「乗っただけ錬成」事件 後編
フィールドに出現した、私の新たなエース・スピリット。
その名は《パピヨンに乗った錬成戦士》――。
【ブリリアント・インセクト】デッキのエースである、
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》。
【ゲノムテック・インセクト】デッキのエースである、
《「神造人間」ザイオンX》。
二体のエースの夢の競演。
シチュエーションとしては正に最終回にピッタリの最強カードの風格!
だというのに――。
「どうして……シオンちゃんもユーアちゃんも、ノリ気じゃないのよぉ!?」
蒼銀の大翼――スワローテイルにまたがったザイオンXが、目を閉じてため息をついた。
すると、錬成が解除されてしまう。
「これって……もしかして、錬成失敗!?
一度は成立したでしょう。なのに、何故!?」
フィールドに戻ったザイオンX――シオンちゃんは言った。
「融合係数の低下。錬成を解除させたんだよ、本機の――《パピヨンに乗った錬成戦士》を絶対に認めないという、鉄の意志が」
「鉄の意志ですって!?」
どうして、そこまで……!
新旧エースの共演なんて、一番燃えるところじゃないのよ!
うつむいていたユーアちゃんが顔を上げた。
「……私にも、シオンちゃんの気持ちはわかります。ウルカ様、あんまりです……!あんなの、錬成じゃありません!」
「ユーアちゃんまで……!」
「マスター。本機は、マスターのスピリットになりたいと思った。あの『ダンジョン』の地下で――ユーアのために、運命を切り開こうとする姿を見ていたから。だから、なんでもする――それが、マスターの望みなら」
「……シオンちゃん」
「だけど……あんな錬成だけは……いーやっ!」
「なんでもするって言ったばかりじゃないのよぉ!?」
なんということだ。
さっきの錬成体は、これまでのスピリットたちとは雰囲気が異なっていたのは確かだった。
他のタイプのスピリットと組み合わさることで半人半獣の神話生物へと姿を変える――「人造神話」。
昆虫スピリットを素材に生み出した強化アーマーをまとい、戦闘形態へと変身する――「錬金闘虫・仮相」。
対して《パピヨンに乗った錬成戦士》は、まさに素材の味付けのまま。
単に錬成素材であるスワローテイルの背中に、ザイオンXがまたがっただけ。
でも――。
「シオンちゃん、よく聞いて。乗っただけで強化を言い張るくらい、カードゲームではよくあることなのよ?ほら、こういう二大ヒーロー揃い踏み――みたいなやつだと、元になったキャラクターが原型を留めていた方が、何かと都合がいいのよ。CGモデルとかも使いまわせることだし」
『デュエル・マニアクス』にCGモデルがあるかどうかはさておき、ね。
だけど、シオンちゃんは折れない。
ピッ、と片手を伸ばしてユーアちゃんに宣誓した。
「異議を申し立てる。裁判長、発言の許可を要求」
「え……あ、はい。どうぞ、シオンちゃん」
「ありがとう。先攻は本機がもらうよ、マスター」
「いいわ。こっちだって、望むところよ……!」
交わす目線。
互いに譲れない信念がある。
私とシオンちゃんのあいだに――火花が走った!
「「決闘!!」」
先攻:シオン・アル・ラーゼス
【乗っただけ錬成否定派】
領域効果:[決闘討論電送モーニング・トゥ・ヴィジョンズ]
後攻:ウルカ・メサイア
【乗っただけ錬成肯定派】
シオンちゃんがピアノを奏でるように指を動かす。
すると――空中に魔力が固まって文字となった。
文字にはこう書かれている――。
「乗っただけで錬成と呼ぶくらい「カードゲームではよくあること」よね?」
私は「――なるほど」と感心した。
「これは……さっきの私が言った発言ね!」
「肯定する。まずは切り崩すよ、マスターの主張を。本機のターン!」
シオンちゃんは私の主張に対して、攻撃に転じる!
「錬成は複数のカードを組み合わせて、決闘に新たなカードを創造する――つまり「創造」にある、錬成の本質は!
新たな可能性を追求して決闘に革命の風を起こす、それが錬成。
故に――本機は否定する。「前例があるから肯定するべきである」という、固定観念に凝り固まったマスターの意見を!」
なるほど、そう来るのね――!
シオンちゃんの言葉が魔力の文字へと転じる。
「錬成の本質は新たな可能性を目指すことにある。前例があるからといって、かっちょよくない形態を認めるべきではない!」
シオンちゃんの文字が私の主張を退けた。
でも、私の手札(主張)はまだ残っているわ!
私はユーア裁判長に宣誓した。
「異議あり!ジャッジ、発言の許可を!」
「は、はい!ウルカ様の異議を認めます!」
異議が通った。
この討論はターン制――ならば、次は私のターン!
よく見ると、シオンちゃんが手にしているカード――スペルカード《プロジェクト・サンデー》によって、このフィールドは討論空間の領域が展開しているようだ。
このフィールドでは、互いの主張が魔力の文字となって実体化する。
『スピリット・キャスターズ』の基本ルールを思い出す。
そうだ――フィールドスペルによって付与された領域効果は、互いのプレイヤーに対して平等に働く!
スピリットカードをぶつけ合う決闘以外の場でも同じこと。
つまり――魔力の文字は私でも生み出すことができるはず!
「私は新たな主張を召喚するわ!
シオンちゃんも知ってのとおり、スワローテイルは私のデッキで最高のBPを誇るエース・スピリットよ。そのエースと、新たな主力であるザイオンXが一つとなって生まれたユニゾン・スピリット――その熱いストーリー性は無視できないはず!」
「……肯定する。そこまでは異議は無いよ、マスター」
「故に、私はあの子の存在を肯定するわ――」
私の言葉が魔力の文字となる。
「「かっちょよさ」を評価の軸とするのなら、旧エースと新エースの共演というエモーショナル、その文脈を込みで評価するべき――『かっちょよさとは見た目だけの問題じゃない』!」
シオンちゃんは表情を変えず――それでも、目を少しだけ見開いた。
「『かっちょよさとは見た目だけの問題じゃない』。それは本機の言葉。
「死の時計」を評価したときの……!」
「そうよ、シオンちゃん!あなたのセンスは、単なる外見以外の文脈――エモーショナルをも取り入れたものだったわ。それなら、この一撃は通るはず!」
相手の言葉を引用する――コピー戦術!
スピリットの効果をコピーする《ミミクリー・ドラゴンフライ》や、
スペルの効果をコピーする《「人造神話」アトラクナクア=アラクネア》。
私を支えてくれる仲間たちの力をここで借りる!
「いきなさい――っ!」
私が放った魔力の言葉は、シオンちゃんの主張を退けた!
シオンちゃんは「ふぅー」と息を吐いた。
「やっぱり強いね、マスターは。ユーア……本機、負けちゃうかも」
「そうですね……やはり、屁理屈ではウルカ様には勝てないのかもしれません」
ちょ、ちょっと。ユーアちゃん!?
「異議あり!ジャッジが片方に入れ込んじゃダメでしょ!?」
「異議を却下します!シオンちゃん、負けないでください!」
くっ……!
ユーアちゃんを裁判長にしたのが裏目に出たわ!
「本機のターン。ドロー」
シオンちゃんの闘志はまだ消えていなかった。
新たな主張をドローして、フィールドに叩きつける!
「……認める。一理あるよ、マスターの主張は。本機の評価する「かっちょよさ」は見た目だけでは決まらない――それが生まれるに至る文脈さえも評価の対象」
――それでも。
シオンちゃんはゲームエンド級のフィニッシャーを呼び出した。
自らの言の葉を魔力に転じる――シオンちゃんは切り札を放つ。
「全ての評価基準は本機の中にある!本機が全能全能――その本には、こう書いてあったよ。『乗っただけで錬成を名乗るのはかっちょよくない』と!」
なっ……!?
「そんな……全ての基準はシオンちゃん次第。それじゃあ、この討論の意味なんて……!」
「肯定する。全ては茶番だよ、マスター。本機が認めないって言ったら認めない。それが――錬成の絶対的なルール!」
ユーアちゃんが「そ、そうですね……」と苦笑いした。
「まぁ、茶番なのは最初からわかってましたけど……。ウルカ様。シオンちゃんの意志は固いみたいです。それでも、まだ続けますか?」
「……そうね」
本当は、ここで諦めるべきなのかもしれない。
大人しく、引き下がるべきなのかもしれない。
――だけど。
そんな物分かりのいい言葉は――私の中からは出てこなかった。
「でも、続けるわ」
私にだって、譲れない信念がある。
どうしても、貫き通したい意志がある。
だって……!
「乗っただけでも、いいじゃない……!
並んだだけでも、いいじゃない……!」
私はシオンちゃんと正面から向き合った。
「私は、シオンちゃんとスワローテイルが錬成できたとき、とっても嬉しかったのよ!?ウルカとしての私が大好きなスピリットと――「わたし」が大好きなシオンちゃんが、共に力を合わせたカード。そういうのが好きだから……私は、そういうのに憧れて、生きてきたのよ!」
「マスター……」
「「わたし」は元の世界では、どこにでもいる会社員だったわ。周りに合わせて……言いたいことも言えなくて、やりたいことも出来なくて……でも、それが当たり前だったから。心の中では、知恵と勇気と友情が勝利をつかむ、そんなカードゲームの世界が大好きだったっていうのにね……!」
だからこそ、私が大好きなカードゲームアニメを裏切りたくない。
ユーアちゃんを『ダンジョン』で助けたときも……本当は、震えるくらい怖かったけど。
それでも、私が大好きなカードゲームアニメの主人公だったら。
彼らは――決して、仲間を見捨てたりしないのだから!
「だから、私がウルカである間は。私は、私の「憧れ」を裏切りたくないの。シオンちゃんが言う……「かっちょいい」生き方を求める心を、抑えたくないの……!」
「……マスター。本機も、マスターにいじわるしてるわけじゃないの」
シオンちゃんは目を伏せた。
そこには、どこか悲しみが宿っているように見える。
「疑似生命系統樹は本機の機能。だけど、本機だって自分の機能を全て制御できるわけじゃないの。マスターが自分の憧れを裏切れないように――本機も、自分の本能を――「かっちょいい」を、裏切れない」
「ごめんね、マスター」――シオンちゃんは頭を下げた。
――そうか。
シオンちゃんは、どうしても心から信じることができないんだ。
《パピヨンに乗った錬成戦士》。
乗っただけ錬成の「かっちょよさ」を。
うなだれるシオンちゃんを見かねて、ユーアちゃんも割って入った。
「ウルカ様の気持ちはわかります。でも、いくら無理強いしたって、シオンちゃんの心を曲げることはできません。そうやってシオンちゃんを苦しめるのは……ウルカ様の望みでもないですよね?」
「……ええ。もちろんよ。ごめんなさい、シオンちゃん。
私の頑固に付き合せちゃったわね」
――そのとき。
「……待って。もしかしたら」
一つ、思いつきがあった。
私の脳裏に新たなカード(主張)が浮かび上がる。
どうせ、ダメで元々なのだ。
ここで決着が着かなければ、次は私のターン。
試してみる価値は――あるのかもしれない。
「シオンちゃん。あと1ターンだけ、私に付き合ってくれる?」
「肯定する。それがマスターの望みなら。なんでも言って」
私はシオンちゃんと頷き合った。
ファイナルターン――ここで私は、最後の主張を叩きつける。
魔力の言葉が形を作る。
主張が文字となって浮かび上がると――シオンちゃんとユーアちゃんは困惑の声をあげた。
「ウルカ様、これって……でも、それじゃ」
「崩れるよ、全ての前提が。マスター……根拠はあるの?」
「ええ、あるわ。私がこれから、それを証明してあげる!」
屁理屈かもしれない。こじつけかもしれない。
だけど……たとえ屁理屈でも、つじつまが合うならそれに越したことはないわっ!
私が放った言葉が魔力で象られた剣となる――曰く。
「疑似生命系統樹の基準は「かっちょよさ」ではなく――「憧れ」である!」
――これが私が至った、私の中の真実!
シオンちゃんは、すがるように私に問いかけた。
「説明を要求。本機は理解できない……どういうこと?」
「考えてみて。どうして《パピヨンに乗った錬成戦士》の錬成は一度は成功したのかしら?」
疑似生命系統樹は、シオンちゃんの心の中の評価基準と連動している。
それが一度は錬成を成功させたということは――《パピヨンに乗った錬成戦士》は、その評価基準を満たしていたということだ。
ユーアちゃんが疑問を発した。
「たしかに、私も気になってました。それと、他にも……《パピヨンに乗った錬成戦士》は明らかに「人造神話」とも「錬金闘虫・仮相」とも異なりますよね?」
「そうよ。《パピヨンに乗った錬成戦士》はイレギュラーな形態。それが生まれた理由は、シオンちゃんの心の中にあるんだわ」
私はシオンちゃんに自らの主張をぶつける。
「これは、あくまでも私の推理なのだけれど――シオンちゃんは、スワローテイルと錬成したかったんじゃないかしら?たとえ、それがどんな姿をしていようと」
「本機の、望み。スワローテイルとの錬成。でも、それじゃ……」
「ええ。疑似生命系統樹がシオンちゃんの「かっちょよさ」と連動している、という仮説に矛盾が生じるわ。だから、仮説に修正を加えましょう」
人は「かっちょよさ」に「憧れる」。
――ならば、こうは考えられないだろうか?
「憧れ」は「かっちょよさ」を包含する。
「かっちょよさ」は「憧れ」の部分集合である。
疑似生命系統樹が連動しているのは「憧れ」であり、だからこそ「憧れ」の部分集合である「かっちょよさ」にも連動しているのだと。
「シオンちゃんは私のエース・スピリットであるスワローテイルと、一緒に力を合わせて戦いたかった。その強い「憧れ」がイレギュラーな形態を生んだ――「憧れ」が先行していたからこそ、相性などは無視して、とても錬成らしくない不格好な形態が生まれてしまったんだわ」
そう考えれば――シオンちゃんは、己の心を否定する必要などなくなる。
乗っただけの錬成は「かっちょよく」ないのかもしれない。
だけど――「憧れ」は止められないのだから。
たとえ「かっちょよく」なくても「憧れ」ることはできる!
一連のやり取りを聞いて、ユーアちゃんは思案顔をした。
ユーアちゃんはおずおずと疑問を口にする。
「リクツは通るかもしれません。でも、それはあくまでウルカ様の推測でしかなくて……真実とは限りません、よね?」
ユーアちゃんの言うとおりだ。
私の推理が真実だとはかぎらない。
「それでも。真実にするかどうかは……もう、決めたみたいね」
「……え?」
シオンちゃんの身体が光り始めた。
疑似生命系統樹に申請。
共鳴条件は《「神造人間」ザイオンX》と――
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》!
新旧のエース・スピリットが一つとなり、新たなスピリットが誕生する!
フィールドに蒼銀の翼がひるがえり――
その背にまたがるのは、銀のスーツをまとった科学の錬金術師!
よっ、千両役者!
私はユニゾン・スピリットの名を読んだ。
「おかえりなさい。《パピヨンに乗った錬成戦士》!」
スワローテイルの背に乗ったシオンちゃんが、大空から舞い降りた。
シオンちゃんは目を泳がせながらぼそぼそと呟く。
「……本機は、マスターの考えてくれた真実を、信じたいと思った。これが本機の「憧れ」。本機が望んだ姿だって。でも、あんまり見ないでね、じろじろと。……やっぱり恥ずかしいから、乗っただけの錬成は」
「恥ずかしくないわ。最高にかっちょいいわよ!ねぇ、ユーアちゃん!?」
「はいっ!異議は、ありません!」
私たち三人に和やかな空気が戻った。
終わってみれば、なんだか唐突なドタバタ騒ぎだったけれど。
雨降った後は地、固まるってことで!
こうして、私の新たなエース・スピリットが誕生したのだった――!
王立決闘術学院・非公式トーク・バトル
裁判長:ユーア・ランドスター
勝者:ウルカ・メサイア
シオン・アル・ラーゼス
エース獲得:《パピヨンに乗った錬成戦士》
――と、一件落着したところで。
「……あら?これ、なんで消えてないのかしら」
「どうしたんですか、ウルカ様?」
「これよ、これ。決闘中に生成したカードって、決闘が終わったら消えるはずよね?
なのに、ほら」
「うわぁ!シオンちゃんがいっぱいです!」
「本機のカードは特別性。
それは生成じゃなく創造だよ、マスター」
「本当だわ。もう片方の素材も増えてるわね……」
「ということは、あのカードで分離するたびに素材となったスピリットを増やせる……ってことですか?」
「こういうの、昔のゲームで見たことあるわ。どうしよう。私たち――」
「とんでもない裏技を、見つけちゃったのかも」
<サイドエピソード『「乗っただけ錬成」事件』 了>