記紀解体の最終回! 河童の正体は恐竜だった!?(前編)
ここは王立決闘術学院。
決闘を学ぶために貴族の子女が集まる特別な学校だ。
乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の舞台――
そこで奇妙なブームが起きていた。
怪異解体ブームである!
「なぁ、知ってるか?
海坊主って死んだクジラがガスで膨らんだ姿らしいぜ」
「くねくねは熱中症にかかった農夫なんだってさ」
「かまいたちは空間の断裂が生んだ真空カッターッ!」
「そうそう、天狗の正体も宇宙人の円盤なのよね?」
「「「「はぁ、科学的な解釈ってサイコ~~~!」」」」
行き交う生徒たちは皆そんな話をしている。
異常事態であることは明らかだ!
「今日も今日とて、人心が乱れているわね。
闇の決闘者の仕業かしら……」
私が思わず表情を険しくすると、生徒たちは逃げていく。
「(いけない、いけない……)」
今の私はウルカ・メサイア。
『デュエル・マニアクス』に登場する悪役令嬢――
美人だけど目つきが悪いことで評判なのである。
「ウルカ様、大変です!」と、そこに少女が現れる。
「ユーアちゃん!」
栗色の瞳をした愛らしい女の子。
彼女の名はユーア・ランドスター。
『デュエル・マニアクス』の主人公であり、この世界で唯一「光」のエレメントを操ることができる選ばれし少女。
『光の巫女』と呼ばれる特別な才能により、平民でありながら「学園」に通うことを許されている。
ユーアちゃんが取り出したのは一冊の私家本だった。
タイトルは『都市伝説ぶっ壊しゾーン』。
「なんなのよ、この怪文書は……!?」
「今、生徒たちのあいだで大ブームになってるみたいです。この本は巷にあふれる迷信を科学的な解釈でどんどん解体する、っていう内容でして」
「ええと、なになに。
八尺様はタッパがクソデカいショタコン、ですってぇ……!?」
変な漫画の読みすぎだわ、こんなの!
ところが、私が読み上げた珍説を聞いて……
純粋なユーアちゃんは「へぇー」と頷く。
「私、一つ賢くなりました!
ところで『ショタコン』って何ですか?」
「ユーアちゃんは知らなくていいわ……。
っていうか、信じちゃ駄目よ、そんな与太話!」
こんな本を読んだらユーアちゃんの教育に悪いわ――と。
奥付を見て気づいた。
どうやらこの本の著者は私のクラスメイトのようだ。
「もしかして……「闇」のカードで心の闇を増幅されているのかしら?」
私が呟くと、聞き慣れない男の声が聞こえた。
「ナイスな解釈です。
科学的に考えて――その可能性は高い、と言えます」
「誰っ!?」
反射的に振り向くと、私は真黒いオーラに包まれた。
やっぱり――「闇」の決闘者!
咄嗟に決闘礼装を起動する。
身体に感じるのは浮遊感。
「ウルカ様ぁーっ!」
と、ユーアちゃんが私を呼ぶ声が遠くなる――。
…………。
………………。
……………………。
気づいたら、私は真っ黒な空間にいた。
以前にも覚えがある場所だ。
ここは「闇」のカードが作り出した空間。
――脱出するためには決闘で勝つしかない!
私は目の前にいる青年をにらんだ。
白と翠で彩られた「学園」指定の制服の上から白衣を羽織った、細見の青年――丸い眼鏡が反射して表情は読み取れないが――生徒というよりは学者先生のような風貌である。
彼の名前を私は思い出す。
「あなた、同じクラスのアイシー君ね!?」
「科学的に解釈して、その可能性は高いでしょう。
筆者の名はアイシー・カイコーロ」
アイシー君は決闘礼装を装着する。
「闇」のオーラがデッキから噴出した!
「くくく。『光の巫女』を我らの下僕とするために、まずは邪魔者のあなたを倒す可能性が高いでしょうね!」
「その解釈は、通さないわっ!」
決闘礼装を装着した。
互いにカードをセットする――
ユーアちゃんに、手出しはさせないんだからっ!
これより始まるのはアンティ決闘。
決闘者がカードに宿すのは互いのプライド。
私が勝てば、アイシー君を「闇」から解放できる。
ただし、私が負ければ――
アイシー君はニヤニヤと笑った。
「ウルカ・メサイア。あなたが敗北した暁には……「闇」の刺客として、我らのために働く可能性が高いでしょう! ユーアを手にかけるのは、あなたという解釈もあるのですよ!」
「そうはさせないわよ……! 来て、私の相棒――
ファースト・スピリット召喚!」
《「神造人間」ザイオンX》――!
召喚陣に現れたのは、近未来的なスーツをまとった美少女。
超古代の叡智である「錬金術」を操る、知性あるスピリットだ。
ザイオンX――個体としての名はシオンちゃん。
シオンちゃんは銀色の髪をたなびかせて降り立った。
「マスターからの召喚を確認。
これは「闇」の決闘?」
「ユーアちゃんを狙う人よ。一緒にぶっ倒しましょ!」
「肯定する。
手加減は不要だね、ユーアに手出しする奴は」
シオンちゃんは拳法のような構えを取る。
やる気は充分のようだ。
「本機は最初からいくよ――本気でバトル!」
私たちの様子を見てアイシー君はひるむ。
「こ、これがウルカ・メサイアの昆虫・錬成デッキの中核を担うスピリットですかぁ……以前には「学園」最強の聖決闘会長をも倒したカード! か、科学的に解釈して、筆者が勝てる可能性は……いや、否、否! そうだ、今の筆者には怪異を解体する力があるのだ!」
眼鏡を手で直すと、アイシー君はカードをセットする。
「出てこい、ファースト・スピリット――
《妖怪力士カッパード》!」
「カッパード、ですって……いや、これは」
現れたスピリットは――
正に名前の通りの河童だった。
鳥のようなクチバシに、亀のような甲羅。
全身の体色は緑色。
二本の手と二本の手足、人間のようなシルエットだが――両の手のひらには水棲生物らしい水かきが見て取れる。
最大の特徴は頭にある皿のような白いパーツだ。
たしか、河童の皿にある水が枯れると――
力が出なくなって弱ってしまう、という昔話を聞いたことがある。
シオンちゃんは首を傾げた。
「《妖怪力士カッパード》……?
マスター、質問する。
河童は妖怪。でも、力士って?」
「河童は相撲を取る、という逸話があるのよ。
力士なのはそのためでしょうね」
ピピピ、とシオンちゃんはどこかにアクセスした。
「肯定する。『ノア』のデータベースにも伝承を確認。
つまり――アイシーのデッキは相撲デッキ?」
「くっ、くくく。それは、どうでしょうねえ」
アイシー君は不気味に笑った。
きっと、何か隠し玉があるのだろう。
それでも、ここでやることは変わらない。
目的は一つ!
私は決闘礼装を起動した。
「この決闘、絶対に勝ってみせるわ!」
「さぁ、科学的な解釈を始めましょうか――!」
精霊は汝の元に、
牙なき身の爪牙となり、
いざ我らの前へ――
私たちの声は一つとなった。
「「決闘!!」」
先攻:アイシー・カイコーロ
メインサークル:
《妖怪力士カッパード》
BP1700
後攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《「神造人間」ザイオンX》
BP1500
「先攻は筆者がもらう可能性が高いでしょう。
筆者のターン、ドロー!」
アイシー君の右手が黒いオーラに染まる。
あれは「闇」の決闘者に与えられた力!
「デーモンズ・ナイト・ドローね……!」
運命力を高めた決闘者が起こす奇跡――
フォーチュン・ドローとは対極に位置する技。
運命を嘲笑い、奇跡を改竄する悪魔の一手だ!
デーモンズ・ナイト・ドローを成功させたアイシー君は高笑いする。
「筆者は科学的解釈を極めることで、このカードを手札に引き込みましたぁ!」
彼が手札から公開したカードは――
《Final Act『付焼刃の創作論』》ッ!
このカードは以前にも見たことがあるカードだ!
「フィールド上のスピリットを素材にして、ゲーム外から対応する幻想スピリットを召喚する禁忌のカード……やはり、1ターン目からそのカードを使ってスピリットを強化するつもりね!?」
「強化ぁ? くくく、違いますよ。
筆者がおこなうのは、怪異を科学的に「解体」すること!」
「……「解体」ですって?」
「あなたにも見せてあげましょう。
科学的に存在しうる怪異の観察結果を――」
アイシー君は「闇」のカードを決闘礼装にセットする。
「たった一枚で物語を終わらせる力を!
《Final Act『付焼刃の創作論』》を発動ぉーっ!」
フィールドに存在していた《妖怪力士カッパード》が「闇」のエレメントに包まれていく――足が、腕が、胴が、甲羅が、クチバシが、皿が――全てが「黒」に塗り潰されていく。
でも、河童の「解体」ってどういうことかしら?
「この世界にはスピリットがいるんですもの。河童だって、アイシー君が使うカッパードみたいに……そういうスピリットがいたってだけの話じゃないの?」
「その可能性は低いと解釈します。スピリットがいるところには魔力あり。ところが、河童が目撃されるときに魔力を検知したという記録はありません。筆者が考えるに――河童の正体はスピリットではなく、おそらくは生物の可能性が高い」
「なるほどね……って、あら?」
私はフィールドに立つザイオンX――シオンちゃんを見た。
彼女は私の専属メイドとして普段は「学園」で生活している。
「でも、シオンちゃんはスピリットだってバレてないわよね?」
「肯定する。本機は魔力を誤魔化せるんだよ」
と、シオンちゃんが口を挟んだ。
それを聞いてアイシー君は「なにっ!?」と驚く。
「そ、そんなことが出来るスピリットがいただとぉ……?」
シオンちゃんは無表情のまま、どこか誇らしげに頷いた。
「肯定する。本機はすごい、特別製のスピリット。
かっちょいいよね」
「ならば例外として除外しましょう!」
「科学的と言っていた割には、恣意的な判断な気がするわね」
アイシー君は慌てて続ける。
「ともかくっ! 河童の正体がスピリットではなく生物だと解釈した場合には――科学的に考えて、その正体は明白です!」
《妖怪力士カッパード》は姿を変えていく。
「河童の特徴である白い皿とクチバシ。
この特徴を備える生物はただ一つ――!」
「そ、そんな生き物っていたかしら!?」
私は必死に記憶を探るが、思い当たらない。
そもそも、もし、そんな生物がいたなら……
それは普通に河童じゃないのよ!
アイシー君は勢いだけで押し切ろうとしていた。
「これが科学的に解釈した河童の正体だぁーーー!」
やがて、フィールドに君臨した生物。
私は――その生物の名を知っている。
頭部には白くツルツルとした骨質のコブ。
口元には鳥のようなクチバシ。
けれども、そのシルエットは人型の河童とは大きく違う。
ピンと伸びた尻尾――そのシルエットは爬虫類じみている。
ただし、二足歩行だ。
細長く発達した後肢と短い前肢――
まさか、この生き物って……恐竜!?
「パキケファロサウルスじゃないの、これ!?」
恐竜。
私が転生したこの世界でも、既に絶滅した古代生物である。
パキケファロサウルスは恐竜の中でも特に変わった種として知られている。
頭頂部に大きなコブを持っており、そのコブをぶつけ合う「儀礼闘争」により群れのボスを決めていたのではないかと――つまり、頭突きをしていたのではないかと考える説があるのだ。
いやいや、でも。おかしいでしょ。
「確かに頭のコブは皿っぽいし、顔もちょっと河童っぽいけど……パキケファロサウルスのどこが河童なのよ!?」
「河童は相撲を取る、という逸話があります。相撲とは古来より格闘技を通じて神に祈りを捧げた敬虔なる神事――人間がおこなう「儀礼闘争」の一つです。恐竜の中でも頭突きによる「儀礼闘争」をおこなうパキケファロサウルスが河童の正体である可能性は高いと解釈します」
「でも、相撲って頭突きをするのかしら……?」
ピピピ、とシオンちゃんがデータベースを検索した。
「肯定する。
頭突きは禁じ手じゃないみたい、相撲のルールでは」
シオンちゃんはそう言うけど――
「それでも頭突き限定の競技じゃないでしょう!?」
アイシー君はふるふると首を横に振った。
「科学的に解釈して、古来の相撲が現代とは異なるルールであった可能性は高いです。頭突きによって神に祈りを捧げる「儀礼闘争」――それが張り手や体当たりに変形した可能性は存在するのですから!」
「ああ言えば、こう言うわねぇ……!」
さっきから科学科学って言うけど、意味をわかって使ってるのか怪しいし。
私の疑念を他所に、アイシー君はスピリットの効果を発動した。
《妖怪力士カッパード》が姿を変えた魔竜――
《「胡乱の化身」Hammer Head》がその真価を発揮する。
アイシー君はうっとりとした表情で白衣をひるがえした!
「それでは「儀礼闘争」を開始しましょう!
我こそが記紀解体の最終回の体現――
着名せし魔名は『ハンマーヘッド』。
住まう暗黒物語世界は『オズの魔法使い』!
敬虔なる神事をここに――
人呼んで”土俵際の魔術師”とは私のことだッ!」
周囲に広がる「闇」のエレメントの上に領域効果が上書きされていく。
「闇」の決闘者が使う幻想スピリットには、フィールド全体を自身の特殊効果によって塗り替えて、特殊なルールが支配する領域効果を付与する力を持つのだ。
アイシー君が使うパキケファロサウルスの姿をしたスピリット、『ハンマーヘッド』も例外ではなく――その恐るべき力によって周囲の世界は一変する。
領域内部は闘技場のような華やかな舞台になっていた。
ここは格闘技の舞台なのだろう。
舞台の中央に位置するのは、縄で敷かれた円陣。
円陣とは結界であり、結界とは境界を分けるもの。
この境界の先は「神」の住まう場所なのだ。
円陣を取り囲む観客席には、本来は存在する客の姿は無い。
代わりに賑やかさを演出するように、視界を埋め尽くすアザミ色――綺麗な色に染め上げられた無数の座布団が、魔法の力で浮遊しながら飛び交っていた。
アイシー君の頭部を黒光りする金属の仮面が覆った。
「闇」の力を解放したアイシー君は領域効果の名を宣言する。
「仮想空間転移――。
多層世界拡張魔術。
[神宿封鎖円陣スモーリング・インファイト]!」
これが、アイシー君の領域っ!
先攻:アイシー・カイコーロ
メインサークル:
《「胡乱の化身」Hammer Head》
BP2200
領域効果:
[神宿封鎖円陣スモーリング・インファイト]
後攻:ウルカ・メサイア
メインサークル:
《「神造人間」ザイオンX》
BP1500
「科学的に領域効果を解釈しましょう。筆者が展開したこの領域ではメインサークル以外のサークル――サイドサークルにスピリットを召喚・配置した場合、そのスピリットが破壊される可能性が高いです」
「メインサークル以外へのスピリットの展開を封鎖する領域効果ってこと?」
一対一を強制する領域――
神事である相撲は常に一人と一人で戦うものだ。
「スモーリング・インファイトの名の通り、相撲バトルを強制する領域なのね?」
アイシー君は「その解釈で合っていると思います」と答えた。
「なんで、自分の領域なのに解釈とか可能性とか言ってるのよ……」
「軽々に断言しないことは研究者として真摯な態度である可能性が高いです。とはいえ、科学的に解釈してカード効果を偽って説明することはルール違反となる可能性が高いでしょう。さて、筆者はこれでターンエンドするという解釈でお願いします」
アイシー君は決闘礼装を操作してターンを終了した。
これでターンは私に移る。
「かなづち頭。思い出したわ、オズの魔法使いの物語」
「闇」の決闘者達は私が転生する前の世界にあった児童文学の物語を創作化身と呼んで、その化身を仮面として被ることで力を振るうことできるらしい。
『オズの魔法使い』の作中において、主人公ドロシーと彼女の仲間たちが南の魔女に会うために旅をしている最中、かなづち頭の奇妙な集団に遭うエピソードがあった。
腕を持たず、ひょろ長い首を持った彼らは、頭突きをすることでライオンやかかしと言ったドロシーの仲間たちと戦って、道を通れないように通せんぼしていた……。
メインサークル以外の場所を封鎖する領域効果――
かなづち頭がドロシーたちを足止めしていた逸話にも由来するのか。
シオンちゃんが「ねぇねぇ、マスター」と声をかけてきた。
「質問する。パキケファロサウルスである可能性はある? 『オズの魔法使い』のかなづち頭の正体が」
「そんな可能性、あるわけないわ。ゼロよ、ゼロ!」
どうやらシオンちゃんまで悪影響を受けているようだ。
「学園」の生徒たちも胡乱な解釈に染まりきっていたし……。
思っていた以上の危機に、私は「くっ」と歯噛みする。
「このままアイシー君を放っておいたら、
みんなおかしくなってしまうわ……!」