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「乗っただけ錬成」事件 前編

――これはユーアちゃんが昇格戦に挑む、少し前のこと。


「ふぅー、空気がおいしいわね」


私は小高い丘の上に立ち、眼下に広がる景色を一望した。


アルトハイネス王国首都・エインヴァルフの東部に位置するレーネ地方。


地の魔力を生む、清廉な森。

風の魔力を生む、涼やかな高原。

水の魔力を生む、深き湖。

火の魔力を生む、荒々しい山脈。


アルトハイネス王国独自の魔術体系である『スピリット・キャスターズ』――精霊魔法を学ぶために世界中から集った若き決闘者デュエリストたちにとっては最高の環境。


そんな豊かな自然の中で――ひときわ目立つ白亜の建造物があった。


かつてはアルトハイネスの王族や、貴族の嫡子のみが入学を許された、長い歴史と格式を誇る名門校――ここは、精霊魔法を学ぶ者にとっての最高学府。


私たちが通う、王立決闘術学院(アカデミー)だ。


近くで見ると迫力のある「学園」の校舎だけど――。

ここから見ると、まるで精巧なミニチュアのようにも見える。


「……ずいぶんと登っちゃったわ。ユーアちゃん、大丈夫かしら?」


一息ついて後ろを振り向くと、案の定というか、ユーアちゃんは小柄な身体を丸めて「ぜぇー、ぜぇー」と息を吐いていた。


「た、たしかに……いい眺めですけどぉ。私、さすがに疲れちゃいました」


「ごめんごめん。ちょっと歩きすぎたわね。休憩しましょ」


寮から持ってきたマットを敷いて、私たちは丘の上に腰かけた。

ユーアちゃんは水筒型の魔道具を取り出して、中に入ったお茶をゴクゴクと飲む。


「かぁーっ!お茶がキンキンに冷えてます!うますぎます!犯罪です!」


「うふふ。美味しいのはわかるけれど……なんだか、おじさんみたいになってるわよ?」


私が思わず微笑むと、ユーアちゃんは「は、はしたなかったですか?すみません……」と恥ずかしそうにしたので、私たちはお互いに笑い合った。


「ここが「学園」だったら、マロー先生あたりに注意されてたかもしれないわね。でも、私だって本当は……元の世界じゃ、貴族なんかじゃない一般人だったんですもの。だから、このぐらいがちょうどいいわ」


水精よ、蜿くれウンディヌス・ジッヒ・ヴィンデン――。


水の元素精霊をカードから呼び出して、執事のメルクリエに用意させていた飲用水を出してもらうことにする。

カップに注がれた水は、かすかに清涼感を煽る花の香りが付いていた。


乾いた喉に、冷たい水がしみわたる……。


「しみ込んで、きやがる……!水が、キンキンに冷えてやがるわ!」


「あはは、ウルカ様もおじさまです!」



一息ついたところで、私はデッキを取り出した。



「ほら、まだまだ私の使う錬成ユニゾンは「学園」の生徒たちにはよく知られてないでしょ?せっかくだから、あまり人目につかないところで試した方がアドなんじゃないかって思ったのよ」


「アド……というのは、なんですか?」


「アドバンテージのこと。相手より、どれだけ有利なのかという指標のことよ」


カードゲームとは、様々なアドバンテージを取り合いながら進行するゲームである。


たとえば、一枚のカードを使って二枚のカードを破壊した場合――相手よりも、一枚分のカードを得することになる。

カードをドローするスペルカードなどで、一枚のカードを使って二枚のカードをドローした場合――この場合もまた、一枚分のカードを得したことになる。


「相手よりもカードの枚数で得をした場合――こういったときには「カード・アドバンテージを得た」という風に表現したりするのよ」


「カード・アドバンテージ……。似たようなことは、以前にもお兄様が言っていました。カードの枚数だけじゃなく、決闘デュエルではあらゆるリソースを奪い合いながら、少しでも自分が有利になるように立ち回る必要がある……って」


「やっぱり、ジェラルドって……カードゲームに対する考え方が、私が元いた世界の人間に近いのかもしれないわね」


乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の世界の住人たち。

私が身体を借りている(?)ウルカはもちろん、ユーアちゃんやアスマといった「学園」の決闘者デュエリストたちにとっては、カードゲームは単なるゲームではない。


『スピリット・キャスターズ』の精霊魔法を用いた決闘デュエルは、決闘者デュエリストにとっては自身の魔術の腕を競う決闘に他ならない。


カードに封じ込めたスピリットとの絆、スペル・カードやコンストラクト・カードの扱い、運命力によるデッキへの干渉――あらゆる実力が試される総合試合。

この世界では――決闘デュエルの強さとは、単にゲームが上手いというだけのことを意味しないのだ。


自身の流儀スタイルに強いこだわりがある、アスマなどは良い例だろう。


だけど――。


「試合のときの解説を聞いて、思ったのよ。ジェラルドって、流儀スタイルとか格式とか、スピリットとの関係とか魔術の腕とか……そういうのにはあまり興味が無さそうというか。『スピリット・キャスターズ』を純粋にゲームとして見ている感じがしてて」


「私には、ウルカ様が元々いた世界のことはわかりませんが……少なくとも、お兄様にはスピリットと絆を結ぶのは不可能だと思います」


「えっ……」


ユーアちゃんの発言は、私には意外なものだった。

ジェラルドのこととなると、いつも好意的なのがユーアちゃんなのに。


「(それって……ジェラルドは、自分のデッキのスピリットとは仲良くなれないぐらい嫌な奴ってことかしら?)」



(ユーアちゃんの発言の真意――「ジェラルドはそもそもスピリットを使うことができない」――という事実がわかるのは、この後のエルちゃんとの昇格戦の時になる)



重い空気になってしまったので、私はわざとらしく明るい声を出した。


「と、とりあえずここまで来たら「学園」の生徒もいないでしょうし。さぁ、実験を始めましょうか!」


「そ、そうですね!実験ですよ、実験!」


私とユーアちゃんは決闘礼装を構えた。



「「決闘デュエル!!」」



と、言いつつも。

今日の目的は真剣勝負ではなく――錬成ユニゾンの検証実験にあるのだった。


「《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》を召喚するわ!」


ぴっちりとしたスーツに身を包み、バイザー付きのヘルメットを装着したシオンちゃんの戦闘モード――ザイオンXがメインサークルに出現した。


知性のある特別なスピリット、ザイオンX。

シオンちゃんはヘルメットで顔を隠したまま、私たちに手を振った。


「シオンちゃん、人目は無いことだし。そのヘルメットは外していいわよ」


「否定する。これは本気の勝負服。付けたままにしておくよ、なぜならその方が」


「かっちょいいから……ですよね?」


フィールドに召喚されたシオンちゃんは頷いた。


「ユーアはかっちょよさに理解ある美少女。保証する、将来は大物になると」


シオンちゃんは相変わらず調子のいいことばかり言っている。

私は苦笑した。


「今の時点で『光の巫女』なんだから、充分に大物でしょ」


「あの……ウルカ様やシオンちゃんの前で「美少女」なんて言われると……その、恐れ多いんですが……!」


いつものように和気あいあいとしたやり取り。


そんな中で錬成ユニゾン検証実験――果たして、今のウルカの手持ちのインセクト・スピリットの中でザイオンXと錬成ユニゾンできるスピリットはどれだけいるのか――を確かめる決闘デュエルが始まった。



私は、このときはまだ気づいていなかった……。



――それが、私とユーアちゃんとシオンちゃんの――仲良しかしまし三人娘の友情にヒビを入れる、恐るべき一日の始まりだとも知らずに。

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