双児館の決闘! 光の巫女、壺中の天地にて斯く戦えり(第1楽章)
私は「光の巫女」ユーア・ランドスター。
義理の兄で大切な家族であるお兄様を追って「学園」に入学して、イジワルな侯爵令嬢に目をつけられました。ウルカ様の嫌がらせに対応していた私は、背後から近づいてくる彼女の取り巻きに気づきませんでした。
私はその取り巻きの人にデッキをいじられて、気がついたら……。
寄生虫カードを仕込まれていたっ……!
このまま嫌がらせを続けられたら、お兄様やまわりのお友達にも危害が及びます。
アスマ王子の助言で決闘を挑むことにした私は、ウルカ様にアンティを聞かれて、とっさに「退学」を賭けることになり、彼女に勝つために光のスピリットの力を借りることにしました。
では、ここで私の仲間を紹介しましょう。
まずは《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》。
死者の魂たるエインヘリアルの管理者。
召喚時に墓地のスピリットを除外してBPを上昇させることができます。
それだけじゃありません。戦乙女である彼女は、強力なサポートカードを発動するための切り札にもなります。
シオンちゃんのような知性を持つスピリットでこそありませんが――ランドグリーズと私は、強い信頼で結ばれています。以前の「ダンジョン」の一件では、その信頼を失いかけましたが……それでも、今では私の大切な相棒です。
次に《極光の巨人兵士》。
ムーメルティアの神話に謳われる神々の敵対者――巨人族の兵士。
召喚にコストを必要とするグレーター・スピリットでありながら、召喚時にコストにしたスピリットと同名のスピリットをデッキから配置する効果によって盤面上の損失を軽減できます。
コストにしたスピリットは墓地に残るので……特殊効果のコストとして墓地のスピリットを除外する戦乙女との相性はバツグンです。
そして次に……ええと……《栄光の先達、ワルキューレ・シグルドリーヴァ》。
ランドグリーズ同様にカード名に「戦乙女」を含むスピリットです。
「……ユーアちゃん?」
自身を強化するランドグリーズとは対照的に、このスピリットは……。
「ユーアちゃんってば!」
「はっ!」
ウルカ様の呼びかけで、私の意識は修行場に戻ってきた。
体育館のような広々としたスペースで、私は自身のデッキのカードを確認していたところだったのだ。
「す、すみません。対戦前にデッキを確認しておこうと思いまして……ついでに、これまでのあらすじも軽くおさらいしておこうかと」
「……ずいぶんと前のエピソードから回想していたのね。あと、退学を賭けるように言ったのはユーアちゃんじゃなくて私の方よ」
「そうでしたっけ?」
いよいよ、これから昇格戦が始まる。
私は応援席に座ったウルカ様とシオンちゃんに手を振って、対戦場に足を踏み入れた。
そこで待っていたのは今日の対戦相手――エル・ドメイン・ドリアード。
私と同じ一年生でありながら、この「学園」の頂点に立つ最強集団『ラウンズ』の一角でもある実力者だ。
聖決闘会の会計も務めているらしい。
私はエルさんの様子を観察する。
――私も、よく子供っぽいって言われるけど。
エルさんは私よりも輪をかけて幼く見える容姿の少女だった。
知らなければ、とても同い年とは思えない。
そして、驚いたのは――彼女の背後の応援席にいる少年だ。
ウインド・グレイス・ドリアード――エルさんの双子の弟だという彼は、男女の姉弟でありながら瓜二つの容姿をしている。
エルさん自身が性差を感じさせない幼い身体つきなのもあって、彼女たちを見分ける方法はその髪型と、男女で異なる「学園」の制服と、肩にかけられたマントの色ぐらいなものだ。
『ラウンズ』の証であるマント――エルさんのものは四色に染められている。
対して、ウィンドさんのマントは対照的な白黒二色。そこに奇妙な図形のようなものが描かれていた。
「(ウィンドさんのマントはよくわからないけど……。エルさんのマントは赤、青、緑、黄の四色――四元体質)」
マントや制服がなくても――エルさんの髪型が特徴的なツインテールだから、シルエットで間違えることは無さそうだけど。
「ねー、ねー。どうしてウィウィをじろじろ見てるの?」
突然、エルさんに声をかけられた。
私はしどろもどろになって答える。
「す、すみません!あんまりにもエルさんとウィンドさんがそっくりだったから、つい」
「にひひ。ユーユー、”でばがめ”だ!ウィウィは”みせもの”じゃないよ!見るならボクを見てね!」
エルさんは両手を腰に当てて、平らな胸を張った。
――よかった。事前に公式試合の様子で確認したとおり。
「エルさんが親しみやすそうな人でよかったです。今日はよろしくお願いします!」
「よろしくよろしく!今日の試合に勝てばユーユーは『ラウンズ』――だけど、ボクたちはつよいからね。負けないよっ」
「……私も、せいいっぱい頑張ります!」
互いに決闘礼装にカードをセットする。
私は「学園」から配給された武骨なグローブ型の決闘礼装に――エルさんは変わった形をした決闘礼装にデッキを装填した。
彼女が持っているのは――角ばってる面で象られているために、よく見ないと気づかなかったが――白一色で染められたギターのような形状の決闘礼装だった。
「……ギター型の決闘礼装なんてあるんですね!」
「弦楽器型決闘礼装『ストラディバリウス』――ボクたちが『ラウンズ』に昇格したときに作ってもらったんだ」
「オーダーメイドの権利ですね。私も『ラウンズ』になって自分だけの決闘礼装が作りたいです」
――私もウルカ様やお兄様に並び立つんだ。
「……にひひ。ボクたちに勝てればね。ユーユー、がんばってがんばって!」
和やかなやり取り――だけど、そこで私は違和感を覚えた。
「(あれ……エルさん、自分のこと「ボクたち」って言った?)」
☆☆☆
「……なぁ。『ストラディバリウス』ってあんなんだったっけ?」
エルの背後――応援席でイサマルは疑問を呈した。
応援席には副会長であるアスマを除く聖決闘会のメンバーが勢ぞろいしている。
会長のイサマル。書記のドネイト。庶務のウィンド。
イサマルはドネイトに問いかけた――だが、ドネイトは不自然に目をそらす。
「……ドネイトくん?」
「さ、さぁ。何の……ことだか。小生には、さっぱり……」
長身のドネイトに対して、イサマルは座ったまま上目づかいで目つきを鋭くした。
「ドネイトくん、ナメたらあかんで。ウチが気づく程度の違和感に、推理が得意なキミが気づかないわけないやろ。……何を企んでるの?」
「しのぶ嬢……ですが、これはエル嬢に口止めされていまして」
「答えて。あと、ここでは”しのぶ嬢”はやめて」
イサマルは相対する向こう側の応援席に座るウルカに注意を払った。
「……真由ちゃんに聞かれたら、えらいことだからね。それで、エルちゃんは何をしようとしてるの?」
「会長……その、エル嬢も……会長のことを思って、のことです。だから……小生も、彼女に手を貸した……のでして」
「うちのために?」
そこで、イサマルは気づいた。
ドネイトに傍らにいる少年――ウィンドの手元に注目する。
「ウィンドくん。いつも持ってるパズルはどうしたの?」
「…………」
ウィンドはイサマルに目線だけを寄せた。
言葉では応えないが――その眼には、苦悩の色が浮かんでいた。
☆☆☆
「それでは……お二人とも、準備ができたようでスね!」
修行場に褐色の少女が現れる。
彼女は私のクラスでのお友達だ。
「ジョセフィーヌちゃん!今日はよろしくお願いしますね」
「お任せあれでス!ユーアっちも頑張ってくださイ!」
ジョセフィーヌちゃんは今日の昇格戦の立会人を務めることになっている。
報道部である彼女は公式戦札・決闘のジャッジ資格を有しているのだ。
なぜ、ジョセフィーヌちゃんに立会人を頼んだかと言うと――私が『ラウンズ』になるかもしれない晴れ舞台をジョセフィーヌちゃんに見てもらいたい……という、ごく私的な感情によるものである。
すると、そこでエルさんは口を尖らせた。
「ちょっと待って、ずるいずるい!立会人のジョセジョセがユーユーのともだちなら、そこで”ほうがんびいき”するんじゃないの?」
「それは……」
やっぱり、まずかったかも。
とはいえ、今日の昇格戦はアンティが賭けられてるわけでもないし――立会人は単に試合結果を確認するだけだから、大丈夫かと思ってたんだけど……。
ジョセフィーヌちゃんはエルさんの指摘に、慌てて首を横に振った。
「贔屓なんてしませン!報道部の名に賭けて、中立にして公平を誓いまスとも!」
「そんなこと言われても、信用できないできない!」
「うーン……あ、じゃあこれでどうでしょウ?」
ジョセフィーヌちゃんは笑顔を見せて、エルさんに提案する。
「エルっちも、私の友達になりましょウ。そうすればユーアっちもエルっちも、どちらも友達なので……贔屓はありませン!」
「(ジョセフィーヌちゃん……!)」
無邪気な彼女らしい提案に、私は嬉しくなった。
――「学園」に入ったばかりのときのことを思い出す。
伝説の「光の巫女」として、周りから距離を取られていて……さらにはこの国の実力者の娘であるウルカ様に嫌がらせを受けていて、周囲には誰も味方がいなかったとき――ジョセフィーヌちゃんだけが私との距離を詰めてくれた。
彼女のこういった明るさに、私は救われていたんだった。
私もエルさんに提案する。
「そうですね、エルさんもジョセフィーヌちゃんのお友達になりましょう。そうすれば、これで条件はいっしょに……」
「え……?どうしてどうして?ジョセジョセのともだちになんて、ならないよ?」
エルさんは、これまでとまったく表情を変えずに――天真爛漫な笑顔のままで――こうして、冷たく言い放った。
「だって、ジョセジョセってよわいもの。クラスは違うけど知ってるよ?学内ランキングでは下から数えた方が早いし……先週の実技テストでも”あかてん”だったよね。そんなよわい決闘者、ともだちになったことでボクたちまでよわくなったら、困る困る!にひひ!」
彼女のあんまりな物言いに、私の頭に血がのぼった。
「エルさん!そんな言い方っ……!」
「誤解しないでしないで?ユーユーとなら、ともだちになってもいいよ。つよい人となら、ともだちになる価値があるある!でも、よわいジョセジョセとはともだちになっても意味がないない♪……ボク、なにか間違ったこと言ってる?」
「……あなたの言っていることは、大間違いですっ!」
ジョセフィーヌちゃんへの侮辱を止めないエルさんに、私は語気を強める。
そこで私の肩に手を置いたのは――ジョセフィーヌちゃんだった。
「大丈夫でス。ユーアっちも、気にしないでくださイ」
「……でも。ジョセフィーヌちゃん。あの子にあんな言い方をされて……!」
「エルっちの言ってることは、間違ってないでス。身分の差や、家柄の差だけではなく――この「学園」で最も重視されるのは決闘の差でス。それを基準に友達を選ぶというのは、アルトハイネスではよくあること、でス。私の提案が、身の程知らず……だっただけでスよ」
哀しそうに目を伏せるジョセフィーヌちゃんを、エルさんがはやし立てる。
「そうそう!ジョセジョセ、”みのほどしらず”だよねー!にひひ、ジョセジョセみたいな雑魚が、ボクたちのともだちになれるわけないのに!にひひ!」
「決闘の、差……!」
アルトハイネス王国がこの世界に敷いたルール。
第五世代型決闘礼装の発明により、すべての争いが陳腐化し、『スピリット・キャスターズ』の実力の差――決闘の腕が、最も価値を持つことになった世界において――。
エルさんの言っていることは間違っていないのかもしれない。
この「学園」が奨励しているアンティ決闘にしてもそうだ。
決闘に勝てば、何もかもが思い通りになり――決闘に負ければ、何もかもを奪われても文句を言うことができない。
遠いムーメルティアの地から、お兄様を追って私はこの「学園」にやって来た。
私の国では『スピリット・キャスターズ』の精霊魔法はアルトハイネスほど一般的じゃない。
まだまだ社会では、決闘で決着が着かない問題があふれている。
それでも、いずれはこの国や、この「学園」と同じ――決闘至上主義に染められていくことになるのだろう。
「(私は、馬鹿だ!『ラウンズ』の特権や、ウルカ様に並び立てることばかりを気にして……いつの間にか、この「学園」の価値観にうすうす染まりかけていた!)」
決闘で勝つことだけが全てじゃない。
決闘の差だけで、人間の価値が決まるわけないじゃないか。
そんなものがあろうと、なかろうと……ジョセフィーヌちゃんは私の大切なお友達なのだから。
怒りに燃えて、私は吠えたける。
「決闘、決闘、なんでも決闘ですか!?決闘に勝てば、なんでも思い通りになる……私も、そんな価値観に危うく染まるところでした。……ジョセフィーヌちゃん、私はこの決闘にアンティを追加します!」
「アンティを追加……でスか!?」とジョセフィーヌちゃんは目を白黒させる。
不敵な笑みを浮かべるエルさんに、私は人差し指を突きつけた。
「エルさん、アンティ決闘です!もしも私がこの決闘に勝利したら……あなたにはジョセフィーヌちゃんに吐いた罵詈雑言の非礼を撤回して、泣きながら土下座して詫びてもらいます!」
「にひひ……そうこなくっちゃ!なら、ボクもアンティを追加追加!もしもボクが勝利したら――これから一学期が終わるまで『ラウンズ』昇格戦にいどむ権利を”そうしつ”してもらうよ!」
――昇格戦に挑む権利の喪失?
エルさんの意図はわからないが、もう私は止まらない。
「望むところです。あなたには、きっちりと謝ってもらいますから!」
☆☆☆
「……ユーアさん、すっかり「学園」の価値観に染まってないか?」
修行場の二階で観戦するアスマは、柱の陰に隠れたジェラルドに問いかけた。
ジェラルドは頷く。
「いいことだ。どのみち、世界を『闇』から守るためには、あいつが決闘に勝たなければならないからな」
「それはそうなんだけど……いやはや、破天荒だね」
ジェラルドは「ふん」と息を吐いた。
「まぁ……見ておけ、アスマ。あいつはああ見えて、短気でケンカっぱやいが……ああなったときのユーアは――強いぞ」
☆☆☆
流れでアンティ決闘になったことで、立会人のジョセフィーヌちゃんは忙しそうに記録を整えた。
「えート、本来は昇格戦にはアンティが伴わないのでスが……とにかく、立会人は両者のアンティ追加を確認しましタ!――それでは、これよりアンティ決闘の始まりでス!精霊は汝の元に、牙なき乙女の爪牙となり、いざ私たちの前へ!決闘者の皆さン、互いのプライドをカードに宿してくださーイ!」
私とエルさんは声を揃える――「「決闘!」」
「ファースト・スピリット、《聖輝士団の盾持ち》を召喚!」
「序曲――来て来て、《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》!」
互いのメインサークルにファースト・スピリットが召喚される。
私が召喚したのは身の丈ほどある巨大な盾を構えた少女兵士。
エルさんが召喚したのは、真っ赤な軍服に身を包んだ楽団の少女だ。
「それが「衒楽四重奏」――エルさんのデッキテーマ!」
「そうだよそうだよ♪ボクにしか扱えない、ドリアード家の相伝構築!」
決闘礼装のランダマイザがゲームの先攻を決定する。
先攻となったのはエルさんだ。
「にひひ。先攻はこっちこっち!ボクのターン、ドロー!」
ギター型の決闘礼装からエルさんはカードを引いた。
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》
BP1000
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《聖輝士団の盾持ち》
BP1000(+1000UP!)=2000
この瞬間、《聖輝士団の盾持ち》は防御態勢を取った。
本来のBPは1000だが、さらに1000上昇してBPは2000となる。
「(《聖輝士団の盾持ち》は相手ターン中のみ、BPが上昇するスピリット……まずはエルさんの出方をうかがいます!)」
「それじゃ、ボクの奏でる音色を聞いてね――《「衒楽四重奏」つむじ風の遁走曲》を、サイドサークルに召喚するする♪」
エルさんが弦楽器に指を当てると、かき鳴らされる激しい音楽と共に新たなスピリットが現れた。
真っ赤な軍服を着た行進曲の少女とは異なる、旅人のような緑色の意匠を来た新たな楽団少女。
行進曲と遁走曲、二色の少女――事前に調べていたとおり。
何度も映像記録で予習していた少女歌劇が目の前で再演される!
エルさんは《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》の特殊効果を宣言した。
「【シンフォニカ】発動!自分フィールド上に存在するスピリットのエレメントが全て異なる場合、炎天下の行進曲のBPは火のエレメント以外のエレメントを持つスピリット1体につきBPを500アップさせる!」
「やっぱり、【シンフォニカ】!それは「衒楽四重奏」スピリットだけが持つ特殊なキーワード能力ですね……!」
「ユーユー、ちゃんとボクの流儀を”よしゅう”してたんだ。えらいえらい!褒めてあげる、ね♪」
――【シンフォニカ】。
自分フィールドのスピリットが、全て異なるエレメントを持つときのみ発動できる特殊効果。
その条件はとても厳しいが――代わりに、通常のスピリットを凌駕する強力な効果を持つ。
《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》のエレメントは火。
《「衒楽四重奏」つむじ風の遁走曲》のエレメントは風だ。
よって、炎天下の行進曲のBPは……。
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》
BP1000(+500UP!)=1500
サイドサークル・デクシア:
《「衒楽四重奏」つむじ風の遁走曲》
BP1000
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《聖輝士団の盾持ち》
BP1000(+1000UP!)=2000
「これで、BPは1500……ですね」
だが、エルさんの展開はまだ続く。
「まだまだ!つむじ風の遁走曲の【シンフォニカ】発動!自分フィールド上に存在しないエレメントを持つスピリットを手札から選択し、追加で召喚できるできる!ボクは手札から水のエレメントを持つスピリットを選ぶね♪
《「衒楽四重奏」さざ波の夜想曲》、召喚!」
わだつみの青いドレスをまとった少女楽団が現れる。
これでメインサークルに加えて、二つのサイドサークルも埋まった。
通常なら、これで展開は終わる――だけど、エルさんを知る者の見解は違う。
彼女の展開はここからが恐ろしい。
エルさんはさらに宣言する。
「さざ波の夜想曲の【シンフォニカ】!三種のエレメントがフィールドに揃っているとき、フィールドに存在しないエレメントを持つスピリットを手札から選択して、エクストラサークルに配置するする♪」
「エクストラサークル……!」
『スピリット・キャスターズ』には本来は存在しない第四のサークル。
そこへの召喚を可能とするのが、ドリアード家の『札遺相伝』!
すでにフィールドに存在するエレメントは火、風、水の三種。
エルさんは第四の属性である地を選択する――そして、この効果は召喚ではなく配置だ。
本来は召喚に多くのコストを必要とするエンシェント・スピリットであっても、カード効果による配置ならばコスト無しで踏み倒すことができる!
エルさんのフィールドに四重奏楽団の最終演奏者が出現した。
それは神々しい畏怖の賛美をまとう、天上の少女楽団長。
貴族だけが手にすることを許された『スピリット・キャスターズ』の頂点――エンシェント・スピリットの1体だ。
エルさんはその名を宣言する。
「――《「衒楽四重奏」大地讃頌の経文歌》!」
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「衒楽四重奏」炎天下の行進曲》
BP1000(+1500UP!)=2500
サイドサークル・デクシア:
《「衒楽四重奏」つむじ風の遁走曲》
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《「衒楽四重奏」さざ波の夜想曲》
BP1000
エクストラサークル:
《「衒楽四重奏」大地讃頌の経文歌》
BP3000
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《聖輝士団の盾持ち》
BP1000(+1000UP!)=2000
「三体のスピリットに加えて、最上級スピリットまで……1ターンでここまでの展開を。これが、ドリアード家にのみ隔世遺伝すると言われた四元体質の実力……!」
「へぇ、ユーユーってそこまで調べてたんだぁ。……油断できないね」
そうだ。私はこの日のためにしっかりと勉強してきたんだ。
精霊魔法の使い手には、生まれ持った精霊との相性――生得属性が存在する。
生得属性が異なるカードをデッキに入れても、上手く扱うことは難しい。
ウルカ様の場合はインセクト・スピリットが属することが多い地と風の二元体質。
アスマ王子はドラゴン・スピリットが属する火に特化しているそうだ。
お兄様は――あの方の場合は、例外として。
私の場合は、光。
光のエレメントを操ることができるが――逆に言うと、それ以外の属性についてはまったく才能が無い。
歴史の長い貴族の家であっても、二元体質は稀な才能だ。
三種類の属性を十全に操る三元体質ともなれば、100年に1人の才能といっていいだろう。
ところが――。
☆☆☆
「四元体質……ですか?」
「そうだ。この文献によく目を通しておけ」
ドサドサドサ、とお兄様が机の上に本を積み上げた。
エルさんとの昇格戦が決まって、すぐのこと。
お兄様は「事前準備」と称して、図書館から借りてきた資料を私の元に持ってきたのだった。
「これは……ドリアード家の記録ですね。ドリアード家って、私の対戦相手のエル・ドメイン・ドリアードさんのお家ですか?」
「古い家だ。今では没落した貧乏貴族に過ぎないが……エルに関しては、あの家に数百年ぶりに生まれた四元体質だ。用心するに越したことはない」
「『スピリット・キャスターズ』に存在するエレメント――火、水、風、地の四属性すべてを自在に操る生得属性なんて。すごい才能ですね……」
「……ユーア。「光の巫女」であるお前が言うと、嫌みにしか聞こえないぞ。ましてや、この俺の前ではな」
「あっ……ごめんなさい、お兄様!」
私は思わず、お兄様に頭を下げた。
お兄様は「構わん。悪気がないのはわかっている」と言い、続けた。
「ドリアード家の相伝構築である「衒楽四重奏」は、異なる属性を要求する【シンフォニカ】をテーマにしたデッキだ。故に、使い手の生得属性が多ければ多いほど実力を発揮する」
「あの……相伝構築って?」
「『札遺相伝』の一種だ。相伝構築……すなわち、一つのデッキそのものが『札遺相伝』となっているパターンだな」
お兄様は、資料のページを開いた。
そこには四色のエレメントを操る精霊魔術師の挿絵が描かれている。
「ドリアード家に生まれた前回の四元体質――アリストテレスという男で、四元体質者をアリストテレスと呼ぶ風習はこの男の名に由来する――奴はその時代において最強の決闘者と呼ばれていた。王家ご自慢の決闘者を御前試合で下したことで、命を狙われていたこともあったらしい。……四元体質の手によってフルスペックを発揮した「衒楽四重奏」――その実力は、お前と言えども必勝を誓うのは難しいだろうな」
「「衒楽四重奏」を継承した四元体質……きっと、エルさんはすごく強い人なんですね。私と同じ一年生なのに『ラウンズ』なのも――納得です」
「いや……」と、ジェラルドは言葉を濁す。
「お兄様?」と、私は首をかしげた。
「……ドリアード家に生まれた四元体質という前評判に対して、入学してからのエル・ドメイン・ドリアードの戦果はパッとしたものではなかった。弟のウィンドと同じく――成績を伸ばし始めたのは、聖決闘会にスカウトされてイサマルや書記のドネイトとつるみ始めてからだな」
「そうなんですか?」
「……あのエルという少女には、精神的な弱点がある。以前はそこを突けば、勝ちを拾うのはたやすかった」
「精神的な弱点……」
私がその言葉を受けて考え込むと、お兄様は「ふっ」と表情をほころばせた。
「やめておけ。そういった他人の弱みにつけ込む戦い方は、お前らしくない。お前はただ正面からぶつかればいい。それが、お前の流儀だろう?」
「はいっ!」
そうだ。決闘とは互いの流儀、互いの魂のぶつけ合い。
正面からカードをかわすことで――ウルカ様ともわかり合うことができたんだから。
――相手が誰であろうと、それは変わらない。
私は目の前に積まれた文献の山に目をやる。
「ということで、この資料を読むのも……やめましょう!こういうのは、その、こざかしいですよ!」
「……それは違うぞ。対戦相手の戦術の研究は、決闘の大前提だ。『スピリット・キャスターズ』に対して真摯に打ち込むことと……対戦相手の個人的な弱みにつけ込むこととは、別の話となる」
「で、でも……お兄様ぁ」
「安心しろ。俺も付き合ってやる。まずは、これまでに研究された「衒楽四重奏」の基本的な展開ルートだが……」
「はい……」
――こうして、私はお兄様にみっちりとエルさん対策を仕込まれたのだった。
☆☆☆
――四元体質であるエルさんが操る「衒楽四重奏」の動かし方は、私の予習通りのものであり――同時に、彼女が運命力に恵まれていることも充分に理解できた。
故に、ここからの彼女の動きも予想できる。
「(大地讃頌の経文歌の【シンフォニカ】はデッキからスペルカードを手札に加えることができる効果でした。たぶん、この後は《|栄光の手《ハンド・オブ・グローリー 》》を手札に加えて……)」
と――私が考察していると、エルさんは予想外の一手を打った。
「ボクは大地讃頌の経文歌の【シンフォニカ】発動!この効果によって、デッキから《箱中の失楽》を手札に加える加える♪」
――え?
私はエルさんの動きに驚きを隠せなかった。
「《箱中の失楽》……!?」
――《|栄光の手《ハンド・オブ・グローリー 》》じゃ……ない!?
エルさんは奇妙なスペルカードを手札に加えた。
事前の予習には無かったカード――予想外の戦術。
《箱中の失楽》――。
このカードを彼女が発動したとき。
魂と魂が分かたれた、奇妙な箱の扉が開くことになる。
箱の中で待ち受けていたのは、もう一人のエル・ドメイン・ドリアード。
壺中の天地にて――決闘は新たな次元の扉を開くことになる!
if(まだ『「箱」の中(中の章)』を未読の場合)
→『「箱」の中(中の章)』へ回帰する。
else
→『双児館の決闘! 光の巫女、壺中の天地にて斯く戦えり(第2楽章)』に続く




