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禁じられたア・ソ・ビ

ある日、下校して寮に戻る途中のこと。


見慣れたピンク色のおかっぱ頭が目に入った。

――イサマルくんだ。


「……うんしょ、うんしょ」


小柄な背丈をうんと伸ばして、つま先立ちをしている。

どうやら、掲示板にチラシを貼り付けているようだった。



「納涼☆肝試し大会、開催決定!


 会場:「学園」旧校舎

 参加形式:ペア(当日ランダム)

 大会方式:スイスドロー

 参加資格:不問

 参加費:なし

 定員:64名

 優勝賞品:20th(トゥエンティ―ス)シークレット・プリン


 詳細は聖決闘会カテドラル庶務まで」



私はイサマルくんの隣に立ち、チラシを読んだ。


「ふーん。肝試し大会、ねぇ」


「……わ、ウルカちゃん!?」


「見直したわ。聖決闘会カテドラルって、意味不明のカードを作っては対戦相手を罠にかけてばかりじゃなくて、ちゃんと生徒のためになる行事も運営してるのね」


「あ、当たり前やろ!これでも真っ当な組織やで!?」


どうだか。

私もユーアちゃんも、これまで聖決闘会カテドラルが仕掛けてきた特殊ルールの決闘デュエルには、さんざん苦しめられてきたんだから。


「最近、あっついものね……。肝試しで涼むというのも、いいかもしれないわ」


「ほな、ウルカちゃんも参加せえへん?商品も豪華やで?」


「優勝賞品は……20th(トゥエンティ―ス)シークレット・プリン?」


はて――。どこかで聞いたような。


「教えてやる」


そう言って現れたのは、黒ずくめの特殊制服に身を包んだ男!

人呼んで、ユーアちゃんのお兄さん。


「……ジェラルド!」


「伝統ある「学園」の中でも、貴族の子女たちの肥えた舌を満足させることに心血を注ぐ学生食堂のコックたち。その中でも、20年前にたった1年だけ勤務した伝説のパティシエール決闘者デュエリスト――彼が遺したレシピを元に再現された、門外不出のプリンが「それ」だ。その希少性を高めるために1年に1度、7月7日にだけ、限定二食が製造されるという」


「……そういえば、ユーアちゃんが話してたわ。

 ジェラルドは食べたことがあるの?」


「予約争奪戦に参加できるのは格式の高い家柄のみ――こればかりは決闘デュエルではどうにもならん。決闘デュエル至上主義の「学園」であっても、金や力では解決できない領域というものが存在する。……平民の俺に、手が届くものではない」


ジェラルドはわずかに目を伏せた。

――プリンは、ジェラルドの大好物なのに。


すると、イサマルくんは「へへへ」と口角を上げた。


「ジェラルドくんにもビッグニュースやで。今年の予約券はウチら聖決闘会カテドラルが買い取った――予約争奪戦のアンティ決闘デュエルに勝利したわけや!」


「……何だと?」


私はイサマルくんの来歴を思い出した。


「そういえばイサマルくんって、イスカの将軍家の生まれだったわね。家柄で言えば立派なものだわ……。そのおかげで予約争奪戦に参加することもできたし、最後まで勝ち残ることもできたのね」


「いや。ウチは負けちゃった……勝ってくれたのはドネイトくん」


ジェラルドは「ミュステリオン家の嫡男か。なるほどな」と頷く。


「だが、それほどまでに貴重な20thプリンを……たかが肝試し大会の景品にするだと?……イサマル、お前は何を企んでいる」


「企む、なんて人聞き悪いなぁ。ウチは「学園」のみんなの健やかな毎日を願う、清廉潔白にして品行方正な聖決闘会カテドラルの会長やで?そういうわけで、ジェラルドくんもウルカちゃんも、よかったら参加してや。はよせんと、定員埋まっちゃうで」


話終えるなり、イサマルくんは始原魔術の祝詞を唱える。

足元にはローラースケート型の決闘礼装が実体化した。


「あっ、ちょっと待ちなさい!」


「へへへ、それじゃ、当日をお楽しみにっ!」


ぴゅーっ、と車輪を走らせて、あっという間に道の向こうへ消えていく。

――まったく、逃げ足だけは早いんだから。


「……まだ話したいことがあったのに。今度会ったら、またデコピンの刑ね」


ジェラルドは「ふむ」と腕を組んだ。


「話したいこと、か。

 ウルカ・メサイア――イサマルに何の用事があったんだ?」


「あー。えーと、それはね……」


この前のユーアちゃんとエルちゃんとの決闘デュエルの最中。

イサマルくんはこの世界には存在しないはずの『新世紀エヴァンゲリオン』の知識を口にしていた……。


「(――イサマルくんは、私と同じ世界から来た人)」


そのことについて試合が終わったら聞こうと思っていたんだけど。

あの調子で、すぐに逃げられてしまったのだ。


「……まぁ。色々あるのよ」


「言いづらい話だったか。すまなかった」


「ううん。気にしないで」


ひょっとしたら、イサマルくんは私やウルカの身に何が起きているのかを知っているのかもしれない。情報交換――あるいは事情聴取になるかも。

イサマルくんとは、どこか人目につかないところで話し合わないと。


「……肝試し大会。良い機会かもしれないわ」



☆☆☆



「メルクリエ。聞いてほしい、本機のお願いを」


「おやおや、シオンさんが私めを頼るとは珍しい。

 いかがされましたかな」


「学園」の寮にて――。

メイド服の少女と執事服の青年が二人。


清掃の仕事をしていたシオンは、廊下に貼られていたチラシを指差した。


「肝試し大会。20th(トゥエンティ―ス)シークレット・プリンはユーアが欲しがっていた。ゲットして、ユーアとマスターに渡す。上げたい、本機の好感度を」


「プレゼント作戦というわけですか。

 それで、私めは何をすればよろしいので?」


「大会はペア参加。参加してほしい、本機と一緒に」


「参加資格は不問、となっていますな。とはいえ、生徒ではなく、使用人に過ぎない我々が参加するというのは……いささか問題があるのでは?」


「肯定する……。言われてみれば、たしかに」


「使用人は出すぎた真似をしてはいけません。ユーア様やお嬢様はご自分で参加されるでしょうし、ここはお二人にお任せしましょう」


「……うん」


メルクリエにたしなめられて、シオンはしぶしぶと作業を再開する。

肩を落とすシオン。メルクリエは声色を柔らかくした。


「もしも、お嬢様たちが商品を手に入れられなかったら……そのときには、私めが腕によりをかけて特製プリンを作りましょうぞ。もちろん、シオンさんの分もですよ」


「……ありがとう。以前に、メルクリエに教えてもらったとおりにマスターたちにプリンを作ったことがある。やっぱり、おいしい……メルクリエの方が」


「おやおや。そう言っていただけるのは、望外の喜びですな」


元気を取り戻したシオン。

ふと、「肝試し」の文字を眺めて――シオンは呟く。


「メルクリエは、信じる?「幽霊」の存在を」


「はてさて。私めの意見などに、さしたる価値はありませんが。少なくとも、この会場となっている「旧校舎」は……生徒たちのあいだでは「出る」というウワサですよ?」


「そうなんだ。初耳だよ、そんなウワサは」


「……この「学園」は、今では平和な学び舎となっておりますが。戦時中は『スピリット・キャスターズ』に精通した魔術師を養成するための、軍の秘密教育機関となっていましたからな」


現在の新校舎は戦後に新造されたもので、意外にも歴史は浅い。


廃墟同然となっている旧校舎については、野生のスピリットが徘徊する一種の『ダンジョン』になっているために、研究目的などで「学園」に申請して許可を得た生徒しか入ることができなくなっているのだが――。


「『血まみれの軍服を着た兵士を見た……』なんて言う生徒がいたらしいのです。教員のあいだでも似たような報告が相次いでいるために、ここ最近では旧校舎探索を申請しても、職員室が許可を出すことはありませんでした」


『血まみれの軍服を着た兵士』――。

まさか、戦時中に命を落とした魔術師の霊だとでも言うのか。


シオンは表情を変えないまま、顔色を青くした。


「……本当にいるのかも。「幽霊」って」


「残念ながら、私めは見たことはありませんが。

 仮にいたとしても、不思議ではないと思いますよ」



失われたオーベルジルンの民の末裔。

「闇」のエレメントの使い手。


魂を扱う精霊魔法に長けたストラフ族の生き残り――。


メルクリエは、それと気づかれないように言う。



「肉体と「魂」は別のものなのでございます。

 肉体が滅びたとしても――。

 「魂」だけが不朽となってしまったとき。


 人は、それを「幽霊」と呼ぶのではないでしょうか?」

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