フィールド会話(シオン+ドネイト)
これは夏休みのある日のこと。
図書館の端末の前でキーボードを打つメイド服姿の少女が一人。
彼女の名はシオン・アル・ラーゼス。
侯爵令嬢ウルカ・メサイアの専属メイド――
というのは、世を忍ぶ仮の姿。
その正体は3000年前の古代遺跡「ノア」で眠っていた、
汎用人型自律駆動決戦決闘機《アドバンスド・オートマトン・デュエル・ディアンドル》。
言うならば生ける決闘礼装である。
サファイヤの瞳が見据えるのはこれまでの決闘記録。
画面から一切視線を動かさず、手元では凄まじい勢いでキーボードを打鍵し続ける。
「入力、完了」
ターン――!とエンターキーを押した。
達成感。シオンはファサッと長い銀髪をなびかせた。
「……お疲れ、様です。これまでのウルカ嬢たちの戦いの記録を……まとめて、いたのですね。シオン嬢」
「ッ!?」
思わずシオンは声の主に向かって警戒態勢を取った。
機械じみた正確な動きで、シオンの手刀は青年の喉笛を狙う!
――ピタリ。
鋭く尖った爪の一刺しが喉を切り裂く寸前で、シオンの動きは静止した。
「……あなたは、ドネイト?」
「然り。聖決闘会書記のドネイト・ミュステリオン、です……。と、突然声をかけて……申し訳、ありませんでした」
水色の前髪に目元を隠したまま、ドネイトは謝罪した。
それを受けて、シオンは首を横に振る。
「否定する。ドネイトはマスターの親友であるイサマルの子分。つまり、本機の味方。本機もマスターの子分、子分仲間。問題ないよ、いつでも声をかけてね」
「危なく……殺される、ところ……でしたが」
「誰もいないと思っていたの。驚愕。ドネイトはすごい。まったく無かったよ、声をかけられるまでは存在感が。向いているのかも、ドネイトは暗殺者に」
「暗殺者……第五世代決闘礼装が普及した今では、アルトハイネスでは見なくなりました……ね」
ドネイトたちが携帯している第五世代決闘礼装は、決闘以外の危害から装着者を守る波動障壁が搭載されている。
先ほどのシオンの一撃も、仮に肌に触れようものなら波動障壁が自動発動していたものだ。
ドネイトは口元で寂しそうな笑みを作る。
「小生は……幼少のみぎりには、名探偵を志していた時期が……ありました」
「質問する。探偵については『ノア』のデータベースに記録がある――猫を探したり、奥さんの浮気を調べたりする、女性には向かない職業。でも、名探偵って?」
「謎をあざやかに解決してみせる人物のことです」
普段のボソボソとした喋り方とは異なり、ドネイトはハッキリと喋った。
「たとえば、不可解な謎に包まれた殺人事件のような。密室、アリバイ……入れ替わり、雪の足跡、意外な凶器、ミッシングリンク、ダイイングメッセージ。ですが、第五世代型決闘礼装があるかぎり、この国ではそのような事件が起きることはありません。名探偵は物語の中にしか存在しない」
「……人が死ぬのを望んでいるの? ドネイトは」
はっ、とドネイトは口ごもった。
表情を前髪の下に隠すと、慌てて訂正する。
「ま、まさか。小生はそのようなことは……望んで、いません。あくまで……空想、妄想の類。現実の人の死は……悲しいもの。そこにあざやかな解決など……あるべくもなく!」
「肯定する。ドネイトが悪い人じゃなくて、本機は安心」
シオンは図書館の端末に向き直った。
そこにはウルカやユーア、アスマ、イサマルといった面々のこれまでの決闘の棋譜や、そこで使用されたカードの一覧がカードリストになっている。
ドネイトはリストを眺めて感心した。
「これは……会長たちにも共有して、おきましょう。ウルカ嬢に続き、ユーア嬢までもが「闇」の勢力と激突しているこの状況――情報は少しでもあった方が、いい……です」
「肯定する。決闘礼装にメールしておくね」
「おや……?」
ドネイトは画面に映ったカードリストを見て、首を傾げた。
《近海の大怪魚》
種別:レッサー・スピリット
エレメント:水
タイプ:フィッシュ
BP1350
《草原を駆ける駿馬》
種別:レッサー・スピリット
エレメント:地
タイプ:ビースト
BP1600
《帰らずの鳩》
種別:レッサー・スピリット
エレメント:風
BP1300
「これらは……シオン嬢の、カードですか?」
「肯定する。本機の【人造神話】デッキは効果をもたないスピリットと本機を錬成することで、錬成対象のタイプに応じたユニゾン・スピリットを展開するデッキ。かっちょいいでしょ?」
「はい……かっちょいい、です。いや、それよりも」
水、地、風。
見たところ三種類の属性のスピリットが使用されている。
「シオン嬢は……三元体質、なのですか!?」
決闘者は生まれつき使用できるエレメントの種類が決まっている。
多くの者は一種類のエレメントだけを操れる一元体質。
アスマ王子やウィンド、他ならぬドネイト自身もそうだ。
イサマルやウルカのような二元体質は貴族でも珍しい。
それ以上の三元体質者――トリス・メギストスと言ったら、100年に一人の逸材だ。
「水と地と風の三つのエレメントを操れるとは――」
「否定する。本機は火のエレメントも操れるよ?」
「そ、そうなんです……か!?」
シオンは表情を変えないまま、両手でピースした。
「火も水も風も地も、エレメントを操るのは本機にとっては朝飯前。そういう風に作られているの。むしろ、自由にカードを入れてデッキを組めないなんて。不便だね、人間は」
たしかに、ドネイトも以前にシオンが「家守り精霊」と呼ばれる家事手伝い用の四大精霊を使役してウルカの世話をしているのを見たことがあった。
とはいえ、そういった家事レベルの小間使いをさせることは貴族レベルの使い手ならば難しくない――決闘の実戦の場で戦闘させるとなると、話は別だが。
「シオン嬢は、知性を持つ……スピリットだとは、聞いていました。しかし、これほどまでとは……」
ドネイトの頭の中に、一人の少女の顔が浮かんだ。
「シオン嬢……そのことは、エル嬢の前では内緒にしておいて……もらえませんか? これは、お願い……なのですが」
「おっけー。でも、なんで?」
四元体質――
ドリアード家特有の体質のことを、エルは疎んでいるようにも見えるが……そのことで密かに優越感を得ていることもまた、ドネイトは見抜いていた。
「たぶん……エル嬢が、泣いてしまう……ので」
ドネイトが懇願すると、シオンは頷いた。
「エルが泣くのは嫌。本機、絶対に言わないでおくね」
フィールド会話(シオン+ドネイト)――了
(※)作者より
本作の本編で登場したカードリストの一覧を作成中です!
作成が完了したら告知しますので、お楽しみに!