP4500
「――そう思い込ませるのが、出題者の罠なのさ」
ユーアは首をかしげた。
「でも、備考欄を見てください」
備考:
Enemyのデッキの残りカード枚数は10枚。
「残りデッキは10枚。3体を素材にしたゼノサイド・デストロイヤーは二回攻撃が可能なので、デッキのカード10枚全てを取り除くことができます!」
アスマは首を横に振った。
「デッキを全て取り除いただけでは勝てないんだよ。
僕も以前はそのルールに助けられた。
助けられて、薄氷の勝利をつかむことができた……」
☆☆☆
[決戦機動空域バトルコマンド・ウォー・フロントライン]。
空性樹海シュバルツバルト――。
魔の「黒き森」に拓かれた戦場の最終局面。
「僕のターン……ドローだッ!」
アスマは決闘礼装に手をかける。
己のカードを――最後に残された剣を引き抜く!
先攻:アスマ・ディ・レオンヒート
【デッキ0枚】
☆☆☆
「……あっ!」
ミルストンとアスマの決闘を思い出し、ユーアも思い至った。
・対戦相手のデッキを0枚にしてカードを引けなくする
『スピリット・キャスターズ』で勝利するためには、相手のデッキを0枚にした状態で、次に相手がカードを引くタイミングまで待たなければならない。
だが、この詰め決闘の勝利条件は――!
「【このターン中に対戦相手に勝利せよ!】です……!
デッキ破壊で勝利できるのは、次のターンのドロー・シークエンス。だからゼノサイド・デストロイヤーの攻撃では詰め決闘の勝利条件を満たさないんですね!」
「そういうことさ。デッキ破壊では届かない。
なら、どうやって勝利する?」
☆☆☆
「……そんなら、普通に殴ればええんちゃうか?」
先攻:Enemy
メインサークル:
《不落英魂モータルゴッズ》
BP1500
後攻:You
メインサークル:
《背水英魂トリーズンスター》
BP1000
手札:
《背水英魂トリーズンスター》
《磁気の火蜥蜴》
《蒼ノ遺伝子》
《アンナチュラル・コンプレックス》
イサマルは詰め決闘の盤面を扇子で指した。
「相手の場にいるスピリットは雑魚なんやから、普通にスピリットを並べて殴ればいけるんちゃう?」
「それは無理よ。まず第一に手数が足りないわ」
スピリットの攻撃で勝利するためには、プレイヤーに二回のダメージを与えなければならない。
最初のダメージではシールドを破壊することができる。
シールドが破壊された状態で、さらにダメージを与えることでライフコアを破壊することができるのだが……。
「手札の《磁気の火蜥蜴》は召喚にコストを必要とするグレーター・スピリットよ。一応、相手のサイドサークルにスピリットがいればコストを軽減できる効果があるけど今回は使えないわ」
先攻:Enemy
メインサークル:
《不落英魂モータルゴッズ》
BP1500
後攻:You
メインサークル:
《磁気の火蜥蜴》
BP2500
「《磁気の火蜥蜴》を召喚して攻撃しても、与えられるダメージは一回だけっちゅうことか」
イサマルは「んー……」と首を横にして、「はっ!」と声をあげた。
「せや!手札から《背水英魂トリーズンスター》を追加召喚すればええんや!コイツはフィールドのスピリットの数だけパワーアップすんのやろ!?」
先攻:Enemy
メインサークル:
《不落英魂モータルゴッズ》
BP1500
後攻:You
メインサークル:
《背水英魂トリーズンスター》
BP1500
サイドサークル・デクシア:
《背水英魂トリーズンスター》
BP1500
「これでBPは1500!相手のスピリットに並んだわ。これで二回攻撃すれば、ウチの勝ちや!」
「……イサマルくんって、もしかしてカードゲームは得意じゃないの?」
「えっ……」
「その戦術には問題があるわ。まず、BP1500同士のスピリットのバトルは相打ちになる……相打ちでは、相手プレイヤーにダメージを与えられないのよ」
「あーっ!そうやったわっ!」
「それと、さっきから見落としてる点として……《不落英魂モータルゴッズ》にはプレイヤーをダメージから守る【鉄壁】の効果がある。【鉄壁】持ちスピリットとのバトルでは、相打ちかどうかに関わらずダメージを与えられないわ」
「それもそうやったわっ!
じゃあ、そんなん、どうすればええんやぁ……!?」
「鍵となるのは、アスマのスペルカードね。
手札にある《アンナチュラル・コンプレックス》……」
《アンナチュラル・コンプレックス》
種別:スペル
効果:
発動時にフィールドにいた全てのスピリットの効果をターン終了時まで無効にする。
「このカードを使えば《不落英魂モータルゴッズ》の【鉄壁】を無効にできるわ。でもね……」
☆☆☆
「……問題は、《アンナチュラル・コンプレックス》の効果が……フィールドの、全てのスピリットに……作用すること、ですね」
先攻:Enemy
メインサークル:
《不落英魂モータルゴッズ》
BP1500
後攻:You
メインサークル:
《背水英魂トリーズンスター》
BP0
ドネイトは決闘礼装を「扉」にリンクさせて、仮想の盤面をつくった。
「モータルゴッズの【鉄壁】を、無効に……する、ために。《アンナチュラル・コンプレックス》を……発動したなら、トリーズンスターのBPアップ効果も……無効にしてしまい、ます」
「BP0のスピリットは対人攻撃でもダメージを与えられないっ!にひひ、よわよわになっちゃうねぇ、ドネドネ?」
考え込むドネイトを見上げて、エルは余裕の笑みを見せた。
ドネイトはカーテンのように下がった前髪の奥、隠された水晶の瞳を見開く。
「……エル嬢。まさか、もう解けたのですか?」
「とうぜんとうぜん♪このくらい”らくしょう”だよっ!
”あさめしまえ”っ!」
推理力には一日の長があるドネイトだが、決闘者としての天性のセンスにおいてはエル・ドメイン・ドリアードに軍配が上がる。
「(幼いとはいえ、まぎれもなく。小生たちの最高戦力はエル嬢――)」
「ドネドネ、もしかしてもしかして……まだ解けてないのぉ?やったやった、ボクの勝ち♪」
「事前に、ウィンド氏から……報告されていた詰め決闘の問題、と。内容が、変わって……いました。おそらくは……自動生成。「扉」の周辺は……念話が不可能な点から、して……すでに『異界化』が始まっているようですね」
「イカイカ?」
「エル嬢。今回ばかりは、解決編はお譲りしましょう」
ドネイトは前髪をくしゃくしゃにして瞳を隠した。
「どうか、小生に……解答を、教えていただきたく」
「おっけー、おっけー!
じゃあね、じゃあね……こたえはね……」
かがむドネイトに口を寄せて、エルは耳打ちした。
「ふーっ♪」
「…………っ!?」
「……にひひ。まだまだ、おしえてあーげないっ!
”せいかい”は……次回へつづく、つづく♪」
(出題編、了)
【勝利条件:このターン中に対戦相手に勝利せよ!】
先攻:Enemy
メインサークル:
《不落英魂モータルゴッズ》
BP1500
後攻:You
メインサークル:
《背水英魂トリーズンスター》
BP1000
手札:
《背水英魂トリーズンスター》
《磁気の火蜥蜴》
《蒼ノ遺伝子》
《アンナチュラル・コンプレックス》
備考:
Enemyのデッキの残りカード枚数は10枚。