神なき大地の創世神話! 脅威の超古代デュエル(中編)
ザイオンXが発動したスペルによって、フィールドには熱気が満ちていた。
額から汗がこぼれ落ちる。
この汗は、単に気温が上昇しているからではない。
《惑星地球化計画―反射能制御》――その効果により、互いのプレイヤーは次のターン終了時までスピリットを召喚・配置することができない!
本来なら、使用者であるザイオンX自身にもリスクが伴うスペルカード。
だが……彼女には、召喚でも配置でもない未知の戦術がある。
その名は、錬成!
ザイオンXは分身たる《「神造人間」ザイオンX》のカードを取り出した。
「Active。本機はデッキから手札に加えるよ、前のターンにコストにした本機を。そして――」
サイドサークル・アリステロスに鎮座する巨大な宇宙船――『方舟』。
その巨体から転送ビームが放たれて、氷漬けになった鳥型スピリットがサイドサークル・デクシアに現れた。
「《帰らずの鳩》をデッキから置くね」
頬を伝う汗が、手札を握る私の手に落ちる。
まずい、この流れは……!
「《生命経典『方舟』》によって置かれたカードは、本来はスピリットであっても、効果によってコンストラクトとして扱われる――最初から、これを狙っていたの!?」
「肯定する。つまり、これはスピリットの召喚・配置を封じる反射能制御の制約外――コンストラクトを置くことは、何も禁止されていない」
《帰らずの鳩》は効果をもたないスピリットカード。
これで、錬成の条件が揃ってしまった……!
ザイオンXは前のターンに手札に加えた《草原を駆ける駿馬》をコストとして墓地に送り――このフィールドに付与された領域効果を発動する。
[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]。
その領域効果により、プレイヤーは手札とフィールドのカードを使った錬成を実行できる!
「来るのねっ……!」
用途不明の謎の機械柱が一斉に稼働を開始した。
奇妙な電子音と共に、柱と柱を繋ぐ線に白い電光が走り、空気中を光り輝くプラズマ球が飛び回る。
ザイオンXの背後に、ホログラムによって投影された系統樹が現れた。
下にあるべき根を上にして、上にあるべき枝を下にした、天地反転せし疑似生命系統樹――。
ザイオンXは手札の《「神造人間」ザイオンX》とサイドサークルの《帰らずの鳩》を系統樹の枝にそれぞれセットする。
彼女は歌うように唱えた。
「上にあるものは下にあるが如く、下にあるものは上にあるが如し――。
Phylo Genomicsに申請。共鳴条件は《「神造人間」ザイオンX》と効果をもたないバード・スピリットカード1体」
申請は承認され――系統樹をさかのぼるように上昇した二枚のカードは、合流すると一枚のカードとなって一体化した。
「Unison!」
生成されたカードは、回転しながら空中を飛来する。
ザイオンXはキャッチしたカードをメインサークルへと置いた。
この世に存在しなかったカード――新たなユニゾン・スピリットが実体化していく!
「神の落とし子たるアダム・カドモン。
ヘルメスの鳥と交わりて、神なき大地にオリーブの枝の福音を。
ユニゾン・スピリット――《「人造神話」ハストゥール・ハルピュイア》!」
召喚陣に現れたのは、またしても異形のスピリットだった。
銀髪の美貌を誇るザイオンXと同じ顔立ち――革製の軽装鎧に包まれた女性らしい上半身とくびれ。
しかし、その両手はけばけばしい黄色の羽毛に包まれた両翼と一体化しており――狂暴なかぎ爪で大地を踏みしめる、その威容たる下半身も――まさに、鳥そのもの。
妖鳥。
これもまた、神話の伝説に登場する半人半獣の怪物!
だけれど……!
「スワローテイルのBPは3000。あなたが錬成した《「人造神話」ハストゥール・ハルピュイア》のBPは2700!こちらのBPの方が、まだ勝っているわ!」
「どうかしら――それは」
「……なんですってっ!?」
その瞬間、フィールドに槍の形をした幻が出現した。
「この槍は……半人半馬が持っていた二本目の槍!」
「肯定する。これにより、すべてのユニゾン・スピリットはBPが800アップする。――それが、シャンタウク・ケンタウルスの第二の槍」
BPが800アップ!?それは、つまり……。
「フィールドではなく、墓地から発動する効果、ってこと……?そのために、わざと私にケンタウルスを破壊させたのね!?」
「全部、計算通り。マクシウム演算によるWeirdingに誤差は無い」
幻の槍からエネルギーがあふれ出し――力を受けた妖鳥のBPが上昇していく!
先攻:ザイオンX
【シールド破壊状態】
メインサークル;
《「人造神話」ハストゥール・ハルピュイア》
BP2700(+800UP!)=3500
サイドサークル・アリステロス:
《生命経典『方舟』》
領域効果:[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]
後攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》
BP3000
サイドサークル・デクシア:
《死出虫レザーフェイス》
BP1200
サイドサークル・アリステロス:
《虫カゴ》
ザイオンXは、自らの分身たるスピリットに号令を出した。
「バトル。メインサークルの《「人造神話」ハストゥール・ハルピュイア》で、《死出虫レザーフェイス》を攻撃」
「サイドサークルのレザーフェイスを攻撃……!?」
おかしい。
ここでメインサークルを狙えば、スワローテイルを上回るBPを持つ妖鳥の攻撃によって、私のシールドを破壊できるはず。
きっと、何か狙いがある……!
上空から飛来した妖鳥は、その獰猛なかぎ爪を向けてレザーフェイスに襲いかかる。
どうせ破壊されるのなら、ここで効果を発動してしまおう。
「《死出虫レザーフェイス》の特殊効果!自分フィールド上のコンストラクトを破壊することで、カードを1枚ドローできる。私はサイドサークル・アリステロスの《虫カゴ》を破壊するわ!」
《惑星地球化計画―反射能制御》の効果によって、手札からスピリットを配置する効果は封じられている。
なら《虫カゴ》を維持するよりも、ここで別のカードに替えてしまった方がいい。
「……ドロー!」
レザーフェイスの生命循環効果によって手札に加わったカードは――今日、デッキに加わったばかりの新顔。
《カノン・スパイダー》だった。
《カノン・スパイダー》
種別:レッサー・スピリット
エレメント:地
タイプ:インセクト
BP1700
「(《カノン・スパイダー》!打点が高いのはいいんだけど、効果をもたないスピリットじゃこの状況を打開できないわ……!)」
そう、効果をもたないスピリットでは……って。
……あれ?
でも、この子って――あのカードと組み合わせたのなら、もしかして……?
一瞬だけ、脳裏によぎった光明。
しかし、その思考を精査する暇もなく――ザイオンXの攻撃は続行される。
「ハストゥール・ハルピュイアの攻撃。『殺戮戯曲・黄衣ノ王』――第一幕」
レザーフェイスは、飛びかかった黄色の翼――妖鳥の両翼と一体化した爪で引き裂かれ、五体をバラバラにして四散した。
と、同時に……私のメインサークルを守るスワローテイルの胴体に、奇妙な印が浮かび上がる。
「この印は――?」
「第二幕が上演する合図。サイドサークルのスピリットを戦闘で破壊するたび、追加攻撃が可能となるの――それがハストゥール・ハルピュイアの特殊効果」
追加攻撃!
つまり、この印は次のターゲットに対する刻印ってわけね……。
鋭いかぎ爪を研ぎ澄ました妖鳥は、その蠱惑的な眼を蒼銀の両翼へと向けた。
BP3500の猛威が、今度はスワローテイルに牙を剥く!
「続けてバトルだよ。『殺戮戯曲・黄衣ノ王』――第二幕」
妖鳥の獰猛な両脚がアゲハ翼の身体を掴むと、力づくでその翼を引きちぎった。
「くっ……。スワローテイルっ!」
メインサークルを守っていたスピリットが破壊された。
その余波を受けて、私のシールドも砕け散る!
「これで、私のメインサークルは空白……!」
先攻:ザイオンX
【シールド破壊状態】
メインサークル;
《「人造神話」ハストゥール・ハルピュイア》
BP2700(+800UP!)=3500
サイドサークル・アリステロス:
《生命経典『方舟』》
領域効果:[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]
後攻:ウルカ・メサイア
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
ザイオンXは「本機は、これでターンエンド」と宣言した。
「次は『殺戮戯曲』のCurtain Fall、ウルカにとってのファイナルターン」
「……まだよ。勝負はこれからだわ」
「強がりは、ダメ。願望は事実とは異なる。人間特有の思考のエラー」
ザイオンXは決闘礼装を操作し、フィールドにかかっている反射能制御の効果を説明した。
「ウルカは次のターン、スピリットを召喚することも配置することもできない――《惑星地球化計画―反射能制御》の効果によって。それはメインサークルの守り手となるスピリットが出せないことを意味する」
「それは……そうだけど……!」
自分で組んだ新生【ブリリアント・インセクト】デッキの中身を反芻する。
私にはアスマの《コスモグラフィア・アリストクラティカ》のような、ゲーム外から切り札を持ってくるような理外の一手を打つことはできない。
ならば、この状況を打破することができるかードを、自分のデッキの中から見つけるしかないのだ。
だけれど――。
「召喚も、配置もできない。それじゃ、デッキのどのカードを引いたって、打つ手が無い……じゃない……!」
こうなったら、天運に賭けて錬成を試してみる?
いや、それで都合よくスピリットが生成できるとは限らない。
じゃあどうする……もう、勝ち目は無いの?
……ダメだ。諦めるな。
絶対にユーアちゃんを助ける。
そのためにはザイオンXに勝たなきゃいけないんだ。
諦めてたまるか。
ユーアちゃんのお兄さんにだって、アスマとの決闘で褒められたじゃないか。
諦めが悪いだけが、今の私の取り得みたいなものなんだから。
思考を止めちゃいけない。
そう、確か――さっきのターンのバトル中に、何か光明が見えたはず。
「……もう、いいんです」
と――巡り巡る私の思考に、少女のか細い声が入り込んだ。
今のって……。
「……ユーアちゃん!?」
私は祭壇の頂上で縛られているユーアちゃんを見る。
彼女はいつの間にか目を覚まし、泣き腫らしたような顔でこちらを見下ろしていた。
「もう、いいんです。……ザイオンXさん。あなたは、私をどうするんですか」
ユーアちゃんが問うと、ザイオンXは無表情の中にどこか悲壮なものを見せた。
「標本にする。人間標本にした『光の巫女』――メサイア因子保持者を恒星間移民星船『ノア』に乗せ、次なる植民候補の惑星に向けて送り出す。それが本機の使命。それだけが、本機に与えられた役割。
次なる星で生命の母となるのは、『光の巫女』の役割」
「役割、ですか。ザイオンXさんは私に役割をくれるんですね。なら――私は、あなたと一緒に行きます」
ユーアちゃんがザイオンXと一緒に、違う星に行く……!?
そんなことになったら、『デュエル・マニアクス』のシナリオはめちゃくちゃになる……いいや、もう『デュエル・マニアクス』のことなんていい。
今の私にとって、この現実はゲームじゃないんだ。
ユーアちゃんだって、ゲームのキャラクターじゃない。
「待って、ユーアちゃん!本当にそれでいいの!?あなたの家族や、友達は、あなたがいきなりいなくなっちゃったら悲しむでしょう」
ユーアちゃんは目を閉じて首を振る。
「家族は、いません」
「……え?」
「私、孤児なんです。幼い頃から施設にいて……本当の家族の顔は、見たことがないんです」
「じゃあ、お兄さんは」
「ジェラルドお兄様は、引き取ってくれたランドスター家の一人息子で、私にとってのは義理のお兄様なんです。だから……血の繋がりはありません」
「それでも……たとえ義理でも、家族なんでしょ?それに友達だって、ユーアちゃんがいなくなったら心配するわよ!」
「……誰も心配なんてしませんよ。『光の巫女』だなんて言って、みんなを騙していた「偽りの救世主」の私なんて」
「偽りの救世主」?
まさか、ユーアちゃんは――。
「やっぱり、誰かに聞いたのね……「偽りの救世主」事件のことを。でも、それは私――ウルカ・メサイアのこと。ユーアちゃんは本物の『光の巫女』なんだから、何も気に病むことなんてないのよ」
「……違うっ!ウルカは、全然、何もわかってない!」
ユーアちゃんの悲痛な叫びが、広大な地下空間に反響した。
彼女はぽろぽろと涙を流しながら言った。
「私は、あなたに決闘で負けたんだよ?あのときから、ずっとうっすら思ってた。私は本当は『光の巫女』ではないんじゃないかって。あのとき、ウルカがアンティを破棄しなかったら、私は「学園」を退学してた!『光の巫女』だって、みんなを『闇』から救うんだって、それが私の運命なんだよ!?そうやって、それだけを教えられてきた!今まで、大事な決闘で負けたことなんて無かったのに……!
そしたら――ゼノンの予言は、ウルカを『光の巫女』だと示してたって。だったら、そういうことじゃない……!「偽りの救世主」は、みんなを騙してへらへらしてたのは私の方だったんだよ!」
「ユーアちゃん、それは……違うの、本当は……!」
本当は――あのアンティ決闘で負けるはずだったのは、ウルカの方だった。
あの決闘で敗北して、ウルカは「学園」を退学するはずだった。
ウルカ・メサイアに訪れるはずだった、破滅の未来。
それを回避するために、私は本来の『デュエル・マニアクス』の筋書きをねじ曲げてしまったんだ……!
ウルカ・メサイアの破滅を避けた――蝶の羽ばたき。
その羽ばたきによって巻き起こされた運命のねじれは、巡り巡って、本来の主人公であるユーアちゃんを苦しめることになった。
私は知らず知らずのうちに彼女を――破滅に追い込もうとしていたんだ。
それでも……!
「あなたが本物の『光の巫女』なのは間違いないわ。私には光のスピリットなんて使えないし、フォーチュン・ドローだって出来ないのよ」
「……私、ウルカを殺そうとしたんだよ?」
「何を、」……言っているの?
ユーアちゃんは虚ろに笑った。
「さっき、地面が割れてウルカが落ちそうになったとき、思ったんだ。ここでウルカが死んじゃえば、私だけが『光の巫女』になれるって。そうしたら、みんな優しくしてくれる。お兄様も、ランドスター家の人たちも――ジョセフィーヌちゃんや「学園」のみんなも」
「ユーアちゃん、自分を責めるのは止めて。私、ちゃんと見てたわよ。あのとき、あなたはランドグリーズに頼んで私を助けようとしてたじゃない」
「でも、そう考えたのは事実。そしたら……ランドグリーズは、自分から消えちゃった。あの子にも愛想を尽かされちゃったんだ。お前みたいな奴は『光の巫女』に相応しくないって!
……私、ウルカを嫌いになりたくなんてないよ。前のウルカは嫌な人だったけど、一緒に決闘してからのウルカは――ちょっと変だし、虫のことになると早口になるけど――明るくて、周りにいる人を大事にしてるし――ひどい境遇なのに頑張ってる、どんなときも諦めない、カッコいい人。どこに出しても恥ずかしくない、大事な友達……なのに。私、ユーアが大っ嫌い。うじうじして、人をねたむばかりのユーア・ランドスター。私なんかが、『光の巫女』なわけないじゃない……!」
「……ユーアちゃん、お願い。聞いてほしいことがあるの」
私は決意した。
仮に頭がおかしくなったと思われても構わない。
ユーアちゃんには話すべきなんだ――あのことを。
私は、待ちぼうけをくらっているザイオンXに言った。
「ごめんなさい、ザイオンX。決闘の途中だけど……もう少しだけ、ユーアちゃんと話してもいい?」
もし、この決闘に負けたらユーアちゃんはこの星からいなくなってしまう。
そうなったら、もう話す機会が無いかもしれない。
なら――ここで言っておかないと。
ザイオンXは決闘礼装を仕舞うと、こちらに歩み寄った。
「それは、大事なこと?Duelよりも」
「……うん。ここで話しておかないと、絶対に後悔する」
「了解した。任せて、ウルカ」
そう言うと、ザイオンXは私の背中と膝に手を回す。
あっという間に、私は彼女にお姫様抱っこされる形になった。
「……え?な、何!?」
「口を閉じてね。舌を噛むから」
次の瞬間、重力が喪失した。
私を抱っこしたザイオンXは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、祭壇を駆けのぼっていく。
「む、むむむーっ!」
私は口を閉じながら、めまぐるしく変わる風景に目を回しそうになった。
ザイオンXは囁く。
「本機は決闘礼装機能を備えた汎用人型自律駆動決戦決闘機(アドバンスド・オートマトン・デュエル・ディアンドル)――けれども、その目的は決闘にはない」
「むむ?(そうなの?)」
「決闘。錬成。惑星地球化計画。
――すべては、手段。目的は、人間の幸福にある。
幸福のために設計され、運用されるべき奉仕種族。
……かっちょよくないよね。泣いてる女の子を放っておくのは」
なんか知らないけど。
どうやら――協力してくれているようだ。
ザイオンXに運ばれ、私は祭壇の頂上に着いた。
「ありがとう、ザイオンX!」
礼を言い、私は縛られているユーアちゃんに駆け寄る。
彼女は柱にくくりつけられたまま、こちらから逃れるように身じろぎした。
「ユーアちゃん!」
「……来ないでっ!」
「いーや、行くわっ!」
彼女の肩を掴み、顔と顔を合わせた。
掴んだ手を伝わって、身体の震えを感じる。
ふわりとしていた栗色の髪は乱れ、顔にカーテンのように下がっていた。
私はその前髪を指でかき分けて、くりくりとした丸い瞳を覗く。
涙で濡れた眼――ウルカから逃れようとしていた目と、正面から向き合った。
逃がさない。絶対に、私も逃げない!
……よし。
言うぞ、言うぞ、言うぞ……!
息を吸う。
本当なら、最初からユーアちゃんには話しておくべきだったんだ。
だって――あの決闘で私が勝てたのは――。
意を決して、私は全てを告白した。
「……私は、本当はウルカ・メサイアじゃないの。
気づいたら、別の世界から来てウルカになってた。
本当は――この世界の人間じゃないのよ!」