「乗っただけ錬成」事件 中編
「フィールドスペルを発動するわ。
《アルケミー・スター》!」
久々の多層世界拡張魔術!
フィールドスペルによって仮想の領域が展開する。
ホルマリン漬け(?)みたいになった謎の生物標本や、電気が走る謎の機械柱――相変わらず『デュエル・マニアクス』の中世感あふれる世界観台無しの近未来サイバーな領域ね!
[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]。
このフィールドに付与された領域効果により、1ターンに1度だけ、手札を1枚捨てることで錬成を実行できる!
私はユーアちゃんと目線で頷き合った。
「よーし。じゃあ、さっそく試していくわよ~!」
(少女試行中
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――さて。
何戦か繰り返して……ユーアちゃんにも【ゲノムテック・インセクト】デッキにおける錬成の仕様がわかってきたようだった。
「シオンちゃん――ザイオンXには、大きく分けて二種類の錬成体が存在するんですね。効果をもたないスピリットと、ザイオンXの組み合わせで錬成できる「人造神話」と――」
「「錬金闘虫・仮相」ね。
こちらはインセクト・スピリットとザイオンXをかけ合わせることで、昆虫をモチーフにした強化アーマーをまとったザイオンXを生み出すことができるわ」
「人造神話」については非常に自由度の高い錬成となる。
ユーアちゃんが操る光のスピリットを決闘中にコントロール奪取して試してみたところ、なんと――ソルジャー、ビースト、ジャイアント、フェアリー、ワルキューレといった種族でも、対象が効果をもたないスピリットでさえあればザイオンXとの錬成体を生み出すことができた。
「まさかユーアちゃんのワルキューレとの錬成もできるなんて……驚いたわ」
「私とウルカ様がタッグを組むことになったら、ぜひ使いたいですね!」
「タッグ……そういえば、夏休みにはDDD杯があるのだったわね。決闘者が二人一組でタッグを組んだ共闘決闘専門の大会――だったかしら」
正式名称を「デュナミス・デュオ・デュエリスト」杯。
なんだか名前が共導者に似ていることだし。
きっと、本来の『デュエル・マニアクス』では主人公のユーアちゃんが攻略対象を選ぶイベントなんだわ。
「ユーアちゃんは、誰をパートナーに選ぶのかしら?」
「……は?」
「ほら、誰か気になる人とかいるんじゃないの?そういう人がいるのなら、きっと距離を詰める良いイベントになるはずだわ」
ユーアちゃんは無言のまま近づくと、くりくりとした丸い瞳を半分閉じて、私を見上げた。
「ユーアちゃん、どうしたの?」
ユーアちゃんは「うー……」と小型犬のように唸り声をして――。
「――ウルカ様じゃなかったら、手が出るところでした」
「乱暴はよくないわよ!?」
「私がパートナーに選びたい人は最初から決まっています」
「それって……」
お兄さんのジェラルド……とかじゃないわよね。
私は察しがあまり良くない方だけど(よく、しのぶちゃんにも注意されてたっけ)、さすがにここまで言われればわかる。
「私――ってこと?でも、私なんかがパートナーでいいの?ユーアちゃんは『光の巫女』なんだし、きっと頼めば他にも受けてくれる実力者がいると思うけれど」
「……もしかして、ウルカ様はもうパートナーを決めていたんですか?たとえば……その……アスマ王子、とか」
「そうね。アスマにはパートナーにならないかって誘われたわ」
「やっぱり!」
「でも、了承したら『誤解してもらっては困るが、あくまで、これは婚約者としての義理だから』だとか『僕とパートナーを組むなら、それに恥じないデッキを』だの、後からごちゃごちゃとうるさいから……結局、断ってやったのよ」
ウルカの記憶からしたら、アスマは幼馴染のウルカのことを本当は大切にしてるものだと思ってたんだけど。
実家から帰ってきたと思ったら――よく言葉は交わすけど、そのたびに悪態や嫌みばかりで――あれは「わたし」の誤解だったのかしら?
「私もしのぶちゃんみたいに、もっと乙女ゲームを遊んでおくべきだったかも。男の子って、何を考えてるか全然わからないわ」
「いえッ!ウルカ様はそのままでいてくださいッ!そう、それがベストですッ!」
「そうなの?」
ともあれ、ユーアちゃんから頼まれたのなら私も断る理由は無い。
これって、あれよね……あまり詳しくないけれど。
恋愛ゲームで、特定の攻略対象が決まらなかったときに――高台の丘に立って、初期からいた友達キャラと街の夜景を眺めながら語り合ったりする――いわゆる「友人エンド」ってやつになりそう。
私が大好きなカードゲームアニメでも、最終回はそんな感じだったやつがあったわね……。
「ユーアちゃんに不満がなければ、私でもいいと思うわ。でも、もしも良い人がいたら、遠慮なく言ってね?青春はね――10代のうちにしか訪れないんだから!」
「不満/Zeroです!よろしくお願いしますね、ウルカ様!」
そんなこんなで、話が脱線したわけだけど。
錬成の仕様の話に戻ろう。
「人造神話」については、今のところ効果をもたないスピリットでさえあれば、タイプを問わずに実行できるし、失敗例は無い。
ところが――。
「「錬金闘虫・仮相」については、厄介ね……」
イサマルくんとの決闘の少し前の練習で、すでに《時計仕掛けの死番虫》との組み合わせによる錬成は見つかっていた。
《「錬金闘虫・仮相」デスウォッチ・ビートルX》だ。
墓地に眠るスペルカードを利用してBPを上げていくイサマルくんのエースに対しては非常に相性が良く、土壇場でフィニッシャーとなったのも記憶に新しい。
あの調子で他にも「錬金闘虫・仮相」が見つかっていくものだと思ったんだけれど……。
「見つかったのは、たったの三体だけ。ほとんどのインセクト・スピリットとは錬成が出来ない結果となったわ」
《時計仕掛けの死番虫》との錬成で生まれる――
《「錬金闘虫・仮相」デスウォッチ・ビートルX》。
《死出虫レザーフェイス》との錬成で生まれる――
《「錬金闘虫・仮相」ブラッドマサクゥル・ビートルX》。
《悪魔虫ビートル・ギウス》との錬成で生まれる――
《「錬金闘虫・仮相」ゴルドベテルギウス・ビートルX》。
一度、決闘を中断して、私はフィールドのシオンちゃんに尋ねた。
「もしかしてだけど。錬成が成功するかどうかって、シオンちゃんの好みに依存する……ってこと?」
「肯定する。マスターのデッキのスピリットの中でも、特にビビッと来たよ、この3体は。本機がこの3体を選んだ理由はただ一つ――」
シオンちゃんは無表情のまま、指をビシッ!と突きつけた。
「この3体が……かっちょいいから!」
「でしょうねぇ!なんとなく、読めてたわよ!だってこの3体、全部が昆虫網の中でも、甲虫目に含まれる昆虫がモチーフになってるスピリットじゃない!」
私は忘れていた――シオンちゃんの感性が男の子寄りだということを。
ユーアちゃんは「あのぅ……」と手を上げた。
「《悪魔虫ビートル・ギウス》はカブトムシだから、かっちょいいということはわかるんですが。他の2体、かっちょいいですか?なんか……タンスとか開けたらいるタイプの虫にしか見えないんですが」
「《時計仕掛けの死番虫》のモチーフはシバンムシ――ユーアちゃんの言うとおり、種によっては衣類や木材を食べたりする、いわゆる「害虫」と呼ばれている昆虫ね」
「害虫」かどうか、というのは結局のところは虫と人間の生活圏が重なっているかどうかでしかないし……食害などの他にも、単なる不快感などで決められてしまうファジィな言葉だから、あまり軽々に使いたくはないのだけれど。
「対して、《死出虫レザーフェイス》のモチーフとなっているのはシデムシね。こちらは同じ虫の死骸を餌にすることで知られているわ。コンストラクトカードを破壊してドローに変換するリサイクル効果は、そこから来ているのでしょうけど。どちらもお世辞にも見た目がかっこいいとは言えないかもね」
「肯定する。だけど、かっちょよさとは見た目だけの問題じゃない。「ノア」のデータベースにアクセスして知った――シバンムシはコチコチと時を刻む性質から、死神が時を刻む「死の時計」の名を冠せられていると」
シオンちゃんは両手を回して自分の身体を抱いた。
「か、かっちょいい……!推せる、「死の時計」……!」
「そこがシオンちゃんのツボなのね……。なら、シデムシの方も何となく理解はできるわ。死骸を餌にする性質を「死出の旅路」と表したセンスが刺さったのね」
同じく死出虫をモチーフにしながらも、蛾のモチーフが混ざった《埋葬虫モス・テウトニクス》の方は刺さらなかったのはよくわからないけど。
シオンちゃんのセンス、ちょっと難しいわね。
しかし、困ったことになった。
「錬成戦略は甲虫目の昆虫を主軸にする必要がある――まさか、錬成に「シオンちゃんがかっちょいいと思うかどうか」なんていうパラメータが関わってくるなんて、想像もしてなかったわ」
ユーアちゃんが首をかしげる。
「錬成ってそういうものなんですか?最初の説明だと、どこかのデータにあるかどうか探す……みたいな話をしてた気がするのですが」
「疑似生命系統樹ね。そこのデータベースに申請して、該当する錬成が存在するかどうかで承認が決まる……という話だったはずよ」
「肯定する。疑似生命系統樹は本機の機能の一つ。本機が全能全能だよ」
「すごい仕様になってるのね」
――ん?
ということは、私が他の虫たちのカッコよさを熱弁してシオンちゃんにプレゼンしたら、錬成体が増えることにならないか?
まぁ、ともかく。
「当分はこの3体を主力として戦っていくしかないわね」
「あれ?ウルカ様、あのスピリットを試すのを忘れてませんか?」
デッキリストを確認すると、1体だけ漏れがあった。
「本当だわ。元から私のエースだから、逆に錬成で強くなるかもっていう視点が抜けてたのかも。さっそく、試してみましょう」
というわけで。
(少女試行中
Now Loading…)
私は手札からインセクト・デッキ最強スピリットを表向きにした。
そのカードの名は――《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》だ!
蒼銀の両翼を広げた、美麗なイラストが描かれたカードをセットする。
[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]の領域効果が起動して、天地逆転の系統樹が出現した。
「疑似生命系統樹に申請。共鳴条件は《「神造人間」ザイオンX》と《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》!」
さて、果たしてその結果は――いけるか!?
疑似生命系統樹の返答は――。
「うそ、成功したわ!?」
申請は承認された。
生命系統樹の幹を二枚のカードが走り、合流した根元で一体化し、新たな一枚のカードへと変成する!
私は手元に飛んできたカードを受け取り、決闘礼装にセットした。
「錬成!飛翔せよ、《パピヨンに乗る錬成戦士》!」
フィールドに出現したのは――まさに名前のとおり、《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》に乗った《「神造人間」ザイオンX》だった!
私は「やったわ!」と両手をバンザイした。
【ブリリアント・インセクト】デッキのエース・スピリットと、新生【ゲノムテック・インセクト】デッキのエース・スピリット。
新旧二大エースの揃いぶみ、その錬成体!
カードゲームでは一番燃えるやつよね!
と――大興奮する私をよそに、ユーアちゃんの反応は薄かった。
いつも表情を変えないシオンちゃんも……どこか、気乗りしない様子を見せている。
「……ユーアちゃん?シオンちゃん?どうしたのよ、新旧エースの力を合わせた錬成体なのよ!?」
ユーアちゃんとシオンちゃんは、気まずそうに目を逸らした。
困惑する私を前に、シオンちゃんはおずおずと口にする。
「ごめん、マスター。本機は……これを錬成とは認めない」
「えぇ!?」
「ウルカ様には申し訳ないですが……私も同感です。なんかこれは、錬成とは違うかなー……って」
「どうしてよぉ!?」
二人は言った。
「だって……乗っただけだもの、これ」
「だって……これ、乗っただけですよ」




