〇。〇〇しないと出られない部屋(執筆編)
これは夏休みよりも前の一学期のこと。
ええと、そうですわね。
聖決闘会のイサマル・キザンが……
まだイジワル会長だった頃の話ですわ。
☆☆☆
ユーアちゃんは不安げに周囲を見回した。
「ウルカ様……なんなんでしょう、この部屋?」
彼女の疑問はもっともである。
私たちは不可解な場所にいるのだ。
たまたま道端に落ちてたカードを拾ったら――
まぶしい閃光に包まれて、気づいたらここにいた。
真っ白な部屋。
出口は見当たらない。
あるものといったら、真っ白なベッドとテーブルだけ。
テーブルには一枚の白い紙が広がっている。
もう、何なのかしら……?
「この部屋の正体はわからないけど――」
脳裏に思い浮かぶ顔がある。
可愛らしい天使のような顔をした、
悪魔のようなイジワル聖決闘会長!
「きっと……イサマルくんの仕業だと思うわ」
「あっ、それ私も思ってました!」
ユーアちゃんはポン、と手を叩く。
「エルちゃんとの決闘のときも、イサマルさんはプレイヤーを「箱」の形をした異空間に閉じ込める意味☆不明のカードを開発してましたから。きっと、私たちが拾ったのも似たようなカードなんだと思います!」
「まったく、懲りないわね、イサマルくんも……。
今度捕まえたらデコピンの刑よっ」
ともあれ、このまま閉じ込められていたら飢え死にしてしまう。
脱出する方法は無いものだろうか?
「ん……?」
よく見ると、部屋の壁に文字が描かれていた。
「ユーアちゃん、あれを見て!」
「ええと……「〇。〇〇しないと出られない部屋」?」
奇妙な文字列である。
出られない、ってことは。
あの「〇。〇〇」が脱出するためのヒント?
「これは脱出ゲームなのかもしれないわね」
「それって、なぞなぞのクイズですか?
私、クイズってあまりやったことなくて……」
「大丈夫、私に任せなさいっ!」
何を隠そう、私はアナグラムを趣味にしている。
つまり、クイズも得意としているのだ(?)。
ユーアちゃんに良いところを見せるチャンスだ。
私は頭をフル回転させる。
「たぶん〇の中には四文字の見本語が入るんだと思うけど。気になるのは、一つだけ〇が小さい(。)ところよね」
「ホントだ! どういう意味なんでしょう?」
たぶん、これは解答に対するヒントのはず。
「きっと、二文字目に入るのは「ゅ」とか「ぅ」とか「ゃ」みたいな小書きの文字なんじゃないかしら? となると……うん、間違いないわ。このクイズの解答候補となる単語は一つね」
私がそう言うと、ユーアちゃんは驚いた。
「ウルカ様、もうわかったんです!?」
「だって当然でしょう、決闘者なら」
四文字の言葉。
二文字目は小書き文字。
ここまでヒントを出されたなら答えは一つだけだ。
「ほら、私たちが毎日してることじゃないの」
「毎日……あっ、そっか!
私にもわかりました、クイズの答えが!」
「昨日も、寮の部屋で一緒にしたわよね?
夜遅くまで、二人きりで……」
「は、はい///」
「ユーアちゃん、もうやめましょうって言っても強引に続けるんだから」
「だ、だって……ウルカ様とするのが、その……気持ち良くて」
「うふふ。私もよ」
「ウルカ様……ッ!」
「夢中になって、ついつい、夜更かししちゃうわよね」
そう、この問題の答えは――
「「デュエルしないと出られない部屋、よ!(です!)」」
イージーすぎるクイズだった。
難易度が低すぎるんじゃないかしら?
こうなったら話は早い。
ちょうどテーブルには白い紙が広げてあった。
少しざらついた肌触りの良い材質をしている。
「(和紙みたいなものかしら?)」
この紙をマット代わりにしてもいいだろう。
紙の上にカードを広げようとすると――
ユーアちゃんが首をかしげた。
「ウルカ様、決闘礼装を使わないんですか?」
「あら、そうだったわね。
決闘礼装があるならマットは要らなかったわ」
決闘礼装にデッキをセットする。
オートシャッフル機能でデッキは切り混ぜられ――
乱数装置によって先攻・後攻が決定した。
互いにファースト・スピリットを召喚する!
「ファースト・スピリット、
《エヴォリューション・キャタピラー》を召喚よ!」
「ファースト・スピリット召喚です!
現れて、《セイズの魔術師》!」
二人の声は一つとなって、室内に響いた。
「「決闘!!」」
☆☆☆
――っと。
あれ、時系列的にこの頃のウルカ様ってイサマル様が転生する前の親友だと気づいているのでしたかしら?
確か、気づきかけてるけど、確信を抱いてない……みたいな?
あー、もう! 設定考証が甘いのかも。
わたくしが寝食を忘れて貪るように書いた『まじっく☆クロニクル』が燃えちゃったから、ウルカ様たちの関係性に関する記憶があいまいなんですのよねぇ――もう、ダークデュエリストだった頃のわたくしの創作はもっと輝いていましたのに!
「アマネさん?
どうしましたか、百面相をして?」
な、なんでもありませんですわっ!
「喜劇的ですね……続きを読んでも?」
ええとぉ……。
ええい、どうにでもなれ!
納得がいかなくても、とりあえず書き上げなきゃ!
ひょっとしたら、意外と上手く出来るかもだし。
一か八か、
手本引きの始まりですわぁ!
☆☆☆
――数時間後。
先に音を上げたのは私の方だった。
「はぁ、はぁ……ユ、ユーアちゃん。ストップ!」
「どうしました、ウルカ様?」
「ちょ、ちょっと休憩しましょう?」
「えっ。は、はい……。
でも……まだ、全然し足りないです……」
私が息を乱しているのに、ユーアちゃんは元気を有り余らせていた。
流石は高校生の体力といったところかしら。
この身体なら、年齢は同じはずなのに……。
いや、相手は『光の巫女』なのだ。
「偽りの救世主」である私とは……
生まれ持った魔力の量が違いすぎるのだろう。
「ごめんなさいね。
決闘礼装に供給する魔力が切れかけてるのよ」
「そ、それじゃ仕方ないですよね。
すみません、ウルカ様に無理をさせちゃって……」
「気にしないで。中断すればいくらかは回復できるわ。
それにしても……」
私は部屋を見回した。
室内には何の変化もないまま。
「全っ然、脱出できないわねっ!」
「そうですね……デッキを入れ替えたり、カードを入れ替えて微調整したりと、なんか普通に楽しんでしまいましたが……これだけデュエルしてるのに、まったく出口が開く気配がありません!」
「完璧に解いたはずよ。
一体、どうしてかしら……?」
「あ、あの。ウルカ様、もしかしてなんですけど。
答えは「デュエル」ではない……とか?」
「そ、そんなっ!」
〇。〇〇しないと出られない部屋――
デュエルしないと出られない部屋、ではない?
「でも……あるかしら?
〇。〇〇に当てはまる、デュエルじゃない単語って」
「デュエル以外には無いですよねぇ……」
悩みこむ私たち。
その頭上から――
突如、天の声が届いた。
「ウルウルー! ユーユー!
ねぇねぇ、聞こえる聞こえるー!?」
私はユーアちゃんと顔を見合わせた。
「この声って……」
「エルちゃんですね!」
天の声の正体はエルちゃんだった。
「よかったぁ。
二人が”ごたいまんぞく”で、うれしいうれしい!」
「エルちゃん。この部屋は一体なんなの!?」
私が問いかけると、エルちゃんの声が答えた。
「くそぼけ……じゃなかった、かいちょーが作ったカードだよっ! 使用した決闘者を箱にとじこめて条件をクリアできるまで”かんきん”するカード! さいあく、さいあくっ!」
「やっぱりイサマルくんのせいだったのね」
「はい。これはデコピンで決まりですねっ!」
と、ユーアちゃんも拳を握る。
「でもでもっ。”ま……ウルカちゃんにこんなカード使えるかぁーっ! これじゃウチは変態になってまう。ウチは変態やないーっ!”とか言って、ほんとうは”もんがいふしゅつ”にするつもりだったみたい。そしたらそしたら、風がピューっと吹いて、校庭にとんでいっちゃったんだよ!」
ユーアちゃんは「なるほどっ」と言った。
「イサマルさんも、本当なら使うつもりが無かったカードってことですね。エルちゃん、ここを脱出するための条件を聞いてませんか?」
「うーん。それが、おしえてくれなくて。ボクにはまだはやい、とか言って……子供扱いしてさっ。(にひひ)かいちょー、ボクの保護者にでもなったつもりなんだから。過保護で困っちゃうよぅ」
口調とは裏腹に、エルちゃんの声色は弾んでいた。
エルちゃんにとってイサマルくんは、
家族のように甘えられる相手になったらしい。
私はユーアちゃんと目線を交わして微笑み合う。
ともあれ……
「ヒントとなるのは、
”変態じゃない”というイサマルくんの発言ね……」
「変態……あっ!!!」とユーアちゃんが叫んだ。
「ど、どうしたのユーアちゃん?」
「私、わかっちゃったかも……です」
〇。〇〇に当てはまる文字の答え――
意外にも、クイズ慣れしてないはずのユーアちゃんが先に解いてしまったようだ。
「すごいわ、ユーアちゃん!
それで、答えは何?」
「い……」
「い?」
「い、言えませんっ!」
「ええっ!?」
「あと、エルちゃんは今すぐ私たちが見えないところに行ってください!」
「なんで、なんで!?」とエルちゃんも困惑する。
「何でもです! エルちゃん、ダッシュ!」
「ユーユー、もしかして……本当はボクが”あくたい”を言ってたの、おこってたの……? ボク、ユーユーと友達になれたと……思ってたのに……」
「あっ、そういうわけじゃなくてですね」
「うわーんっ! ユーユー、ごめんなさあああい!」
エルちゃんの声はあっという間に遠くなっていった。
どうやら遠くに逃げていったらしい。
「ユーアちゃん、急にどうしたの!?」
「あ……その、答えは、わかったんですが。とてもエルちゃんには見せられないというか……そもそも、ウルカ様相手にそんなこと……で、できるわけなくて」
「ユーアちゃんが出来ないことなの?
じゃあ、私なら」
「ウルカ様はもっとダメです!!!」
「きゃあっ! いきなり叫ばないで……」
「あ、あああ。私、どうすれば……ああいうの、マ、マンガでしか読んだことないのに……!」
どうやら、ユーアちゃんは私よりも先に答えにたどり着いたらしい。
私はもう一度、室内を見回してみる。
四角い部屋。扉は無し。
あるのはテーブル、それと……ベッド。
ん? そういえばイサマルくんは――
ウルカちゃんにこんなカード使えるかぁーっ!
これじゃウチは変態になってまう。
ウチは変態やないーっ!
――という言葉を残していた。
〇。〇〇しないと出られない部屋。
変態じゃない……変態……。
………………。
あれっ?
「そうか。わかったわ、ユーアちゃん!」
ユーアちゃんが恥ずかしがるわけだ。
女の子ですもの、こんなことやりたくないはず。
エルちゃんを遠ざけた理由もわかった。
こんな恥ずかしいところ、友達に見られるわけにはいかないものね。
「大丈夫、私に任せて!
ユーアちゃんができないなら、私がやるわ」
「ウルカ様が……!?
い、いいんですかぁっ!?」
「ええ。でも、私も恥ずかしいから。
ちょっとだけ、目をつむってもらえるかしら?」
「ひゃっ……ひゃいっ!」
ユーアちゃんはバチーンッ!と両目を閉じた。
助かるわ。
私だって、こんなこと、したことないもの。
でも、ユーアちゃんと脱出するにはこれしかない。
私は意を決して決意する。
――ざらついた感触。
私はドキドキしながら舌を這わせた。
舌先が触れると、湿り気が少し吸われていく……。




