《バーニング・ヴォルケーノ》
ここは、本編とは異なる時空。
王立決闘術学院大殿堂。
ウルカ・メサイアはマイク型の決闘礼装に声を当てる。
「あー、あー。ユーアちゃん、これ聞こえてる?」
「ばっちりです!」とユーア・ランドスターが親指を立てた。
「よし――始めていくわよ!今回の『デュエリストしかいない乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったのだけれど「カードゲームではよくあること」よね!?』は番外編。
第二回『プレミアムカードの殿堂』を開催するわ!」
マイク型決闘礼装によって拡声されたウルカの宣言により、特別コーナーが始まった。
殿堂に揃った観客――「学園」の生徒たちが拍手をする。
ウルカと共に壇上に上がったユーアは、手元の原稿に目を落として読み上げた。
「えーと、今回は第二章にて描かれた、ウルカ様とアスマ王子の決闘で使用されたカードを紹介することになります。今回は第一章を上回る激闘になりました――果たして、殿堂入りの栄冠を手にしたカードはなんだったのでしょうか」
ウルカはユーアに頷くと、手にしたカードの裏面を観客に見せた。
「カード効果を受けない無敵のドラゴン。その効果をもコピーする擬態昆虫。二億四千万の手数を誇った掟破りのサーチカード。決着となった無限ループを構成するコンボパーツ――その中でも、最も絢爛華麗なカードは、これよ!」
ウルカは手にしたカードを指先でひっくり返す。
今回、殿堂入りとして紹介されるカードの名は――
「スペルカード、《バーニング・ヴォルケーノ》!」
《バーニング・ヴォルケーノ》
種別:スペル(フィールド)
効果:
領域効果[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]を付与する。
「このカードはフィールドスペルと呼ばれる特殊なスペルカードよ。『スピリット・キャスターズ』における、戦術の頂点とも呼ばれる一群に属するわ」
「戦術の頂点……フィールドスペル、ですか」
「今回はそれについて解説していくわね。ユーアちゃん、あの人に頼んでくれた?」
「はい!お兄様ー、お願いしまーす!」
「……任された」
二人の声に応えて、壇上にホワイトボードと共に現れたのは――ジェラルド・ランドスターだった。
ユーアの兄にして、「学園」最強集団『ラウンズ』の一角でもある決闘者。
この特別コーナーでは、いわゆる解説役となる。
「……フィールドスペルが他のスペルカードと一線を画している大きな相違点。それは、対・妨害性能の高さにある。まず、現在の『スピリット・キャスターズ』では……フィールドスペルの発動を妨害することは、基本的に不可能だと考えていい」
ジェラルドはホワイトボードにマーカーを滑らせながら、説明を重ねていった。
フィールドスペルには共通して以下の特性が存在する。
・フィールドスペルはその発動や効果を無効にされることがない。
・フィールドスペルの発動に対して、スピリットやコンストラクトの効果・スペルなどでインタラプトすることはできない。
・多層世界拡張魔術によって付与された領域効果はカード効果の影響を受けない。
「……まぁ、これにも抜け穴となる対策はあるのだが。今は置いておこう」
「あの……お兄様。私、気になることがあったんですが」
おずおずとユーアが手を挙げて、質問をした。
「アスマ王子の使用した《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》って、カードの効果を受けないんですよね?なのに、どうして《バーニング・ヴォルケーノ》によるBP上昇の効果を受けることができていたんですか」
「良い質問だ、ユーア。それは《バーニング・ヴォルケーノ》というカードの効果はあくまで多層世界拡張魔術によって領域効果をフィールドに付与するだけであり……アラベスクドラゴンを強化していたのは、付与された領域効果によるものだからだ」
「えっと……?」
「つまりね、ユーアちゃん」とウルカが説明を引き継いだ。
「アラベスクドラゴンはカードの効果に対する耐性しか持たないの。フィールドスペルはたしかにカードなのだけれど、そのカードによって一度付与された領域効果は、スペルの効果が終了して墓地に送られて以降もカードとは無関係に動作し続けるわ。……そうね。たとえば蜂の子は見た目が苦手で食べられないっていう人でも、蜂の子が作ってくれた蜂蜜は美味しいから食べられるでしょ?それと同じよ」
「蜂……ですか?」
「ああ、でも、一般的に蜂蜜を作るような蜂の場合、主に食用とされるのは蜜を集める役割を持たないオスの蜂の子が多いのよね。メスの蜂は養蜂家にとっては貴重な存在だから。私もオスしか食べたことがないから、メスの味はわからないわ」
「???」
「……ウルカ・メサイア。お前は、黙っていろ」と、ジェラルドはホワイトボードを動かしてウルカを隠した。
「多層世界拡張魔術の領域効果はスペルの発動後も、発生源となったカードとは無関係に自律稼働し続ける……これが、フィールドスペルを強力にしている要因の一つだ。たとえば、第一章でウルカ・メサイアが使用したコンストラクト《階級制度》は、フィールド全体に強力な効果を展開するという意味ではフィールドスペルと同じだ。……だが、その効果は発生源であるコンストラクトが破壊されれば即座に終了してしまう」
「ぶっ壊してやったわ!私自身の手でね!」と、ホワイトボードの裏からウルカの声が響いた。
「……対して、フィールドスペルで展開された領域効果をカードの効果で消すことはできない。発生源がカードとして存在しないのだからな。その挙動は『ゲームに新たなルールを追加する』と表現した方が、実態に近い。よって、多層世界拡張魔術によって付与された領域効果は、どんなカードの効果であっても干渉できないのだ。
――ある、例外を除いてな」
「例外――そうでした。同じフィールドスペルですね!」とユーアが答えた。
ジェラルドはホワイトボードに二つの円を描き、それがぶつかる様を見せた。
「すでに多層世界拡張魔術によって領域効果が付与されたフィールドに、異なる多層世界拡張魔術を重ねて発動した場合。異なる二つの領域効果が、それぞれ異なる意志の元に激突したとき……そのときには、以下の三種類のパターンが存在する」
・より強力なフィールドスペルが、完全に相手側の領域効果を塗り潰してしまう場合。
・両者のフィールドスペルの性能が拮抗しており、互いの領域効果が中和され消滅する場合。
・フィールドスペルの性能がバグを引き起こし、二つの効果が混ざり合ったその場限りの特殊な領域効果が生まれてしまう場合。
「……もっとも、フィールドスペルはその存在自体が特級のレアカード。二種類以上がぶつかることなど、そうそう起こる事態ではないがな」
解説を終えたジェラルドは、マーカーのキャップを閉めた。
そろそろ、今回のコーナーも終わりの時間のようだ。
ホワイトボードの裏から、ひょっこりとウルカが顔を出す。
「あ、説明終わった?ありがとうね、ユーアちゃんのお兄さん!」
ウルカはいそいそとユーアの横に並んだ。
「そういうわけで、今回の『プレミアムカードの殿堂』はここまで。そうそう、次回はなんと――私の【ブリリアント・インセクト】デッキに、待望の美少女スピリットの新カードが登場するわよ!」
「えっ、ウルカ様のデッキに女の子が……?
でも、それも虫なんですよね……!?」
「うふふ、どうかしら。それは次回のお楽しみ、よ!」
「気になりますね……それでは、第三章『[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]』でお会いしましょう」
「美少女カードによるテコ入れも、カードゲームではよくあること、よね?」
(本編に続く!)