壊れろ、運命! 破滅の未来を回避せよ!(中編)
「私の……ターン!」
『光の巫女』ユーア・ランドスターが、己の礼装からカードをドローする。
その瞬間――私には、はっきりと見えていた。
彼女の手にしたカードが、黄金の光に輝いていたのを。
「やっぱり……あのスピリットを引いたのね……」と、私は呟く。
この展開はわかっていた。
なぜなら、ここまでの流れは全てゲームのチュートリアル通りなのだから。
乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の第一話にて――悪役令嬢である私、ウルカ・メサイアに追いつめられたユーアちゃんは――ここで奇跡を引き起こすのだ。
引き当てたのは、約束された勝利の切り札。
カードを引く手を横に流した姿勢のまま、ドローしたカードを確認せずに、ユーアちゃんはぴったりと静止していた。
決闘を見守る「学園」の生徒たちも、立会い人のアスマも、もちろんこの私も……誰も物音を立てられずにいる。
大広間に静寂が満ちた。
永劫に続くかとも思えたその時間は、実際にはわずか数秒。
目を閉じたまま、ユーアちゃんは祈るようにカードに声をかけた。
「来て、くれたんだね」
そして――魔法陣に向けて、自身の切り札をセットする!
「……このスピリットは召喚にコストを必要とするグレーター・スピリットですが、コストに光のエレメントを持つスピリットを用いる場合、フィールドではなく手札からスピリットをコストにして召喚できます!
私は、手札から《供儀の豚》を墓地に送り――シフトアップ召喚!」
彼女の召喚に応じて、相手フィールドのメインサークルに魔力が集まり始める。
その魔力の密度も、濃度も――同じグレーター・スピリットであっても《極光の巨人兵士》とは比べ物にならない出力なのを感じる!
間違いない。
「チュートリアルと同じ……!このままでは、私は負ける!」
恐れおののく私の目の前に、無慈悲にも神々しき裁定者が降臨した。
「”それは光り輝く存在で、太陽よりも美しい”――導いて!
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》!」
それは、原初の宇宙にて光り輝けるもの。
それは、太陽よりも激しい激情を力とするもの。
戦死者の魂を永遠の戦場へと導く、天より遣わされし裁きの御使い。
ユーア・ランドスターのエース・スピリットにして――
悪役令嬢ウルカ・メサイアに裁定を下す、破滅の未来の象徴!
フィールドに現れた鎧姿の戦乙女は、亜麻色の長髪をかき上げて、まるで意思があるかのように召喚者に対して慈愛の笑みを向けた。
ユーアちゃんも満面の笑顔でそれに応える。
「いくよ、ランドグリーズ!――ここからが、本当の戦いです!」
……私はとうとう、処刑台の頂上まで上り詰めてしまったようだ。
すでにカードを持つ手にも力が入らず、今にも落としてしまいそう。
断罪の刻が迫り――私は思わず、歯ぎしりをした。
「運命は……変えられないっていうの……!?」
(現在のフィールド状況だよ)
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
BP3000
サイドサークル・アリステロス:
《階級制度》
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000
【シールド破壊状態】
そして始まる。
このゲームの主人公による、完璧無比なまでの逆転劇が!
「《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》の召喚時発動効果を発動します!シフトアップ召喚に成功したとき、自身の墓地から好きな数のスピリットをゲームから取り除くことができる!」
ユーアちゃんがそう唱えると、彼女の墓地から三体のスピリットが出現した。
《聖輝士団の弩弓兵》
《聖輝士団の弩弓兵》
《供儀の豚》
三体のスピリットは光の球となり、ランドグリーズと一体化する!
「ゲームから取り除かれたスピリットは、この決闘中は使用不能となる。それが効果を発動するための使用コストってわけね」
「ムーメルティアの神話に謳われる戦乙女は、戦いの果てに眠った戦死者の魂を神々の宮殿に招きます――そして、死した戦士の魂はランドグリーズの力となる!」
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》は墓地から取り除いたスピリットの数×500だけ、このターンの終了時までBPを上昇させる。
先ほどの効果で取り除いたスピリットの数は三体。
よって、そのBPは――
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
BP3000
サイドサークル・アリステロス:
《階級制度》
後攻:ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000(+1500UP!)=3500
観衆からどよめきが起こる。
「お、おい。あのスピリット、ウルカ様のエースを上回りやがったぞ!」
「コスト1体で召喚できるグレーター・スピリットのBPが3000を超えるなんて!」
「もしかして、あのウルカ・メサイアが……負ける!?」
ぐあーっ!うるさい!
もしかしても何も、この展開は私は1ターン目からわかってたの!
――と、そこで不快な忍び笑いが聞こえた。
アスマ・ディ・レオンヒートだ。
「くくく、随分と面白い展開になったねぇ、ウルカ?」
「どこがよ。ぜんっぜん、面白くないわよ」と毒づくと、ニヤつきながらアスマは続ける。
「たしかに君の《階級制度》による制圧効果はなかなかのものだよ。より下位に位置する者は上位の者に影響を及ぼすことができない、と。実に君らしいデッキだ」
「……何が言いたいのよ」
「相手を拒絶するのは得意でも、自分を上回る向上心にはとんと無力。《階級制度》の弱点は、そのまま君の弱点ということさ。倒れた仲間の力を引き継いで己のスペックを向上させるランドグリーズのような相手には、君のやり口は通用しない」
「なっ……こんなときに、よくもそんなことを……!」
「まだまだユーアさんの展開は続くようだよ。
……果たして、君は自分のカードと心中する道を選ぶのかな?」
自分のカードと心中する道?
どういう意味だ……と、思考の歯車に異物が挟まる。
ダメだ、余計なことを考えてちゃいけない。
そんなことを考えているあいだにも、ユーアちゃんは止まらなかった。
「スペルカード《ヴァルホルの角笛》を発動!
フィールドに戦乙女が存在するとき、自身の墓地に眠る戦士を再びフィールドに呼び戻します!」
そうだ。
先ほどのランドグリーズの効果を発動する際に、ユーアちゃんはあえて一体を墓地に残しておいた。
「力を貸して!《極光の巨人兵士》」
前のターンで倒したばかりの巨人が復活し、応戦の咆哮をあげる。
「続けて、追加コストとして手札1枚をデッキに戻すことで……スペルカード《ヘルモーズの巡礼》を発動!」
《ヘルモーズの巡礼》は《ヴァルホルの角笛》同様に墓地のスピリットを復活できるスペルだ。
《ヴァルホルの角笛》と違う点が一つ。
復活させる対象は、自身の墓地とは限らない。
「一緒に戦いましょう!《エヴォリューション・キャタピラー》!」
「くっ……私の芋虫ちゃんがぁ!」
フィールドに戻った《エヴォリューション・キャタピラー》は、チューチューと喜びの声をあげると、腹脚をうねうねと蠢かせながらユーアちゃんに近づいていく。
それを見た彼女が叫んだので、目を三角にしたランドグリーズが剣を振って追い払った。
なんでさ、可愛いでしょその子!
せっかく味方にしたんだから優しくしてやってよ!
ともあれ。
現在のフィールドはこんな感じだ。
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
BP3000
サイドサークル・アリステロス:
《階級制度》
後攻:ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000(+1500UP!)=3500
サイドサークル・デクシア:
《極光の巨人兵士》
BP2500
サイドサークル・アリステロス:
《エヴォリューション・キャタピラー》
BP1300
う、うーん。詰んでる。
さて、ここで本来のチュートリアル決闘でウルカ・メサイアがいかにして敗北したのかを解説していこう。
まず、この局面で私が対応できる手段は二つある。
フィールドの《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》は1ターンに1度、サイドサークルにあるカード1枚を破壊できる。
この効果はなんと、相手ターンであっても有効だ!
そして手札にあるスペルカード《バタフライ・エフェクト》は、モード①の効果で使用することで「レッサー・スピリット1体の攻撃を無効にする」ことができる。
ならば、この場での最適解は以下の通りとなる。
・《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》の効果でサイドサークルの《極光の巨人兵士》を破壊する。
・《バタフライ・エフェクト》で《エヴォリューション・キャタピラー》の攻撃を無効にする。
だが……この両方を用いても《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》によって《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》が倒されるのは避けられない。
メインサークルのスピリットが戦闘破壊されたことで、私も今のユーアちゃん同様にライフ・コアを守るシールドを失う。
ここでユーアちゃんには1枚の手札が残されている。
ネタバレしてしまうと、そのカードはスペルカード《光神バルドルの帰還》だ。
《光神バルドルの帰還》
種別:スペル(インタラプト)
効果:
このターンに破壊された光のエレメントを持つスピリットを墓地から復活させる。
ターン終了時にそのスピリットをゲームから取り除く。
このカードによって破壊された《極光の巨人兵士》は再びサイドサークルへと帰還し、がら空きになったメインサークルへの対人攻撃によって私のライフ・コアは砕けることになる。
これがチュートリアル決闘の結末だ。
その果てに待つのは…「学園」退学、侯爵家からの追放、行方不明、音信不通!
この敗北の先に待ち受けるのは、破滅の運命だ……!
「(とはいっても……グレーター・スピリットであるランドグリーズには《バタフライ・エフェクト》の効果は通用しないし……スワローテイルの破壊効果はメインサークルのランドグリーズには及ばないし……ど、どうしようもないわよ、こんなの~!!)」
ふぅ、と展開を終えたユーアちゃんが一息ついた。
「……終わりです。覚悟してください、ウルカ様」
彼女は拳を握りしめながら、わなわなと震えている。
「私は……ずっと、我慢してきたんです……!ウルカ様が、教室で足を引っかけてきたときも、上履きの中に画鋲を入れてきたときも、取り巻きの人たちとすれ違い様にケラケラとはやし立ててきたときも……!あぁー、なんて小さい人なんだろー、侯爵令嬢ともあろう人がちっさいことするなぁー、しょうもない人ですわー、と心の中でずっと馬鹿にしていれば耐えることが、できた!我慢できたんです!」
「ユ、ユーアちゃん?」
「だけど、どうしても許せなかった……!許せなかったんですよ!」
「許せないって……何が?」
「あなたがっ!私の命よりも大切なデッキに、よりにもよってグロテスクな寄生虫カードをこっそり仕込んできたことがぁーっ!」
「えぇ!?私、そんなことした!?」
記憶を思い出す。
……。
……。
……してるわ、私。
いや、正確には「わたし」になる前のウルカ・メサイアがしたことなんだけど――今の私は彼女そのものになっているため、こうやって記憶をたどれば彼女がしたことも全部思い出すことができた。
してたなー。
いや、相手のデッキにカード仕込むって普通に反則じゃん……。
ユーアちゃんの怒りは止まらない。
「これで年貢の納め時です、ウルカ様!《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》で《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》を攻撃!
切り捨て御免!お覚悟っ!」
「だ、だめええええ!」
そんなことを言っても、ランドグリーズの攻撃が止まるわけもない。
このままでは、待っているのは――破滅。
どうして?
「わたし」は、何もわからずにこの世界に来て。
何もわからずに悪役令嬢ウルカ・メサイアになって。
何もわからずに運命に導かれるままに決闘をしている。
たった今、断罪されるのもウルカ・メサイアが犯した罪。
「わたし」は知らない。
「わたし」には関係ない。
「わたし」の罪じゃ、ないっ……!
「…………本当に、そうかしら?」
両翼を羽ばたかせて逃げようとするスワローテイルに、戦乙女が高速で飛行しながら追いすがって剣を抜く。
まもなく、その攻撃は命中するだろう。
その刹那――私は戦闘破壊される直前のスワローテイルに、最後の命令を下すことにした。
「《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》の……効果、発動」
思考が加速する。
周囲の時間がまるで止まって見える。
時間が静止したような疑似空間の中で、私は考えていた。
今の私には、二つの記憶がある。
ここに来る前、ここではない世界で乙女ゲームを遊んでいたときの「わたし」。
15年間、この世界で生きていた侯爵令嬢ウルカ・メサイア。
「わたし」として生きていたのを思い出したのは、ついさっきだけど……それだけじゃない。
ウルカ・メサイアも私なんだ。
こうして記憶を探れば、自分がウルカだった頃の記憶もしっかりある。
だとしたら。
ウルカの犯した罪から、逃げちゃいけないんじゃないか?
この世界は何なのか。
「わたし」はなぜ『デュエル・マニアクス』の世界にいるのか。
その答えを見つけるためにも、まずはウルカ・メサイアと向き合わなければならない。
だからこそ――何もわからないまま、このまま破滅するなんて嫌だ!
思考は一瞬。
そして――時間は再び、動き出す!
「《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》は1ターンに1度、サイドサークルにあるカード1枚を破壊することができる。私は……」
さっきの一瞬で、勝利の道筋が見えた。
【ブリリアント・インセクト】デッキを構成する45枚のカード。
その中でたった1枚だけ、この状況を打開できる切り札が存在する。
だが、そのカードはウルカには見えない切り札だった。
それでも「わたし」には見ることができる。
アスマにかけられた言葉が脳内に響く。
”自分のカードと心中する道を選ぶのか”――そういうことか!
私は自分がウルカであることを否定するあまり、その思考が無意識にウルカ・メサイアに引っ張られていることに気づいていなかった。
チュートリアル決闘の手順を、馬鹿正直になぞっていたのがその証拠だ。
それじゃ勝てない。破滅からは逃れられない。
だったら、ウルカではない、私だけの選択肢を選べばいいんだ。
それなら。
「私は――《階級制度》を破壊する!」
最後の命令を受けて、スワローテイルは渾身の力を込めて鱗粉を放った。
直後、ランドグリーズの斬撃を受けてスワローテイルは大破し――その余波で、私のライフ・コアを守っていたシールドは砕け散る。
そして――死に際に放たれたスワローテイルの鱗粉に侵食され、《階級制度》はガラガラと音を立てて崩壊していった。
「自分の《階級制度》を自ら破壊した……!?一体、何をしているんですか……?」と――。
ユーアちゃんは、信じられないような目で私を見る。
「何って言われても、ねぇ」
もう後戻りはできない。
なんだか、すがすがしい気分だ。
「しょーがないわよね。よくよくデッキの中身を思い出してみたら――これしか勝つ方法が残されてなかったんだもの」
さぁ、ユーアちゃん。
――ここからが、本当の戦いよ!
先攻:ウルカ・メサイア
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
後攻:ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
BP2000(+1500UP!)=3500
サイドサークル・デクシア:
《極光の巨人兵士》
BP2500
サイドサークル・アリステロス:
《エヴォリューション・キャタピラー》
BP1300