壊れろ、運命! 破滅の未来を回避せよ!(前編)
『デュエル・マニアクス』の作中でおこなわれているカードゲームは『スピリット・キャスターズ』と呼ばれているものだ。
『スピリット・キャスターズ』では、プレイヤーはスピリット――精霊を召喚する魔法使いとなり、スピリットを使役して戦う。
「先攻は私!私のターン、ドロー!」
私はカードを1枚ドローして、手札に加えた。
初期の手札が5枚なので、これで6枚となる。
とはいっても……。
「(う~!元がチュートリアル決闘だから、できることも決まってるのよ~!)」
どんなに手札と睨めっこしても、元のゲーム展開よりも上手くプレイする余地が見つからない。
しかし、それでは困る。
なぜなら、この決闘に敗北すれば、悪役令嬢ウルカ・メサイアは「学園」を退学――婚約者であるアスマ王子とも破談となり、実家からは勘当され、その後は音信不通となり行方不明になる――という後日談が待ち受けているのだ。
私の視線は右手の手札から、左腕に装着された籠手型の決闘礼装へと移った。
鏡のようにキラキラに磨き上げられた銀色の礼装には、間違いなくそれが映っていた――それとは即ち――セットするのに何時間もかかるんじゃないかって感じの、らせん状に巻かれた青紫色の縦ロールに――エメラルドグリーンの瞳と切れ長の眉――凛とした鼻筋の立った、気の強そうな美少女――。
ゲームの中の登場人物のはずだった、ウルカ・メサイアの姿である。
この現実感は、夢ではない。
そして、このままでは破滅の未来が待ち受けている!
なぜ「わたし」がウルカ・メサイアになっているのかはわからない。
それでも、ここはなんとしても決闘に勝つしかないのだ。
「私はサイドサークル・デクシアにスピリット《オトリカゲロウ》を召喚!」
新雪のように儚い体躯の昆虫型スピリットが召喚され、決闘礼装によって展開された魔法陣の上を飛び回る。
「さらにメインサークルの《エヴォリューション・キャタピラー》にコンストラクト《コクーンポッド》を装備するわ!これでBPは500ポイントアップ、ただしこのカードが装備されているかぎりスピリットは攻撃宣言をおこなうことができない!」
可愛らしい芋虫だった《エヴォリューション・キャタピラー》は《コクーンポッド》をまとったことにより全身が堅牢な繭によって包まれた。
《コクーンポッド》は装備されたスピリットを強化するコンストラクトカードである。
ただし、その代償として攻撃宣言をおこなうことはできなくなる。
もっとも『スピリット・キャスターズ』では先攻の第1ターンではスピリットで攻撃することはできない。
今の場合はノーデメリットとなるのだが。
さらに《コクーンポッド》には、スピリットを強化する以外の目的もあるのだけれど――。
「さて。でも、ここまではチュートリアル決闘の流れと同じなのよね」
「……あの、チュートリアルって何ですか?」
「あぁ、ユーアちゃんは気にしないで。こっちの話なの」
いけない、いけない。
つい、ひとり言が出てしまった。
ユーアちゃんに軽く会釈して、片手で「ごめん」の形を作る。
目の前の決闘相手にちゃんと集中しないとね。
☆☆☆
「ユーア、ちゃん……?」
ユーア・ランドスターは困惑の表情を浮かべる。
おかしい。
これが先ほどまでユーアに悪意と嘲笑を向けていた、あの侯爵令嬢ウルカ・メサイアだろうか?
なんだか急に親しみやすくなったというか……有り体に言って別人のような……?
ユーアは思い出す。
そういえば、アスマ王子はウルカ様の婚約者にして幼馴染だったはずだ。
立会人をしているアスマも首をかしげながらウルカを観察している。
やはり彼の目から見ても――今のウルカの様子は、異常事態のようだ。
「何が、起きてるんでしょうか……」
☆☆☆
これでチュートリアル通りの展開は終わった。
現在のフィールドは――。
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《エヴォリューション・キャタピラー》with《コクーンポッド》
BP1300(+500UP!)=1800
サイドサークル・デクシア:
《オトリカゲロウ》
BP1000
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《聖輝士団の弩弓兵》
BP1800
「よし、と。これで私はターンエンドよ!」
ユーアちゃんにターンを渡す。
彼女は自らの決闘礼装に手を伸ばし、カードを引いた。
「私のターンです。ドロー!私はメインサークルの《聖輝士団の弩弓兵》をコストに、グレーター・スピリット《極光の巨人兵士》を召喚します!」
「来たわね、シフトアップ召喚!」
『スピリット・キャスターズ』でプレイヤーが使役できるスピリットは以下の三種類に分けられる。
コスト無しで召喚できる「レッサー・スピリット」。
コストとしてスピリット1体を墓地に送る必要がある「グレーター・スピリット」。
そして「レッサー・スピリット」2体、または「グレーター・スピリット」1体をコストとして墓地に送る必要がある「エンシェント・スピリット」だ。
「グレーター・スピリット」はコストを必要とする分、強力な効果とBPを持つ。
《極光の巨人兵士》の場合は――。
ユーアちゃんの決闘礼装から照射された魔法陣の中心に、魔力が集まっていく。
やがて魔力は実体となり、身の丈10メートルはある巨人の形を作っていった。
広大な「学園」の大広間、その高い天井にも頭が付きそうなほどの巨体だ。
巨人が吠えると、何もない空間に光の球が出現し――その中から現れたのは、先ほどコストとして墓地に送られたばかりの《聖輝士団の弩弓兵》だった!
ユーアちゃんは凛々しく声を張って宣言した。
「《極光の巨人兵士》の召喚時発動効果を発動!シフトアップ召喚に成功したとき、コストに使用したスピリットと同名のスピリットをデッキから選択し、サイドサークルに置くことができる。私は《聖輝士団の弩弓兵》をサイドサークル・デクシアに配置します!」
「《極光の巨人兵士》はコストを必要とするグレーター・スピリットでありながら、自身の効果で盤面にスピリットを補充することができる……!実質、コスト無しで召喚できるってことじゃない!」
私、この流れ知ってる。
だって、チュートリアルでやった(敗北した)とこなのだから!
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《エヴォリューション・キャタピラー》with《コクーンポッド》
BP1300(+500UP!)=1800
サイドサークル・デクシア:
《オトリカゲロウ》
BP1000
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《極光の巨人兵士》
BP2500
サイドサークル・デクシア:
《聖輝士団の弩弓兵》
BP1800
「バトルです!《極光の巨人兵士》でメインサークルの《エヴォリューション・キャタピラー》を攻撃!」
まずい!
このターンで《エヴォリューション・キャタピラー》を倒されるわけにはいかない。
私の手が自然に動く。
破滅の未来へと繋がる、チュートリアルの筋をなぞっていく。
「サイドサークル・デクシアから《オトリカゲロウ》の効果発動!
ブリザード・コンフュージョン!」
私が効果の発動を宣言すると、ふらふらと飛行していた《オトリカゲロウ》は瞬時に増殖した。その白色の体色もあいまって、突然の猛吹雪のように視界を覆っていく。
攻撃を仕掛けた《極光の巨人兵士》は、その攻撃目標を見失った。
振り上げた棍棒の打撃は空振りに終わり、怒りに燃える巨人は怨嗟の怒号をあげる。
「なるほど、攻撃を無効化する特殊効果ですか――ならば!」と、ユーアちゃんは更なる攻撃を宣言した。
「まだ私には《聖輝士団の弩弓兵》の攻撃が残っています。
《聖輝士団の弩弓兵》で《エヴォリューション・キャタピラー》を攻撃!」
《オトリカゲロウ》の特殊効果は、自身をコストにして墓地に送ることで、相手のスピリットの攻撃を無効にするというもの。
つまり、それだけの手を使ってでも《エヴォリューション・キャタピラー》を守りたいという意図がバレてしまったことになる。
《聖輝士団の弩弓兵》が光の矢を実体化させ、《エヴォリューション・キャタピラー》へと狙いを定めた!
《聖輝士団の弩弓兵》のBPは1800。
《エヴォリューション・キャタピラー》のBPは1300で、装備された《コクーンポッド》による強化を加えてもBPは互角の1800だ。
このままだと、相打ちとはいえ《エヴォリューション・キャタピラー》は破壊されることになる。
そうなれば、せっかくの《コクーンポッド》を装備した仕込みが水の泡となってしまう……!
もう止まることはできない。
私は、さらに手札を切ることにした。
「介入!スペルカード《バタフライ・エフェクト》を発動するわ!」
その瞬間、青白く発光するモルフォ蝶を模した刻印が空中に現れた。
さらに蝶の刻印が三つに分裂し、それぞれ異なる色の光を放ち始めた。
これは、私がどのモードを選択するかを待つために待機しているのだ。
ユーアちゃんは、値踏みするように攻撃の手を止める。
「《バタフライ・エフェクト》……?」
「そう。スペルカード《バタフライ・エフェクト》には三つの効果があるのよ。私はモード①を選択するわ」
どのみち、他のモードはこの状況では打開策になるという保証はない。
モード①の効果は「レッサー・スピリット1体の攻撃を無効にする」――グレーター・スピリットである《極光の巨人兵士》の攻撃には使用できなかったものの、《聖輝士団の弩弓兵》の攻撃は無効にすることができる。
蝶の刻印が羽ばたく幻惑に惑わされ、《聖輝士団の弩弓兵》の攻撃は中断した。
射出直前になっていた光の矢は立ち消えて、《エヴォリューション・キャタピラー》は破壊を免れることになった……。
「……これで、ターンエンドです!」
ユーアちゃんは悔しそうに歯噛みをする。
だが、私にはわかっている。
実際に追いつめられているのは、ユーアちゃんではなく私の方だ。
なぜなら次の彼女のターン、カードをドローする右手が光り――「あのカード」が『光の巫女』の元に舞い降りるのだから。
処刑台への階段を登る面持ちで、私は決闘礼装に手を伸ばした。
「私の……ターン!ドロー!」
これで手札は4枚。
私の手札には、すでに悪役令嬢ウルカ・メサイアの誇る最強コンボ――『ブリリアント・プロモーション』が完成している。
ダメだ。他に選択肢は無い。
私は《コクーンポッド》が装備され、その全身を繭に包んだ《エヴォリューション・キャタピラー》を見上げた。
「……《コクーンポッド》を装備したスピリットは、装備された次のターンからグレーター・スピリットとしても扱うことができるわ」
私がそう宣言すると――。
一拍遅れて、その効果の意図を読んだユーアちゃんは息を呑んだ。
「まさか……!」
『スピリット・キャスターズ』におけるスピリットの最上級――「エンシェント・スピリット」。
その召喚には「レッサー・スピリット」2体、または「グレーター・スピリット」1体をコストとして墓地に送る必要がある……!
「《エヴォリューション・キャタピラー》をコストにして、エンシェント・スピリットをシフトアップ召喚。現れ出でよ、昆虫界の最高峰――。
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》!」
メタリック・ブルーに輝く虹青色の大翼が、大広間の中心に花弁のように咲き誇った。
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》。
これこそがウルカ・メサイアの誇る【ブリリアント・インセクト】デッキのエース・スピリットにして、必殺の『ブリリアント・プロモーション』コンボの中核となる存在だ。
「さらに、私はサイドサークル・アリステロスにコンストラクト《階級制度》を配置するわ!」
もう破れかぶれだ。
いいよ、いいよ、こうなったら全部、完成させてやろうじゃないの!
これが『ブリリアント・プロモーション』コンボの全容だ!(焼けクソ)
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
BP3000
サイドサークル・アリステロス:
《階級制度》
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《極光の巨人兵士》
BP2500
サイドサークル・デクシア:
《聖輝士団の弩弓兵》
BP1800
「《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》の効果を発動。1ターンに1度、サイドサークルにあるカード1枚を破壊することができる。
私はユーアちゃんのサイドサークル・デクシアに存在する《聖輝士団の弩弓兵》を破壊させてもらうわ!」
「さ、させません!《聖輝士団の弩弓兵》は自身を対象にする破壊効果を無効にすることが……」
ユーアちゃんが言い終わらないうちに《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》の放つ蒼銀の鱗粉が、《聖輝士団の弩弓兵》の全身をむしばんでいく。
哀れな少女兵士は矢を弓につがえることもかなわず、光の粉となって消滅した。
「そんな……!どうして《聖輝士団の弩弓兵》の効果が発動しなかったんですか!?」
「それは私が発動したコンストラクト《階級制度》によるものよ」
《階級制度》
種別:コンストラクト(サイドサークル・アリステロス)
効果:
全てのレッサー・スピリットは、グレーター・スピリットならびにエンシェント・スピリットに効果を及ぼすことができない。
全てのグレーター・スピリットは、エンシェント・スピリットに効果を及ぼすことができない。
「《階級制度》……こんなカードがあるなんて」と、ユーアちゃんは愕然とした。
《コクーンポッド》を利用したエンシェント・スピリットの高速・安定召喚と、それに重ねる《階級制度》による制圧ロック。
それこそが悪役令嬢ウルカ・メサイアの誇る【ブリリアント・インセクト】デッキの基本となる動かし方なのだ。
なんていうか……性格悪いし、悪役っぽいデッキ~!
「バトルよ。《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》でメインサークルの《極光の巨人兵士》を攻撃!」
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》がその大翼を羽ばたかせると、触れるものすべてを分解する鱗粉の嵐が、そそり立つ巨人の肉体をボロボロに崩壊させてく。
やがて《極光の巨人兵士》が破壊されると、その攻撃の余波はユーアちゃんにまで及んだ。
「きゃあああっ!」
メインサークルのスピリットが戦闘で破壊されたことにより、彼女のライフ・コアの周囲を覆っていた透明なシールドが、ガラスのように砕け散る。
これでライフ・コアを守るものはもう、何もない。
あと一撃で、ゲームは終わる。
先攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
BP3000
サイドサークル・アリステロス:
《階級制度》
後攻:ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
「ターンエンド。終わりね、ユーアちゃん。次のターン、再び《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》で攻撃すれば……私の……勝ち……よ……?」
あれ。やっぱ、これって。
カードゲームでよくあるところの……。
決闘を見守っていた生徒たちの声が耳に入ってくる。
「フィールドにスピリットはなく、シールドもすでに破壊されてる……」
「ウルカ様の最強コンボが決まったんだもの。打つ手があるわけないわ」
「やはり平民の娘が勝てる相手ではなかったな。流石は侯爵令嬢だ」
やめろ、やめろ!
立てるんじゃあない……!それっていわゆる……!
フラグ……!
「勝負あったようだね」と、青年の声が響いた。
立会人のアスマ・ディ・レオンヒートだ。
彼は何かを「面白がる」かのように、ユーアちゃんに告げる。
「《階級制度》に対抗できるのはエンシェント・スピリットだけ。
しかし、エンシェント・スピリットはそれ自体が稀少度の高いレアカードだ。
平民の君のデッキには入っていないはずだよね」
「……はい。たしかに、私のデッキにエンシェント・スピリットは入っていません」
「だろう?じゃあ、降伏するかい」
ユーアちゃんはその言葉をはねのけるように、両の足に力を込めて地面を踏みしめた。
「降伏はしません。私も決闘者なんです。だから、最後の最後の瞬間までカードを信じます。そうしたら……きっと、私のカードは応えてくれるから!」
その言葉を受けて、アスマは目を細めてニヤリと笑う。
「いいね、面白い女だ」と、発破をかけるようにユーアちゃんに向けて指を鳴らした。
彼女も笑みを返して――決闘礼装に手を伸ばす。
その瞬間。
目に見えないオーラのようなものが彼女の右手に宿るのを感じた。
「あわわ。まずい、まずいってぇ、これぇー!」
これって、あれだ。
主人公が奇跡を信じて、カードがそれに応じてくれるやつー!
カードゲームアニメで何回も見たやつー!
敵側で見たくなかったよーっ!
破滅のチュートリアル決闘は、すでに最終局面を迎えつつある。
私の運命は――敗北という運命を避ける方法はあるのか?
私の残り二枚の手札は――。
《歪み発条バグ》、
――そして、二枚目の《バタフライ・エフェクト》だ。
スペルカード《バタフライ・エフェクト》には三つの効果がある。
いずれも決闘の大局に影響を及ぼすほどではない、微小なる蝶翼の羽ばたき。
しかしその羽ばたきは――時として、大地の裏側にて大嵐を巻き起こすこともある。
後に、私はそれを知ることになるのだった。




