双児館の決闘! 光の巫女、壺中の天地にて斯く戦えり(第4楽章)
「壺中天」の世界にて、黒鉄の大巨神が咆哮をあげたそのとき――。
一方。
箱の外の現実世界では――エル・ドメイン・ドリアードによる第二ターン。
「ボクのターン、ドロー!」
こちらの世界でも、新たに攻勢が開始されていた。
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》
BP1000
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000
サイドサークル・アリステロス:
《極光の巨人兵士》
BP2500
エルは手札から新たな「衒楽四重奏」を召喚する。
「来て来て!
《「衒楽四重奏」生まれる命の讃来歌》!」
サイドサークルに出現したのは、聖なる黄衣に身を包んだ聖歌楽団。
その歌声は、生誕する命を祝福する天上の調べ――。
そのスピリットを見た瞬間、ユーアの脳裏にエルのカードさばきが浮かぶ。
何度も文献で調べてきた「衒楽四重奏」の展開ルート。
カードとカードが光の線で繋がり、その全てが一本の道筋となっていく。
『札遺相伝』の相伝構築の最大のポイントは、その家系の長い歴史の中でデッキの回し方が研究し尽くされている点にある。
対戦相手にとっては、対策を打ちやすい反面――使い手にとっても、デッキ自体のポテンシャルが極限まで高まっているというアドバンテージが存在するわけだ。
《生まれる命の讃来歌》召喚からの初動――。
終着点は水のエレメントとなるはず。
そこから逆算したなら――。
「この初動からの展開は……七つの海……嵐の夜……生まれる命!」
「にひひ!ユーユー、”よしゅう”できてて、えらいえらい!でもでもぉ……ユーユーにできるのは、そこで指をくわえて見てるだけ!」
「(……くやしいけど、わかっていても止められません!)」
そう――ここから再び、エルは【シンフォニカ】を連鎖させていく!
「召喚時発動効果で【シンフォニカ】を発動、発動♪
生まれる命の讃来歌のエレメントは地。ボクは墓地から同じ地のエレメントを持つ大地讃頌の経文歌をデッキに戻すことで、それとは異なるエレメントのレッサースピリットをデッキから配置できる。
次の曲名は――。
《「衒楽四重奏」嵐の夜の追奏曲》!」
「嵐の夜の追奏曲――そのスピリットは【シンフォニカ】によって配置されたとき、エルさんのフィールドにいる自身とは異なる属性のスピリットの数だけカードをドローできる効果を持っている……そうですね!?」
「ピンポーン!嵐の夜の追奏曲のエレメントは風。よって、火のエレメントを持つ炎天下の行進曲と、地のエレメントを持つ生まれる命の讃来歌を”さんしょう”して、その数とひとしい数――二枚のカードをドローするする♪」
特殊効果によってエルさんはデッキから二枚のカードを手札にくわえる。
だけど、これはただの手札補充じゃない。
「(おそらく、エルさんの手札には――あのカードがある)」
間もなく、最悪の予感が的中する。
エルさんは次の第三楽章に手をかけた。
「ボクは手札から【シンフォニカ】を発動するよ!
「衒楽四重奏」スピリットの効果で手札にカードが加わったとき、フィールドに火・風・地のエレメントを持つスピリットがそろっている場合――このスピリットをエクストラサークルに配置できるできる♪」
「来るんですね……。あのカードがっ!」
果たして私の予想通り――エルさんは手札から蒼き海の支配者を顕現させた!
現れたのは天女の如き羽衣をまとった女精霊。
豪奢なオルガンと一体化した翼を持つ生体楽器――彼女の奏でる音色は、波を起こし、渦を巻き、生命の根源たる海を意のままとする。
それは先のターンに現れた大地讃頌の経文歌と同じく――。
『スピリット・キャスターズ』の頂点であるエンシェント・スピリットの一体。
エルさんは、普段の舌足らずな様子とは一変して、歌うように言の葉を紡ぐ。
紡がれるのは精霊の御名だ。
「千古の魔術師もその音色を愛した。
愛しき水風琴よ。
哀れなる宮廷楽師よ!
門外不出の禁を今こそ解こう。
水色の旋律――。
《「衒楽四重奏」七つの海の幻想交響楽》!」
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》
BP1000(+1500UP!)=2500
サイドサークル・デクシア:
《「衒楽四重奏」生まれる命の讃来歌》
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《「衒楽四重奏」嵐の夜の追奏曲》
BP1000
エクストラサークル:
《「衒楽四重奏」七つの海の幻想交響楽》
BP3500
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000
サイドサークル・アリステロス:
《極光の巨人兵士》
BP2500
三種の属性の「衒楽四重奏」が現れたことで、エルさんのメインサークルを守る炎天下の行進曲のBPは500×3の1500アップした。
それだけじゃない。
エルさんが敷いた布陣――その恐ろしさはエクストラサークルのスピリットにある!
「七つの海の幻想交響楽……!」
「ユーユーには”しゃかにせっぽう”かもしれないけど、ちゃんと説明してあげるね?
ボクが呼びだした七つの海の幻想交響楽は、フィールドをはなれるときに、サイドサークルに配置された自身とは異なる属性のスピリットを墓地に送ることで、”はなれる”代わりに”とどまる”ことができるよっ!
これはカード効果による破壊はもちろん……戦闘による破壊でさえも、無効にできるできる♪」
そうだ。これが七つの海の幻想交響楽の恐るべき効果。
サイドサークルのスピリットの数だけ――つまり、2回までは戦闘破壊を無効にできるということ。
戦闘破壊を無効にされたら、ダメージは通らない。
それだけじゃない――問題はあのカードがエクストラサークルに配置されている点にある。
『スピリット・キャスターズ』におけるルール。
エクストラサークルにスピリットが存在するかぎり――サイドサークルやメインサークルを攻撃することはできないのだ。
先にサイドサークルのスピリットを戦闘で破壊してから、本命であるエクストラサークルへの攻撃をおこなう――といった戦術は取ることができない。
「(もしも仮に、スピリットによる戦闘だけで七つの海の幻想交響楽を破壊しようとしたなら、BP3500を誇るスピリットを3回も倒さなくてはならないということ!)」
「にひひ……バトル、バトル!」
エルさんはバトルシークエンスに移行する。
私のメインサークルを守るのは、BP2000のランドグリーズ……!
BP3500を誇るエルさんのエース・スピリットが急襲する。
スピリットと一体化した生体楽器が奏でる音楽が、海を操り波を引き起こす!
「七つの海の幻想交響楽でランドグリーズを攻撃、攻撃!
全弦合奏、カルテット・シャワーピッチ!」
「……迎え撃って、ランドグリーズ!」
亜麻色の髪の戦乙女が、剣を構えて大波に立ち向かう。
しかし、彼我の戦力差は絶大だ。
波に呑まれて破壊されるランドグリーズ――私はここでスペルを発動した。
「介入!《光神バルドルの帰還》――!」
このターン中に破壊された光のスピリットを復活させるインタラプト・スペル。
不死の神バルドルは最終戦争ラグナロクにおいて現世に帰還する――ムーメルティアの神話、そこにある有名な逸話を再現した黄泉返りの魔法だ。
「これで……メインサークルにランドグリーズを呼び戻します!」
「でもでも、ダメージは受けてもらうよっ♪」
「くっ……!……きゃああああっ!」
エルさんの宣言通り、戦闘の余波を受けて私のシールドが砕け散る。
ライフコアを守るものはもう無い。
あと一撃を受けたら、敗北――!
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》
BP1000(+1500UP!)=2500
サイドサークル・デクシア:
《「衒楽四重奏」生まれる命の讃来歌》
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《「衒楽四重奏」嵐の夜の追奏曲》
BP1000
エクストラサークル:
《「衒楽四重奏」七つの海の幻想交響楽》
BP3500
後攻:ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000
サイドサークル・アリステロス:
《極光の巨人兵士》
BP2500
●●●
「……これで、決着のようだね」
エルさんが静かに告げた。
透明な壁の外側で起きている現世の戦い――向こうの世界において、私はエルさんの操る四体の少女楽団に翻弄され、今まさに敗北しようとしていた。
シールドは破壊され、ライフも風前の灯火。
それはこちらの世界でも同じ……!
先攻:「壺中天」のエル
【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】
アルターピースサークル:
《五連祭壇体「Fe Iron Z」》
BP3000
後攻:「壺中天」のユーア
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《カノン・スパイダー》
BP1700
二つの世界において、どちらの世界でも私はシールドを破壊されている。
さらに「壺中天」の世界においてエルさんが操る「Fe Iron Z」は、先ほど再配置されたばかりで――まだ攻撃を残しているのだ!
「《五連祭壇体「Fe Iron Z」》で《カノン・スパイダー》を攻撃」
「…………っ!」
材質を鉄に変化させ、巨人の姿を取ったパズル――「RINFONE」の第五形態が進撃する。
振り下ろされる拳は審判の鉄槌。
「(これを回避する手段は……無いっ!)」
私は目を閉じる。
《カノン・スパイダー》はその一撃で消し飛び――。
間もなく、終焉を司る大巨神の攻撃が迫りくる。
ゲーム終了までのカウントダウンは近い。
――ライフ・コア、崩壊!
先攻:「壺中天」のエル
【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】
アルターピースサークル:
《五連祭壇体「Fe Iron Z」》
BP3000
後攻:「壺中天」のユーア
【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】
メインサークル:
なし
〇〇〇
「にひひ、これでユーユーはおしまい!ボクの炎天下の行進曲は地・風・水の三種のエレメントによってBPを2500にまで上げている……ランドグリーズのBP2000よりも、つよいつよいっ!」
「(そう……そのとおりです)」
エルさんは勝利を確信している。
《光神バルドルの帰還》によってメインサークルに戻ったランドグリーズに対して、ふたたび追加攻撃をおこなおうとしていた。
「炎天下の行進曲!ユーユーにとどめを刺してっ!」
「……この瞬間を、待っていましたっ!」
私は手札から逆襲の介入を発動する。
それはランドグリーズの力をふたたび引き出す、再起の魔法文字!
「《再起-レギンレイヴ-》を発動します!」
神々の御使い――レギンレイヴの力を引き出すルーン魔術。
カードから光る文字が浮かび上がり、文字は文様となってランドグリーズを包み込む。
魔法文字――それ自体が魔術を構築する術式となっている、今は失われし神代の文字。
精霊魔法が失伝した現代のムーメルティアにおいて、神に残された力を行使できるのは光のスピリットのみ!
「このカードによって「戦乙女」の召喚時発動効果を再発動できます。私はランドグリーズの特殊効果によって、墓地からスピリットを2枚除外して――そのBPを1000アップさせます!」
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》
BP1000(+1500UP!)=2500
サイドサークル・デクシア:
《「衒楽四重奏」生まれる命の讃来歌》
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《「衒楽四重奏」嵐の夜の追奏曲》
BP1000
エクストラサークル:
《「衒楽四重奏」七つの海の幻想交響楽》
BP3500
後攻:ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000(+1000UP!)=3000
サイドサークル・アリステロス:
《極光の巨人兵士》
BP2500
強化されたランドグリーズを見たエルさんは、くやしそうに歯ぎしりをした。
「召喚時発動効果の再発動……!?ユーユーはそのためにランドグリーズをメインサークルに再配置したの!?」
「そうです。エルさんの炎天下の行進曲が攻撃に移る瞬間――反撃によって、あなたのシールドを破壊します!」
エルさんのエース・スピリット――。
七つの海の幻想交響楽がエクストラサークルにいるかぎり、彼女のメインサークルをこちらから攻撃することはできない。
だとしても――エルさんの方から攻撃したときにランドグリーズを強化して返り討ちにすることができれば、彼女のシールドに一撃を入れることができる!
『スピリット・キャスターズ』の基本ルールの一つ。
「メインサークルのスピリットが戦闘で敗北したとき、プレイヤーはダメージを受ける」――そのルールは、相手ターンであろうとも変わらない!
「逆光のレギンレイヴ――ランドグリーズよ!エインヘリアルの魂を解放し、その刃に戦士の誇りを宿せ!」
「そんなっ……。炎天下の行進曲がっ!?」
真紅の軍服をまとった少女楽士は、腰からサーベルを抜いて迎え撃ったが――BPを1000アップさせBP3000となったランドグリーズの敵ではなかった。
戦闘はランドグリーズの勝利。
その余波を受けて――エルさんのシールドが砕け散った!
エルさんは子供のように地団太を踏んだ。
眼前にまで迫っていたはずのエルさんの勝利は、彼女の手をすり抜けていった。
「よくも……よくも、ボクたちのシールドを!」
「これでこのターン、あなたがランドグリーズを攻略できなければ……決着は次のターンに持ち越しですね?」
「くそくそくそくそっ!ボクは……ボクたちは、これでターンエンドッ」
メインサークルが空白なので、エルさんはエンドシークエンスに配置交換を実施した。
サイドサークルのスピリットをメインサークルへと移行する。
同時に《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》のBP上昇効果も消えた。
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《「衒楽四重奏」生まれる命の讃来歌》
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《「衒楽四重奏」嵐の夜の追奏曲》
BP1000
エクストラサークル:
《「衒楽四重奏」七つの海の幻想交響楽》
BP3500
後攻:ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000
サイドサークル・アリステロス:
《極光の巨人兵士》
BP2500
一矢、報いたものの。
……状況は依然として難しい。
エルさんのエクストラサークルにスピリットがいるかぎり、私はメインサークルにもサイドサークルにも攻撃できないし――。
七つの海の幻想交響楽にはサイドサークルのスピリットを墓地に送ることで、戦闘破壊や除去に耐えることができる耐性がある。
この盤面を突破するには――あのカードを引くしかない。
決闘礼装に手をかける。
その手には、黄金の光の萌芽が宿っていた。
●●●
「……ふぅ。助かりました」
現実世界での決闘では、どうやら私は危機を脱したようだ。
エルさんは「仕方ないね」と呟いて、ターンを終了する。
このターン、私とエルさんのライフコアは共に破壊されていたが――エンドシークエンスを迎えたことで、ライフコアはどちらも元通りに再生した。
先攻:「壺中天」のエル
【シールド破壊状態】
アルターピースサークル:
《五連祭壇体「Fe Iron Z」》
BP3000
後攻:「壺中天」のユーア
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
「私のターンですね」
「その前に。「Fe Iron Z」の特殊効果を発動するよ」
エルさんはデッキを広げて、その中から一枚のカードを取り出した。
「私はターンの終了時に、デッキから「箱」または「BOX」と名がつくカードを選んでフィールドに配置することができる」
「……あれ?でも、エルさんはカードを置くことができないんじゃないですか?」
エルさんの決闘礼装――正二十面体のパズルのような形をした立体は、すでにメインサークルと二つのサイドサークルが変形したアルターピースサークルのみを擁する形へと変わっている。
アルターピースサークルには「RINFONE」第五形態が配置されている以上――これ以上、他のカードを置くことはできないはず。
ところが、エルさんは首を横に振った。
「私がカードを置くのは自分のフィールドじゃない。君のフィールドだよ」
「えっ……!?」
「一つ賢くなったね、ユーア。《魔眼の鋼鉄箱》を配置するよ」
エルさんがカードを手裏剣のように投げると、私の決闘礼装――そのサイドサークルに吸いつくようにカードが配置される。
先攻:「壺中天」のエル
【シールド破壊状態】
アルターピースサークル:
《五連祭壇体「Fe Iron Z」》
BP3000
後攻:「壺中天」のユーア
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
サイドサークル・アリステロス:
《魔眼の鋼鉄箱》
出現したのは異形のコンストラクトカード。
血走った眼が浮かび上がった鉄の箱が実体化した。
「この箱は……!?」
「君の未来を見通す予言の箱さ。《魔眼の鋼鉄箱》の眼をよく見てごらん」
エルさんの言う通りにして、不気味な眼を覗き込んでみると――。
そこには、一枚のカードが映っていた。
瞳の中に投影されていたのは、見目麗しい銀髪の少女スピリット。
《「神造人間」ザイオンX》のカードだ!
シオンちゃんが私の未来……!?
「そんなっ……!私の運命はウルカ様のはずでは!?」
「……君は何を言っているんだい?そのカードが映し出すのは君が次にドローするカード――つまりはデッキの一番上のカードさ。《魔眼の鋼鉄箱》があるかぎり、君はデッキの一番上のカードを公開しながらゲームをプレイすることになる。わかったかな?」
「は、はい!一つ賢くなりました!大丈夫です!」
「なら、いいんだけど」
☆☆☆
「ぷふっ」
応援席にて、いきなり無表情のままシオンが吹き出した。
「……シオンちゃん?どうかしたの」
「否定する。何でもないよ、マスター」
「……それにしても、箱の中のユーアちゃんが心配ね。箱の外のこっちからだと、向こうの声はよく聞こえないままだし。「RINFONE」もすでに第五形態……ずいぶんと苦戦してるみたいだわ」
「大丈夫。本機はユーアの元に行くみたい、次のターンになると」
「そうなの?」
「デッキの一番上が公開されて、本機がユーアたちを見れるようになってる」
それは心強い話だ。
箱の外と中を行き来できるのは、スピリットであるシオンだけ。
ウルカは決闘礼装を操作して盤面を確認する。
「……第一ターンのプレイミスは何とかリカバリーできそうね。シオンちゃん――ザイオンXはコストにすることで毎ターン手札に加えることができるカード。だからグレーター・スピリットや錬成のコストにすることで毎ターンのアドバンテージを稼ぐのが【ゲノムテック・インセクト】デッキの基本戦術なのだけれど」
箱の中のユーアは致命的なミスを犯していた。
第一ターンの攻防において――ザイオンXを攻撃に参加させることで、エルの効果によりザイオンXを破壊されてしまった。
効果による破壊はコストではないため、後続のカードを手札に加えることができない。
「ユーアちゃんも、あのデッキの動かし方は知ってるはずなのに。らしくないミスだったわね」
「……デッキは決闘者の魂。推測だけど、今のユーアは魂のバランスを欠いている状態にある」
「それって……箱の中のユーアちゃんが、私のデッキを使ってるから?」
「肯定する。《箱中の失楽》が決闘者の魂を分割できるのは、同時に二つのデッキを使わせることによって魂を二つに分けるから。箱の外のユーアは魂の形と同じデッキを使ってるから優勢だけど、箱の中のユーアは魂とデッキの形が合わずに不利な戦いを強いられている」
「本来のスペックが発揮できないってことね……」
当初の「壺中天」のデュエルでは、エルちゃんの策略によってユーアちゃんは自分をウルカだと思い込まされていたのもある。
状況に頭がついていかず、本領を発揮できなくても仕方ない。
でも、そう考えると一つの疑問が浮かぶ。
「……本来のデッキとは違うデッキを使っている、という意味でならエルちゃんも条件は同じはずだわ。なのに、どうして箱の中のエルちゃんは完璧にデッキを使いこなしているのかしら?」
☆☆☆
「……姉さんの中には、私がいる」
これまで黙っていたウィンドが告白する。
イサマルはドネイトと顔を見合わせた。
「エルちゃんの中に、ウィンドくんが……?それって、どういう意味なの?」
「本来の姉さんは決闘をするような人じゃない。人と一緒に何かをしたり、同じ目標に向かって頑張るのは大好きだけど……人と一対一で向き合って、物事を競ったりすることは苦手なんだ。そういう人なんだよ」
ドネイトがこめかみに指を当てて思案する。
「……小生の、見立てでは。エル嬢は優秀な決闘者です。小生や会長が声をかけたときには……スランプ気味だったようですが。恵まれた運命力と体質、それに加えて決闘の戦略眼とセンスも……どれも一級品、です。才覚で言えば……一年生はおろか、「学園」全体でも並ぶ者はほとんどいないはず」
「姉さんには才能がある。でも、それと姉さんが決闘を好きになれるかは別の話というわけさ」
――ウィンドくんがこんなに喋るなんて、初めてのことだ。
きっと、何か大事なことを打ち明けてくれてる気がする。
イサマルは慎重に言葉を選んだ。
「ウィンドくん。エルちゃんは……本当は決闘が好きじゃないの?」
「……この「学園」に来るまでは、まだ良かったんだ」
エル・ドメイン・ドリアード。
ドリアード家に数百年ぶりに生まれた四元体質。
火、水、風、地――四種のエレメントを支配して、相伝構築である「衒楽四重奏」を完全な形で使用できる、ただ一人の決闘者。
決闘の才能もズバ抜けていた。
自分よりもずっと強そうな大人を簡単に倒してしまう――エルはドリアード家に生まれた希望の星であり、一族は彼女の存在に再興を賭けていた。
双子の弟であるウィンドにとっても、姉は憧れのヒーローだった。
「地元で優秀な成績を収めたことで、姉さんは「学園」への飛び級入学が認められた。もう「学園」の外には姉さんに敵う相手はいなかったんだ。私も姉さんのオマケで入学を認められてね、あのときは嬉しかったよ……」
ところが――。
「……「学園」に入学したことで、姉さんの弱点が発覚した。姉さんは……アンティ決闘で勝つことができなかったんだ!」
エルにとって、決闘とは楽しい遊びでしかなかった。
まるで音楽を奏でるように熱に浮かされてカードを引き、その場の即興でカードを組み合わせて、効果と効果をつなげて盤面に四色の絵画を完成させる。
そうやって遊ぶだけで、みんながエルを褒めてくれた。
――さすがは四元体質だ。
――音楽神の加護はお前と共にある。
――エルこそはアリストテレス・ドリアードの再来なのだ。
だけど、決闘は遊びじゃない。
この国では――アルトハイネス王国においては決闘とはその者の存在価値そのもの。
互いの価値を競い、勝者と敗者を線で分かつ真剣勝負なのだ。
ウィンドは声を震わせて、秘めた思いを吐き出した。
「アンティという名で他人のカードや、地位や、その尊厳を奪わんとする「学園」の決闘!あの優しい姉さんが、そんなものに適応できるはずがない」
「学園」の決闘では、勝者は敗者から奪うことが許される。
否――奪うことを強制される。
「たとえ対戦相手を追いつめたとしても……姉さんには、最後のトドメを刺すことができなかった……っ!」
――そうか。そういうことになっているのか。
イサマルには思い当たることがあった。
「……前にも言ったけど。ゲームの『デュエル・マニアクス』では、エルちゃんとウィンドくんはゲームの本筋には絡まないキャラクターだった。デッキもCPUも攻略対象のメインキャラとそん色ないくらい……ううん、メインキャラよりも強いぐらいの調整ミスキャラクター、プレイヤーからは「裏ボス」なんて言われてた」
フリー対戦モードやランダムエンカウントでしか登場しないモブにも関わらず、規格外の強さを持つドリアード姉弟は――特に対戦報酬が美味いわけでもないので、プレイヤーからは「出現しないでくれ!」と祈られる恐怖の存在だったのだ。
イサマル――玉緒しのぶは、この世界に来たときに最初にドリアード姉弟に目をつけた。
この二人なら「学園」を支配するための戦力として申し分ないと考えたのだった。
「……でも、それはあくまでゲームの設定。この世界では――優秀な決闘者にも関わらず物語の本筋には関わらないエルちゃんという存在を成立させるために、決闘が苦手な性格の決闘者という形で落とし込まれたんだね」
「ようやく小生にも、推理の目処が立ちましたとも」
前髪に隠れていた透き通る瞳を明かし、ドネイトは探偵モードになった。
「現在のエル嬢は、表向きには「学園」の決闘に適応したように見えます。ランキングでも上位となり、事実、『ラウンズ』にもなりました。そのきっかけは会長であり――「エル嬢の中にウィンド氏がいる」という話も、そこに繋がってくるわけですね」
ウィンドは頷く。だが、イサマルは話の流れについていけなかった。
「え、え、うちがきっかけ?それって、どういうこと!?」
「姉さんは、会長のために変わろうと思ったんだ」
箱の外と中――二つの世界で戦う二人のエルを、ウィンドは見据えた。
「この「学園」で挫折して、居場所を失っていた姉さんは――姉さんの力を認めて、姉さんに居場所をくれた人の力に――会長の力に、なりたいと思った。そのためには自分の弱点をなくす必要がある。
姉さんは訓練によって、自分の中にもう一人の自分を作ることにしたんだよ」
「もう一人の、自分……?」
一歩引いた位置から、俯瞰するように物事を見ることができる自分。
手にしたパズルを組み替えるかのように、冷静に物事に対応できる自分。
たとえ対戦相手が、敗北によって何かを失うとしても――自分の大切な人の力になるためになら、冷徹に、冷酷に勝利を手にすることができる自分。
探偵モードとなったドネイトは、真相を告げた。
「ウィンド・グレイス・ドリアード――エル嬢が決闘に勝つために再現した人格のベースとなったのは、身近にいて最もよく知る人物であるウィンド氏。そうですね?」
「……私には姉さんのような才能は無い。だけど、姉さんに追いつくために……あの人を、この世のあらゆる残酷から守るために……並び立ち、強くなる必要があった。この「学園」に入学して、私も一つ賢くなったよ。勝利するために必要な知識は、何でも得ることにしたのさ」
まず始めには残酷を。
次に狡猾さを。卑劣さを。
残虐、非道、鬼畜、無慈悲――。
「……皮肉な話だと思うだろう?いくつ賢くなろうとも、本当の意味では私は賢くなんてなっていなかったんだよ。私がそうやって、この腐った「学園」に適応する姿を間近で見て……姉さんはそれを学んだ」
☆☆☆
「姉、さん……?」
「にひひ。ウィウィ、見てた?ボク、ちゃんとウィウィみたいに出来たかな?
これなら、かいちょーも……ボクのこと、見捨てたりしないよね?」
☆☆☆
これが「壺中天」のエルの真実。
エル・ドメイン・ドリアードは元から二つの人格を使い分けていた。
「RINFONE」――弟のデッキを完璧に使いこなすことができる理由。
ウィンドは深い息を吐いた。
「……私が『ラウンズ』まで登りつめることができたのは、ドネイト先輩が組んでくれたデッキの強さあってのものだよ。でも、姉さんが強くなったのはそれ以上に……会長のために、変わろうとしたから。そのために姉さんは私の戦い方を学び……優しさを失ってしまった」
「うちの、ために……うちが、エルちゃんを変えてしまったの?」
――最初は、ゲームのつもりだった。
乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』――その世界に入って、ザイオンテック社のために「学園」を支配する。
それが罪園CPの社員として与えられた使命だった。
でも――この世界に生きてる人間は、自分や真由ちゃんだけじゃない。
ドネイトくんやウィンドくん、それにエルちゃんだって……心を持った、一人の人間なんだ。
それなのに……!
「うちは何も知らなかった。エルちゃんがそんな思いで戦ってたことも……!」
イサマルの傍らに立ち、ドネイトが水晶の瞳で見下ろす。
「……小生たちは、会長の目的のために集められた人材です。小生はデッキ構築の能力を――エル嬢とウィンド氏は決闘の腕を見込まれて。ならば……仮にエル嬢が本来の優しさを取り戻して、相手にトドメを刺せなくなってしまったとしたら……彼女は、用済みということになりますね」
「……え。ドネイトくん、何言ってんの?」
「会長が見込んだのはエル嬢の能力でしょう?ならば、その力を失ったとしたら彼女と関係をもつ必要はない……違いますか?」
イサマルは反論しようとする……だが、言葉を見つけることができない。
ドネイトとイサマル。
その二人を、冷酷に見定めるように――ウィンドは再び沈黙へと戻った。




