記紀解体の最終回! 河童の正体は恐竜だった!?(後編)
前のターン――
アイシー君は「河童の正体はパキケファロサウルスである」という胡乱な説を唱えることによって、自身の《妖怪力士カッパード》をパキケファロサウルスに変化させることに成功した……これが怪異を科学的に解体するということ?
先攻:アイシー・カイコーロ
メインサークル:
《「胡乱の化身」Hammer Head》
BP2200
領域効果:
[神宿封鎖円陣スモーリング・インファイト]
後攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《「神造人間」ザイオンX》
BP1500
「(そんなわけないじゃない。何が解体よ!)」
これ以上、みんなをおかしくするわけにはいかない。
私の肩には妖怪たちのプライドが懸かっているのだ。
「私のターン、ドロー!」
決闘礼装からカードをドローする。
――私の右手は光らなかった。
この世界の主人公であるユーアちゃんなら当たり前のように使えるフォーチュン・ドロー……運命力を操作して、望んだカードを引き込む技は私には使えない。
私は手札を確認する。
《悪魔虫ビートル・ギウス》
《エメラルド・タブレット》
《蟲メガネ》
《アズキアライ64》
《旋風の谷の虫笛》
《時計仕掛けの死番虫》
私のデッキのメイン戦術は錬成だ。
ダンジョンの古代遺跡から発掘した錬金術の秘奥である。
ファースト・スピリットであるシオンちゃん――ザイオンXと、特定の昆虫スピリットを素材に錬成することで、昆虫の力をもったアーマーをまとう戦闘美少女――「錬金闘虫・仮相」スピリットを呼び出して戦う。
《悪魔虫ビートル・ギウス》とザイオンXなら――
《「錬金闘虫・仮相」ゴルドベテルギウス・ビートルX》。
《時計仕掛けの死番虫》とザイオンXなら――
《「錬金闘虫・仮相」デスウォッチ・ビートルX》。
「(本当なら錬成したいところだけど……)」
私の手札にはバトル中に発動することでフィールド上のスピリット2体を素材にして錬成できる《エメラルド・タブレット》がある。
本来なら、このカードを使えば一気にエース・スピリットを展開できるのだが……
私はアイシー君が展開した領域を見回した。
目の前には相撲を取るための土俵がある。
パキケファロサウルスのスピリットがシャドー頭突きをしていた。
大相撲の会場を模した円陣。
一対一のタイマンを強要して、サイドサークルに召喚・配置されたスピリットを破壊するという領域効果――[神宿封鎖円陣スモーリング・インファイト]。
「厄介な領域よね――」
ここで私がザイオンXと他のスピリットで錬成するために死番虫やビートル・ギウスをサイドサークルに召喚したら、その瞬間に領域効果によって破壊されてしまう。
それなら――!
「まずはアイシー君の戦術を読ませてもらうわね……。
スペルカード《蟲メガネ》を発動!」
「《蟲メガネ》ですと!?」
私がカードを発動すると、蝶をモチーフにしたフレームの緑色の眼鏡が出現した。
眼鏡を装着してみる――
ふふふ、こうして見ると賢くなった気がするわ。
アイシー君は白衣の袖をはためかせて、自身の眼鏡を指で直した。
「ありえない。科学的に解釈して、ウルカ・メサイアは筆者とは異なり眼鏡キャラではない可能性が高いはずでは――」
「科学的に解釈するとね……このカードによって、私はアイシー君の手札を覗き見ることができるのよ。ええと、どれどれー?」
アイシー君の手札は5枚。
そのうち、相手ターン中でも発動できるインタラプト・スペルのカードは……。
「(見えたわ! 《侵襲-RAIDEN-》、ね!)」
アイシー君の狙いは読めた。
ならば、このターンで決着をつけてあげるわ!
「《旋風の谷の虫笛》を発動! このカードはデッキからタイプ:インセクトのスピリットを選択して、デッキの一番上に置くことができる」
「デッキ操作をするスペルカード――考察します。それは次のターンにキーカードをドローする可能性を高くする、という解釈のカードですかぁ!?」
「それはどうかしら?」
私はデッキの一番上に「あるカード」を置いた。
今すぐにでも、このカードにアクセスする手段がある!
「私はザイオンXをコストにして、グレーター・スピリットをシフトアップ召喚するわ。現れ出でよ、《悪魔虫ビートル・ギウス》!」
フィールドのシオンちゃんを墓地に送り、入れ替わりに現れたのはカブトムシのスピリットだ。
《悪魔虫ビートル・ギウス》――
白黒の縞模様に彩られた外骨格に身を包んだスピリット。
このカードには特殊な力がある。
「召喚時発動効果を発動!
ビートル・ギウス3《スリー》タイムズ!」
ミラーボールのように光を反射しながら、踊り始めるビートル・ギウス。
俺の名を三回唱えろ――
そう言うかのように虫の前足で指折り数える。
「このスピリットがシフトアップ召喚に成功したとき、デッキの上からカードを3枚まで墓地に送るわ」
1――、
2――、
3――。
「そして、この効果で墓地に送ったカードの中から昆虫スピリットを1枚選択して、このターンのあいだゴーストとして復活させることができるわ!」
アイシー君は「そういうことか……!」と呟く。
「《旋風の谷の虫笛》でデッキの一番上に昆虫カードを置いたのは、ビートル・ギウスの効果で墓地に送り、蘇生する展開に繋ぐ可能性が高い!」
「これは可能性じゃないわ、100%よ!」
フォーチュン・ドローが使えなくたって、戦い方はあるということ。
運を戦術でカバーする――
これが悪役令嬢のデュエル!
「ゴースト復活!
現れなさい、《魅惑のクリケット》!」
半透明のゴースト・スピリットとして現れたのはクリケット――そう、コオロギのスピリットである(スポーツのクリケットとは違う)。
先攻:アイシー・カイコーロ
メインサークル:
《「胡乱の化身」Hammer Head》
BP2200
領域効果:
[神宿封鎖円陣スモーリング・インファイト]
後攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《悪魔虫ビートル・ギウス》
BP2400
サイドサークル・デクシア
《魅惑のクリケット》
BP1000
アイシー君はニタリと笑った。
「おやおや、お忘れですか? 筆者が展開したこの領域は古来からの神事「相撲」をモチーフとした効果を持つ――サイドサークルは封鎖済です!」
《「胡乱の化身」Hammer Head》が吠える。
パキケファロサウルスの姿をしたスピリット――『ハンマーヘッド』が虚空に頭突きをすると、土俵の中に「軍配」が現れた。
あれは本来は相撲のときに行司さんが振るっているもの!
「[神宿封鎖円陣スモーリング・インファイト]の領域効果が発動! 物言いが付きましたよ、お覚悟ぉ!」
「……ふふっ」
予想通り、コオロギのスピリットは破壊された。
だがフィールドにはピンク色のもやのようなものが残っている。
「たしかに《魅惑のクリケット》は破壊されたわ。
私の狙いどおりにね!」
「それはハッタリの可能性が高いと解釈します!」
ハッタリなんかじゃないっ!
私は《魅惑のクリケット》の効果を説明した。
「いいえ、ガチよ。コオロギはしばしばオス同士の闘争行動をおこなう――その闘争心はコオロギの持つ体表フェロモンによって誘発されるのよ。《魅惑のクリケット》がフィールドから墓地に送られたとき、相手スピリットを選択し――選択したスピリットは私の指定したスピリットとバトルする!」
《魅惑のクリケット》が遺したフェロモンが『ハンマーヘッド』を操る。
私が指定したバトル相手は《悪魔虫ビートル・ギウス》!
アイシー君は自分の手札に目を落とし、狼狽した。
「――まさかっ!?」
「《蟲メガネ》で覗いたアイシー君の手札。《侵襲RAIDEN》は相手スピリットに攻撃されたとき、攻撃対象となった自分のスピリットのBPを相手スピリットと同じ値にするという……タイマン専用スペルよね?」
サイドサークルを封鎖した領域の狙いはこれだ。
メインサークル同士のバトルを強要した上で、タイマン専用のスペルカードによってバトルを引き分けにしてしまう。
メインサークルのスピリットがバトルで敗北した場合にはプレイヤーはダメージを受けるが――両者相打ちの場合にはダメージは発生しない。
「それだけじゃないわ。『ハンマーヘッド』は「闇」の力を持つ幻想スピリット――「闇」のエレメントを持つスピリットは「光」のエレメントを持つスピリットとの戦闘以外では破壊されない特性を持っている。相打ちになった場合、破壊されるのは私のスピリットだけ、っていう寸法ね」
本来なら、それでガラ空きとなった私の場に対人攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう……けど、そうは問屋が卸さない!
「アイシー君の《侵襲RAIDEN》が発動できるのは相手スピリットから攻撃されたときだけ。《魅惑のクリケット》によって発生したバトルは『ハンマーヘッド』から仕掛けたバトル……つまり」
「《侵襲RAIDEN》は発動できない可能性が高い……という、解釈で合ってますか!?」
「正解よ!」
さぁ、お立合いだ。
土俵の中で『ハンマーヘッド』とビートル・ギウスが睨み合う。
ビートル・ギウスのモチーフとなっているのはカブトムシ。
立派に生えたツノは外敵を転ばせるためにあるもの。
パキケファロサウルスが頭突きを狙うのなら、
こちらが狙うのは背負い投げの一本勝ちだ。
あれ、それって柔道だったかしら?
ま、まぁいいか……。
「昆虫相撲、大一番! いっけー、ビートル・ギウス!」
ビートル・ギウスは大きなツノをパキケファロサウルスの胴に差し込んだ。
アイシー君は「まずい!」と叫ぶ。
「筆者の創作化身である『ハンマーヘッド』のBPは科学的に解釈して2200。ビートル・ギウスのBPはそれを上回る2400であるため……敗北の可能性が高いですううう!」
アイシー君の計算通り、ビートル・ギウスはその膂力で『ハンマーヘッド』をぶん投げた――軍配が上がる。
決まり手、上手投げ!
「それでもっ! 「闇」のエレメントを持つ『ハンマーヘッド』はバトルでは破壊されない可能性が高いと解釈します!」
「でも、ツッパリは受けてもらうわ!」
「ぐあああああっ!」
メインサークルのバトルで敗北したことにより、アイシー君のライフ・コアを守るシールドは粉々に砕け散った。
これでライフ・コアを守る盾はもう無い。
あと一撃で、勝負が決まるッ!
先攻:アイシー・カイコーロ
【シールド破壊状態】
メインサークル:
《「胡乱の化身」Hammer Head》
BP2200
領域効果:
[神宿封鎖円陣スモーリング・インファイト]
後攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《悪魔虫ビートル・ギウス》
BP2400
「これでトドメよ。《悪魔虫ビートル・ギウス》で攻撃!」
ビートル・ギウスがアイシー君のメインサークルを強襲する。
目標は『ハンマーヘッド』だッ!
「さぁ、もう一度バトルするわよ!」
「馬鹿な……血迷った可能性が高い!?」
アイシー君は介入した。
「手札からインタラプト・スペル《侵襲RAIDEN》を発動します! この効果により、筆者の『ハンマーヘッド』のBPはビートル・ギウスと同じ2400までアップすると解釈しますとも!」
「BPは互角、ね……」
「だが、戦闘で破壊されるのは「闇」の加護無きビートル・ギウスだけッ! これであなたのメインサークルはガラ空き、無防備になる可能性が高いと解釈します……な、なにっ!?」
アイシー君は言葉を切った。
きっと、耳慣れぬ異音を聞きつけたためだろう。
サッ、サッ、サッ。
サッ、サッ、サッ。
まるで小さな粒を洗うような――
あるいはお茶をたてるような――
そんな、奇妙な音が辺りにこだまする。
これは私の手札にあるスピリットの特殊効果だ。
「私は手札から《アズキアライ64》の効果を発動していたわ!」
「アズキアライ……そうか、小豆洗いですか!」
小豆洗いとは有名な妖怪の名である。
夜になると、川の近くでサッサッサッと音がすることがある。
まるで川の水で小豆を洗っているかのような音だ。
奇妙に思い近寄ってみると、しかしそこには誰もいない……。
といった逸話だ。
アイシー君は自身の著書である『都市伝説ぶっ壊しゾーン』を取り出して、ページをパラパラとめくっていく。
「くっ、筆者の本には小豆洗いに関する記述は無い。不覚、不覚、不覚ッ! ならば、その正体を今から考察していくしかないということか……!?」
「ちょっと、今は決闘中よ?」
妖怪と聞いただけで目の色を変えちゃって。
……そうか。
「闇」に操られる前のアイシー君の根っこは好奇心なのかも。
好奇心が旺盛なのは『ハンマーヘッド』も同様らしい。
小豆を洗う音を聞きつけて、ふらふらとメインサークルを離れていく。
創作化身は「闇」の決闘者の分身。
なるほど、アイシー君にそっくりってことね。
「何が起きているんだ……解釈が追いつかないです!」
「《アズキアライ64》を手札から除外することで、バトルで敗北したスピリットを破壊する代わりに次のターン開始時までゲームから取り除くことができるのよ」
「そんな……「闇」のスピリットはカード効果で破壊されない可能性が高いはず」
「破壊じゃないわ。これは除外ですもの」
小豆洗いによって誘われた『ハンマーヘッド』は、ゲームの外にあるどこかしらにあるゾーンに導かれて迷い込んでいく。
もしかしたら、これが大昔に起きていたという「神隠し」の正体だったのかも――なんて、アイシー君みたいなことを考えてしまった。
ともあれ、これでメインサークルはガラ空きだ。
空白となったアイシー君の場に対人攻撃を行なう!
「ビートル・ギウス……バトルよ!」
「わわっ、こ、来ないでぇ!」
「相手は生身の人間だから――手加減、お願いね?」
ビートル・ギウスはツノを上下させて頷く。
大きな体躯を利用してアイシー君を威嚇していき――
「あっ」
気づけば、アイシー君は土俵の外に足を踏み外していた。
ライフ・コアが砕け散る。
決まり手――寄り切り!
『堕ちたる創作論』
記紀解体の最終回――閉幕
メインシナリオ、継続
出典:ライマン・フランク・ボーム『オズの魔法使い』
勝者:ウルカ・メサイア
敗者:アイシー・カイコーロ
「大丈夫、アイシー君!?」
私はアイシー君の元に駆け寄った。
周囲の「闇」のオーラは力を失っていく。
いずれこの空間は解けるだろうが……「闇」の決闘で受けたダメージは現実の肉体にもフィードバックしてしまう。
アイシー君は腰を抜かしていた。
倒れたときの打ちどころが悪かったのだろうか?
「ねぇ、今すぐ保健室に……」
「お、教えてください!」
「へ?」
な、何を?
「小豆洗いの正体ですぅ! どうして妖怪である小豆洗いのカードがウルカ様のデッキに入っていたのか……科学的に解釈すると、小豆洗いの正体は……昆虫である可能性が高いのでは!?」
「あぁ、そういうこと……」
私はデッキを取り出して《アズキアライ64》のカードを見せた。
イラストに描かれてるのはシラミに良く似た昆虫である。
「このスピリットはチャタテムシをモチーフにしているのよ」
「チャ、チャタテムシ……ですか?」
「ええ。名前のとおり、「お茶をたてるような音」を出すことから名前がついた虫ね。サッ、サッ、サッ……といった感じに」
アイシー君は「おおっ!」と感心して、メモ帳を取り出した。
「音の原因は何なのですか?
科学的に解釈して、一種の発音器でしょうか?」
「その辺は難しいところね。私が以前にいた国(前世の日本)に生息していたスカシチャタテは体内に発音器を有していたから、その可能性もあるのかもしれないけど」
「となると、これは決まり手ですねぇ!」
「えっ」
アイシー君はニコニコしながらメモ帳にペンを走らせる。
「小豆洗いの正体はスカシチャタテで確定です!
さっそく、次巻では特集記事を組んで……!」
全然反省してないわね、この子。
「こら、いい加減にしなさいっ!」
私が注意すると、アイシー君は「ひんっ」と小さくなった。
「で、でも……これで正体は決まりでは……?」
「話を最後まで聞きなさいってば。スカシチャタテの発音器が出す音は非常に小さいもので、人間が「お茶をたてる音」や「小豆を洗う音」と聴き間違えることはありえないわ」
アイシー君は反論する。
「それはおかしいです。科学的に解釈して、ウルカ様は先ほどチャタテムシの出す音は「お茶をたてる音」に聞こえると言っていた可能性が高いのに」
「それはスカシチャタテじゃなく、一般的なチャタテムシの話ね」
チャタテムシは紙を食べることがある。
日本家屋特有の「障子」――障子紙を食べるために止まったチャタテムシは、自身の腹を障子に打ちつけるようにする――その音が「お茶をたてるような音」に聞こえるらしい。
ここまで聞いて、アイシー君は思い当たったようだ。
「待ってください。伝承では妖怪である小豆洗いが現れるのは川の近くです。ですが、チャタテムシが音を立てるためには、科学的に解釈して近くに障子紙のようなものがないといけない……ということですか? ですが、川の近くにそうそう都合よくそういった紙がある可能性は低い。それでは……」
「ええ。アイシー君の言うとおり、チャタテムシは理屈の上では小豆洗いの正体となりうる昆虫だけど……全ての小豆洗いが、チャタテムシの音を聞き間違えたわけじゃないってことよ」
「そ、そんなぁ……!」
アイシー君は頭を抱えた。
「せっかく、小豆洗いの正体は昆虫だと特定できたのに。これでは科学的に考えて、合理的に解釈して、怪異を解体することができません」
「それで、いいんじゃないかしら?」
気づくと、私たちは「学園」の廊下に戻っていた。
「闇」の力が失われたことで生徒たちも正気に戻っている。
「海坊主はクジラの死体って言うけどさぁ。
それじゃ色々と辻褄が合わないよな」
「くねくねって何だったんでしょうね? 怖いわ……」
「かまいたちって不思議ぃ!」
「天狗っていうのは元々は夜空に走る光のことでさぁ」
怪異の正体はわからない。
不思議なものは、不思議として受け入れるしかない。
怪力乱神をみだりに語るべからず――とはいえ。
アイシー君は憑き物が落ちたような顔で云う。
「みんな……楽しそうですね」
「怖い話、奇妙な話、不思議な話。アイシー君が自分の本に書いてまとめた都市伝説もそう。こういうお話って好奇心をくすぐられるし、他人と噂するだけで楽しいわよね。説明がつかない話だからこそ、正体が気になる。だからといって、その正体を一義に決めつけるのは良くないわ」
ある説で怪異の正体を特定できたとしても――
その説が全てのケースで当てはまるわけじゃない。
「アイシー君も自分で言ってたじゃない。軽々に断言することは研究者として真摯な態度とは言えない、って――そうでしょ?」
「そう、ですね……僕は、おかしくなってたのかも」
アイシー君は眼鏡をはずして、レンズを拭いた。
「わからないものを興味の題材として扱ううちに、わからないままでいることに耐えられなくなっていた。だから、安易な正体の特定に飛びついた……でもそれは、こじつけでしかなくて。科学的な態度とは言えません」
「アイシー君、わかってくれたのね!」
「河童の正体はパキケファロサウルス……この説に固執しているわけにはいきません。もっと、視野を広げなくては――」
アイシー君は眼鏡を付けて、まっすぐな目を向けた。
どうやら改心してくれたらしい――
「いいですか、ウルカ様。
鬼の正体はトリケラトプスの可能性があります。
(角が生えてるから)
ろくろ首の正体はブラキオサウルスかもしれません。
(首が長いから)
口裂け女の正体はティラノサウルスが濃厚。
(口が裂けてるから)
天狗の正体はきっとプテラノドンです。
(空を飛んでいるから)
姑獲鳥の正体はマイアサウラで確定。
(子育てをするから)
あるいはシノサウロプテリクスの可能性?
(羽毛が生えているから)
河童の正体はパキケファロサウルスと言いましたが…
(頭に皿があるから)
アンキロサウルスという異説もあります。
(甲羅があるから)
影鰐はメガロドンでしょうねぇ。
(でっかいサメだから)
それと、それと……」
こ、この子……!
「全然、改心してないっ!
っていうか、ただの恐竜オタクじゃないのよーっ!?」
記紀解体の最終回――了