オリパ師たち――天井桟敷の神官
時は現在。
転生した『デュエル・マニアクス』の世界にて――
私は、ふたたび過去の因縁と邂逅する。
年齢こそ高校生くらいになっていて……若返ったことで、見た目だけは歯の浮くような美形の青年になっているものの……身にまとう妖しげなオーラは変わっていない。
青年は立ち上がると、人込みをかき分けて私に近づいてきた。
「失礼」
途中、ユーアちゃんに軽くぶつかるも、彼は気にも留めずに距離を縮める。
対峙する、青年と私。この顔……見間違えなんかじゃない。
「やっぱり、あなたはバリトク中山……‼」
ユーアちゃんが「ウルカ様のお知り合いですか……?」と訊いてきたので、私は頷く。
白と翠で彩られた学生服を着こなした美青年は、私に微笑みかけた。
「なつかしい名前ですね。まさか、その名を聞くことになるとは思いませんでした」
唖然とする私を尻目に、青年は余裕たっぷりに両手を合わせた。
「少し、お話をしませんか? ウルカ・メサイアさん」
私が来訪したことで、購買部のオリパ屋は休憩に入ることになった。
バリトク中山――この世界ではロフト・ナイトヘッドという青年になっているらしい――ロフトは、私と連れ立って「学園」の庭園を散歩している。
しかし、本当に顔が良いわね……トレンディドラマの王様って感じだわ。
「あなたも、この世界に転生してたのね。前世の記憶もあるみたいだし」
ロフトは頷く。
「私は『天井桟敷の神官』の一人ですからね」
「『天井桟敷の神官』ですって?
しのぶちゃんと同じ……あなたもザイオンの社員?」
「例の事件で騒がれてからは、オリパ師の仕事がやりづらくなりましたからね。しばらくは狩猟をして生活していたのですが、ザイオン社からスカウトを受けました」
『天井桟敷の神官』とは、転生前の世界で存在した大企業「ザイオン社」の社員がこの世界に転生した姿である。『デュエル・マニアクス』の製作元である罪園CPの社員――私の幼馴染のしのぶちゃんを含めて、全部で三人いるらしい。
まさか、その一人がバリトク中山だっただなんて……。
いや、今はロフト・ナイトヘッドか。
「どうして、あなたが選ばれたの?」
「血液検査による適性、だそうです。どうやら、死して転生してからも前世の記憶を保てるというのは、めったに存在しない稀有な才能らしい。私がスカウトされて、CEOであるシァン・クーファンと面談したときに……彼女は「人間の細胞内に含まれる特殊な極小生命体が関わっている」と話していました。『仙人骨』……たしか、そう云っていましたね」
「なんだか、スター・ウォーズのミディ・クロリアンみたいな話ね」
「ジェダイの騎士にフォースをもたらしているミクロの寄生生命体、ですか。ジョージ・ルーカスは新三部作を監督するにあたって、ジェダイのような選ばれし者ですらも、宇宙の視野で見ればミクロの生命体を運ぶ方舟の一つに過ぎない――という、世界観を構築しました。古参のファンからは反発を受けたようですが……私は嫌いではありませんでしたよ」
飄々と語るロフト。
彼の真意がどこにあるのか読めない。
「『天井桟敷の神官』として、しのぶちゃんがザイオン社に与えられた指令は……「学園」を支配することだったわ。あなたの目的もそうなの? ロフト・ナイトヘッド!」
ロフトはつまらなそうに呟く。
「ザイオン社は「学園」の支配のために私を送り込んだようですが、興味がわきませんね。ところで、スター・ウォーズの話で思い出したのですが……ウルカさんは『10thアニバーサリー 劇場版 遊☆戯☆王 ~超融合!時空を越えた絆~』という映画を覚えていますか?」
ロフトが口にしたのは、私が大好きな遊戯王5D’sの劇場版の名前だった。
「…………?
そりゃ、覚えてるわよ。名作だもの」
「あの映画の悪役であるパラドックスは、破滅した未来を救うためにやって来たタイムトラベラーでした。作中のカードゲーム『デュエル・モンスターズ』が破滅の元凶だと気づいたパラドックスは、ゲームの生みの親であるペガサス・J・クロフォードを暗殺することで歴史を改変して、未来を救おうと考えます。ですが、それを阻止するために現れた歴代遊戯王シリーズの主人公たち――彼らとデュエルすることになるわけですね」
「遊戯と十代はGXの最終回で共演しているけど、5D’sの主人公である不動遊星と共演するのは初めてだったわね。十代の《クリボーを呼ぶ笛》を遊戯が使ってくれたり、遊星の戦士族モンスターと十代のネオスが融合したり……ファンにとっては夢の映画だったわ」
私が語ると、ロフトは満足そうに頷いた。
「一見して本編であるテレビシリーズの遊戯王5D’sとは無関係に見える劇場版、ですが、それは大いなる間違い。パラドックスの正体は本編で起きた事件を裏から操っていた組織『イリアステル』の創設者の一人です。田村敦――良い悪役でした。頭脳明晰、冷酷無比、極悪非道ながらもジェントルマンで、ユーモアもペーソスも持ち合わせた、実に魅力的なキャラクターでした」
「やけにパラドックスを持ち上げるわね……」
ひょっとして、パラドックスが使う【Sin】モンスターが好きなのかしら? と、考えていると……ロフトは一枚のカードを取り出した。
「それは……《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》‼」
ロフトが手にしているのは、ユーアちゃんのエース・スピリットだ。
「どうして、あなたがユーアちゃんのランドグリーズを持ってるのよ⁉」
「先ほど、すれ違ったときに少々」
購買部の人だかりの中で、ロフトはユーアちゃんとぶつかっていた。
まさか、あの一瞬で盗み取るなんて……。
オリパ師として、マジシャン顔負けのテクニックは転生してからも健在ということか。
「どうして急にパラドックスの話をしたのか、やっとわかったわ。そういえば、パラドックスは色んな時代のデュエリストからカードを奪うデュエリストだったわね」
「どうでしょう、ウルカさん。私とゲームをしませんか?」
「ゲームですって?」
「この世界では、世界の運命を決めるのは『スピリット・キャスターズ』によるデュエルですが……私はそれとは違うやり方でゲームをさせていただきます。私はデュエリストではなく、あくまでオリパ師ですからね」
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》をスリーブに入れると、もう一つ、同じスリーブをロフトは取り出す。両手に一つずつ、裏向きのスリーブを手にする。軽く手の中でシャッフルすると、どちらのスリーブにランドグリーズが入っていたのかはわからない。
「その二つは、あなたの作ったオリパっていうこと?」
「これが私のスタイル。デュエルなんて、誰にでも出来ることをちまちまやっていても仕方がありません。最もアドバンテージで、最もアドリブで、そして最もアクセラレーションなやり方でいかせていただきます」
「当たりとハズレが半分ずつ。つまり、これはニブイチ確定オリパ……!」
「ウルカさんがランドグリーズを引き当てることができたら、これ以降、私はあなた達と関わることはありません。ザイオン社の指令も無視して、平穏に一介のオリパ師として過ごすことにします。ただし、仮にウルカさんがハズレのオリパを引いたのなら、ペナルティとしてランドグリーズは私のもの。それだけではありません。本格的に「学園」を支配するためにウルカさんやユーアさん、あなたの周りの人々には痛い目を見てもらいましょう」
「他人のカードを勝手に景品にしておいて、ずいぶんと勝手なゲームですこと」
「オリパ師ですから」
そもそも、なんなのよ。オリパ師って。
とはいえ――1/2の確率で「天井桟敷の神官」をノーコストで撃退できて、二度と関わらないという言質を取れるのなら安いものかもしれない。ロフトは性格的に、とてもプライドが高いようだから、自分の決めたルールを反故にすることは無いだろうし。
仮に一度決めたルールを破ったりすれば、それはスタイルを裏切ることになる。スタイル(自分で決めたルール)が力となる『デュエル・マニアクス』の世界では、己のルールを破ることは運命力を損失させてしまい、結果的にはデュエリストとしての弱体化に繋がる。
「どうせ、負けても今度はデュエルで戦うだけだし。いいわ、受けましょう」
「エクスタシー……」
恍惚とした表情を隠すように、ロフトはサングラスをかけた。
両手を大きく横に広げると、左右の手にはそれぞれ一つずつのオリパがある。
「まずは、前提の確認よ。あなたの手にしているオリパは、必ずどちらかが当たりで、当たりはランドグリーズ。その点に間違いは無いわね?」
「間違いありませんよ。ふふふ、もしや迷宮兄弟のようなやり口を想像していましたか?」
「私も遊☆戯☆王ファンですもの。そのくらいの想定は当然でしょ」
未読の方は、原作『遊☆戯☆王』の王国編を読んでね!
――さて。となると、勝負は完全な運否天賦となるかしら。
「……確率は1/2」
本当に?
頭の中に疑問の声が浮かぶ。
この勝負を仕掛けることでロフトが得るメリットは何なのか? ロフトがバリトク中山だった頃の、前世でのキャスオリパ配信のことを思い出す。ロフトは身内のサクラを仕込んだ上で、半開封のパックをすり替えるという二重のイカサマを仕掛けることで確実に勝利を収めていた。
あのときは、てっきりお金が目的の男なのだと思っていた。
だけど――この男が利益だけを求める人間だと考えたなら、今の状況の説明がつかない。もしもランドグリーズを盗むことで利益を得ることが目的なら、わざわざオリパ対決なんて仕掛ける必要が無いはず。そう考えれば結論は一つだ。
ロフトの目的は相手を負かせることにある。
相手が損をするところを見たい。お客さんがハズレのオリパを引いて、爆死する顔が見たい。それを見ることが何よりもの利益だったのだ。前世でも、今世でもそれは変わらない。
ならばハズレの確率は、決して1/2などではありえない。
ロフトが仕掛けるゲームの敗北率は、私にとっては限りなく百パーセントに近いはずだ。
「私が引くのは……そっちよ」
左右の手のうち、ロフトの右手にあるオリパを指差した。
「こちらで、かまいませんね?」
「ええ」
「では、開封しましょう」
ロフトが左右に広げた手を縮めて、交差させる。
右手のパックをそのままに、左手のパックだけを懐に入れる――瞬間。
パァン――と乾いた音が響く。
「……何の真似ですか?」
「そのやり口は、すでに前世で見ていたわ。同じ手は通用しない。パックのすり替え……今、手を交差させる瞬間にパックを入れ替えたわね?」
懐に入れる前のロフトの左手を、私の手がしっかりと捕まえていた。
「これは、光栄ですね。あなたも前世では私のお客さんの一人でしたか」
「友達がトリックを見抜いてくれたから、買うことは無かったけどね。私は、自分の幸運で1/2の正解を掴みとった。当たりのオリパをね……それなのに、お客さんの勝利を歪めて敗北へとねじ曲げるあなたのトリックは、オリパ師としての矜恃に反するものではないの?」
「面白いことをおっしゃりますね。私はトリックを用いることに、なんら良心の呵責を感じてはいません。なぜなら、そこも含めて、全てが私のゲームなのですから」
「イカサマも……あなたのゲームだって言うの?」
「当然でしょう。運だけで決まるゲームの方が、私にはつまらないですね。運に恵まれるだけではなく、私の仕掛けるちっぽけなイカサマを見抜いてこその勝利です。運だけでも、実力だけでも届かない。人生と同じですよ」
そんなの、あまりにも勝手だ。
「今回のゲームでは、イカサマを見抜けば私にも勝利の余地があったわ。でも、前世のキャスオリパは違う。どうやっても、購入した時点でお客さんは損をするだけだった……‼」
「ウルカさん、よく覚えておいてください。欲望をもって、オリパを買ってはいけません。オリパというものは……利益や勝利を求めて買わないことだけが、唯一の正解なのですよ」
買わないことが、唯一の正解……?
「私のお客さんは、誰もがそのことを学んでいきました。一口、五万円の授業料……意外とリーズナブルでしょう?」
オリパを開封すると《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》――迎えに来た勝利の女神のイラストが、私に微笑んだ。
「では」とだけ言って、ロフトは背を向ける。
「ちょっと、待ちなさい……!」
私は手を伸ばしかけて――思い直した。
この男は、自分のルールにだけは厳格だ。
「バリトク中山なりの……ロフト・ナイトヘッドなりの、オリパ師としての矜恃」
こうやって、彼のルールに則って負けたからには……きっと、もう私たちと会うことは無いのかもしれない。
去っていくロフトの背中が、だんだんと小さくなっていく。
やがて彼が見えなくなった頃。
そこに、ユーアちゃんが現れた。
「ウルカ様。お話、終わったんですか?」
「ええ。全部、終わったわ」
私は手にしたオリパからカードを取り出して、ユーアちゃんに渡した。
「ユーアちゃん。これ、ランドグリーズ」
「あれ、どうしてウルカ様が持ってるんです⁉」
「きっと、さっきの購買部で落としちゃったのね。あの人が拾ってくれたみたいよ」
「良かったぁ……」
安堵するユーアちゃんを眺めながら、私は気づいた。
因果から切断された男。
運命に背を向けて、流刑の道を選んだ男。
敵幹部の一人でありながら、
番外編で因縁が収まり、本編では二度と現れない男……。
「……パラドックス」
ユーアちゃんが首をかしげた。
「パラドックス……矛盾、ですか?」
私はようやく、男の真意に気づいた。
「バリトク中山は、パラドックスだったのね」
Extra Episode『オリパ師たち』End




