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オリパ師たち――キャスオリパ

「んで、どうなったん。その後?」

「どうって、そんな怪しい人からオリパを買うわけないでしょ」

「ちゃうちゃう。そうやのうて、真由ちゃんが買ったパックや」

「そっち? 一応、当たりかハズレかで言うとハズレだったわ」

「一応って、どういうことやねん」

「お店の方はハズレのつもりだったみたいだけどね。《雷炎翔鎧バルピアレスク》が入ってたのよ。今(※2024年当時)の環境デッキのキーカードで、市場価格は二千円前後(※当時の価格です)ってところかしら」

「パックの値段は千円やろ? 全然、当たりやん」

「このカード、少し前までは典型的な『ハズレア』だったのよ。種族としてのファイアー・バードが強化されたことで、一気に高額カードの仲間入りをしたんだけれど」

「それが入ったまんま、ハズレのオリパに残ってたんか。なるほどなぁ……ん?」


 私の幼馴染であり、親友――

 しのぶちゃんは首をかしげた。


「そのパック、店で売り始めたばかりって言うてたよな? せやったら、オリパを作った時点でバルピアレスクがほんまは高いカードやって、店員の方もわかってたんやないか?」

「昔に作って売れなかった、オリパの余りを使い回したみたいよ」


 ハズレパックだけを中身を確認せずに使いまわした――そのことで、かつてのハズレ枠が当たり枠になってしまっていることに気づかなかったらしい。


「コンビニの一番くじとかでもよくあること、やなぁ。ウチも好きな乙女ゲームとコラボした一番くじが発売したから近所に買いに行ったんやけど、すぐに一等のフィギュアを当てられてたんでな。どうにも買う気になれんかったわ」

「うふふ、あるあるね。ところで……」


 私はずっと我慢していたことを突っ込むことにした。



「どうして、ずっと関西弁なの?

 しのぶちゃん、別に関西人じゃないわよね」



 私の問いに対して、しのぶちゃんは変な勢いで誤魔化し始めた。


「もう、ええでしょ!」

「は?」

「真由ちゃん、ウチと知り合ったのは何時?」

「何時って……小学校の頃からだから、二十年近く前かしら?」

「なんや、そんな長い付き合いやったら、今更やろ」

「小学校の頃だって関西弁じゃなかったじゃない……なんなのよ、そのウソ臭い関西弁」

「もう、ええでしょう! 細かい整合性は気にせんでも! どうせ同人誌(※発表当時)なんやから!」

「しのぶちゃんがおかしくなるのもよくあること、かぁ……」


 どうせ、ネットフリックスか何かで流行り(※2024年当時)のドラマでも見たんでしょうね。


 すぐにネットミームに影響を受けるのは、しのぶちゃんの良くないところである。

 『ドリトライ』が流行ってた頃なんか、「ド」が付く言葉を見るたびに「ド級のサイドン、ドサイドン」「ド級のフラミンゴ、ドフラミンゴ」みたいな妄言を繰り返してたし。


 そんな思春期(※25歳です)の「はしか」みたいなものだと思って、しのぶちゃんの口調についてはスルーするしかないか……って。この子、パソコンで何かのサイトを開いてる?


「しのぶちゃん、何をしているの?」

「日拳」

「?」

「日本拳法」

「日拳の佐川徳夫のマネはしなくていいから。

 そのサイトって……ツイキャスじゃない」


 ツイキャスは、パソコンやスマホから気軽にライブ配信を見れる動画サービスである。

 しのぶちゃんがパジャマ姿のままベッドに寝転んだので、私もマットレスに腰かけた。


「へへへ。真由ちゃんの言うてたバリトク中山っっちゅうオッサン、調べてみたら、これから配信するみたいやで。なになに、オリパの配信……って何やねん」

「オリパの配信……聞いたことがあるわ。いわゆる、キャスオリパってやつね」


「キャスオリパ?」


「ええ。リアルタイムで配信しながらオリパを販売するのよ」

「なんで配信形式なんや? 普通に通販サイトで売ればええやん」

「通販サイトで買った場合は、買ってから届くまで当たりかハズレかわからないでしょう?キャスオリパの場合にはね……配信しながらその場でパックを開封するから、買った人はすぐに自分のパックが当たったのかがわかるのよ」

「それは便利やねぇ」

「まぁ、開封って言っても、全てのパックを開けるわけじゃないんだけどね」

「ん、どういうことや?」


 私はバリトク中山の動画の概要欄を指した。


「ここに『2P半開封』ってあるでしょ?これはオリパを二パック購入するごとに、一パックだけリアルタイムで開封するルールなのよ。残りは開封しないまま購入者に送られるわ」

「うさん臭いルールやなぁ。開けるなら開けるで、その場で全部開けたらええやん」

「これもオリパを売るための工夫の一つ。こうしないと、買い控えが起きてしまうわけ」



 多くのキャスオリパは『ニブイチ』と呼ばれるルールを踏襲していることが多い。


 ニブイチとは名前のとおり、二パックに一パックは当たりが含まれるという形式のオリパだ。派生として三パックに一パックが当たるサブイチというものもある。


 ニブイチ確定オリパの場合で考えてみよう。


 確率で言えば当たりとハズレで半々のはずだが、確率というものには紛れが存在する。仮に配信の序盤で当たりパックばかりが集中してしまった場合、配信中に全てのパックを開封してしまうと、残りがハズレだらけだということがお客さんにもわかってしまう。そうなれば買い控えが起きて、パックが完売することが無くなってしまうわけだ。


 ただし、まったくパックを開封しなかった場合には本当に当たりが入っているのかがわからない。その証明として、半分だけを開封するルールにしているのだ。



 しのぶちゃんは「はえー、よう考えるもんやねぇ」と感心する。


「それだけじゃないわ。多くのキャスオリパは、配信中に完売しない場合には販売不成立になるのよ。もしも売れ残りが発生したら、それまでの売買は無かったことになるの」

「せっかく当たりのパックを引いても、不成立になるかもしれんってことかいな⁉」

「仕方ないわ。キャスオリパは完売を前提としている。完売しないと、販売側に利益が出ないのよね……」


 私はバリトク中山のアカウントを開いて、過去の動画をスクロールした。


「見て、しのぶちゃん。この配信だと、還元率が130ってあるでしょ。これは当たりもハズレも含めて、合計すると市場価格の1.3倍の価値があるパックってこと」

「はぁ?そんなもん、もし完売しても損するだけやないか」

「それにはトリックがあるわ。還元率にはハズレの価格も含まれている……本来なら、価値がつかないような、値段がつかないようなハズレカードであっても、オリパに含めることで市場価格から多少は割り引いた程度の価格で売ることができる」


「抱き合わせ商法か。昔、ファミコンでドラクエを売るときにあったやつやね」

「その時代、私たちはまだ生まれてないでしょ……」


「オリパを売る側は、完売せずに手元にハズレが残れば残るほど利益が減ってしまう……ちゅうことか。せやから、どんな手を使ってでも、オリパを全部売る必要があるんやな」

「そういうこと。ちなみに、一般的なカードショップが販売するオリパの場合、還元率が100を超えることは無いわ。完売すると限らない以上は、お店側もリスクを取れないもの。逆に言うと、それだけキャスオリパは当たりを引きやすく、リターンが大きいわけ」


「……ちょっと聞いてええか?」

「どうしたの、しのぶちゃん」

「真由ちゃん……キャスオリパに詳しすぎんか?」


 ……そ、そうかしら?


「オリパ師の話を振ったときには『怪しい人から買うわけない』って言うてたのに。なんだかんだ言うても、真由ちゃんも気になってたんやね。せやから色々と調べてたんやろ?」

「い、一応ね。あの人、雰囲気だけはあったから気になっちゃって」

「やめといた方がええで。ギャンブルみたいなもんやろ、これ」

「そうね……って、これって!」


 私はしのぶちゃんのノートパソコンに目を奪われた。

 モニターに映っていたのは……



「《完全究極態・グレート・モス》……

 じゃない、《究極完全態・グレート・モス》‼」



「えーと、こいつは遊戯王のカードかいな?」

「初版のシークレット・レアは美品なら市場価格は三十万を超えるカードよ……こ、これが限定二十口、一口五万円のニブイチ確定パックに封入されてる、ですって……⁉」

「さんじゅうまん⁉ そんな強いカードなんか、これ?」


「強くはないわ。はっきり言って重症ね。現代遊戯王なら《寄生虫パラノイド》や《超進化の繭》で召喚条件を無視して特殊召喚できるけど、出しても効果を持たないバニラだし」


「ようわからんけど、弱いカードってことやね。せやったら、そんなに高い理由は?」

「強さではなく、希少価値がすごいのよ。このカードのシークット・レア版は最初に販売されてから一度も復刻されていない。それに、今となっては美品を持っている人もほとんどいないわ。なぜなら――このカードは大昔のゲームの特典カードだったんだから」

「ゲームの初回特典ってやつか。でも、遊戯王のゲーム言うたら、どれもヒット作やん。世の中に出回った数もかなりのもんやろ?」


「《究極完全態・グレート・モス》が付属したのは1999年に発売したゲームボーイ用ソフト『遊戯王デュエルモンスターズⅡ 闇界決闘記』――ただし、ゲームを買っても必ず目当てのカードが手に入るわけじゃないわ。このソフトの特典カードは全10種、そこからランダムに3枚が封入されていたのよ……!」

「ラ、ランダムやて? おかしいやろ、そんなの⁉ なんでゲームの特典カードがランダム封入やねん⁉ 缶バッジやアクスタとは訳が違うわ。まぁ、アクスタもおかしいけど」

「ちなみにソフトの定価は……たしか、4500円だったかしら」


 1999年――平成11年の4500円は現在の貨幣価値で6500円である。


「フルプライスのソフト1本で、特典がランダムで3枚っちゅうんはえげつないなぁ」

「当時は遊戯王ブームの真っ只中だったもの。流石は王様、何でも無理が通るわ」


 特典カードがランダム封入という悪しき風習は、後のゲームボーイアドバンス専用ソフトである『遊戯王デュエルモンスターズ5 エキスパート1』まで続いていくことになる。


 付け加えると、『遊戯王デュエルモンスターズⅡ 闇界決闘記』のランダム商法は、ただのランダムではない……ド級のランダム、ドキンダム……じゃない、ドランダムなのだ。


「このソフトの特典カードには、他のソフトとは違う点が一点だけあるわ。それは、カード毎にレアリティが設定されている点……そう、カードの封入率に偏りが存在したのよ」

「まさか、《究極完全態・グレート・モス》は……」

「しのぶちゃんの想像通り。全10種の中でも、このカードは当時の最高位であるシークレット・レア――《ホーリー・ナイト・ドラゴン》と並んで最も封入率の低いレアカード」


「ウ……ウソやろ、こ……こんなことが、こ……こんなことが許されてええんか?」

「そういうわけで、現代まで残った美品が貴重なわけね。で、そのカードが――」


 配信が開始した。

「どうも、オリパ師です」


 顔は見えないものの、カードショップで聞いた男の声だとわかる。


「ニブイチ確定オリパ……一口、五万円だけど……全部で二十口限定だから、確率は1/20で……1/20で究極完全態が引ける……」

「ちょい待ち、真由ちゃん! もしかして買うつもりやないやろうな? こんなの、目に見えてる地雷やんけ」

「で、でも……」

「さっきから還元率が云々とか言うてたけど、そんなん言うたかて、ほんまに当たりがあるっちゅう保証は無いわけやろ? いくらでも誤魔化せるやん!」

「一応、半分は開封するから……全部がハズレってことはないはずよ……あっ!」


 配信画面に動きがあった。


 シックな色合いのワインレッドのマットの上に、スリーブに入れられたカードが裏向きに並べられていく。それぞれのスリーブはテープで封がしてあった。これがバリトク中山の製作するオリパということだろう。


「購入希望の方は、番号をコメント欄にどうぞ」とバリトク中山がささやく。

 オリパの裏には番号が振られている。1~20の全二十口……。

 パッパッパッと、コメントに購入希望が殺到する。一人につき二口まで……半開封のルールもあり、全てのお客が二口ずつ購入していく。十口が売れたところで、バリトク中山は購入希望を打ち切った。


「続きは半開封が終わってからにしましょう。それでは、一口ずつ開けていきます」

 バリトク中山は一パックずつ開封していく。


《カオス・ソルジャー開闢の使者》20thシークレット・レア

《閃刀姫―レイ》20thシークレット・レア

…………ハズレのカード

 …………ハズレのカード

《万物創世龍》1000シークレット・レア


「……テンサウザンド・ドラゴンですって⁉」私は思わず大声を出してしまった。

「それ、有名なカードなん?」

「遊戯王OCG一万枚目を記念して発行された特別なカードよ。通常パックの封入カードでありながら、1000シークレット・レアという唯一無二のレアリティを有するカードだわ」


 こちらも《究極完全態・グレート・モス》同様に、現在の市場価格は美品なら三十万を超えるレアカード。今回の配信の還元率は非公開になっているが……とんでもないハイリターンオリパであることがわかった。


「二十口のうち、当たりはすでに三口見えてる。ということは残りに《究極完全態・グレート・モス》が……!」


 明らかに大当たりであろう《万物創世龍》がめくれたことで、お客さんの勢いは減じているようだ。これは、チャンスかもしれない。


「ええと……今日は給料日だし。に、二パックぐらいなら……家賃を超えちゃうけど……」

「いや、止めた方がええと思うで」と、しのぶちゃんが縁の太い眼鏡をかけて云った。


 しのぶちゃんはオシャレさんなので仕事でも外でもコンタクト・レンズを欠かさないが、こうして二人きりのときだけは眼鏡をかけることがある。

 子供の頃はいつも眼鏡姿だったので、私としてもこちらの方がなじみ深い、のだが……


 彼女は眼鏡をかけて集中し、食い入るように画面を見つめている。


「しのぶちゃん……?」

「こいつら、やっとるな。たぶん、詐欺師や」

「詐欺師ですって⁉」

「真由ちゃんは知っとるやろ? ウチには、一度覚えようと思ったことは絶対に忘れないっていう、ある種の完全記憶能力があることを」

「ええ。子供の頃から百人一首のかるた遊びで鍛えてた、あの特技よね?」


「せや。それで、このバリトク中山っちゅうオッサンやけどな。さっきからコメント欄で『不正が疑わしいからシャッフルしてくれ』って言われるたびに、オリパの配置を変えとるけど……毎回、同じ位置に同じパックを戻しとるわ」


 しのぶちゃんは画面を拡大する。パックを内包したスリーブについている微妙なよれ、しわ、油汚れのテカリ……そういったものを一つ、一つ指摘していく。

 普通なら信じられない精度の記憶力だが、しのぶちゃんならそれくらいは瞬時にできる。


 でも、同じパックを同じ位置に戻しているって……。


「それって、どういうことなのかしら」

「たぶん、購入者の中にオリパ師の身内がおるんや。あらかじめ、どこのパックが当たりかを教えて、その番号を買うように指示をしとるんやろ。当たりを抜いてハズレだけを一般のお客さんに買わせるっちゅう腹積もりやな」

「でも、購入は早いもの勝ちでしょう? 偶然、他のお客さんに先に当たりの番号をコールされたら、どうするの?」

「そんときは売るしかないわな。けど、ちゃんとフェイルセーフは用意しとるみたいや」

「フェイルセーフって……失敗を前提とした安全策のことよね?」

「仮に当たりの番号を先にコールされて、身内以外に買われてしまった場合に役に立つのが、さっき言っとった『半開封』のシステムや。ほら、見とき」


 画面の中でバリトク中山はパックを開封していく。どうやら、彼はお客さんに「二口購入したうちのどちらを開封するか」を選ばせているようだ。


「ここがポイントや、ほら、今! 一瞬だけ選んだオリパが画面の外に見切れたろ?」

「ええ……」

「今の瞬間に画面の外で、手に持った二つのオリパをすり替えたんや。片方が当たりで片方がハズレなら、この手が使えると。まさに早業、疾風迅雷やね」


「そんな……やってることがマジシャンじゃない⁉」


「両方とも当たりの場合は使えん手やけどなぁ、そのくらいのリスクは吞み込んどるのかもしれへんな。それに……こんだけのことをする奴らや。開封してない方のオリパについては、当たりだとしても100パーセント、発送までの間にハズレとすり替えとるはずやで」


 そんなの、言い訳しようもない犯罪……完全に詐欺行為だ。


「オリパ師。恐ろしい人たちね……!」


 しのぶちゃんの助言を受けて、私はバリトク中山のオリパを購入しないことにした。


 それから、程なくして――



 暴露系配信者によって全容が明らかとなったオリパ師詐欺事件は、総額で百十二億円という前代未聞の被害金額と共に世間を震撼させた。連日、新聞やニュース番組で「オリパ師」という聞き慣れないワードが飛び交い、その大胆かつ繊細な手口や、口八丁をもいとわないオリパ師グループの胡乱性が解明された。


 大手カードショップ石洋サブマリンでは、会長の指揮の元、透明性が確保された健全で安心できるオリパを推進していく声明が出され、TCG業界全体がそれに続くことになった。



 TVの取材を受けた警視庁捜査二課の女刑事さん(池田エライザに似てる)が言った一言が、妙に耳に残っていたのを覚えている。



「オリパ師は仕事じゃないですよ。……犯罪です」

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